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大学授業一歩前(第111講)
はじめに
今回は経済学を研究してらっしゃる土橋俊寛先生に記事を書いて頂きました。お忙しい中作成して頂きありがとうございました。是非、ご一読下さいませ。
プロフィール
Q:ご自身のプロフィールを教えてください。
A:土橋俊寛(つちはし・としひろ)、大東文化大学経済学部准教授です。1978年、長野県諏訪市生まれ。東京都立大学を卒業後に就職した民間企業を1年ほどで辞め、一橋大学大学院へ進学しました。2010年に博士号を取得。知的財産研究所で特別研究員として過ごした1年間を経て、大東文化大学に就職しました。ゲーム理論を使って、主にオークションについて研究しています。大学1年生に向けたゲーム理論の教科書『ゲーム理論(日評ベーシック・シリーズ)』(日本評論社)、オークション理論の視点からヤフオク!を眺めて書いた『ヤフオク!の経済学』(日本評論社)などの著書があります。
オススメの過ごし方
Q:大学生へのオススメの過ごし方を教えてください。
A:月並みですが、旅行と読書。大きな制約もなく、自由に旅へ出やすいのは大学生の間です。(「予算制約」は大きな悩みの種だし、不幸なことに現在は移動に関して大きな制約があるのですが。)時間に縛られずに好きに本が読めるのも大学生の間です。旅行と読書にもっと時間を割けばよかったと、僕は後悔しています。大学生活の中心を(自分が入学した)大学に置く必要はありません。色んな所へ足を運び、色んな物を見て色んな事を体験する。色んな人と交わって色んな話を聞くことが、ほかの何よりも人生の糧になるはずです。旅行、とりわけ一人旅ではこれらをまとめて達成できます。「本から得た知識は実際の経験とは違う」しばしば耳にする主張ですが、僕は必ずしも正しくないように思います。読書によって、多くの人の話を「聞いたり」、幅広い経験を積むことができます。しかも実際の旅行よりも短い時間の中でそれが可能です。その意味で読書は旅行と似ている、と僕は感じます。(とはいえ経験が物を言うことがあるのもまた事実です。)
必須の能力
Q:大学生に必須の能力はどのようなものだとお考えになりますか。
A:読み・書き・計算の能力。いや、笑いごとではなく、こういった基礎力が欠けていると何も始まらないのです。そのうえで色んな事に興味を持つという「好奇心力」。体力や知力のように、好奇心は訓練次第で高めることができると僕は考えているので、あえて「力」と呼びます。旅行と読書は「好奇心力」を高めるための良い訓練にもなるだろうと思います。近年、目指す社会のあり方として多様性がキーワードの1つに挙げられることが多いでしょう。これは現在の社会が限られた見方・価値観にとらわれており、他者に不寛容であることの裏返しとも言えそうです。自分にとってまったく異質な意見や価値観に接した時、好奇心の強い人はその意見や価値観を耳障りなものとして一蹴するのではなく、「へえ、面白いことを言うんだな。なんでそう考えたんだろう?」と、相手に興味や関心を持つかもしれません。「好奇心力」は大学生だけでなく多くの人たちに高めて欲しい力だと思います。
学ぶ意義
Q:ご自身にとっての学ぶ意義を教えてください。
A:「なんのために学ぶのか?」「どうして学ぶのか?」。普段はまったく意識にのぼらない質問です。答えの候補はあれこれ思い浮かびますが、最も腑に落ちる答えは「楽しいから」。自分の研究を例に説明させてください。締切直前に入札があると自動的に入札期限が延長する「自動延長」という仕組みがヤフオク!に備わっており、出品者は自動延長の有無を自分で決めることができます。10年くらい前のこと、自分自身がヤフオク!の利用者だった僕はふと疑問に思いました。「自動延長ありとなしのどちらが儲かるんだろう?」その後、論文や本などの文献をたくさん読み漁って勉強し、自分なりに考えた内容を論文にまとめました。自分がモノを売る時に役立つだろうと考えて勉強を始めたわけではありません。ただ単に知りたいと思っただけです。調べていくうちに多くのことが分かってくるのが楽しいのです。(論文としてまとめあげる時は辛いことも多かったのですが。)これが僕にとっての学びの原動力なんだと感じます。
オススメの一冊
Q:オススメの一冊を教えてください。
A:一冊を選ぶのは難しいですが、今回は大江健三郎さんの『ヒロシマ・ノート』(岩波新書)をお薦めします。50年以上も前の1965年に書かれた古い本ですが、今なお読み継がれている良書です。最近の世の中(もちろん日本を含みます)にはずい分ときな臭さを感じます。世界の行く末を考えるうえで是非とも一度、若い皆さんの手に取ってもらいたい本です。(旅行に関連して、僕自身が大きな影響を受けた沢木耕太郎さんの『深夜特急』は候補の一冊でしたが、「大学授業一歩手前」(第50回)で菊地端夫さんが同書をすでに挙げていましたね。)
メッセージ
Q:最後に大学生へのメッセージをお願いします。
A:ギリシャ神話にプロメテウスとエピメテウスの兄弟が登場する有名な寓話があります。阿刀田高さんは『ギリシア神話を知っていますか』の中でプロメテウスを「前もって考える人」、エピメテウスを「後で考える人」と紹介しています。「後で考える」エピメテウスが先走ってしまった結果、パンドラの箱からあらゆる悪が世界中に飛び出してしまった。だから物事をよくよく考えてから行動しなさい、これが寓話の教訓です。熟慮を要する物事はたくさんあるでしょう。でも、考え過ぎて動けないくらいなら、ひとまず行動して後から考えるというのも、とりわけ大学生のうちは「あり」ではないでしょうか(犯罪行為などはもちろんダメです、念のため)。「迷ったら、やる」。ぜひ大学生のうちに色んな事を体験してください。
おわりに
今回は経済学を研究してらっしゃる土橋俊寛先生に記事を書いて頂きました。お忙しい中作成して頂きありがとうございました。
「自動延長ありとなしのどちらが儲かるんだろう?」その後、論文や本などの文献をたくさん読み漁って勉強し、自分なりに考えた内容を論文にまとめました。自分がモノを売る時に役立つだろうと考えて勉強を始めたわけではありません。ただ単に知りたいと思っただけです。調べていくうちに多くのことが分かってくるのが楽しいのです。
知りたいという思いから、勉強が始まり、それが論文になる。純粋に知りたいという思いこそが学問の中心にあると私も改めて考えました。知りたいと思った時から、学問は始まっています。次回もお楽しみに!