Were Wolf BBS ShortStory _Masquerade

 惨劇が始まる……。
 私の心の中で静かに胸に響く言葉。今日の処刑が終わればここに村があったことも忘れ去られるだろう。
 トクン、トクン……と鼓動が高まり、緊張で手や足が震えそうになるのを私は必死にこらえる。顔を上げると簡素な作りの処刑台が目に入った。その前にはキッと月を睨むディーターの姿。
 私はディーターの命を犠牲に村を滅ぼそうとしているのだ。
 この村に残った最後の人狼として……。

「恐らくディーターが最後の人狼だろう」
 昨夜人狼の疑いがあった村長のヴァルターを処刑したにも関わらず、今日の朝羊飼いのカタリナが犠牲者として無惨な姿で発見されたとき、村には四人の人間しか残っていなかった。神父である私とならず者のディーター、そして木こりのトーマスと村の青年ヨアヒム。
 そして、たった一人だけ占いで人間だと分かっていたトーマスは、ずっとディーターを疑っていた。
「あんたがそう言うなら、もう俺はそれでも構わねぇが?」
 ディーターは人間だ。私はそれを知っている。だが、ディーターは自分が人狼だと言われたことに対して、特に何の興味も持っていなさそうに見えた。もしかしたら毎日毎日トーマスに人狼だと疑われ続けて疲れていたのかも知れない。
「ヨアヒムやジムゾンはどうだ? 異論がないなら俺はディーターを処刑したいんだが」
 その言葉に私は俯いた。
 本音を言うと特に得も害もないヨアヒムを処刑したいのだが、今日までトーマスを残していたのは自分のことを人間だと思っているからだった。今更ここで考えを変えて疑われる訳にはいかない。
「僕はトーマスに従うよ。多分これで終わりだし」
「ジムゾンは?」
「私は……」
 私はそう言ってディーターをチラリと見た。だが、 ディーターはいつもと変わらない視線で煙草に火をつけている。
「構いません。これで村が滅びても悔いはありません」
 悔いはない。果たしてそうだろうか。私の心に疑問がわいた。
 村が滅びることに関しては全く構わない。人狼仲間二人も、私達のために協力してくれた狂人も死んでしまった。最後に残った一匹の人狼として、私は皆の仇を討たねばならない。
 なのに、何故私はためらっているのか。
「ディーター……」
 昨日までは人狼を捜すために積極的だったはずなのに、今日のディーターは説得をあきらめている風でもあった。ディーターは自分にも疑いを掛けてきてお互い明け方まで口論し合ったこともある。
 一番手強そうだったのにどうして私は彼を残してしまったのだろう。そう思った瞬間、何故か私はディーターに声を掛けていた。
「いいんですか? 処刑されるということは殺されるということです。あなたが人間であるなら、今日処刑を間違えれば村は滅びるんですよ」
 するとディーターはくすっと不敵に笑い、吸っていた煙草を乱暴に消す。
「俺が死んだ後、村がどうなろうが知らねぇよ。それに、たとえ人狼を処刑できても昔のようにゃ行かねぇ」
「…………」
 これは緩慢な自殺なのだろうか。私はディーターの真っ直ぐな瞳から目を反らした。
「まあ、俺の票はトーマスにでも突っ込んどくさ。さて、今までやった罪でも告白したいんだけど、告解室に行くことは許されるか?」
 おどけたようにそう言うディーターにトーマスは首を横に振った。
「ダメだ。ジムゾンが襲われる可能性がある、人狼の言うことなんか信用できん」
「トーマスさん、それはあまりにもディーターがかわいそうだよ。もし人狼だったとしても、今までずっと一緒に村で暮らしてきたじゃないか」
 ヨアヒムがそう言ってトーマスを説得する。占いを受けていないのに、今日まで処刑されずに生き残ってきたのはこうやって皆を気遣っているところが人狼に見えなかったからだろう。そんなヨアヒムに人狼疑惑を持たせることは難しい。
 私もヨアヒムの言葉に乗り、トーマスを説得した。
「なら、この宿の何処か一室を借りるというのではダメでしょうか? それでしたら、何かあればすぐに来られるでしょうし」
 一緒に説得したおかげで、トーマスは『この宿の一室で』という条件で告解を許可してくれた。そう。大勢の意見に流されやすいのもトーマスを残していた理由だ。私達人狼から見れば、多数の強い意見に流されるまとめ役ほど扱いやすい者はない。そして、自分の考えに固執し、死者の遺言などを思い出さないのであればなおさらだ。
「ここの主人であったレジーナさんももういませんし、では奥の部屋で」
 私がそう言い立ち上がると、ディーターはその後を大人しく着いてきた。

「一切他言はいたしませんので、包み隠さず告白して下さい」
 私は椅子に座り聖書を開いた。ディーターはベッドに腰掛け、私の方を見てニヤッと笑う。
「俺の罪……ね、今までやった罪は地獄で告白するとして、これからの告白でもいいのか?」
 これから、と言う言葉に私の鼓動が鳴った。それを取り繕うように私は大きく息を吐く。
「これからとはどういう事でしょう?」
「トーマスがいないから、隠さなくてもいいぜ。ジムゾン、お前が最後の人狼だろ?」
 気付かれていた……!
 聖書を持つ手が震え、それがディーターの言ったことが真実だと告げる。だが、ディーターは何も言わずに煙草に火をつけた。
「俺もバカだよな。人狼が誰か分かってるのに、もう追求も説得もする気がなくなっちまった。これで村が滅びるなら別にそれでいいと思ったんだ」
 そう言いながら煙を吐くディーターは、いつもより優しい笑みを浮かべている。私はその表情を見て何故か涙が溢れてきた。
「どうして、まだ時間は残されてるのにっ……」
 一体どっちが人狼なのだろう。まるで処刑される前のように私が震えながら涙を流していて、処刑されるはずのディーターが溜息をついている。ディーターは困ったように笑いながらポケットを探った後、私にハンカチを手渡した。
「言ったろ、滅びるならそれでいいと思ったって。それに俺が処刑されるのは俺の説得が下手だっただけだ。ジムゾンは上手く人間を騙せた、それでいいじゃねぇか」
「よくありません……っ」
 ばさっ、という音がして聖書が床に落ちる。大声を出してはいけない……声を出せばトーマス達が来てしまう。私は大声で泣きたいのをこらえ、声をかみ殺した。ディーターが椅子に座ったままの私を抱きしめる。
「バカ、最後の人狼が今更人間の一人二人で泣くなよ」
「…………」
 全くディーターの言う通りだ。私は人狼で、人を騙すことなど訳もないはずだった。そうやって昨日もヴァルターを処刑し、顔色一つ変えずにカタリナを襲撃した。それなのに、どうしてディーターが処刑を選んだことに私は泣いているのか。
「告解の続きいいか?」
 ディーターがそう言いながら私を抱きしめる手に力を入れた。私は頷くのに精一杯で、言葉を出すことが出来ない。
「俺さ、多分お前のこと好きだったんだと思う。だからお前に滅ぼされるならそれでもいいか、って思っちまったんだ。まあ残念なのは最後にこうやって無様に残されちまったことかな、昨日カタリナの代わりに喰ってくれりゃ良かったのによ」
 私がカタリナを襲撃したのは、カタリナがディーターを疑っていたからだ。ディーターを疑っている者を襲撃し、その人狼疑惑がより深まる事を期待したのだ。
 ディーターを襲撃することを全く考えていなかった訳ではない。初めの頃からまとめ役に反発してまで自分の意見を通そうと、人狼を捜し出すことを深く考えているディーターは自分達から見れば邪魔だった。それなのに私の中の人である部分がディーターを襲撃することを拒否した。
 それは……。
「貴方を、食べたくなかったんです……」
 やっと出せた言葉を聞き、ディーターは苦笑いをしながら私の頭を撫でる。
「ほら、あんまりぴーぴー泣いてるとせっかくここまで上手くやってきたのがばれちまうぞ。誇り高き人狼なんだから、顔上げろ」
 そうだ、私は人狼だ。こんなところで泣いている訳にはいかない。私は涙をぬぐい、じっとディーターの顔を見る。
「後悔しないんですね?」
「しないよ。この村が滅びようが俺にはもう関係ない。だから、最後に無様な姿は見せないでくれ……俺も『最後の人狼』として、最高の死に様晒してやるから」
 そう言ったディーターは、本当に孤高の人狼のような表情をしていた。

 月は大分西に傾いていた。晴れているせいで夜風が冷たく髪をなびかせる。
「ディーター、そろそろいいか?」
 トーマスは縄を処刑台に掛け、ディーターを吊る用意をしていた。ディーターは、まだ空を見上げている。私はその姿を目で追った。
「ああ……決定が覆らないなら時間をのばしてても意味がねぇな」
 ざわっと風が吹き、あたりの草や木を揺らす。冷たい風に背中を縮めながら、ヨアヒムは寒そうに処刑台を見上げた。
「今日で終わりだよね、正しくても間違ってても」
「そうですね、今日で決着がつきます」
 そう。今日ですべてが終わりだ。
 私はディーターの命を犠牲にして生き残り、残った二人をゆっくり喰らうだけだ。それが終われば、ここに村はなくなる。そしてやがて荒れ野になって、人狼の恐怖を伝えていくのだ。
「…………」
 ディーターは真っ直ぐ前を見据えながら処刑台に近づく。それは足も震えておらず、誰が見ても不敵に笑みを浮かべた孤高の人狼に見える。それぐらいディーターの姿はある意味美しかった。一体ディーターは何を見ているのだろうか? 処刑台なのか、それとも自分が向かう別の場所なのか。そんなことすら考えさせられる。
『最後に無様な姿は見せないでくれ……俺も「最後の人狼」として、最高の死に様晒してやるから』
 そうだ、私も無様な姿は見せられない。
 ディーターは処刑台の上に上がりもう一度空を見上げた。そして私達をゆっくり見下ろす。
「最期にもう一本煙草吸ってもいいかい? そしたら勝手に首くくるから」
 それにトーマスが大げさに溜息をつく。
「それは時間稼ぎか? そうやっても決定は変わらないぞ」
「どうせ死ぬんだってのなら最期に煙草ぐらい吸っても罰はあたらねぇだろ。それとも俺が人狼に変身して襲われるのが怖いのか?」
 そう言うとディーターは処刑台の上で高らかに笑い、誰の返事も聞かず勝手に煙草に火をつけた。
「くそっ……」
 トーマスはその態度が気に入らなかったらしく、ディーターを睨んでいる。ヨアヒムはそんなトーマスを見て困ったように笑う。
「煙草ぐらい吸わせてあげようよ。それに僕たちを襲う気なら、とっくに襲ってると思うよ」
 二人が話しているのを見ても、私は黙ったままだった。もっとゆっくり、出来れば時間をかけて煙草を吸っていて欲しい。そうしたら、私はディーターの姿をもう少し見ていられる。
 だがディーターはまだ長く残っている煙草を地面に落とし足で踏みつけた。
「さて、そろそろお別れだ。じゃあな……」
 そう言った瞬間だった。
 ディーターが木に吊り下げられた縄に首を通すよりも早く、私は隠し持っていた縄をトーマスの首にかけた。そしてそれを思い切り引っぱる。
「ぐっ!」
「神父様!?」
 ヨアヒムはそれを見て、私を一生懸命止めようとした。そうだろう、処刑されるのはディーターのはずなのに、私の行動はおかしいとしか思えない。
「神父様、何を!」
「うるさい……その手を離しなさい!」
 抵抗するトーマスとヨアヒムに構わず、私は精一杯ロープを引いた。このままみすみすディーターを死なせはしない……人間風情が私の力にかなうものか! そこに処刑台から飛び降りたディーターが私に加勢する。
「このバカ! このまま俺を吊ればそれで終わりだったのに!」
「私が……私が嫌だったんです!」
 私はそう言い放つとロープをディーターに任せ、低い姿勢からヨアヒムの懐に飛び込んだ。私に勢いよくぶつかられたヨアヒムは、私の姿を見た途端表情が固まる。
「人……狼?」
「ええ、冥土のみやげに教えてあげましょう。本当は、私が最後の人狼だったんですよ」
 その瞬間、ヨアヒムの首元に私は噛みついていた。がりっ……と骨が砕ける音が脳天に響く。それと同時にディーターの声が上がる。
「悪いな。あんまり疑われすぎて、自分がどっち側の人間か分からなくなっちまった」
 しばらくして冷たい風の中に立っていたのは、私とディーターの二人だけだった。

「どうしてあんなことしたんだ?」
 処刑票を投票する箱の中から、ディーターは今日の票を全部取りだした。ディーターと私が書いた紙にはトーマスの名が書かれている。
 私はロープを引いて負傷した手のひらに巻かれた包帯を見ながら、そっと呟いた。
「どうしてでしょうね……私にも、よく分からないんです」
 本当に自分でもよく分からない。
 ただ、人狼として死んでいこうとしたディーターを見たら私の中で何かが弾けたのだ。人を騙し続けたまま人狼として生き様を晒すよりも、一か八かで人狼として死んでいこうとする人間を助けようと。それが失敗したとしても、何もしないままでディーターが死んでいくのを見るよりはマシだ。
 ディーターはそんな私に溜息をつきながら、慣れない手つきで入れたコーヒーを差し出した。
「これからどうするんだ?」
「それはこっちの台詞ですよ。人狼を手助けしたのだから、このままここにはいられませんよ」
 ディーターは椅子に座って足を組み、コーヒーを口にした。そして困ったように天を仰ぐ。
「全くな。本当に死ぬ気だったから後のこと何も考えてなかったぜ」
 でもそう言ったディーターは私の方を見ながら笑っている。私もコーヒーを一口飲み、困ったように溜息をついた。
「まずは朝まで考えましょうか、時間はゆっくりありますし。それにもう、あなたも立派な狂人ですよ」
「だな。まあお前に助けられたから、それもいいさ……」

 もう人狼に抵抗できるほど村人は残っていない。
 人狼は別の獲物を求めてこの村を去っていった……。

fin

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