【小説】真神奇譚 第一話(全二十三話)
はじめに
絶滅が言われて久しいニホンオオカミだが、なお目撃例が後をたたない。この謎を動物達を主人公にコミカルに、時にシリアスに描く。
本編
「旦那、小四郎の旦那、この坂を登りきれば秩父の里が見えますよ」
けもの道ともつかない所々雪の残る藪の中を月明かりに照らされた大きな影と小さな影がゆっくりと登って行く。
「やっとここまで来やしたね。長かったですね」
「眩次、お前にも苦労を掛けるな」
峠を登ると秩父の街明かりが遠くに瞬いて見えた。冬空に低くかかる満月に照らされ、あたりに残る雪がうかびあがり荒涼としたなかにもしばし歩を止めるほどの美しさであった。
「阿波の国を旅立ってから二年、ようやく旦那が夢にまで見た目的の地にたどり着きやしたね」
「相変わらずよく喋るやつだ。お前は食べるか、寝てるか、喋るしかないな。もっとこう何かじっくりと腰を据えて考えることは無いのか」
「あっしは昔からこうですからね。旦那もよくご存じでしょう。喋らない奴は何を考えているのかわからないでしょう。この方が万事うまくいくんでさぁ。しかし今まで行ったところではことごとく空振りでしたが、今度こそは旦那のお仲間に出会えると良いですね」
「新聞では写真入りで数年前に出会ったという記事が出ていたし、何と言ってもここでは我々は大事にされてきたからな。必ず居るはずだ」
「そうだと良いですね。この旅にも随分と疲れてきやしたからね。そろそろ終わりにして腰を落ち着けたい気分でやす」
峠道を下り里に近づいてきたころには東の空が薄っすらと白みかけてきた。その中を遠く早起きの烏が一声鳴いて飛び去って行った。
「旦那そろそろ夜が明けます。近くで休めるところを探してきますんでしばらく待っていておくんなさい」そう言い残すと小さな影はサッと朝日の方角を目指して走り去った。
辺りが明るくなってきたころこちらに向かって一目散に駆けてくる姿が見えた。
「あいつはなんでいつもあんなに嬉しそうな顔をしているのかね。それほど私に義理があるとも思えないのだが。全く面白いやつだよ」
「少し行った先に小さな社がありましたので今日はそこで休みやしょう。近くに家も無いので隠れ家にするには手ごろですよ」息を切らせながら嬉しそうに報告するのだった。
「それから食料も調達してきやした」
「また供え物をちょろまかして来たな」
「そう言われると元も子も無いじゃないですか。この冬場で知らない土地なんですから」
「すまんすまん。ありがたく頂戴するとしよう」
社は少し道から逸れ集落からも離れた山際の目立たない場所に建っていた。細い参道を進むと傾いた小さな鳥居がありその奥に社殿が建っている。めったに参拝する人も居ないらしく境内は荒れ放題で参道の敷石も半分枯草に埋もれていた。
蜘蛛の巣を払って社殿に上がり扉を開けると嫌な音がして中に月明かりが差し込んだ。社殿の内部は外から見るよりも広く床に埃が溜まってはいたが雨風を凌ぐには十分だった。