Were Wolf BBS ShortStory_Ronde
こんにちは……旅の方ですか?
すっかり寒くなりましたね。
ああ、宿を探しにいらしたのですか……ではこの村が人狼騒動にあったことをご存じなかったようですね。
ええ、この村も少し前までは少ないながらも人が住んでいて、それなりに活気があったんです。でも今この村に残っているのは、教会を任された私だけで……。
あの、よろしければこちらに寄っていかれませんか?
教会は全ての者に開かれた家でもありますし、私も一人で寂しいと思っていたところです。それにこの季節では今から次の村に到着する前に日が落ちてしまうかもしれません。冬眠前の熊や、狼の群れなどが現れないとも限りませんし。
どうぞお入り下さい。今、お茶でもお入れしますね。
墓地の方が気になりますか?
急ごしらえとはいえ、真新しい墓ばかりですものね……先ほど言いましたように、この村に人狼が現れた爪痕のようなものです。
人狼達は夜ごと村人を襲って喰らい、それを退治するために疑わしき者を処刑する……本来ならそのようなことを神がお許しになるとは思いませんが、人狼に村を滅ぼされないためには仕方がなかったのです。
あれほど辛い日々は初めてでした。
今まで仲良く暮らしていた皆さんがお互いを疑い、時には罵り、そして投票で殺されていく……ごめんなさい、嫌な話ですね。話を聞いてくれる人とお会いしたのが久々でしたので、つい甘えてしまうところでした。
いいんですか? お話ししても。
確かに話すことで少しは楽になるかも知れませんが、それでは私の罪を貴方に押しつけることになってしまいます。本来であれば私が告解を聞く身であるのに、何だか可笑しいですね。
そろそろ葉が開いた頃ですので、お茶を……えっ? ビスケットですか?
何だか私が貴方に与えられてばかりですね。でも教会を離れられないので、こういう物は嬉しいです。お茶と一緒に頂きましょう。ありがとうございます。
あの騒動が始まったのは……月が丸くなる少し前だったと思います。
秋の収穫も終わり、冬支度のために準備をし始める頃でした。……予兆はあったのです。放牧に出していた羊たちの数が合わなかったり、近くの村で人が襲われる話が出ていたりと。
どうやら人狼はこの村に潜んでいるらしい。
そう言って村長さんが村人達を宿に……ええ、窓から見えるあの大きな建物です。今では誰もいないのですっかり荒れてますが、美味しい煮込み料理を出す評判の宿でした。そこに私達村人を集め、人狼を捜し出すための会議を開いたのです。
今思えば……あの会議をしなければ、もしかしたら人狼はこの村を襲わなかったのかも知れません。それまで人狼の噂はあれどこの村の人は誰も襲われてはいなかったのですから。
カモフラージュ?
そうかも知れませんね。疑われないために、あえて襲わなかった可能性はあり得ます。でも、それでもやはりあの会議を開かなければ、今まで通り仲良く暮らして行けたのではないかと思うとどうしても辛い気持ちになるのです。
後悔してももう戻れないのは分かっているのですが、もし神の奇跡が起こるというのであれば、あの会議を開かなかった未来を見たいとは思います。
私は神父であるはずなのに異端ですね。
人に仇なすものと一緒に暮らしていたかったなどと言うのですから。
最初の犠牲者が出たのは、会議が終わったその夜でした。
あの時の光景を私は一生忘れることはないでしょう……ゲルトさんの住んでいた家の床に広がっていたのは、海でした。
赤い……緋色の海。
幼い頃に一度だけ見た海は青かったはずなのに、何故か私はその光景を見て「海」を思い出したのです。可笑しいですよね、色も何もかも全く違うのに。
不思議と恐ろしくはありませんでした。
ただ村の皆さんの声が酷く遠くに聞こえ、呆然と立ちつくすことしか私には出来ませんでした……まるで気が抜けてしまったかのように海を見ていることしかできなかったのです。
気が付いたとき、私は宿のベッドにいました。
気でも失ってしまったのでしょう。自分は海を見ていたはずなのに、次に目を開けたとき視界に入ってきたのは宿の天井と私を心配そうに覗き込む村の皆さんの顔でした。
なんとかベッドから起き上がりふらつきながらも会議に出ると、私が倒れていた間に恐ろしいことが決定されていたのです。
『人狼が村にいなくなったと確信出来るまで、投票で一番になった者をその夜のうちに処刑する』
無論私は反対しました。
でも……止められなかったのです。
幼子も、老人も、老若男女関係なくその決定を覆すことは出来ない。無論神父である私でさえも。
この時ほど神が残酷だと思ったことはありません。
何故人狼という者を生み出してしまったのか。私達にまだ許されざる罪があるとでもいうのか。
最初に処刑されたのはまだ小さな少女でした。
彼女は生まれてから言葉の発達が遅かったせいで上手く自分の思ったことを話せず、そして死に対して他の子供達より興味があった……理由はそれだけでした。
確かに他の子とは少し違っていました。
死んだトンボを運ぶアリをじっと眺めていたり、時にちょっとした悪戯をして大人達を騙して喜んでいたり。しかし子供の些細な悪ふざけを許せるほど、私達に余裕はありませんでした。
愚かしいですよね。
自分の身を守るために誰かを殺す。
確かに私達は何者かの命を頂かなければ生きていくことは出来ません。それは動物、人間……そして人狼も変わりなく。
でも私達のやったことは「生きていくため」と理由をつけ、罪なき者に罰を与える行為です。そこには慈悲もなく、そして救いすらない。人を助けるために神父になったのに、私は誰一人救えなかったのです。
それからですか?
人狼は一日一人ずつ村人を襲い、村人は一日一人ずつ処刑を続けました。
いっそ私を襲って……もしくは処刑してくれれば死をもって私は自由になれたのに、それを嘲るように残されました。
……一番辛かったのは、処刑の時に「終油の秘跡」をしなければならないことです。この村の皆さんは洗礼を受けていましたので、私がやらなければ復活の日に最後の審判を受けられない……滑稽な話です。これから死ななければならない人に『復活の日のために』と儀式をやるのですから。
『この聖なる塗油と慈悲により、主が汝の犯したる罪を許したまわんことを』
ふふっ、こう言うんですよ。一体何が慈悲というのか。おかしな話ですよね。
辛かったです、本当に。
いっそ私を罵ってくれれば相手を人狼だと思って楽になれたかも知れない。でも、誰も私を罵ってくれなかったのです。ただ自分の運命を受け入れ悲しそうな表情をするか、諦め無表情になるか。
……ありがとうございます。ハンカチ、お借りしますね。
処刑と襲撃を重ね続け、いつしか人狼騒動は終わりました。
でも村は元通りにはなりませんでした。
殺された人も処刑した人も戻っては来ない。そして私は教区から離れられない……ずっとこの罪を背負ったまま、その証が見える場所で暮らしていかねばならないのです。
ここを離れる?
でも、それは神を裏切る行為でしょう。神なんていない、と言いきれるほど私は強くもないですし、神父以外の生き方を私は知りません。
貴方は優しい人なのですね。
……ここから出れば何とかなる。生き方は一つじゃない。
貴方と一緒にいれば、私も変わることが出来るでしょうか……ああ、そう言えばまだ名乗っていませんでしたね。私はジムゾンと申します。貴方は……そうですか、いいお名前ですね。
お世辞じゃありません。それが言えるほど私は器用ではありませんから。
そろそろ辺りも暗くなってきましたし、食事の準備でもしましょうか。
いいんです、貴方は座っていてください。
お客様をもてなすのは家長の役目ですから……ふふっ、何だか久しぶりに人に会ったせいでとても嬉しいんです。
ええ、本当に久しぶりで……。
誰かと食事をするのは、あまりにも久しぶりで……。
…………。
海……?
どうしてこんな所に海があるんでしょう。
それに二人分の紅茶……もう、この村には『私一人しかいない』のに。
赤い……綺麗な赤ですけれど、床を掃除しなくては。いくら私一人だけだからといっても、乱雑にしていては神に仕える身として失格ですからね。
主よ、この食事を用意して下さった方を祝福してください。
たった今美味しくいただきました食事をお与え下さったことを感謝致します。
この食事を共にしたことにより、御子イエス・キリストといつまでも結ばれますように。
……どうして私は食事後の祈りなんて捧げているのでしょう。
それにしても、今日もいい天気になりそうです。息がすっかり白い。きっと井戸水も冷たいのでしょうね。
一人なのは寂しいですけど、人狼がいなくなったのが一番です。
少しぐらい我慢しなければ。
少しぐらい……。
こんにちは……旅の方ですか?
もうこの辺りでは初雪が降りましたよ。日陰にはまだ霜柱が残っているぐらいです。
宿を探しにいらしたのですか……では、この村が人狼騒動にあったことをご存じなかったようですね……。
fin