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【 #書き出し祭り 没案(本文)】三条商事は今日も平和です。

[あらすじ]

 国内最大手の商社、三条商事には七不思議がある。

 一『真夜中の社長室では、歴代社長の写真の目が光っている』
 二『新月の夜だけ、創業者の胸像の顔が平将門になる』
 三『満月の真夜中の第三会議室では、透明人間がプレゼンをしている』
 四『研究棟の三階、東側の階段は朝と夜で段数が変わる』
 五『本部棟の五階、秘書課の奥にある扉は異世界と繋がっている』
 六『営業部の一課と二課は創業時から仲が悪い』

 そして、七。
『愛想なし、地味子にもかかわらず、冷泉美嘉は社長の第一秘書になった』

 コネで第一秘書になったと、誰もがそう陰口を叩いていたが、実際は違う。

「先輩、今度は第二と総務が喧嘩しています。発注価格と申請予算が違っていたようで」
「手荒になりそうですが、お灸を据えにいきましょう」

 そう、彼女にかかればどんなトラブルでも一発解決。三条商事は今日も平和になるんです。


[本文]

「また一課の醍醐さんと二課の伏見さんの喧嘩が始まりました」
「休憩タイムが被ったのね。今日は村上さんと近衛さん、二人とも一日がかりの出張だから、ノビノビと喧嘩できるわね」

 三条商事にもさまざまな人間関係が渦巻いているが、その中でも群を抜いて有名なのが営業部一課の村上恵理と、営業部二課の近衛雅子の仲の悪さだ。
 代々一課と二課は仲が悪いが、とくにこの二人が課長になってからはまるで前世からの因縁のように、毎日火花を散らしている。
 本日の代表者は醍醐友梨と伏見啓子。友梨は自称・恵理の代弁者というくらい恵理とは付き合いが長く、一方の啓子は二課まさこはに配属させられたばかりだ。

「ほんとですねぇ。ちなみに醍醐さんが社長賞を取ったときの副賞、キオールの限定コフレが原因です」
「なるほど。で、場所は?」
「三階フロアの自販機前です」

 自他ともに認めるゆるふわ系女子の高倉舞歌の報告に頭を抱えることなく、淡々と尋ねるのは妙齢の女性。化粧っ気がなく、短く切り揃えられた黒髪の彼女が狼狽えているところを舞歌はまだ見たことがない。

 舞歌の上司、秘書室室長兼三条商事社長の第一秘書、冷泉美嘉。

 愛想もなく、秘書にしては地味な彼女が社長の第一秘書なのは三条商事の七不思議の一つであるが、本人はさして気にも留めていないだろう。
 報告を聞き終えた美嘉は一瞬考えた後、今まで作業していたパソコンを閉じて、タブレットとファイルを持って立ち上がり、通り沿いの本棚から数冊の分厚い本も取って部屋を出る。

「さて、ちょっと手荒になるけど、お灸を据えにいきましょうか」

 目的の場所に着くと周りにいた社員がざわつく。
『冷泉美嘉様のご登場だ』
『コネで入社しただけなのに、よくあんな堂々と歩けるわよね』
 などと毎度のように陰口を叩かれているが、美嘉は気にせず二人の間に立つ。

「醍醐さんと伏見さん、営業部にいらっしゃらなかったので探してましたが、探す手間が省けましたよ。どうされたのですか?」

 すっとぼけて美嘉が声をかけると、友梨が先に反応した。

「聞いてくださいよ。この女、私の机の上に置いてあったコフレをわざと落として、キズをつけたのよ」
「あら、本当なの?」
「そんなことするわけありませんよ! それに第一、私が醍醐さんのデスク周りに行くわけないじゃないですか!」

 ベテランの友梨の言葉に、首をブンブンと横に振りまくる啓子。プライドが高い友梨に火に油を注ぐような反論の仕方だ。
 友梨も完全に啓子が犯人だと思っているから、双方ともに落ち着くところも見えなくなっているのだろう。
 そっと一課の社員に目で尋ねると、横に小さく首を振られてしまった。
 この様子だと、啓子はシロのようだ。

「本当に伏見さんなのでしょうか」
「どういう意味?」
「たしかに伏見さんが一課に行けば、だれかしら覚えているはずなのではないですか。そこは確認されましたか?」
「え、ええ……」

 美嘉の冷静な問いかけに歯切れが悪くなる友梨。どうやら確認せずに啓子を問い詰めていたようだ。

「もしかしたらだれかが近くを通ったときに風で倒れて落ちてしまっただけかもしれないですから、もう一度そこをはっきりさせてみてはいかがでしょうか」
「そ、そうね」

 今までの勢いはすでにない。
 この調子ならば、新しいで忘れられるだろうと美嘉は判断した。

「先日お願いしたものの追加資料になります」
「あ、これ、ちょうどこれを探そうと思っていたんです!」

 先程、ここに向かう前に手に取った分厚い資料をそのまま友梨に差し出すと、彼女も気づいたらしく、嬉しそうに受け取る。
 もちろん偶然ではない。資料が無いか書庫を探していたのを見ていたから、こうなったとき用に取り寄せておいたのだ。

「それはよかったです。それはそうと、途中経過をお見せしたところ、短期間なのにうまくまとめられていると社長が褒めておられました。短い納期になってしまいますが、改めてよろしくお願いいたします。受注が取れれば、係長級への昇格も検討するとのことです」

 友梨に対してはとにかく社長の名前を出して褒める。実際に褒めていたのだから、間違ったことは言っていない。
 社長信奉者の彼女にとってみれば、社長が褒めていたという言葉だけでも十分な餌なのだが、それに加えて同期であり、ライバル二課の白河愛子が来月係長に昇進するのに苛立っていただろうから、いい着火剤になるだろう。
 案の定、美嘉に頭を下げ、啓子の存在など最初からなかったかのように、その場を去っていった。
 あとはもう片方、と思って啓子のほうを向く。彼女は社長信奉者ではないので、友梨と同じ手段はとれない。

「伏見さん、来月の手土産選びを手伝っていただけませんでしょうか? 考えていたものが販売終了となってしまい、急きょ選び直さなければならなくて」
「でも、私なんかが関わってもいいのですか?」

 伏見啓子の好きなものはスイーツ巡り。
 美嘉が言ったことは半分間違っていて、考えていた手土産はいわゆる定番のもので、当分の間は販売終了はなさそうだが、目新しさがないのだ。たまには冒険もありだと考えていたので、啓子の意見を聞きたかったのは事実なのだが。

「もちろん最終チェックは私たちで行いますが、よく仕事終わりにスイーツを食べ歩かれていらっしゃる伏見さんならば、私たちの知らない流行スイーツもご存知かと思いまして」

 そう言った瞬間、ゴクリという音が聞こえた気がした。
 獲物がかかった。
 そう思わせることなく、じゃあ行きましょうかと啓子の気が変わる前に秘書室へ連行した美嘉だった。

 日が傾きかけてきた頃、紙コップでコーヒーを持ってくるように秘書らしいことを命じられた美嘉は、社長専用のマグカップは使われていないのになんでだろうと思いながらも、指示どおりに淹れた。

「失礼します。コーヒーをお持ちいたしました」

 ノックをして社長室に入ると、精悍な顔立ちの男がデスクの前でパソコンと睨みあいをしていた。
 作業している傍らに置こうとしたが、僕じゃなくて君の分だよと言われてしまった。

「はい?」
「とにかく座って。そしてそれを飲んで。社長命令だよ」

 どうやらコーヒーは美嘉自身のために淹れさせたようだ。一瞬だけ戸惑ったが、社長命令には背けない。仕方なく応接テーブルにトレイを置いて、ソファーに腰掛けた。

「今日もお疲れのようだったみたいだね、“影の社長”さん」
「揶揄わないでください」
「揶揄っているつもりはないんだけれどなぁ」

 すでにおしゃべり好きの従妹たかくられいかから情報が行っているのだろう。
 美嘉の直属の上司である三条商事の社長、三条融も休憩モードに入るようだ。
 パソコンから目を離して、社長室に備え付けのミニ冷蔵庫から缶コーヒーを一つと高級ゼリーを二つ出して、美嘉の前に陣取り、ゼリーを一つ、美嘉の目の前に置いた。どうやら食べてもいいのだと理解して、いただきますと言って手に取る。イチゴの果肉がふんだんに使われているようで、甘酸っぱさがなんとも言えなかった。

「本来ならば俺がこの会社のいざこざを解決しなければならない。けれど、経営はできてもまったくあいつらを思い通りに動かせない」
「ええ、存じております。上から目線で止めろと言われても、従うわけないじゃないですか。だからこそ、こうやって私が出張らせていただいておりますが」
「辛辣だなぁ」
「今更です」

 二人の間には、ただの上司と部下という雰囲気ではなくなる。
 むしろ二人きりのときは、融のほうが部下のように小さくなっている。

「三年。君が入ってくれてからこの会社はよくなった。いくらあの冷徹な投資家、冷泉成政から太鼓判を押されていたとはいえ、がここまでしてくれるとは思わなかった」

 融の言葉にため息をつく美嘉。

「正直、最初見たときは自分のことを棚に上げて大丈夫かと思ったよ。だから、三年経ってこの会社を変えられなければクビにするつもりだったのに」
「親子関係の詐称は、クビの口実になりますよ」

 美嘉を三条商事に送り込んだ父親、冷泉成政とは血が繋がっていない。
 美嘉自身、十三歳のとき冷泉家に拾われたのは覚えているが、どこで拾われたのか、それまではどこでなにをしていたのか覚えていない。
 しかし、成政は美嘉を送り込むときに、はっきりと『実の娘』と言い切ったのだ。

「いや、あの人のことだ。親子鑑定でさえも偽造して持ってきそうだよ」

 融は苦笑いをしながらコーヒーを飲む。美嘉は否定したかったが、否定できない。
 それぐらい冷泉成政という男には、娘でさえ逆らえないのだ。

「まだしばらくの間はこれが続くと思うが、頼む」
「構いません。それが私の仕事ですから」

 融に頭を下げられるが、謙遜するでもなく、ただ淡々と目を伏せる。
 愛想なし、地味子の冷泉美嘉が国内最大手の総合商社、三条商事の社長の第一秘書になった理由。
 それは、秘書本来の仕事を求められたからではない。
 トラブルだらけの三条商事を今日も平和に保つこと。

「でも、明日はどんなトラブルを解決してくれるかな?」
「平和が一番ですよ、社長」


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