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「bitter coffee」

いつのまにかコーヒーを飲んでいる
いつからか コーヒーが好きだ
一日に何杯も飲む

つい一年くらい前までは 苦くて嫌いだった
飲むのなら甘いミルクコーヒーか カフェラテ程度だったのに
いつのまにかコーヒーを日常に受け容れた
いつからか コーヒーが好きになった

だが ホットに限る
アイスコーヒーは未だに好きになれない

熱湯でコーヒーを淹れて
猫舌だから随分と放置する
その待ち時間がわりと好きだ

ただ待っている
それが好きだ


雨が降ったから雨宿りをするように
ただ待っている

会いたくて会えたから落ち着いて
ただ側にいる

風呂上がりにまだ暑いから裸のままで
ただ座っている

エアコンでもいい
扇風機でもいい
浅い夜のそよ風なら なおいい


待っていられなかったんだ
きっとあの頃は

この頃までは


なんにでも愛らしい横顔がある

きっと思いの詰まるような後ろ姿もある
誰にだって誰にも語らないなにかもある

何事もどこか角張った箱のようなものなら
のぼらなければわからないてっぺんも
通り過ぎてから振り返る向こう側の面も
自ら頭を下げなければ見えない箱の底だってあるから

持って振ったら案外かわいい音がしたり
抱えて眠ったら 朝起きて顔に角がめりこんだ跡が残っていたり

角砂糖のように舌でなめたら
溶け出して 甘くて 徐々にまるくなって
そんなことがなんだか微笑ましくて

溶けてしまったら なんだか
最初の角のとんがりが妙に恋しくなったりして
いまとなれば 角があろうが 丸かろうが
どっちだっていい


ほどよく冷めたら
まだ温かいうちに飲み始める
胃に届く頃には 傷みのような重みが
心地よい温度を教えてくれる

もう甘くはないけど
渋みのような残り味が残ってしまうのだけれど
いまでは苦みが なぜか好きになった

なにやら思いが自分の中に残っていることに気付くのも
こうしてコーヒーを待っている時間があるおかげだ

あの頃は甘かった
甘い味が好きだと思えた


ほのかに沸き立つコーヒーのいい香りも
すぐそこにあるようで時折り胸を焦がしそうになるけれど
あの頃には見えていなかった俯瞰した時差の辻褄に漂いながら
解きかけた夢も既に拭ってしまった傷みのようにそっと

湯気のように映しては 消えていくように思えても
目には見えなくてもどこかには確かに在り続けていて


いまそこにある香りに答え合わせのような名前など付けずに
いい香りだと感じることができるのなら
それはいい香りなのだ

ただ味わいながら いまにあるんだ
思うようには いく必要がなかったのだろう


掴めそうで掴めない淡い残り香のような一瞬が
忘れかけた面影に無作為に繋がるように香っては誘う

届くようで届かないようで いまやっとなにかが届いたような

ほろ苦い思いがひろがって今になってしかめるけれど
苦みの中にもまろやかな柔らかさも感じて


そんなことを思いながら
もうやけどなんてしないように
躊躇しすぎて冷めすぎてしまわぬように
おそるおそるカップを口に運ぶ

漆黒の水面に映る自分と目が合った


ほっとひとくち

のどを過ぎる

コーヒーがいつのまにか好きだ

20161010  8:17




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