ポストニコヴァ(ピアノ)とロジェストヴェンスキー指揮によるブゾーニのピアノ協奏曲と対位法的幻想曲


ピアニストとしても名高かったブゾーニが
作曲家として残した怪曲を2曲収録したCDがこれだ!

ブゾーニ:①ピアノ協奏曲 作品39∼ピアノ、男声合唱と管弦楽のための協奏曲 ②対位法的幻想曲
ヴィクトリア・ポストニコヴァ(ピアノ) ①ゲンナジ・ロジェストヴェンスキー指揮 フランス国立管弦楽団、フランス放送合唱団
①1989年2月 パリ ラジオ・フランス103スタジオ ②1990年9月 パリ サル・アディヤール〈以上セッション〉
ERATO WPCC3785∼6

これまでワタシがレヴューしてきたクラシック音楽のCDはある一定の傾向がありますが、自己紹介の記事で書いた通りいわゆる協奏曲の類は他のジャンルほど馴染みがあるわけではありません。それでも例えばピアノ協奏曲に限っても、モーツァルトのうち何曲か、ベートーヴェンやサン=サーンス、ラフマニノフ(パガニーニ狂詩曲を含む)、プロコフィエフの5曲、リストの何曲か、チャイコフスキーの3曲、ショパンやブラームス、ラヴェル、ショスタコーヴィチの2曲、そして1曲ならシューマンと言ったところはそれなりに聴いています(なぜかグリーグは聴いたことがありません)。
ですが今回紹介するのはそのどれでもありません。(ブライアンのように)ギネスブックに認定されてはいないと思いますが、ブゾーニのピアノ協奏曲はピアノ協奏曲でありながらピアノ協奏曲の枠を超えた破天荒な作品なのです。このイタリア出身でドイツで活躍したブゾーニは生前はヴィルトゥオーゾ・ピアニストとして、そして教育者・音楽理論家としての名声が高かったと言われています。特に音楽理論家としては余りにも進み過ぎた理論故に保守派の作曲家だったプフィッツナーと大論争が繰り広げられたそうです(その具体的な中身までは知りませんが)。
ところが、そうした新し物好きなブゾーニは20世紀の始めにとんでもないピアノ協奏曲を作曲していることはあまり知られていないでしょう。よくブラームスのピアノ協奏曲がピアノ付きの交響曲と言われたりしますが、ブゾーニのピアノ協奏曲はブラームスの比ではありません。この記事のジャケット画像下にあるキャプションのそのまた下に曲目リストがありますが、それを見て何かヘンと思いませんでしたか。
そうです、このピアノ協奏曲にはピアノとオーケストラの他に男声合唱を必要とするのです。マーラーの交響曲じゃあるまいし、ピアノ協奏曲に合唱を導入したのはおそらくはブゾーニが初めてだったんじゃないでしょうか。
次にこのピアノ協奏曲のヘンなのは、ピアノ協奏曲としては考えられない程長いのです。曲は第1楽章:プロローグとイントロイト、第2楽章:ペッツォ・ジョコーソ、第3楽章:ペッツォ・セリオーソ、第4楽章:ア・ラ・イタリアーナ、第5楽章:カンティコ(エーレンシュレーガーのテキストによる)の全5楽章からなり、当CDでの演奏時間は全曲で89分です。ワタシが持っているもう1枚はオグドン(ピアノ)とレヴェナーフ指揮 ロイヤル・フィルのCD(Philips 20世紀の偉大なピアニスト ジョン・オグドン①所収)では70分ぐらいだったはずでしたが、当CDほどではないにせよピアノ協奏曲としては破格の規模を持っていることは間違いありません。特に第3楽章が当CDでは27分半も掛かる長い楽章になっているのです。
また、男声合唱が加わるのは第5楽章のみですが、ここではエーレンシュレーガーの戯曲『アラディン』に基づく総合芸術作品を目論んでいたブゾーニがそのための『アッラー讃歌』を流用したということでした。結局その総合芸術作品は企画倒れに終わったそうです。ついでに記しておけばデンマークの作曲家ニールセンがその戯曲の劇付随音楽を作曲しており、組曲ではN.ヤルヴィ(DG)、全曲はロジェストヴェンスキー(Chandos)で所有しています。
この曲を初めて聴いたのはNHK-FMで放送したのをエアチェックした時でした。当CDと同じメンバーによる録音でしたがCDそのものだったのか、同時期のライヴ録音だったかまでは憶えていません。ただ長い割には引き込まれるものがある曲だと感じたのは記憶しています。
そうなるとCDで聴きたくなるのは当然でしょう。その時レコード店にあったのは当CDとオールソン(ピアノ)とドホナーニ指揮 クリーヴランド管弦楽団によるTelarc盤だけでした。よ〜く考えた結果、¥2,300も高価な当CDを選んだのです。その理由にはFM放送て聴いたのと(ほぼ)同じ演奏で聴きたいという他に②の存在もあったのです。
その②がまたブゾーニらしい曲と言えるでしょう。J.S.バッハが《フーガの技法》で最終フーガ(コントラプンクトゥス14)を未完のままこの世を去ったことは皆さんご存知かと思います。もっとも最近の研究では完成していたが持ち去られてしまったとか言われたりしています。まるでブルックナーの交響曲第9番の第4楽章の草稿みたいな話ですが、とにかく途中で途切れていることは間違いありません。
ブゾーニはこの《対位法的幻想曲》でこの未完のフーガの補作を試みたのです。しかしブゾーニは補作のみならず様々な要素を導入し、結果的にバッハのものともブゾーニのものともつかない曲になってしまいました。全体は12の部分からなり、当CDでは43分半強もの演奏時間が掛かる曲になってしまったのです。
この2曲だけでもブゾーニの破天荒な作品を知ることが出来る訳で、ワタシが当CDを選んだのは間違っていなかったと今でも思っています。
ではそのブゾーニの破天荒な作品2曲を録音したポストニコヴァとロジェストヴェンスキーの演奏はどのようなものなのでしょうか。それは以下のレヴューをどうぞ。

「ブゾーニの怪作の2度目の登場だが、購入はこちらの方がずっと早い。このポストニコヴァ&ロジェストヴェンスキー盤はオグドン&レヴェナーフ盤に較べテンポがずっと遅い。オグドン盤70分に対しこちらは90分と20分近く余計に掛かっているが、フランスのオーケストラを起用しているからか音楽が重厚に鳴り響いていても決して重苦しく感じることはない。ポストニコヴァのピアノもこの難曲を物ともせずに弾きこなしているので聴き応えがある。オグドン盤はソリストは良かったがオーケストラが野暮ったかったなら尚更そう思えるのだろう。ソロもオーケストラも充実している当CDを高く評価出来るのは当然だろう。
②はJ.S.バッハの未完に終わった《フーガの技法》の最終フーガ、つまりコンプラプンクトゥス14をブゾーニが補作した作品だが、あまりバッハ的には聴こえないのであくまでもブゾーニの曲として聴くのが正解だろう。ソラブジの《オプス・クラヴィチェンバリスティクム》のモデルとなったこの曲をポストニコヴァは40数分に及ぶこの曲をいささかもダレることなく演奏しているが、フーガの各声部が混濁しがちになるところが残念だった。各声部のポリフォニーの弾き分けがもう少し丁寧であれば評価が上がっていただろう。
 2013年3月5日 評価:★★★★(①)、★★★☆(②)」

以上がポストニコヴァとロジェストヴェンスキーによるブゾーニのピアノ協奏曲と対位法的幻想曲のレヴューになりますが、いかがでしたでしょうか。

本文を読むと、どうもワタシは前文で触れたオグドン盤を先にレヴューしていたようです。ですが、そちらはそのレヴューが書かれたノートもCDそのものも今のところ行方不明なので、見つからない限り記事には出来ません。前にもどこかで書きましたが、ここの記事にするにはまずCDそのものが必要だからです。
このレヴューを書いてから10年以上が経っていました。その間①は1枚も増えていません。アムランがピアノを弾き、エルダーが指揮したhyperion盤の評判が良く国内盤もリリースされていましたが入手していません。そしてここしばらくは1枚で聴くことの出来るオグドン盤を多く聴いていました。
②は長らく当盤が唯一の所有CDでしたが、最近になってロシアのピアニストであるレヴィットの『ファンタジア』(Sony)という2枚組CDに収録されていたのを入手しました。さすがに水際立った演奏で、これもいずれレヴュー出来ればと思っています。
最後にブゾーニとソラブジの関係についてです。二人ともいわゆるコンポーザー=ピアニストだったわけですが、ソラブジの《オプス・クラヴィチェンバリスティクム》のモデルがブゾーニの②にあるとは思いもよりませんでした。ソラブジの曲はマッジ(BIS)とオグドン(Altarus)の2種類を所有していますが、このことは確かオグドン盤の解説(勿論英語でしたので単語の拾い読みですが)に書かれていました。そう言われてみれば曲の長さこそ極端な差があります(ソラブジの曲はCD4∼5枚組)が、確かに構成は似ているのです。そのことを知った時はとても驚きました。でもこのことは日本ではあまり知られていないのではないでしょうか。

なお、当記事の執筆では当CDの渡辺裕氏の解説を参照させていただきました。この場を借りてお礼申し上げます。

またも長くなりお目汚しして失礼しました。




いいなと思ったら応援しよう!