ここに全てが詰まっている
皆さんこんばんは。
日本大学サッカー部4年、坪谷直樹です。
はじめに
ユニサカの新メディア「キックオフ」に、自分も参加させてていただきます。自分がこれまでの大学サッカーで感じたことを書かせていたただきました。
是非最後までお付き合い下さい!
いままでの大学サッカー
高校時代の私は、大学サッカーとはプロサッカー選手を目指すためだけの場所だと思っていた。つまりはサッカーをするだけの場所であり、高校でのサッカーの延長だと考えていた。
私はプロサッカー選手を目指す最後のチャンスだと思い大学に入学した。入学当初は、部活という形態でサッカーをすることにも多少の戸惑いを感じながらサッカーをしていた。朝6時半から練習をし、学校に行って授業を受け、帰って2部練習の毎日だった。サッカーの大変さはもちろんだが、勉強の大変さも高校のときより増して、多忙な日々を過ごしていた。
大学サッカーを深く考えるきっかけとなったのは、3年の春だった。コロナの影響で、自粛生活を余儀なくされ自分自身と向き合う時間が増えた。部活も活動停止となり、サッカーをやっている意味を深く考えさせられた。どうして多くの時間とお金を費やしてでもサッカーをしているのか。プロになれる確証もなく、ましてや全員がプロを目指している訳でもない大学サッカー部という場所でサッカーをするのか。
大学サッカーにはサッカーをするだけには収まらない多くの価値があるのではないかと考えた。
大学サッカーってどんな場所
大学サッカーにはこれから社会に出ていくために必要な力を養える環境が揃っている場所ではないかと感じている。
高校時代、部活でサッカーをしてきた選手、ユースでサッカーをしていた選手、日本一を経験した選手もいれば県の4部でやっていた選手もいる。様々な価値観や目標を持った選手が集まり、チームの目標や目的に向かって活動する。これは社会の縮図であり、ここでの経験や取り組みがこれからの人生に大きな力を与えてくれると強く感じている。
それに気づいてからの大学サッカーへの向き合い方、チームに対する向き合い方は大きく変化した。
自分なりに大学サッカーはどんな場所なのか整理し、大学サッカーの目的を明確にできればより人間として成長できる場所になると感じる。
サッカーをできる環境は、大学サッカーだけではない。大学生でも社会人チームに入ってサッカーをしている人もいれば、海外にいくこともできる。大学サッカーをやっている意味を創り出すことが大切だと感じている。
大学サッカーがくれたもの
大学サッカーが私にくれたものは、
「本質をとらえ、考え抜く力」だと感じている。
これは全てにおいて通ずるものがあると思う。
なんとなくサッカーをやるだけでは不十分であり、なにか行動するのには理由が必ずある。
多くの時間とお金を費やし大学サッカーをやると決めた理由はなにか。この4年間に自分自身が価値を生み出すことができるのか。これを突き詰める必要がある。
プロを目指すために、大学サッカーを続けることももちろん大切だとは思う。しかし、人間的な成長なくして競技力は高まらないと感じる。大卒選手が活躍する理由はそこにあるのではないかと感じるし、それはプロになるならない関係なく大学サッカーにおいて大切な価値だと考える。
高校3年生の自分がこのように考えることは出来なかったと思う。大学サッカーを通じて多くの事を経験し、行動し続けることによって大学サッカーからとても大きなプレゼントを貰った気がする。
最後に
偉そうに書きましたが、私の大学サッカーももう少し残っています。残り少ない期間を熱苦しく取り組んで、納得のいく集大成を示したいと思います。
これを読んで少しでも感じてもらえることやなにかのきっかけになってくれたら嬉しいです。
最後まで読んでいただきありがとうございました!!