【小説】真神奇譚 第二十話
小四郎もようやく人心地ついて腰を下ろすと隠れ里での出来事を話し出した。
「隠れ里には人間はいないし、ずっと春のような陽気でまさに我々一族の楽園と言った所だった」
「なるほど、今こっちは真冬ですからね。旦那が寒がる訳だ」
「うるさいやつだね。いちいち口を挟むんじゃないよ」
隠れ里に入ると五郎蔵さんも元気を取り戻して、何とか日光、月光を撒いて生まれ故郷の龍勢の村へ行くことができた。そこで与兵衛と言う長老に会って話をすることになった。
与兵衛は随分と痩せて歳は取っていたが眼光も鋭く威厳もあった。たてがみも薄くはなっていたが若いころはさぞかし自慢だったと思われた。
「そなた達か儂に会いたいと言うのは」
「私は四国から来た剣の小四郎、こちらは龍勢の五郎蔵と言ってこの村が生まれ故郷だそうです」
「四国からか、よく隠れ里に入れたものだな。昨日騒いでおったのはそなた達のせいだな。五郎蔵さんとやらこちらに来て顔を見せてくだされ」
五郎蔵はゆっくりと与兵衛に近づいた。
「ここの生まれだそうだが、父親の名前は何と言う」
「父の名は知らんのじゃ。母はすみれと言う外の世界の犬だ」
与兵衛は驚いた様子で立ち上がると五郎蔵をじっと見ていたが、また億劫そうに座り直した。
「そうか、そなたの父の名はな、銀蔵と言う。そなたがここで生まれたのは間違いない。その時は儂も子供だったがあの出来事は良く覚えておる。あの時の赤ん坊にまた会おうとはな」
「私の父を知っているのか」
「知っているも何も、そなたの父銀蔵はこの村の長だったからな」
「父のことを教えてくれないか」
与兵衛は悲しげな目つきで五郎蔵を見ていたが、重そうに口を開いた。
「知りたい気持ちは分らんではないが、恐らくそなたが思うような話ではないぞ。それでも聞きたいか」
「銀蔵と言うのが父の名か。いや、ようやくここまで来たのだ、どのような事でも父のことならば聞いておきたい。教えてくれ、頼む」
与兵衛はしばらく五郎蔵を見つめていたが重そうに口を開いた。
「銀蔵が村の長だったことは話したな。先代の長が早くして亡くなって銀蔵は異例の若さで長となった。お坊ちゃん育ちだったこともあって事あるごとに騒ぎを起こしておった。最も皆をハラハラさせたのは結界の番人の目を盗んでは外の世界に出かけていたことであったよ。出かけるのはまだしも次の満月の日まで帰らぬことも度々あって、村の者は皆何か起こらねば良いがと心配しておった」
話に熱が入って来たのか与兵衛は座り直して話を続けた