【小説】真神奇譚 第十八話
「あれから一年になりやすが旦那たちはどうしてやすかね」眩次は二日ぶりに顔を見せたお雪に言うでもなくひとり言のようでも無く呟いた。
「あんたは口を開けばそればっかりだね。そんなに心配ならあの滝で待ってたらどうだい」
「まあそう言わないで下さいよ。ずっと四国から一緒に旅をしてきたんですから旦那がいないと何か気が抜けたと言うかね」眩次は大きな溜息をついた。
「まったく男らしくないね。もう十分待ったんだからそろそろ四国に戻ったらどうだい」
「姉さんは相変わらず冷たいですね。旦那が戻ってきたらどうするんです。そのときあっしがいないと不義理てえもんでしょう」
「そうかね。それじゃまだここでしばらく暮らすのかい」お雪は呆れ顔で聞いた。
「そうは言ったもののあっしもそろそろ四国が恋しくなってきやしてね。潮時ですかね。姉さんとお別れするのは悲しいですが」
「何言ってんだいあたいの方は清々するよ。早いとこ四国でも何処へでも行っちまいな」
「それじゃ、もう一度語らずの滝まで行って旦那にお別れをしてからここを引き払うとしやしょうかね。姉さんも付き合っちゃくれやせんか」
「仕方ないね最後だって言うのなら付き合ってあげるよ。明日また来るよ」
翌日二人は連れ立って語らずの滝に向かった。この夜も一年前を思い出させるような厳しい冷え込みの夜だ。夜空には満月が輝いている。
「姉さん、今夜は格別冷え込みやすね。猫は寒さは苦手だと聞いてますが平気なんですか」
「あんたとは出来が違うんだよ。ぶつぶつ言ってないでさっさとお行き」
この冬は寒さは厳しかったが雪は少なく、月明かりも手伝って意外と早く滝壺までたどり着いた。滝はほとんど凍り付いて大きなつららと化し、月明かりに照らされて青白く輝いて見えた。
「この滝も今日で見納めと思うと寂しいですよ。旦那、本当はあっしも一緒に行きたかったんですよ。でもあっしは狸だこの結界は通れねえ。旦那は隠れ里でオオカミ仲間とうまくやってやすかね。やっぱりあっしがいないと心配でやすね」
「大の大人が泣くんじゃないよ。名残を惜しんだらさっさと帰るよ。さすがにこの寒さは応えるからね」
「じゃあ旦那、姉さんもああ言ってますんでお暇しやす。旦那もお達者で」
眩次がゆっくりと歩きだしたと同時に後ろにいた雪が驚いたような声を上げた。
「ちょっとお待ちよ。何か様子が変だよ」
眩次が振り返ると滝の裏側が光輝いて、今まで月明かりで白く輝いていた巨大なつららがオレンジ色の光に変わっていくのが見えた。
眩次と雪が呆然と眺めていると滝の裏の結界のあたりから以前聞いたことのある声がしてきた。