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広場にて
広場は今日も賑やかである。元来広場というのは人と人の交流の場である。かのソクラテスもこの広場で多くの人間と問答を繰り広げていた。今日もここでは現代のソクラテスが犇めき合っている。
「あなたは神様がいると思う?」
「いやいや神様はいるだろう!これは数百年前から言われている真実だ!!」
「じゃああなたは神がいるって証明できるのね?」
「あぁ勿論、君みたいな浅学な女性は知らないだろうけど、もうこれは証明されているのだよ。アンセルムスもデカルトも存在証明を行っている。彼らの存在証明はとても長いのでここでは話せないが事実だよ。だから一言で僕なりの存在証明をしてやろう。そもそも君は神様といったね?それこそが証明だよ。」
「なに?確かに私は神様という言葉を発したわ。でもそれじゃ証明にはならないのではなくて?」
「本当に君は浅はかだね。神という概念が存在していること、それ自体が証明だよ。君は神がいないのに神という概念が生まれたとでも思っているのかい?笑えるね」
「なんてことを言いだすの。そんな暴論受け入れられるわけがないわ。そもそも概念だけが生まれることだってあるのよ。それにカントもニーチェも神の不在証明をしているのよ。そもそもその存在証明はあってるの?カントは言ったわ実際に死後の世界も神も誰も確認できないのよ。そんなもの証明にはならない。」
「何をいってるんだ。いるものはいる。そもそも君は僕の証明を覆すような論を持っていないのだろう。なら君の不在証明は不十分だ。しかし僕の論は完全だろう?概念ある所に存在ありだ。」
「そう。じゃああなたの言う神というのは実体を持つの?それとも概念でしかないの?感情や愛などのように。でもあなたの言い分を聞いてると概念でしかないようね。」
「何を言ってるんだ君!神は実体を持つに決まっているだろう。神は僕らの世界を作り、死後の世界を担保してくれる。そして我々に救済の手を差し伸べて頂けるのだ。それが概念でしかないなど神を愚弄している。」
「それじゃ、世界中で信仰されている神も宗教もすべてが正しいというの?それじゃ唯一神や多信仰はどうなるというの?それは矛盾だわ。」
「何を言ってるんだ。僕が思うにこの世に蔓延る宗教はほとんど詭弁さ。本当の神は皆の中に朧気ながら存在するもので、彼らの神のイメージとは一つの確固たる神からの派生で、差し詰め主観の入った神なんだよ。」
「あらそれは結構ね。でもそもそも人は他人のことを主観を通してみるのではなくて?」
「確かにそれはそうだ。でも絶対たる自己は確立しているだろう?神にも当然絶対的な自己が存在する。だから君の言いたいことには及ばないのだよ。僕らだって芸能人のことを人がいいと判断しても、実は性悪だったなんてことはざらにある。これと同じさ、適正な距離に近づけなければ正しいことなんて分かりはしない。それが相手が神ならどうだ?僕らなんて神からすれば風前の灯、ムシケラだよ。なんたって神は全能なんだから。」
「遂に言ったね。墓穴を掘るということはこの事よ。」
「何だと。僕が何時墓穴を掘ったんだ。」
「あなたは神のパラドックスというのを知らないの?」
「なんだと」
「あら知らないようなら教えてあげる。あなたは誰にも持てない石を神なら作れると思う?」
「神なら作れるだろう。いや待てよ。神でも作れない」
「そうよ、でもその時点で神は全能ではないのよ。」
「いや待て全能だったら何にでもできるとは限らないだろう。。。そうだ例えば足が速いといってもボルトには敵わない。そのボルトだって戦闘機には敵わないじゃないか」
「じゃあ神にとってそのボルトや戦闘機はいるの?そうしたらやはり全能というのはおかしいじゃないの。」
「ええーい。煩いな。神様はいるんだ。だからあんなに成功していた僕を貶めた。でもそれは布石なんだ。神様は僕にこれから至福を与えてくださる。今はいわば試練なのだよ。僕は神に選ばれた。このまま信仰さえしていれば成功する。だって神はいるのだから。」
「あら本当に神はいるのかしら?あんなに仰々しく私達を救って下さるといっているのにこの世界には悲劇は絶えないわ。そもそも神様がいるなら私はこんな状況に陥ってない。だからこそ神なんていないのよ。」
二人の激論は続く。命の鼓動を削りながら。我々にとって神がいるのか、いないのかそれは生活にとっては必要なことなのか?いや瑣末なことだろう。しかしこの世界には殊にこの激論に精を出すものも絶えないだろう。そういった人物はどういった人物か、それは余裕綽々で生きていける人物と自身を顧みず、その責任を他に押し付けてきた最終形態といってもいい姿を見せる人物だけである。
今日もこの広場では人生の行き場を失った者達の激論が続く。彼らはいつの日か気づくだろう。こんな日々は不毛であると。
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