【小説】真神奇譚 第十四話
「これは驚いた何やら騒がしいので来てみればおぬしオオカミだな。しかも見かけぬ顔だ。一体どこから来た」
「口の利き方を知らぬ若造だ、ものを尋ねる時は先に名乗ったらどうだ」
「ほう、まあよかろう。我々は結界の番人、日光と月光だ。それにしてもこの里以外でまだ生き残った者が居ようとは思わなかった。おぬしどこから来た」
「私は剣の小四郎。四国は阿波の山奥から仲間を探しにはるばるここまでやってきたのだ。この結界を通してはくれぬか」
「四国にはまだオオカミが生きているのか」
「いやもう何十年も仲間には会っていない。」
「そうか、しかし里の掟でよそ者は一歩たりとも里には足を踏み入れることまかりならん。早々に立ち去れ」
それまで黙って聞いていた眩次は我慢できなくなったのか二人の前に出張ってきた。
「おうおう黙って聞いてりゃいい気になりやがって。旦那がこうして頼んでるだ良く話を聞いたらどうでえ」
「何かと思えば狸ではないかお前には関係ないことだ。痛い目に会いたくなければ引っ込んでいろ」
二人がにやにや笑っているのを見て飛び掛かりそうな眩次を小四郎は押し留めた。
「眩次よ、どうやら話し合いが通じる相手ではなさそうだ。すまんがまた例の術で彼らを足止めしてくれ。そのすきに私は五郎蔵さんを連れて結界を越える。もしかするともう会えないかもしれない。これまで世話になったな、早く四国に帰って達者で暮らせよ」
「旦那、水臭いこと言わないでくださいよ。あっしは待ってやすよ。二人は引き受けやした。どうぞご無事で」眩次は小四郎を見つめてにやりと笑うと二人の方に歩き出した。
「それじゃお二人さん、その痛い目てのに合わせてもらおうじゃありやせんか。こちとらそこいらの狸とは出来が違うんでい。白いのでも黒いのでも、纏めてでもいいから掛かってきやがれ」
眩次が言い終わらない内に真っ黒な方が飛び掛かってきた。
「まて月光」もう一人が止めようとしたが間に合わなかった。眩次は例の不思議な印を組むと気合を入れた。月光は眩次の目前で足を滑らせ滝壺にもんどりうって飛び込んで行った。
「ざまあ見やがれ、いい気味だぜ」眩次はおどけた格好で白い方を挑発した。
「日光、気を付けろこやつ妙な術を使うぞ」月光が叫んだ時にはもう遅く二人は仲良く滝壺の中で浮いていた。
「旦那、今の内だ早く行ってくだせい」
「すまん。眩次よ恩に着るぞ」小四郎は五郎蔵を抱えて結界に向かって行った。一瞬結界が白く光り二人の姿は消えていた。
「いけねえ、こうしちゃいられねえや」眩次は滝壺から這い上がろうともがく日光と月光の頭の上を踏み越えて滝壺に飛び込むとそのまま一目散にお雪の待つ対岸に這い上がった。
「行っちまったね。無事に隠れ里に着ければ良いけどね」
「旦那の事だから大丈夫ですよ。きっと上手くいきやすよ」
「でもあんたもやるじゃないか、見直しちまったよ」
「おっと姉さん惚れちゃいけねえぜ」
言い終わらないうちにお雪の猫パンチが眩次の頬を捉えていた。
日光と月光はようやく岸に這い上がると、眩次とお雪に怒りの一瞥をくれてそのまま結界に消えて行った。