Were Wolf BBS ShortStory_Bruder

最初の話 Fanatiker
前の話  Nachtmahr

「オットー、パンをもらえるかい?」
 毎日変わらない風景。僕は買い物にきたレジーナに、いつものように焼きたてのヴァイツェンブロート(小麦パン)を渡す。
「オットーも一人前のパン屋になってきたじゃないか。あんた達の両親がいきなり行方知らずになったときはどうしようかと思ったけど、これならもうどこに出しても誇れるパンだよ」
 レジーナの言葉に僕は何とか笑うのが精一杯だった。この言葉も毎日のように誰かに代わる代わる言われている。そして、それに続く言葉も。
「オットー、でもあんたマイスターの資格は取ってないんだろ?」
「はい……修行らしい修行もしてないし、ペーターを一人っきりで置いて行くわけにはいかないので」
 ペーターは僕の弟だ。少し歳の離れた兄弟なせいでちょっと甘えん坊なのが心配だが、それでも元気に育っている。
 正直マイスターの資格は取りたかった。でもその為にはあちこちのパン屋に修行に行かなければならない。その為にまだ小さいペーターを一人で置いていくなんて僕に出来るはずがない。それに普通に生活するだけなら、ここでパン屋をやっているだけでも何とか暮らしていける。
「何だったらペーターをあたしが預かってもいいんだよ。悪い話じゃないんだし、遠慮することはないんだからよく考えておくれ」
「はい、考えておきます……」
 レジーナの後ろ姿を見ながら僕は溜息をついた。
 普通の兄弟だったら、僕はペーターを預けて修行に出ていたかも知れない。それがペーターを養っていくためにも、僕のためにもいいことだというのは分かっている。でも僕達にはそれが出来ない。
 僕とペーターはたった二人きりの家族、そして、たった二人きりの人狼だから。

 僕達の両親も人狼で、狩りは父さんと母さんが交代で村の外でやっていた。
 それは村人に手を出せばすぐに自分達の居場所がばれてしまうだろうし、なるべくなら村人と共存していきたいという父さんの願いでもあったからだ。
 僕もそのうち狩りを教わって仲間に入る予定だった。だが、それが狂ってしまったのは狩りに行った父さんが一ヶ月以上経っても帰ってこなかった時からだ。それでも僕達はしばらく人を食べることを我慢していた。だが、幼いペーターにはそれが耐えられなかった。
「おなかすいた……僕もう我慢できないよ」
 そう言って泣くペーターを見て母さんは僕にこう言った。
「もしかしたらお父さんは人狼狩りにあったのかも知れない。だから私が狩りに行ってくるわ。今回はお母さん一人でも大丈夫だから、帰ってきたら今度はオットーにも狩りを教えてあげるわね。だからオットーはここにいてペーターの面倒を見ていてちょうだい」
 それが最後に聞いた言葉だった。母さんはそう言ったっきりずっと帰って来ない。
 それ以来僕達は人を食べていなかった。
「オットー兄ちゃん、お母さんまだ帰ってこないの?」
「うん、まだ帰ってこられないみたいだ」
「もしかしたら、もうずっと帰ってこないのかな」
「そうかもしれない」
 僕達には分かっていた。
 もう母さんは帰ってこない。
 おそらく父さんと同じようにどこかで人狼狩りにあったのだろう。いっそ狩りをしたことのない僕達が狩られてしまえば楽だったのに、何も出来ずに生き続けている。
 二人で死ぬことも考えたがそれは何の解決にもならない。僕はどうしていいか分からずに、ただ毎日を過ごしていくことしかできなかった。
「オットー兄ちゃん、僕おなかすいたよ……」
 ペーターは夜になるとそう言って泣くことが多くなった。毎日ちゃんと食事は取っているが、やはり人を食べていないせいなのだろう。僕はまだ理性で何とか我慢できるが、育ち盛りの幼いペーターにそれは酷だ。
 一体どうしたらいいのだろう。
 何とか人を食べさせてやりたいけれど、村人を襲うわけにはいかない。それ以前に僕は人を襲う術を知らないのだ。どうやって人の急所を狙い、声を上げる間もなく息の根を止めるか全く想像が付かない。人狼の姿に変化したとしても、それから一体どうしたらいいのかが分からないのだ。
「ペーター、すぐ帰ってくるから待っていられるね?」
「オットー兄ちゃんもいなくなっちゃうの? 僕そんなの嫌だよ」
 僕は涙ぐむペーターの頭を撫でた。ここで僕が無理に狩りをしてペーターを一人にするわけにはいかない。それでもペーターには何か食べさせてやりたい。
「大丈夫だよ。絶対帰ってくる」
「約束してくれる?」
 僕はペーターに約束の小指を出した。ペーターはそれに同じように小指を絡める。
「当たり前じゃないか。ペーターは僕のたった一人の家族なんだから、絶対一人になんかしない」
「分かった……早く帰ってきてね。僕寝ないでずっと待ってるから」
 狩りの出来ない僕がやったことは墓荒らしだった。
 人を襲うわけに行かない、だけど人を食べないと僕達は飢えてしまう。
 真夜中、誰にも気づかれないように新しい墓を必死で掘り返した。そして柩を開けて食べられそうなところをむしり取って、また墓を埋めて帰る……それが僕に出来る精一杯だった。病気で死んだ者じゃなく、なるべく新しい墓を掘り返し死肉を喰らう。誇り高き人狼がこんな浅ましい事をしているなんて……と、時々辛くなったが、それでも背に腹は代えられない。
「これ、美味しくない」
「我慢して食べるんだ。これしか今は食べる物がないんだから」
 ペーターが死肉の味を嫌がりなかなか口にしようとしないので、僕はペーターに何とか少しでも食べてもらおうとミートパイやソーセージを作るのが日課になった。そうすればペーターも喜んで口にしてくれたからだ。
 でもこんな事をしていつまで生きられるのだろう。
 墓荒らしがばれればこの村にはいられなくなる。それどころか魔女の疑いを掛けられて処刑されるかも知れない。僕だけがもし処刑されてしまったら、ペーターはその後どうやって生きていくのだろう。
「どうしたらいいんだ……」
 ペーターの寝顔を見ながら僕は不安で潰されそうだった。
 このまま死肉を漁るような真似をしたまま死ぬのは嫌だ。そんなグールのような浅ましい真似がしたいんじゃない。だけどこうしないと僕達は生きられない。
 誰か、誰か狩りを教えてくれれば……そうしたら、僕達は本当の人狼になれるのに。

 ある夜のことだった。
 もう店じまいの準備をし始めた店に、ふらりと一人の男がやってきた。それは赤い髪と顔の傷、そして鋭い目が印象的な男だった。
「まだ店はやってるのか?」
「ああ、売れ残りで良ければまだ……」
「それでいい。ちょっとぐらい固くても食えりゃ構わねぇ」
 男はそう言った後、少し顔をしかめて何か匂いを嗅ぐような仕草をした。まさか、昨日掘り返してきた死肉を加工したことに気づいた訳じゃないだろう。僕はそれを悟られないようにパンを袋に詰めようとする。その時だった。
『オットー兄ちゃん、あの人の荷物からいい匂いがする!』
『ペーター!』
 僕達は人がいるところではなるべく囁きで会話するようにしていた。だから会話は向こうに聞こえていないだろうが、ペーターは僕の後ろでそわそわと荷物を覗き込もうとしている。僕はパンの袋を持ったままペーターを叱りつけた。
『ペーター、ちょっと奥に行ってるんだ。何か少しでも気づかれたら困るんだ』
『だってすごい美味しそうな匂いがするんだもん。何入ってるのかなぁ、ちょっとでいいから見たいな』
『……お前等、さっきからガチャガチャうるせぇ』
 僕とペーターの動きが止まった。
 聞こえてないはずの囁きが聞こえていて、それで僕達に話しかけてくる。そして、ペーターがいう「美味しそうな匂い」もしかしたら目の前にいるこの男は……。
「おいお前等、もしかして人狼か?」
「そうだよ。ねえねえ、その荷物何入ってるの? さっきから美味しそうな匂いがする」
 ペーターの無邪気な言葉に、男は溜息をついて荷物を肩から降ろした。
「中身をくれてやってもいいが、店じまいが先だ。まさかこんな所でお仲間に出会うとはな」

 彼……ディーターの荷物の中に入っていたのは、ディーターがこの村に来る前に狩ってきたという人間の肉だった。
「お前等しばらくろくな物喰ってないんだろ、二人とも青白い顔しやがって。弁当のつもりで持ってきてたんだが喰っていいぞ。俺は別に腹減ってないからな」
 ペーターと僕は何ヶ月かぶりに新鮮な肉を食べた。ディーターはパンにチーズを乗せた物を食べながら、僕が出してきたワインの栓を開けている。
「美味しい。ディーター兄ちゃんありがとう」
「礼はいいから喰っとけ。ここに入ったときに何か妙な匂いがすると思ったら、死肉の匂いだったのか」
 まだ一生懸命食べているペーターを見ながら、僕は今までのことを話した。今まで両親が狩りをしていたこと、その両親がいなくなって今まで墓荒らしをして死肉を食べて命を繋いでいたこと。
 そして、狩りを一度もしたことがないこと。
「はぁ? 狩りをしたことがない?」
 僕がそう言うとディーターは目を丸くして驚いた。
「うん。僕達はずっとこの村の人間と共存してきたから、狩りの仕方が分からないんだ。教えてくれるはずだった父さんと母さんも、狩りに行ったままずっと帰ってこない」
 僕の言葉にディーターが溜息をつく。もしかしたら呆れかえっているのかも知れない。確かにそうだろう。村人と共存するために狩りをしたことがないなんて、人狼としては間違っているのかも知れない。
「それにしたって本能とかが囁いたりするだろうよ。それとも人と暮らすのが長すぎて、狩りの仕方を忘れちまってるのか……おいチビ」
「チビじゃないよ、ペーターだよ」
 ワインを飲むディーターをペーターがキッと睨み付ける。
「何でもいい。お前、人狼の姿にはなれるんだろうな」
「出来るよ。僕、ちゃんと爪だって出せるし狼にだってなれるよ。それはオットー兄ちゃんと練習してたもん」
「オットーは?」
 僕はディーターが何を言おうとしてるのか分からず、ただ頷くだけだった。それを確認するとディーターはニヤッと笑う。
「仕方ねぇ、乗りかかった船だ。お前等に狩りを教えてやる。まあこのまま死肉ばっかり喰らって生きてくってのなら話は別だがな」
「本当か?」
 僕は思わず立ち上がった。確かにそれはありがたいことだが、どうして……。
 その刹那、コンコンとノックの音がした。ディーターがスッと気配を消し、口の前に「黙ってろ」と人差し指をたてる。
 僕はドアを開けずにノックの主に答えた。
「はい?」
「あの……カタリナですけど、村長さんがこれから皆レジーナさんの宿屋に集まれって」
「どうして急に?」
 ドアの向こうのカタリナは心なし声が震えている。
「この村に人狼がいるかもしれないって。早く来てね」
 僕はディーターの方を見た。ディーターは煙草に火を付けて、煙と一緒に大きく溜息をつく。ドアの向こうにいたカタリナは走って宿屋の方に向かったらしい。
「チッ、噂の方が追いついて来やがった。ま、お前らには悪いがそう言うわけだ……嫌とか言ってたら吊り殺されるぞ。覚悟を決めろ」
 お互いの間に沈黙が走った。僕達はこの村の人を食べなければならない。だが、それが僕らに出来るのだろうか。
 沈黙を最初に破ったのはペーターだった。
「ディーター兄ちゃん、僕リーザとかカタリナお姉ちゃんとか食べていいの?」
「喰わなきゃ吊られる」
 ペーターは一瞬黙りこくったが、次の瞬間顔を上げてディーターの方を見つめながらキッパリとこう言った。
「出来るよ。だって僕、ずっとみんなのこと食べたいと思ってたんだもん。オットー兄ちゃん、ディーター兄ちゃんに狩りを教えてもらおうよ。僕、立派な人狼になりたいんだ」
「ペーター……」
「おい、オットー。後はお前だけだ。出来ねぇって言うなら俺とペーターだけでもやる」
 答えは一つしかなかった。
 狩りを教わって人狼として生きる。それが僕の望みでもあったはずだ。
 それに、ペーターの言う『みんなのことを食べたいと思ってた』というのが僕にもよく分かっていた。僕も同じだ。毎日会うヤコブやレジーナをどれだけ食べたいと思っていたことか。
「ディーター、僕達に狩りを教えてくれ。足手まといだと思ったら、迷わず見捨てていいから」
 僕の言葉にディーターがニヤッと笑う。
「いい目だ、やっと人狼らしい表情になってきたじゃねぇか」
 僕達はそうしてディーターに狩りを教わった。誰からも疑われず、ディーターの教える通りに行動し、そうしているうちにどんどん人狼としての血が目覚めてきた。
 本能が人を喰らえと囁く。
 今までの人間関係とかそんな事はどうでもよかった。人を襲うことを楽しみ、血に酔いしれる。人を騙すことにも躊躇せず、今まで普通に共存していた村人を処刑することにも心は痛まなかった。それよりも処刑された人を喰らうことが出来ないことの方が僕達にとっては辛かった。
 そして気が付いたときには、村人は人狼に対抗することは出来なくなっていた。生き残っていた村長やカタリナ、ヤコブとパメラも僕達が全て手にかけた。
 一人も人間は残っていない。
 村は人狼の手によって滅ぼされたのだ。

「ディーター兄ちゃん大丈夫かなぁ」
 ディーターが神父さんを連れて礼拝堂に籠もったまま三日目の夕方が過ぎた。霊能者を騙り、僕達にずっと味方してくれていた神父さんの最期の望みは『人狼に骨まで残さず食べられること』だった。ディーターはそれを叶えるため、一人でまだ礼拝堂に籠もり続けている。
 僕はペーターの頭を撫でた。襲った村人達ももうほとんど食べるところは残ってない。流石に骨まで食べることまではしなかったが。
「うん……ディーターにはディーターの事情があるんだよ」
 やっと人狼として目覚めた僕にはよく分からないけど、ディーターと神父さんの間には「人と人狼」を越えた見えない絆みたいなものがあった。僕達がとても立ち入れないような深い何かが。
 僕がそんなことに思いを馳せていると、ペーターが僕の顔を見上げながらこう言った。
「ねえ、オットー兄ちゃん。僕にもミートパイって作れるかな」
「えっ? どうして急に」
 僕がそう聞き返すと、ペーターは椅子に座って足をブラブラさせながら、僕の顔を見てにっこりと笑う。
「あのね、僕ディーター兄ちゃんみたいな立派な人狼にもなりたいんだけど、オットー兄ちゃんみたいに美味しいパンを作れるパン屋さんにもなりたいんだ。明日ここを出て行こうってオットー兄ちゃん言ったけど、僕ミートパイ作って、狩りを教えてくれたお礼にディーター兄ちゃんに食べさせてあげたいの。ダメかなぁ?」
 涙が出そうになった。
 ペーターは僕がパンを作っている姿をずっと見てくれていたんだと。人狼としての僕ではなくて、パンを作っている僕を憧れとしてくれていたんだと。
 僕は溢れそうになる涙を何とか堪えながらペーターの目線まで腰を下げた。
「作れるよ。僕が教えてあげるから一緒にミートパイを作ろう。まだ肉は残ってるし、ペーターは僕が作ってるところをずっと見てたからきっとすぐ作れるようになる」
「うん、ちゃんとパイ生地から作るんだよね。お肉はミンチにして、たまねぎとか野菜を刻んで入れて……」
「そうだよ。じゃあ手を洗っておいで。まず何をするにでも手を洗ってからだ、それが一番大事で最初に覚えることだよ」
「はーい」
 僕とペーターは仲良くミートパイを作った。自分が一人で作るよりもちょっと時間はかかったが、それでも初めて作ったにしてはなかなか上手に焼き上がった。
 その間僕は色々なことを思い出していた。
 父さんと母さんのこと、共存していた村人をこの手で狩って喰らったこと。ディーターが教えてくれた狩りのこと。
 そして、神父さんのこと。
 僕はディーターに食べられることを望み、その通りに殺された神父さんが少し羨ましかった。多分神父さんはとても幸せなんだろうと思った。
「…………」
 パイが焼けたら、ディーターの所に行ってみよう。そして話をしよう。きっとディーターは「馬鹿馬鹿しい」と突き放すだろうけど、それでも話がしたかった。
 僕はディーターに大切なことをたくさん教わった。だから僕からもディーターに教えてあげたかった。
 誰かと共に生きていけるということは、多分それだけで幸せなことなんだろうと。

 ディーターは自分で言った通り夜明けに礼拝堂のドアを開けて出てきた。
 僕は懐中時計のチェーン代わりになっているロザリオを見て、クスッと笑う。やっぱり神父さんは幸せ者だ。
「オットー達はこれからどうするんだ?」
 ディーターの問いに僕はペーターと一緒に行けるところまで行くと答えた。狩りの仕方も教わったし、これからは飢えることもないだろう。もし飢えたとしても僕達には鋭い爪と牙がある。それだけで生きて行くには充分だ。
「ディーターは?」
「今まで通り一匹で流れるさ」
 きっとこのままディーターは一人で生き続けるのだろう。大事な人と共に。それは寂しいことでも何でもなく、人狼として最高の生き方なのだろう。何も手にしていなくても一番大事な物を既に持っている……僕もいつかそんな人狼になれるだろうか。
「ディーター兄ちゃんこれ、お弁当に食べて。オットー兄ちゃんが村の人達で作ったミートパイ。僕も初めて手伝わせてもらったんだよ」
 ペーターが僕達の間に流れる感傷的な空気をいいタイミングで拭った。このまま沈黙していればいつまで経っても別れられなくなる。僕達の生きる道とディーターの生きる道はここで少し重なっただけで、これから交わることは多分永遠にないだろう。
 ディーターはにっこり笑うペーターの頭をくしゃっと撫でた。
「おう、道すがら喰わせてもらう。お前等も元気でな。どっちかが吊られそうになってもかばい合って自滅するなよ」
「ディーターも。僕達に狩りを教えてくれて本当にありがとう。感謝してるよ。じゃあ、さよなら」
 そうして僕達は違う道を進んだ。
 後ろはけっして振り返らずに。

「オットー兄ちゃん、これからどこに行くの?」
 ペーターが僕の手をぎゅっと掴む。きっとペーターは振り返りたい気持ちで一杯なのだろう。それを我慢して目に涙を溜めている姿を見て、僕もペーターの手をぎゅっと握った。
「そうだね……まず大きな街に出よう。そして住み込みさせてもらえるパン屋を探すんだ。住み込みだったらペーターとずっと一緒に暮らせるし、マイスターの修行だって出来る」
 ペーターが僕の顔をじっと見つめた。僕は言葉を続ける。
「街なら人もたくさんいるし、ペーターと二人だったら狩りだって出来る。それは嫌かい?」
「ううん、オットー兄ちゃんがマイスターになるのすごい楽しみ。僕達ずっと一緒だよね」
「ああ、ずっと一緒だよ。僕達はたった二人の家族で、そしてたった二人の群れなんだから」
 僕はペーターを抱き上げた。これからも僕達は一緒だ。ディーターは『かばい合って自滅するな』と言ったけど、僕とペーターはずっと共に生きていくだろう。
 ペーターが僕を抱き締めながらにっこりと笑う。
「僕、立派な狼にも立派なパン屋にもなるからね」
「僕もだよ。ペーターには絶対負けない」
 僕達の背中から教会の鐘が一つだけ、旅立ちを応援するように響いていた。

fin

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