大事なのは「好き」の理由を言えること
渋谷という土地で出版社アンノーンブックスを創業したのは2018年1月。あれからもうすぐ3年が経とうとしています。
プロフィールでも少し触れましたが、1999年に雑誌編集者として走り出し、いくつかの出版社で書籍編集にも携わるようになっていた僕は、会社員として最後の10年間を編集長として過ごしました。
その間、幸いなことにベストセラーが誕生する瞬間に何度も立ち合い、「数」のすごさを実感する経験もできました。でも、独立して新たに自分で出版社をつくり、3年が経とうとする今思うのは、本づくりは時代とともにどんどん変化しているということ。
時代が変わり、ニーズが変わったこともあるけれど、僕自身が変わっていっていることも大きいのだろう。もしかすると、本だけはなくいろいろなジャンルに共通して言えることかもしれない。
とにかく、今こうして綴っていることすら、1年後には古くさく聞こえたとしてもおかしくはないと思うのです。
「数」を最優先すべき時代は終わった
たとえば、会社員時代に味わった「数」の重みについて。
「絶対いける!」と思った本が想像を超えるほどは売れなかったり、その反対に「どうだろう?」と確信を持てないまま出した本がその後のトレンドの潮流をつくるような売れ方をしたりと、数がすべてではないけれど、数に一喜一憂したのも事実。数に手応えを感じることが楽しい時期もありました。
でも、今この時代に自信を持って言えるのは「数は決して最優先すべき事項ではない」ということ。もはや「マスに向けたコミュニケーション」など、読者を見ていないも同然だと思うのです。
もちろん、多くの人に刺さる本づくりができればそれに越したことはありません。ベストセラーをつくった人たちにしか見えない景色があるのは確かだから。
ただ、それはあくまでも結果であって、そこだけを狙っても意味がない。今の僕は、数の大きさだけを目指すより「意味のあること」をしたいと思っているのです。
「好きになった感覚」を本で伝えたい
では、今の時代の本づくりにおいて、意味のあることってなんだろう──おそらくそれは、読者(消費者)と「情報の共有」ではなく「感情の共有」をしていくことなのではないか、と。
この数年で、私たちを取り巻く環境は大きく変わりました。イノベーションによって社会が大きく変化した現代では、読者を状況や価値観、精神のあり方というくくりで捉えるほうが自然だと思うのです。
たとえば「こういうことがあって、こうするといいですよ」といった“役に立つネタを披露する媒体”としての本は、読者にとって役に立つ本。
でも、僕がこれからつくっていきたいのは、「こういう考え方っていいと思わない?」「こういう行動もアリだよね」といった、同じような状況や価値観の人に向けて、“感情を乗せてリアルに伝える媒体”としての本。今は、そういう本をつくる時なのだと思っています。
もっと極論をいえば、編集者である僕自身が“好きになった感覚”を伝えるためのコンテンツ──それが今の時代に出版する意味のある本だと思うのです。
なぜ、好きになったのか。
どんなところが、好きなのか。
どんなふうに、好きなのか。
さまざまな角度から見て、触って、味わって、リアルに読者に伝えること。同じ熱量の高さを持ち、同じ軌道のなかで待っていてくれる読者に対し、自分を貫きつつも確実に刺さる言葉で伝えること。
それが今という時代に意味のあるコンテンツをつくる大事なポイントになるのではないかと思っています。