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【磐梯町】磐梯町は第二の地元の人

むかしむかし、遠い都会に暮らす若者がいました。名を郷人(さとひと)といいました。郷人は生まれ育った故郷を離れ、都会で暮らしていましたが、どこか心に穴が空いたような寂しさを感じていました。
ある日、郷人は仕事で福島県の磐梯町を訪れることになりました。磐梯山の雄大な姿、美しい猪苗代湖、そして町の人々の温かさに触れ、郷人の心は不思議な懐かしさで満たされました。
滞在中、郷人は地元の人々と交流を深めました。農家のおじいさんから磐梯町の歴史を聞き、若い移住者から町の未来への希望を聞きました。自然の中でのアクティビティを楽しみ、地元の美味しい食べ物に舌鼓を打ちました。
帰る日、郷人は magnetite のように磐梯町に引き寄せられる自分に気づきました。「ここは私の第二の地元だ」と心の中でつぶやきました。
それから郷人は、機会があるごとに磐梯町を訪れるようになりました。そのたびに、町の人々は郷人を家族のように迎えてくれました。
やがて郷人は、磐梯町と都会の生活を行き来する「二地域居住」を始めました。磐梯町では地域の活動に参加し、都会では磐梯町の魅力を多くの人に伝えました。
郷人の活動は、多くの人々の心に響きました。「第二の地元」を持つことの素晴らしさに気づいた人々が、磐梯町を訪れるようになったのです。
後に郷人はこう語りました。「人は誰でも、心の拠り所となる場所を持つことができます。私にとって磐梯町は、生まれ育った故郷と同じくらい大切な第二の地元。ここには私の第二の人生があるのです」
そして「心に故郷二つあれば、人生二倍楽し」ということわざが、磐梯町から広まっていったとさ。
めでたし、めでたし。
と思う2024年10月4日9時25分に書く無名人インタビュー914回目のまえがきでした!!!!!
【まえがき:qbc・栗林康弘(作家・無名人インタビュー主宰)】

今回ご参加いただいたのは 金森 大樹 さんです!

年齢:30代後半
性別:男性
職業:農業(シャインマスカット農家)


現在:突き詰めてやりたいタイプなんですよね、自分としては。

ゆいぴ:
金森さんは今、何をしている人ですか?

金森 大樹:
今は農業をやっています。

ゆいぴ:
農業はどうですか?

金森 大樹:
大変ですけど、すごく面白いです。

ゆいぴ:
ちなみに何を育ててる農家さんですか?

金森 大樹:
ブドウ、シャインマスカットを育てています。他には激辛唐辛子で有名なブートジョロキアっていうハバネロに近い唐辛子、あとはキャロライナリーパーっていうジョロキアよりも辛いって言われてる唐辛子を作っています。あとは藍染めに使われる藍。それらを主にやっています。

ゆいぴ:
ブドウはなんで育て始めたんですか?

金森 大樹:
元々何を育てようかというところですごく迷っていて、悩んでいる部分ではあったんですけれども。町内に同じブドウ農家さんがいらっしゃって、その方がたまたま畑で一緒に作業してるときに自分の畑で採れたシャインマスカットを持ってきてくださって。そこで食べて感激して。元々ブドウは好きだったんですけど、自分でも作ってみたいと思ったのがきっかけです。

ゆいぴ:
感激っていうのは何に対しての感激ですか?

金森 大樹:
まず味と見た目ですね。シャインマスカットって名前は前々から知ってはいたんですけど、間近で見るとこんなに黄緑で粒が張ってて、艶があって、美味しそうなブドウ初めて見たと思ったのが正直なところです。やっぱり食べたらイメージ通りめちゃめちゃうまい。それで、これやろうって決めたのが一番大きい理由です。

ゆいぴ:
じゃあ唐辛子系はなんで育て始めたんですか?

金森 大樹:
唐辛子は、いろいろ作ろうと思って悩んでいた過程で、家の前のちょっとした畑できゅうりとかトマトとかししとうとか鷹の爪とかいろんなものを作っていて。その中で、いま卸させてもらってる業者さんと知り合う機会がありまして。そこで「唐辛子やってるんだったら、私のとこでも作って欲しいものがあるんだよね。」ていうお話をいただいて。もし作って卸してくれるのであれば、全量買取をお約束しますってことでお話をいただいたのがきっかけです。

ゆいぴ:
流れのままに、藍はなんで育て始めたんですか?

金森 大樹:
元々東京都町田市の出身で、2018年の4月から3年間地域おこし協力隊ということで磐梯町に来ました。協力隊のミッションとしてやってたことが薬草作りで。藍とか朝鮮人参とかカモミールとか。その中で、取れた藍をどう使うかってことで藍染めしたりいろいろやってたんですけど、やっぱり藍染めって奥が深くて、人気もあるので。自分が農家になった後も、これは続けていきたいなと思ってやってます。

ゆいぴ:
さっき農業が「大変ですけど」って言ってましたが、何が大変ですか?

金森 大樹:
主に草刈りです。農業って一言で言うと、雑草との戦いっていうのはすごく大きなところで。4月頃から農業が始まって、ちょうど10月終わりまでが僕の中での1シーズンなんですけど、ゴールデンウィーク明けから草がどんどん伸びます。刈って1週間経ったらもうどこ刈ったんだろうってぐらい延びますし、夏なんか毎日どっかしらの草刈ってるので。草刈りがメインっていうのはある。

ゆいぴ:
本格的に農業を始めたのはいつからですか?

金森 大樹:
協力隊を3年間やらせてもらって2021年3月で任期を終えたので、今は町内の新規就農者っていう、一応町に認めていただいた立場の人間なんですけど。それが2021年の4月からになります。なので、今年が4年目ですかね。

ゆいぴ:
4年目を迎えてどうですか?

金森 大樹:
そうですね。シャインマスカットを始めブドウの木がだんだん成長してきて、本格的に実が採れ始めているので、いよいよこっからが本番だなっていうところですかね、僕としては。今まで、毎年何か収穫があるっていうものは育ててなかったんです。なので、やっとまともに物が取れ始める農家さんにちょっと足かかったかなという印象ですかね。まだまだ駆け出しです。

ゆいぴ:
感情的には何が当てはまりますか?

金森 大樹:
感情というのは?

ゆいぴ:
今の自分の活動に対して、抱いている気持ちってあります?

金森 大樹:
うーん……。

ゆいぴ:
喜怒哀楽で言ったらどれですかね?

金森 大樹:
今の時期は「喜」です。

ゆいぴ:
なんでですか?

金森 大樹:
時期によって喜怒哀楽が変わってくるんですよね。収穫の時期は収穫できて嬉しいので喜。草が生えてきたり、せっかく実がなったのに虫に食われちゃったりとか熊に食べられちゃったりとかしたときはやっぱり怒りの怒、あるいは悲しいもありますかね。で、無駄な実を省いたりとかこういう形にしたいなと思いながらブドウの実を間引く作業もあるんですけど、それをやってるときはすごい楽しいですかね。形をイメージしながら、こういうふうになってくれたらいいなっていう思いで実を選ぶので。喜怒哀楽に例えるのであれば、そんな感じですかね。

ゆいぴ:
そしたら、農業以外で普段やってることとか趣味とかって何かありますか?

金森 大樹:
趣味は、小学校1年から今までずっとサッカーをやっていまして。会津に移住してからも会津若松市内のチームに、フットサルですけど入れていただいて。毎週一回ぐらいはやってます。

ゆいぴ:
フットサルはどうですか?

金森 大樹:
元々僕サッカーだったので、サッカーとフットサルって似てるようなイメージありますけど実は全然違うスポーツだなと僕は思ってて。まず使うボールも全然違いますし。どう違うかっていうと、弾まないんですよね。ボールも少し小さいですし。あとは、サッカーは基本的にフィールドは10人、キーパー入れて11人であるのに対して、フットサルは5人なんですよ。キーパーを入れて5人。なので忙しいです。ボール蹴ったらすぐ動かなきゃいけないし。守備がさぼれないので、サッカーだけやってた僕からしたら最初は動きについていけなかったってのがありました。今は慣れましたけどね。

ゆいぴ:
フットサルはいつから始めたんですか?

金森 大樹:
フットサルは20歳ぐらいから。地元の友達のチームで時々やらせてもらってて、大会に週末出たりしてた感じですかね。会津に引っ越してきて、サッカーがどうというよりかは冬にグラウンドがほぼ使えないので、体育館でのフットサルっていうのはこっちでは主流のようなんですよね。サッカーもやってはいますけども、こっちに来てからはほぼほぼフットサル一択って形になってます。

ゆいぴ:
ずっとサッカーやってたのに違う種目としてフットサルを始めたきっかけって何ですか?

金森 大樹:
きっかけは、こっちでやってるのがフットサルしかなかったっていうのが正直なところですね。ただ、20歳ぐらいからは東京の町田でもフットサルは時々やってたので。こっちでもやってみようと思ったのがきっかけですね。

ゆいぴ:
他の趣味や、習慣的にやっていることって何かありますか?

金森 大樹:
趣味で言うのであれば、映画鑑賞が趣味ですし。最近は全然やれてないんですけど釣りも実は大好きで。東京にいた頃はもう毎週、仕事が休みの日は近くの川に行ってシーバスっていうスズキっていう魚、それのルアー釣り。それに狂ってましたね。仕事が休みのたびに行ってましたね。

ゆいぴ:
割と趣味のジャンルがバラバラだなと思ったんですけど。

金森 大樹:
はい。

ゆいぴ:
何か共通点があるんですかね?

金森 大樹:
僕としては、家の中にずっといるっていうのがそんなに好きではないので。映画ももちろん家で観ますけど、映画館で観るのが大好きですし。サッカーも釣りもどっかに出ていくし。特に釣りなんかは自分で釣れる場所を開拓して、ここ自分だけのポイントだな、って見つけた瞬間はすごい面白いので。ここがポイントだよって言われてるところにも最初は行きますけど。どっちかというと、そこよりかは自分で見つけたい派なんですよね。自分なりのポイントを。

ゆいぴ:
なんで自分で見つけたいと思うんですか?

金森 大樹:
やっぱ達成感あるじゃないすか。もちろん最初はネット情報とか、友達と一緒に釣り行って、ここがポイントだよってところに行くんですけど。入りとしては。でも自分で回りながら釣りしてると、例えば草の陰とか橋脚の影とか、ここもいそうだよなっていうのを自分で思いながら釣りをしてて。今度一人で行ったときは、ここにルアー投げてみようかなとか。逆に同じようなシチュエーションの場所を一つ一つ回って見つけてやろうかなとか。そういうのを思いながらやるタイプですかね。それでハマったとき、釣れたときに、自分の力で釣れたんだなっていうのが実感できるので。一番やりがいがありますかね。

ゆいぴ:
なるほど。家の中にずっといるのが嫌、っていうのは?

金森 大樹:
なんか家の中にずっといると息が詰まるっていうか。気分が落ち込むじゃないですけど。もちろんずっと家にいないってわけではないですけど、天気が悪い日とか疲れてるときとかは家でゆっくりする日もあるにはありますけど。どっちかというと、どこか出かけようかなっていうタイプですかね。

ゆいぴ:
最近のブームとかハマってるものとか、そういうのってあります?

金森 大樹:
僕、やるのはサッカーやフットサルなんですけど、観るのは野球が大好きで。ジャイアンツの熱狂的ファンでして。僕の習慣は毎日のプロ野球中継を録画しておいて、夜ビール飲みながら観るっていう。それが僕の習慣ですかね。夏の間は、夏っていうか春から秋の間の僕の習慣。それが楽しみで楽しみで。

ゆいぴ:
野球観戦は何が楽しいですか?

金森 大樹:
野球って応援がすごい。一人ひとり選手の応援歌みたいな、チームのテーマソングみたいなのがあって。サッカーにもあるにはあると思うんですけど、でもすごいムードが楽しいスポーツだなって思います。

ゆいぴ:
観戦してるときは試合の結果よりもムードを楽しんでる?

金森 大樹:
最終的にはジャイアンツに勝ってほしいですけど。試合の雰囲気を楽しみながら、ジャイアンツに勝ってほしいっていうのはもちろんあります、ファンなので。高校野球とかも観るのが大好きです。

ゆいぴ:
自らプレイするサッカーと、観る野球って何が違うんですか?野球をやりたいとは思わない?

金森 大樹:
小学校1年からサッカーをずっとやってたので、正直野球をやろうっていうきっかけは全然なかったんですよね。でももしサッカーをやってなかったら、僕は野球やってたかなと思うんです。たまたま小学校1年の同じクラスの友達にクラブチームに来ないかって誘われて、体験から入るってなったのがきっかけで、本当にもうサッカー一択で今まできたので。でも野球も時々やってみたいなってのがあって、小学校の放課後、近くの公園で草野球みたいなのやってたことがありますけど。

野球とサッカーの違いってなると、それは競技の問題かもしれないですけど、サッカーってあんまり考えないんすよ。来たボールを瞬間的に、一瞬の判断で動かすスポーツなんでサッカーって。でも野球ってインターバルがあって、次に相手がどういう球を投げてくるのかな、どう投げるのかなっていうのを考えるスポーツなので。それも面白いのかなって。読み合いとか駆け引きとか、そういうのが出来るスポーツなのかなって思って。解説の人の話を聞いて展開が本当にその通りになると、本当にそうなるんだって、面白いなって思います。

ゆいぴ:
ちょっと質問を変えて。自分ってどんな性格だと思います?

金森 大樹:
僕は細かい性格だと思います。とっても。

ゆいぴ:
というのは?

金森 大樹:
例えばブドウを作ろうと思ったときに、解説本に、いろんな人がブドウの育て方ってこうですよっていうふうに書いてるんですよ。でもそれをそのままやるのが僕はあまりに腑に落ちてなくて。なんでこういうふうに書かれているんだろうとか、ブドウに肥料をあげるタイミングは秋がいいですよって書いてあれば、なんで秋?夏にやっちゃダメなの?とか。秋じゃなくて冬でもいいじゃん!って思うんですけど。言われたこと書いてあることをただやるんじゃなくて、理論的にこうなるからこうなんですっていうのは、自分で納得しないと動きにくい性格なのかなって思います。突き詰めてやりたいタイプなんですよね、自分としては。

ゆいぴ:
周りからはなんて言われますか?

金森 大樹:
周りからも細かいって言われます。でもその細かいところを人に突き詰めまくっちゃうというか。自分の中で答えを出せばいいところも、こうなんですよね?こうじゃないんですか?っていうふうに聞きまくっちゃうのが、勢いが強すぎるところがあるよとか言われたりもしますね。

ゆいぴ:
理論とか仕組みとか、細かいところが気になるのってなんでだと思いますか?

金森 大樹:
なんでなんすかね。僕がサッカーをやってたときとか、今まで接してきた人とか、この人すごい良い人だな、すごい人だなと思ってた人がやっぱり理論派っていうか。理路整然と自分の勢いとか思いつきだけで物を言うんじゃなくて、これってこうで、自分の体験も合わせてこうなんだよ、だからこうなんだよっていうのを筋道立てて説明してくれる人に僕は今まで好感を得てきたんだなっていう。そういう背景みたいなのがありますね。そういうふうに僕もなりたいな、そういうふうに生きていきたいなっていうのがあって真似してきた結果、僕の振る舞い方に繋がって今があるのかなって思いますね。

ゆいぴ:
うんうん。自分的にはどうですか?自分の性格についてどう思います?

金森 大樹:
僕はこれで全然いいと思いますよ。細かいからこそ自分が説明をする側になったときに、細かく説明できるというか。自分自身で納得して自分でやればいいっていうことも多々ありますけど。例えば藍染め、藍染めの講師っていうと硬いかもしれないですけど、藍染めの体験事業も自分で受け入れさせてもらってて。自分で説明をしたり、いろいろ組みながら仕切らせてもらってるんすけど。やってる中で、いろいろ質問がきます。そのときに自分が細かく突き詰めたとこをお客様も時々聞いてきてくださるので、それを細かく説明というか、具体的に説明できるようになるというか。そうすると納得してくださって、すごく充実した顔をしてくれるので。お客様が満足してくれるというか、こういうことも全部答えてくれるんだとか、スッキリしましたとか、また来たいですとか。そういうのに繋がるのかなって思ってます。

過去:高校のサッカー部の練習を見に行って、すっげえつまらなそうだなと思ったんですよね(笑)

ゆいぴ:
子供の頃はどんな子供でした?

金森 大樹:
子供の頃は本当にスポーツ少年で。活発で元気が良くて、毎週火木土はサッカーのクラブチームの練習に行って、それ以外の日は放課後になったら友達と野球とか、あとは友達の家でゲームしたりとか。っていう感じでしたね。普通の小学生、中学生でしたね。

ゆいぴ:
自分が今覚えている中で、最古の記憶ってどこですか?

金森 大樹:
僕は4歳ぐらい。

ゆいぴ:
へえ、だいぶ昔。

金森 大樹:
幼稚園の年中ぐらいですかね。

ゆいぴ:
どんな記憶です?

金森 大樹:
幼稚園に通ってたので、幼稚園の先生とお弁当を食べてるシーン。あと幼稚園に行くときに、母が自転車を漕いで僕が後ろに乗って、家の近くの道路を走ってたシーン。そこをすごい覚えてるんですよね。断片的ですけど。最古っていうとやっぱ4歳、幼稚園の年少年中ぐらいですかね。

ゆいぴ:
それはなんで覚えてるんですか?

金森 大樹:
なんでですかね。

ゆいぴ:
自分にとってどんな記憶です?

金森 大樹:
でも幼稚園は毎日行ってたからだと思いますし、人間って大体脳が発達してきて記憶に残り始めるのって4、5歳頃って言うじゃないですか。それもあるのかなと思いますし。

ゆいぴ:
サッカーの話はずっと出てるけど、それ以外に小学校でやってたことってありますか?

金森 大樹:
水泳をちょっとやってましたかね。小学5年生ぐらいのとき。夏休みだけの短期スイミングスクールみたいな、1ヶ月半ぐらい行くやつなんですけど。あれに入ってやってましたね。その後ちょっと続けたのかな。そのぐらいですかね、サッカー以外の習い事って。

ゆいぴ:
習い事というか、やってたこととしてはサッカーと水泳くらい?

金森 大樹:
そうですね。あとは中学校のときに、中三のときに塾に行ってたくらいですかね。習い事っていうのは本当にもうサッカー一本でしたね。

ゆいぴ:
ふうん。じゃあ中学時代はどうでした?

金森 大樹:
小学校からそのまま体だけ大きくなって中学生になっちゃったみたいな。勉強も大してしてないし。クラブチームの中学生の部みたいなところにそのまま上がったんで、そこでの練習はもっと激しかったですけど。中学校はそもそもサッカー部がない学校で、陸上部に入ってて。時々練習に出たりとか。あとは9月の今ぐらいに町田市の中学校の陸上大会みたいなのがあって。そこのリレーのメンバーに入ったりとか、そういうのをやってましたかね。

ゆいぴ:
陸上部に所属しながら、サッカーを習い事としてやっていた?

金森 大樹:
そうです。

ゆいぴ:
結構忙しそうですね。

金森 大樹:
忙しいですね。疲れますよね、運動部系なんで。

ゆいぴ:
その状況について、当時思うところって何かありました?

金森 大樹:
でも自分が好きなサッカーと運動、それがやれてるってことなので。やっぱり自分としては、やりたいことをやらせてもらってるっていうのが満足っていうか嬉しいし。親も月謝とか払ってくれてるんで、そこは感謝を……今になってしてるって感じかな(笑) 中学んときはそこまで感謝っていうか、普通にやってるのが当たり前だぐらいに思ってたので。今になって、やりたいことをやらせてくれてた親に感謝だなと思いますね。

ゆいぴ:
高校時代はどうでしたか?

金森 大樹:
それは運動のことですか?スポーツとかそういう話?

ゆいぴ:
総じて。高校生活どうでした?

金森 大樹:
一番印象に残ってますかね、学校生活の中でも。僕、本当は高校でサッカーやろうと思ってたんですけど、入学する直前に気が変わってサッカー辞めようと思ったんです。高校のサッカー部の練習を見に行って、すっげえつまらなそうだなと思ったんですよね(笑) 体育会系の学校ですごいコーチの罵声とか監督の罵声とか飛んでて、楽しそうじゃないなこのサッカー部、って思ってしまって。高校に提出する自己PRカードっていうのがあるんですけど、サッカー部入るっていうのを入る前提で書いてたんですけど、やっぱ辞めようと思って。同じ中学から入った友達2、3人と仲良かったんで、いろんな部活の見学をしてバドミントン部に入りました。

ゆいぴ:
バドミントン部は入部の決め手があったんですか?

金森 大樹:
一番楽しかったからです。部活動見学っていうのがあるんすよ、4月から入って1ヶ月ぐらい。その間に良いと思った部活に入部届を出して、確か5月から正式入部みたいな。うちの学校はそういう流れで。一番面白そうだなって思ったのがバドミントンだったから、です。

ゆいぴ:
楽しそうだと思って、実際バド部に入ってみてどうでした?

金森 大樹:
練習はきついですけど、やっぱ楽しくやれるんすよね。楽しく厳しく。厳しいですけど、できたときはすごい褒めてもらえるっていうか。しかもバドミントン部の監督が結構有名な、高体連とかそういうところの理事長をやるぐらいの名の通った方だったらしく。教え方もすごい上手いんですよ。人間の関節とか筋肉の動きがこうなるからラケットはこう振るんだと。だから足の筋肉とか足のステップの動かし方はこうじゃないと、この体勢で振れないからこうなるんだっていうふうに。僕の一番好きな、理論的に教えてくれる人だったので。だから納得して練習できたというか、何のために今この練習をしてるのかがすんなり入ってくる人だったので。僕はとってもやりやすかったです。

ゆいぴ:
バドミントン部は3年間所属してました?

金森 大樹:
実はバドミントン、1年間で辞めてまして。その先生が1年で異動になっちゃったんですね。

ゆいぴ:
あー。

金森 大樹:
部活も急速に衰退してって、部活を辞めて。近くにバドミントンのクラブチームがあったんで、そこに入りました。社会人とか、もちろん高校生もいましたし、大学生とかもいるようなところに入って。でも部活はどっかの部に参加しなきゃいけなかったので。僕の高校は強制入部だったから。だから僕は水泳部に名前がありましたね。

ゆいぴ:
サッカーのクラブじゃなくてバドミントンのクラブに入ったんですか?

金森 大樹:
そうです。サッカーをやるっていう頭はなかったんで。

ゆいぴ:
その間、サッカーやりたいって思わなかったんですか?

金森 大樹:
全く思わないです。サッカーを見てもやりたいと思わないし。言っちゃえば、高校3年間はほぼサッカーボールを触ってないですね。

ゆいぴ:
へえ。

金森 大樹:
遊びでちょっと蹴るぐらいはありましたけど。練習するとか試合に出るとかは全くないです。

ゆいぴ:
それってサッカーへのやる気が薄かったから?それとも完全にやりたくなかった?

金森 大樹:
やる気がなかったっていうのもあるし、それ以上にバドミントンが面白い時期だったので。サッカーをやるっていう発想にならなかったですけどね、その時期は。

ゆいぴ:
でも大人になってからサッカーやってるじゃないですか。

金森 大樹:
そうなんです。

ゆいぴ:
なんでですか?

金森 大樹:
大学1年生の秋、ちょうど今ぐらいの時期に、同じ学科の友達がサッカーサークルを立ち上げたいと、新しく作りたいと言ってたんですよね。そのとき僕、バドミントンは元々入ってたクラブチームにちょくちょく練習は行ったんすけど、特に大学のサークルとか部活とかには入ってない時期で。どっか入れたらいいなーぐらいに思ってたんですよ。そしたら「大樹、一緒にサッカーやらない?中学までやってたんだよね?」っつって。で、一緒に練習やろうよって。そっから、やっぱサッカー面白いかも、じゃあ入ろうっていう。もう一回サッカーが自分の中で上がり始めたっていうか、再燃し始めたっていうか。それがきっかけですかね。

ゆいぴ:
そういうのも含めて、大学生活はどうでした?

金森 大樹:
大学時代は一番戻りたいと思う生活。今思えば。

ゆいぴ:
それはどういう意味で戻りたい?

金森 大樹:
もちろん勉強もしてましたし、アルバイトも充実していたし、友達関係も充実してたし。一番自由だったけど、いろんな経験ができたなと思える4年間だったからです。

ゆいぴ:
何が良い経験でした?

金森 大樹:
僕、帝京大学って大学なんですけど、いろんな学科の授業を好きに選べるんですよ。もちろん自分の学科の単位は必修でありますけど、聞きたい授業全部聞いていいんですよ。だから、自分が勉強したいな、この人の話聞きたいなと思った教授や講師の授業を、単位とは関係なく自由に聞けるっていうのが売りの大学だったので。そういう意味でいろんな勉強、聞きたいことを聞けたなっていうのがよかったなと思ってます。

ゆいぴ:
大学を卒業した後は?

金森 大樹:
大学卒業した後は、僕は自動車学校のインストラクターに。最初は見習い、インストラクターの卵っていうので入って。自動車学校のインストラクターになるには実は国家資格が必要で、それを取るための勉強とか研修とか、そういうのをやってました。

ゆいぴ:
自動車学校のインストラクターになったきっかけは?

金森 大樹:
元々僕、人に何か教えたりとか、人前に立って何かを喋ったりとか、講師をやったりとか、そういうのがすごくやりがいがあっていいなと思ってることで。あと車の運転がすごく好き。バイクの運転も好き。それが合わさったのがインストラクターの仕事だったんですよ。これ面白そうだなと思ったのがきっかけ。

ゆいぴ:
人に教えることのやりがいって何ですか?

金森 大樹:
まず自分が話したことが全部伝わるわけではないですよね、もちろん。何か勘違いをさせてしまったりとか、スムーズに物事が進まないときはあって。そのときにどうしたらいいのか。どういうことをこの人に言えばうまく動いてくれるかな、スムーズに理解してくれるかな、っていうのを考えて、それを実践してうまくいったなっていうことが面白いから。達成感があるからです。

ゆいぴ:
それっていつ頃気付いたんですか?

金森 大樹:
大学3年生ぐらいから、ゼミっていうある先生の元について勉強する期間があるんですけど。そういう人前で喋るっていうのを徹底的にやらせてもらったゼミだったので。そこで自分ってこういうのが楽しいと思える人なんだって思ったからですね。

ゆいぴ:
そこで気付いたんですね。

金森 大樹:
気付きましたね。僕はこういう方向なのかな、って思ってます。

ゆいぴ:
自動車学校でインストラクターやってて、そこから磐梯町に来たのはどういう運びですか?

金森 大樹:
そうですね。少し体を壊したりとか怪我をしてしまったりとかして、ちょうど就職活動をしているタイミングで、磐梯町内の知り合いから、実は磐梯で新しく地域おこし協力隊っていう仕事を、職種を始めることになったと。で、大樹くんが今仕事を探してるって聞いたからもしよかったらどう?どういうことやるかっていう話だけでも聞きに来ない?っていうのがきっかけなんです。

ゆいぴ:
地域おこし協力隊として、ってことは絶対に移住がつきものじゃないですか。

金森 大樹:
はい。

ゆいぴ:
それは自分の中ではアリだったんですか?

金森 大樹:
正直、磐梯町じゃなかったら行ってたかどうかはわかんないですね。元々磐梯はスキーとか旅行とか、毎年じゃないですけど結構頻繁に来てた町だったので、親近感がありました。なので、全く知らない町に自分一人でポツンと行くって感じじゃないなって思ったんで。いろいろ、役場の人とか町の人の話を聞いていく中で、これは自分にできそうだな、自分でやっていけそうだなっていう感覚って言うんですかね。そういう気持ちになったので来ました。

未来:初心忘るべからずっていうんですかね。常に初々しい農家でいたいと思います。

ゆいぴ:
この先の5年10年、さらに先の20年30年後、最後に自分が死ぬところまで考えたときに、未来に対してどういうイメージを持っていますか?

金森 大樹:
未来に対してですか。仕事の面でお話をさせてもらうと、磐梯に来て農業をしていて、ずっと同じ会社に勤めて40年ぐらい働いて、60歳になったら定年退職をしてその後は年金をもらって、っていうのが完全になくなったので。ある意味では楽、気持ちとしては楽になるんですけど。でもやっぱりお金、食い扶持っていうのは自分で稼いでいかなきゃいけないので。農業以外にも、この先仕事をいくつか持たなきゃいけないかなと思います。台風が来たりとか、大風が吹いたり大雪が降ったりして、例えばブドウの木が折れました、ビニールハウスが吹き飛びましたってなると収入がなくなっちゃう。それは誰も助けてくれない。でも農業以外にも何か自分で仕事を持ってれば、そっちでしばらく食い繋げられるし。しばらく死にはしないなっていうふうな思いになるので。やっぱり農業以外にも二つぐらいは稼げる柱っていうのがないと、この先は生きていけないのかなと思います。職業は別に何でもいいと思うんですけど。

ゆいぴ:
ちなみに今のところ目処が立ってる仕事とかあるんですか?

金森 大樹:
今のところは、個人的に配送業をやってるので。真夏の暑いときは日中の農作業がほぼできないので、朝と夕方は農作業をして、日中はその仕事をしてます。なので、サラリーマンの平均月給相当は安定して今稼げてるので。それプラス自分の農業の売り上げの収入もあるので、なんとか生活には困らないかなっていうような状態ではあります。

ゆいぴ:
さっき仕事の面でって言ってましたけど、生活の面ではどうですか?

金森 大樹:
生活の面……そうですね。磐梯は冬に農業ができないので、冬はずっと磐梯にいなくてもいいのかなって思っていて。例えば夏は磐梯にいて、冬は東京か関東の方にいたりとか。理想は、冬は遊んでたいってのはありますけど。旅行したりとか。磐梯だけに拠点を持った生活をしなくてもいいのかなっていう思いはあります。生活スタイルとして。

ゆいぴ:
いわゆる多拠点生活ってやつね。

金森 大樹:
そういうのができたらいいなっていうふうにはぼんやり思いますね。

ゆいぴ:
チャレンジしてみたいことってありますか?

金森 大樹:
僕、今の家を買ったときに、いろいろ法律の勉強が必要だなってすごく思って。不動産の選び方とか、何か物を買うときには必ず税金とかそういうのが発生するんだよっていうのを、やっぱ知らないと生きていけないんだなって実感してしまって。今は自分の家を持ってて、固定資産税とかいろいろ払ってるんですけど、不動産に関する資格にチャレンジしてみようって去年思って。いろいろ調べたらいわゆる宅建、宅地建物取引士っていうんですけど、それを勉強してみたいなって思って。その資格をちょっと取ってみようと思って勉強中ですね。すごく難しいですけど(笑)

ゆいぴ:
何が難しいんですか?

金森 大樹:
いろんな科目があるんですよ。税金のこととか宅建業法とか、民法のこと。あとは数字関係ですよね。何万平方メートル以上であるとか、そこがちょっと僕には難しいので。法律を勉強するのはすごい好きで。この法律がこうなっているってだけじゃなくて、この法律がなんでこういうふうに制定されたんだろうとか、この法律が決まった背景には何があったからなんだろうっていうのを、ネットとかいろんな本とかで見るのが面白くて。ってなると、この法律がこうなんだっていうのがスッと頭に入ってくるので。これっていろんな応用がきくなって思いますね。ただ数字がなんでこの数字なのかってのはわからないので、単純な丸暗記に近いので、そこは苦労するところですよね。

ゆいぴ:
なるほど。背景が見えないと覚えるのは大変?

金森 大樹:
語呂合わせとかいろいろありますけどね。理解して覚えたいんです。

ゆいぴ:
じゃあ、未来に成し遂げたいことってありますか?

金森 大樹:
成し遂げたいことは、今育てているブドウの木を、全部実のなる木にまず育て上げて。そこだけの売り上げで500万円ぐらいいきたいですね。ちょっと数字の話になりますけど。

ゆいぴ:
その500万っていう数字はどこからきたんですか?

金森 大樹:
ブドウの栽培面積と、大体実のなる数っていうのはおおよそ予想が出ていて、それが僕の希望した値段で全部売れた場合はそれぐらいになるからです。

ゆいぴ:
それってなんでその目標が生まれるんですか?お金を稼ぎたいからなのか、自分の業として農業を発展させたいからなのか。

金森 大樹:
まずは何のために仕事をするかっていうと、やっぱり生きていくために仕事をすると僕は思ってるので。農業って楽しい、草刈って楽しい、ブドウがなって楽しい、だと家庭菜園でいいんじゃないかって僕は思うので。生きていかなきゃいけないってことは、それなりの収入をまず得なきゃいけない。100万じゃ足りないし200万でもちょっと不自由だよねって考えると、やっぱり500万ぐらいは最低稼いで。その他の仕事でも数百万は稼いで、年収としては7、800万。普通のサラリーマンにちょっと毛が生えたぐらいの収入を得ないといけないと思うからです。

ゆいぴ:
こういう自分でありたい、みたいなのってありますか?

金森 大樹:
常に初心を忘れないでいたいっていうのがありますね。例えば藍染めの体験に来るお客様、リピーターの方もいらっしゃいますけど、ほとんどが初めての方なんですね。でも僕としては、この藍染めのことを教えるっていうのはもう何百回とやってるから。だからどうしても説明を省略しがちになったりとか、なあなあでいきがちなところが自分の中であるなと思っていて。それだとお客様の初めての感動には繋がらないと思うので、僕としては何回もやって経験値はあるけど、初めてのお客さんにも絶対に初めてのように説明するっていうのを心がけたり。初心忘るべからずっていうんですかね。常に初々しい農家でいたいと思います。経験はありますけど新鮮な気持ちでやりたい。変な意味で慣れたくない。

ゆいぴ:
なんでそういう姿でありたいと思うんですか?

金森 大樹:
教習所時代の先輩インストラクターを見たときに、この道何十年のベテランの方がたくさんいらっしゃって、言い方悪いですけどすごいかったるそうなんですよね。何十回何百回も教習所って同じことを教えるので、どうしても新鮮さはなくなってきちゃう。そういう人ってやっぱり生徒さんにも人気ないし、会社からもあまり良い評価ないし、やってて面白くなさそうなんですよね。でもその反面、僕が目標にしてた先輩は、自分で工夫して教えたりとか、新しいことを自分で模索しながら楽しくわかりやすく教えていて輝いて見えたので、僕もそうなりたいと思ったんですよね。

ゆいぴ:
それってつまり何を求めてるんですか?

金森 大樹:
何を求めてる?

ゆいぴ:
うん。自分の中で何かを求めてるから、ありたい姿があるのかなって。

金森 大樹:
難しいですね。……言葉が出てこないですね。

ゆいぴ:
初心を忘れずに藍染めの講師をすることによって何が生まれると思います?

金森 大樹:
感動が生まれると思いますね。

ゆいぴ:
ふうん。どういう感動?何に対する感動ですか?

金森 大樹:
もちろん藍染めをして、綺麗に青く染まったっていう感動もあると思うんですけど。かなもりファームっていうところで、自分が期待していた以上の熱意とか、対応をしてもらえたなっていう、青く染まった以外のプラスアルファの感動ですかね。満足感みたいなのは生みたいですね。

ゆいぴ:
なるほどね。金森さんにとって磐梯町はどういう存在ですか?

金森 大樹:
第二の地元ですかね、僕としては。もう住んで7年目になりますし、なかなか長い期間いさせてもらってるなってのはあるので。どんな存在かっていうと、第二の地元かなと思いますね。

ゆいぴ:
磐梯町に移住してくるきっかけで、声を掛けてもらって協力隊として着任したって話をしてましたけど、もしそれが全くなかったら。自動車学校の後に就活してる中でそういう声掛けがなかったら、どういう人生を歩んでると思いますか?

金森 大樹:
何してますかね?でも、僕は小さい頃からぼんやりですけど、いつか農業をやってみたいっていう気持ちと、めちゃくちゃ大きい家に住みたいっていう夢があったんですよね。だからこれは可能性ですけど、どこか農業ができる街を自分で探して、地域おこし協力隊っていう形じゃないかもしれないですけど、どっかの街に行ったかなとは思いますかね。たぶん。これは空想ですけどね。

ゆいぴ:
農業やりたいとか大きな家に住みたいとか、何か理由があるんですか?

金森 大樹:
そうですね。僕の実家は農家ではない、普通のサラリーマンの核家族だったんですけど。僕が幼稚園、小学校上がるくらいのときに、家庭菜園みたいなので郊外の畑に場所を借りてて、そこで野菜を作ってたんですよ。ハサミでチョキって切ったりとか、雑草を抜くよとか、苗を植えるよとか、そういうのをぼんやりやった覚えがあって。これ面白いな、みたいな。土いじりって面白いよねって。そういうのがまずあって、いつかこういうのやってみたいって思ってたのがまず一つ。

なんで大きい家に住みたかったのかっていうと、僕の家は団地で、マンションみたいな感じなんですけど、一軒家じゃなかったんですよ。中学高校のときに友達の家に遊びに行くと、ほとんどの人が一軒家なんですよ。大きい綺麗なお宅で。そういうのに憧れて、いつか自分で一軒家に住みたい、しかもめちゃめちゃでっかい家。でも東京じゃまず無理なので。だからこういう地方に来て、大きい家をタイミングよく見つけられて住めたのは、自分では良かったなと思います。

ゆいぴ:
磐梯町に来てどっちも達成できたんだね。

金森 大樹:
そうだね。

ゆいぴ:
最後に言い残したことっていうのを聞いてて、人生を振り返った上での遺言になってもいいし、読者へのメッセージでもいいし、インタビューの感想でもいいし。何でもいいんですけど、最後に言いたいことがあればお伺いします。

金森 大樹:
まずインタビューを受けて、いろいろ話させてもらって、あんまり自分で自分の人生を振り返るっていうのは正直なかったなって思ってて。改めて自分でこういう生き方をしてきたんだっていうのを振り返って良かったなと思った。整理できた感じがします。メッセージっていうと烏滸がましいかもしれないですけど、自分の生きたいように生きた方がいいのかなと思う。人に迷惑はかけないで。なので、やりたいことをやって生きていければいいのかなと思います。基本的には。

ゆいぴ:
はい、ありがとうございます。

あとがき

根拠や仕組みがわかるまではイマイチ納得できない!って人は不思議と法律に辿り着く説。法律が人間を統治しているからかな?でも法律って秩序を保つための道具でしかないんだけどね。じゃあなんで秩序を保つ必要があるんだろう。それはたぶん、一人ひとりが尊いから。じゃあなんで人は尊いんだろう。それは私もあなたも、世界にとってかけがえのない存在だから。
そして「なんで?」が心に芽生えるのは、自分と自分以外の存在に正面から向き合える人だから。何事もただ受け入れるのではなく、常に何かに疑問を持って考えて理解しようとしている。それは豊かな人間らしさだと思うな。だから「なんで?」っていう問いこそが私たちの唯一無二を煌めかせている。問い続けることは、きっと私たちの生きる証なんだね。

【インタビュー・編集・あとがき:ゆいぴ】

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