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大学授業一歩前(115講)
はじめに
今回は翻訳者/エッセイストのエリザベト怜美様に記事を書いて頂きました。お忙しい中作成して頂きありがとうございました。是非、ご一読下さいませ。
プロフィール
Q:ご自身のプロフィールを教えてください。
A:翻訳者/エッセイストをしています。1991年、横浜に生まれ、16歳までイギリスで暮らし、それから上智大学で哲学を学びました。「もしもピアノが弾けたなら」という昔の歌を、聞いたことがあるでしょうか。私は小さな頃から夢見がちな上に頑固者で、周りに馴染めず、ときに文字通り異邦人として過ごしたせいか、いつしか「本当のことが伝わらない」という感覚を常に気にするようになりました。そして意地になるあまり、いつの間にか「伝えようと頭をひねる」ことを仕事にするようになっていました。
オススメの過ごし方
Q:大学生にオススメの過ごし方を教えてください。
A:ぜひ、美術館へ行ってください。学生のうちは学割があったり、大学自体がキャンパスメンバーズに入っていたりすると、チケットがさらに安くなります。授業で紹介されたり、読んだ本に出てきたり、たまたま駅でポスターを見かけたりして、気になったものはどんどん実物を観に行ってください。それが、どこで、どんなものと一緒に展示されているのか、肌で確かめてきてください。たくさんのイメージをひたすら心に集積することは、一見、無意味なようですが、文字だけの情報に触れるときにとても役立ちます。
必須の能力
Q:大学生に必須の能力をどのようなものだとお考えになりますか。
A:「語学力」です。ただし、マスターする必要はありません。ほんの少し、単語を知っている。大体の発音がわかる。簡単な文法が理解できる。違う言語同士の似ている表現がわかる。外国語に出会ったときに、こういったことを「推測できる力」は思いのほか大切です。私の場合は、英語と日本語が同じくらいできます。それから、字幕があればフランス映画が少しわかります。そうすると、イタリア語やスペイン語もわりと似ていることに気がつきます。ドイツ語は苦手だったのでほとんど覚えていませんが、名詞、動詞、前置詞の見分けはつきます。ラテン語と古代ギリシャ語は、よくわからないけれど別に怖くはありません。戦前の旧字体も、大体は読めます。
そうすると、例えば神保町で大昔の図録を手に取ったとき、作品のタイトルと目次のおおよその意味がつかめます。何をメモしたり、調べたりするべきなのかも検討がつきます。残念ながら、この「多言語を見聞きしてざっくり推測する力」は大学卒業後、そんなに育っていません。
学ぶ意義
Q:ご自身にとっての学ぶ意義を教えてください。
A:正直なところ、あまり特別な意義を見出したことはありません。私たちは、毎日、必ず何かを学び取っています。作ったことのないパスタのレシピを調べたり、初対面の人にメールを書いたり、季節が急に秋になって今年はなんだか違うな、と感じたり、一日一日が新しいからです。しいて言えば、単なる日常のうちに何か「異質なもの」を受け取ることをうれしく思える気持ちがあると、学ぶということに「幸福」がセットでついてくる気がします。どんなにささいな変化でも、それが新鮮な歓喜を運んでくると思いながら生きていると、世界に興味がわいてきます。学びの核心には、「喜びをもたらす好奇心」があるのかもしれません。
オススメの一冊
Q:オススメの一冊を教えてください。
A:森茉莉著・ 早川茉莉編 (2017)『幸福はただ私の部屋の中だけに』筑摩書房です。
「私は生まれつき考えに枠がない。だから楽しい。子供が朝起きると忽(たちま)ち楽しくて、何か解らない歓声をあげて走ったりするのは心に枠がないからである。」(「楽しさのある生活」)
たくさんのものを見知って、それが偉い、知識が自分の価値なんだ、と思い込むあまり「ただ素朴に喜ぶ」ことを幼稚に感じて押さえ込んでしまうことが私たちにはあります。けれど、そもそも「学ぶ」とは既存の「枠」を取り払って、日々の暮らしに素敵な何かを見出し、それを愛しながら過ごせるようになることなのかもしれない、とこの本を読んで思うようになりました。
こちらのエッセイでも、森茉莉にひそむ思想について書いています。
メッセージ
Q:最後に大学生へのメッセージをお願いします。
A:自分の中にある「名前のつかないもの」を大切にしてください。たとえば、さまざまな言語を身につけたからといって、必ずしもひとつひとつの資格を取る必要はありません。証明書がないからといって、中身がないことにはなりません。取るに足らないものにもなりません。もちろん、能力や適性を社会にわかる形できちんと示すことも大事です。学歴や資格、その他の実績は、それだけで信頼につながります。けれども、人間にはそれよりもっと多くの、見えない心の引き出しがたくさんあります。どこかに眠っているたくさんの宝石を、大切にしてください。それから、それは年を取っても減らないので安心してください。けど、大人になるとどうしても忙しくなったりして、忘れてしまうということはあります。
おわりに
今回は翻訳者/エッセイストのエリザベト怜美様に記事を書いて頂きました。お忙しい中作成して頂きありがとうございました。
たとえば、さまざまな言語を身につけたからといって、必ずしもひとつひとつの資格を取る必要はありません。証明書がないからといって、中身がないことにはなりません。取るに足らないものにもなりません。
能力の本質が少し垣間見えた気がします。本当に身に付けた能力-語学以外にも-の証は自分の中に合っても良いような気がします。次回もお楽しみに!!