烏山ヲバ利(3)

「平安から使われててこの世に一個しかないのです。修理に修理を重ねこんな襤褸になってしまいました。少し手間がかかりますのでお待ちください。」
そういうと縄を丁寧に解いた。青い紙というのは包み紙で、中から朱色の紙で出来たなにかが出た。金城さんが組み立てると神殿だった。木材で出来た立派なものではなく側面だけの長方形にそれに合った屋根が付いているという簡素なものだった。墨で豪華に見えるようデザインが施されていた。
「この紙で出来た神殿をどう活用するのですか?」
「まぁまず中に入ってください。」
私はとりあえずあの金城さんの支持されたよう動いた。紙を切って扉のように見せかけた扉はなんとか大人一人入れるものだった。なんとか屈んで入ると、外装もデザインが施されていた。中央の銀皿がポツンと置かれてあった。大人二人が胡坐で入れるほどスペースだった。私は烏帽子を付けていたので、少し頭を竦めながら待っていた。金城さんが入ってきてくれた。手には蝋燭とライター。もう片方には長方形の木箱が。木箱を一目見たとき胸のあたりが少しづつ湿っていることが分かった。
「金城さん、少し待ってもらっていいですか?」
蝋燭に火を付けようとする金城さんにそう言った。金城さんは少し戸惑ったが了承した。胸のあたりを見るため服を解いて見ると、私の兄の腕が真っ白で冷や汗をかいていた。私の腹とは似ても似つかぬ色をしていた。
「なんだこれ!」
「あぁ。これは吾輩が今見せるものが危険であるとあなたの体が言っているのです。ですが空間が今世であるという場合。まだこの神殿の中も今世であります。私がこの空間を異空間に変えたとき、あなたの腕は元気になるでしょう。」
そういうと金城さんは私の腹に手を向け腹から生えた兄の腕を力強く握った。兄の腕はまだ力無かった。金城さんは自分の懐に手を伸ばしたいそう古い薄い和綴じ本を出した。
「これはなんですか?こんな本見たことない」
「これはあなたのご先祖様が書いたものです。ほら、草書体で「烏山」と書いてあるでしょう」
確かに、崩した字で「烏山」としか書かれていなかった。題名もデザインもなくただ草書体で「烏山金城年代記」と書かれていた。
「確かに烏山と書かれていますが。なぜ、今ここで初めてあったあなたがその本を持っているのでしょうか。」
「ネットやなんやらかで買ったもんではなく、受け継がれていたのです。あなたと私の形すらない頃、常識が非常識で正義が悪であったころからこの書物はあったのです。この書物は平安ごろに書かれています。すなわち、烏山と金城にはつながりがあったのです。」
詰まることなく言った後、私は遠い昔の思い出が奥底から削り取れたような気がした。
「この本のあるページに書かれている文を読むと、この空間は変わります。」
金城さんはペラペラと頁を進めて、ある頁を見て、突然読み始めた。
「願和久婆四方八方古乃神殿乎一寸四寸伐可里(ねがわくばしほうはっぽうこのしんでんをいっすんよんすんばかり)刀(と)変(かえ)賜(たも)不(ふ)」
そういうと紙一つ一つの繊維がチリチリと光り始めた。ズゥンと重い音が鳴ってしまうと建物や何もかもが浮いた感覚に襲われ紙で出来た素朴な神殿が倍々と大きくなり、大きな神殿へと形を変えてしまった。
「これ…元のこの紙の神殿は大きくなったので良かったのですが、私が勤めている神社は壊されていませんか?」
「大丈夫です。浮いた感覚があったでしょう。その時私たちは空間を跨いでいたのです。ほら、君のお兄さんの腕を見てください。」
ふと見るとさっきまで青白かった腕が朱色の元気な腕になっていた。
「現世で木箱は呪物。すなわちこの木箱を抑える力がないのだ。しかし、今吾輩たちがいるこの空間は木箱の呪を抑える力が備わっているのだ。だから、あなたのお兄さんの腕は元気なのさ。」
ひどく安心することが出来た。ならばよいだろう。
「で、本題の木箱はなんでしょう?」
「わかりました。お気をつけ」
木箱をしっかりと持ち、ぐぐと掠れた木を響かせだんだんと箱の中がわかってきた。
ぐぐぐぐぐぐ。掠れた木の響きが私の耳の残るようだ…
中を凝視すると黒く溶け焦げた一本の腕が。
私はなぜかひどく忌まわしい気持ちに襲われた。
「これは、烏山、金城にかけられた呪なのです。烏山金城年代記の見てみますとこれが生まれた理由が書かれているのです。」
彼がそういうとペラペラとめくるとある頁に行きついた。
「嚼塊異明神は、ある下﨟の侍、烏山を討ち果たしける。その上に、お地蔵様の尊き像の御首を粉々に砕き給うた。されば、お地蔵様は怒り猛り、魂をこの世に顕し、嚼塊異明神と討ち合いなされけり。その戦の中、互いの力は凄まじく、その神と仏の魂の大いなる光は、遂には天地に閃きて日本の空に落ちたるなり。光は一筋、嚼塊異明神の魂は金城寺へと降り注ぎ、烏山へと仏の魂ふりそそくなり。」そう書かれていた。
「烏山さんへ嚼塊異明神の魂が、私の所にブッダの魂が降りたのです。」
「魂が分かれているのだから、金城と烏山が巡り合うことはないじゃないですか?」
「そうです。普通ならそこで終わりです。しかし、嚼塊異明神というのがまずかった。この神は祟りを引き起こし、金城を灰の底まで引き下ろそうとしたのです。」
さらに金城さんはつづけた。
「聞いたことないですか?昔私たちの祖先たちが戦争をしていたと。」
初耳だった。詳細が聞きたくなり、金城さんがあらゆることを言ってくれた。
 どうやら、戦争が起きていたのは本当らしい。だが、教科書に載るような大きな戦争ではなかったそう。
「室町ごろだろうか…」そう呟いて、話が始まった。

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