【小説】真神奇譚 第十七話
「小四郎さん、村の方から誰か来るぞ」五郎蔵に突かれて小四郎が眼を覚ますともう随分薄暗くなった村の方から誰かゆっくりとした足取りでこちらに向かって歩いて来る。まだこちらには気づいていないらしく警戒するそぶりも無い。よく見るとまだ若い娘のようだ。
「ちょうどいい。あの娘に村の事を聞いてみよう」小四郎が出て行こうとするのを五郎蔵が引き留めた。
「のこのこ出て行って大丈夫か」
「こうしていても埒が明かん。相手は娘一人だ何とかなるだろう」そう言うと小四郎は娘の方へ歩いて行った。
「もし娘さん。ちょっと教えて欲しいことがあるのだが」小四郎は出来る限り静かにゆっくりと話しかけた。娘は一瞬驚いた様子だったが逃げ出すようなことは無かった。小柄だが銀色の体毛が美しい娘だ。
「私は旅の者だが、娘さんは龍勢の村の人かな」しばらく間があったが娘は小さく頷いた。
「私の連れが龍勢に縁のある者なのだがそれも随分と昔の事で誰に話を聞いたものか困っておるのだ。村に誰か昔の事に詳しい人は居らぬか」
娘はじっとしたまま小四郎は見ていたがいくらか落ち着いてきたのか小さな声で応えた。
「この村では家のじい様が一番の長老よ」
「そうかそれは良かった。おじいさまに会わせてはもらえまいか」
「じい様は知らない人とは合わないわ」娘は元来た道を戻る素振りを見せた。
五郎蔵が追おうとする小四郎を制して口を開いた。
「娘さん、わしの名は龍勢の五郎蔵じゃ。母親から聞いた話ではわしはこの村で生まれたと言うことだ。老い先短くなってきたこのわしの最後の望みを聞いてはくれまいか」
娘はこちらへ向き直って五郎蔵の顔を見た。
「わしは本当にここで生まれたのか、もしそうなら縁の者はいないのか何としても知りたいのじゃ。おじい様に聞いてみてはもらえんだろうか」
むすめはじっと五郎蔵の話を聞いていたが小さく頷くと口を開いた。
「じい様に話してみるからしばらくここで待っていて下さい」と言うと小走りで村へ戻って行った。
「大丈夫かな」小四郎は不安げに五郎蔵を見た。五郎蔵の方はもう腹を括ったと見えて道端の岩に腰を下ろして悠然と構えている。
「なに追手に連絡されればその時さ、捕まったところで命までは取らんじゃろう。大丈夫だあの娘は、そんな気がする」いつもの五郎蔵とは違って妙に自信ありげな様子に押されて小四郎も待つしかなかった。
辺りはもうとっぷりと暮れて山並みも見えなくなろうとしていた。暗闇から先ほどの娘が姿を現した。どうやら一人のようだ。
「じい様が会ってもいいと言ってるから私についてきて。すぐそこよ」二人は頷くと無言のまま娘の後を追った。
村の中心を通る道の突き当りを左に折れて直ぐのところに大きな洞窟が口を開けていた。
「ここよ」娘は小さくふたりの方を振り向くと先に立って入って行った。
恐る恐る二人が付いて行くと少し広くなったところに出た。その壁際に年老いて痩せたオオカミが座っていた。