嘘は愛、愛はさだめ、さだめは死(「推しの子2.5次元舞台編」「カタシロReLive」感想)
繁華街のSEとして、年末の「イエス・キリストは…」の男性の声による朗読テープなんかがよく使われてきたように思うけど、最近では「客引きの言葉は全部嘘です」のアナウンスが完全に定着した感がある。全部嘘です、なんて、警察からのアナウンスにあるまじきアンチロジカルな断定。このアナウンスの文面自体があまりにもフィクションすぎて、本当にこんな放送してるの? と疑わしくなるくらいリアリティがなくて、その嘘くささこそがいかにも歌舞伎町って感じで(わたしは歌舞伎町でしか聞いたことがないのだが、他の街でもこうした放送はあるのか?)、だからまあ、こんなに使い勝手のいいSEもなかなかないだろうと思う。今年、演劇のSEでも何回か聞いた気がする。ああ、たしか歌舞伎町シャーロックでは開演前アナウンスとしても使われていたっけ。
冒頭に書いた聖書の朗読も、年の瀬、慌ただしくて神の声に誰も見向きもしない感じ、無反応のなかに流れるテープ、そういう虚無感が凝縮されててとても味わい深い。なんでこんなことを書いたのかといえば、今日見た舞台の開演前にまさにそのSEが流れていたからです。
さて、昨日は「演劇【推しの子】2.5次元舞台編」、今日は「カタシロ〜Relive vol.1〜」を鑑賞。
推しの子原作でも漫画家vs舞台制作の話を非常に面白く読んでいたのと、メルトくんが頑張るところが見たくてチケットをとりました。みんな大好きメルトくん(ですよね?)。しかも去年チェンソーマン・ザ・ステージでデンジくんをやっていた土屋直武さんがメルトくんをやると聞いたもんだから、そんなん絶対見たいじゃん、と思ったのだ。ほかにも、見たことのある役者さんがちらほらいたし。
この前見たあの人の芝居良かったし、あの人出るなら一回くらい行こうかな〜、とまあ、このくらいの気軽さで舞台のチケットを取るようにしてみたら、今年はこれまでに見てこなかったようないろんな作品に出会えたと思う。来年も是非ともこのノリを継続していきたい。お金はだいぶかかるんですけど。
「推しの子」を上演しているシアターHまでは東京モノレールで行くのだが、モノレール浜松町駅から大井競馬場駅、そこから降りた駅前の歩道すらむちゃくちゃな混雑だった。なんだ、この人だかりは? と思いながらひとまず流れに沿って進んでいくと大井競馬場でイルミネーションをやっていて、なるほどそのせいか、と納得したものの、到着したシアターHの客席も2階までみっちり埋まっていたから、あの混み具合は舞台の影響もかなりあったんだと思う。さすが、大人気コンテンツ。
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舞台は前半で制作側の話、後半で劇中劇である東京ブレイドをがっつりやる構成。予想はしていたけど、休憩前のアナウンスが舞台東京ブレイド開演前アナウンスだったのはやっぱり気持ちがだいぶ盛り上がったし、ステージの奥に華やかなセットがひらけて、一気に雰囲気が変わったのもよかった。
ただやっぱり2.5次元をよく見ている人間として、前半の内容がかなり胸にきたなあ。わたしはクリエイターではないし、普段の仕事でもビジネスとしての成立を優先する立ち位置にいるから、あれはどうしてもプロデューサー寄りで見てしまう。
公演が終わってロビーに出ると、出入り口付近に雷田プロデューサーのパネルが立っていた。そうだよなあ、公演後にロビーに出ていられるのは雷田さんだけだもんな。わたしの後ろを歩いていた二人組が、原作リスペクトがすごい! と興奮気味に話していて、よかったなあ、と思いながら帰路につきました。あの二人組の笑顔、見ましたか、雷田さん。
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たまにしか演劇を見ない人、はじめて演劇を見た人、そういう人が客席にはそれなりに多かったんじゃないかと思う。(運営側もそう認識しているのか、開演前の注意アナウンスがかなり丁寧で、そこもとても好感が持てた。)そういうお客さんたちにとって、「舞台」イコール今回の体験、となる。今回のたった1回が、その人たちの今後の観劇体験に大きく影響する。人気作品は、そういうものをたくさん背負わなくちゃいけない。素人目だけど、演劇推しの子はしっかりその責任を果たしていたと思える。
そういえば、アイの話とかアクアの背景についてはいっさい説明がなくて、潔く2.5舞台のパートに集中し、むしろ東京ブレイドのストーリーの掘り下げに尺を使っていたのもよかった。もちろん、あれだけの有名作品だからこそ実現したんだろうとは思う。いまさら、実はアクアの前世がね、とかいう必要ないものね。
そして今日はPARCO劇場で「カタシロ」を見てきた。小説を何冊も読んでいたりイベントに行ったりもしていて、なんなら何冊かサイン本を持ってさえいるいとうせいこう氏が出演するというから、どんなものかも分からずチケットを押さえたやつでした。これの開演前に、雑踏に聖書朗読が混じるSEが流れていたわけです。劇場の場所からいってあれは渋谷の交差点あたりのイメージなんだろうな。
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患者役(今日のいとうさんの役)だけが事前に何も知らされずに舞台に立ち、即興で話が進んでいく構造。これ、人によってだいぶ印象が変わるのだろうけど、なんならトークイベントよりもしっかり話が聞けて、内面まで見えてくるような感じがするし、作品としての満足感もあって、すごくいい試みだなあと思った。相手役の堰代ミコさんといとうさんとでバランスが取れていて聞きやすいというのもあるし、ふたりが対等に会話している感じもすごくよかったな。いとうさんのトークは基本的にどれも笑えたのだけど、死に隣接した位置から話しているような、なんともいえないペーソスがあって、それとラストの舞台美術の蛍光色の美しさが調和して、すこしせつなくてあったかい作品としてじんわり心に残った。いとうさんの素朴でやさしい締めの言葉もよかったなあ。
このタイプの作品、もうすこし色々見てみたいと思った。今後もちょっとアンテナを立てておこう。