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~応接~(『夢時代』より)

~応接~
 兎に角暑かった。冬なのに、雪が降り出しそうな空を遠くで覗かせながら宇宙の蜃気楼は、俺にアンドロメダ迄の空間を思わせて、陽が届かずに居る宇宙の暗く黒い寂しさが足元を掬う様にして俺の肌身を包んで行く。父親と母親は確かに自分の目前に居るのに、まるで始めから誰も居ないかの様な風貌と体裁を俺は父母に着せて、又俺は一人で居る。その癖滅法sex事だけには目敏く耳敏く心身は感覚を研ぎ澄ませて、一方で俺の尻を押し上げるかの様にして励まし、俺はやがてその父母のテリトリーから外れ、遠い世界へと埋没して行く。別段それ程遠くも無いのに、心で感じる感覚では非常に遠くに感じられる場所なのだ。どうやら私はこの〝暑さ〟を、感動を取り違えた様に新しくも死太く生き残って来る無鉄砲な照準を備えた望遠鏡の視野でこれ等を捉え、自分で自分に発破を掛けて居た様で在る。白紙に戻す事の憂鬱を、過敏にも感じながら俺は今日の、旅行へと急き立てられる。
 古びた旅館を目前にして、俺はまるで、何時ぞやの忘年会か同期会にでも入って行くかの様に少々の緊張感を以て、交差点を少し後にした道に佇んで居た。車道側の信号が赤信号に成ったままで、歩道の信号の青はやけに長く点いて在り、この長く点いて在る故に俺は又、妙な緊張感と勇気を出さなければ成らない覚悟の程を覚え、今日の会合へと邁進して行くのであるが、これは昨日今日に始まった事でもなく、ずっと見て来た俺は慣れて居るものだった。何時もである。何時も、こういう、誰か多勢の人達とどういった理由で会うにしても俺は何彼或る覚悟をせねば成らなく、そうしなければ、落ち着いて誰とも会話、対面さえ出来ないで居るのだ。この日の会合は、懐かしい旧友達は勿論来る様子なのだが、夢の環境も相俟って、時空を超えた知人、友人、見知らぬ人達も入り混じって来る様な何とも言えない(相応の)大宴会で在り、私は何時もの通りに矢張り緊張はして居たが、何か、夢の力が為せる業の為か、何時になく何か楽しい事でも起きてくれるのじゃないのかと、少々の期待もして居たのだ。
 木造りの旧家の構えを見せながらにして相応にどでかい造りのその旅館は、旅館と言うよりもその日限りで客を帰す料亭と言った様子で、もう既に何十人、否もしかすると百人近い程の人の群れで犇めき合って居り、俺の嫌いな暴力染みた、権力だけが手腕を握るといった落ち着きの無いムードが人の間を繋げて居る様だった。私はしかし、そこから帰ろうとはしなかった。〝きっと何か良い事が在る、〟と、先程の〝良き期待感〟が自分を突き動かして居た為、それでも一度はこの空気に身を任せて夜は灯篭を点けて帰る事に成ろうとも、その寂しさを打ち消すくらいの恐らく自分だけに見えた活気の様な物を見、兎に角腰を落ち着けようと、その料亭の二階へと上がって行った。
 そこには古典の教授の小田神二成(おだかんな)と、西田房子が居た。否、この二人は私の目前に〝急に現れた〟という形容を採って良い位である。私は今日そこで、自分の母校と成る筈のD大教授二人が来て居る事等露知らず、それ以前にD大の忘年会・同期会で在った事も全く知らなかった訳で、本当に不意を突かれた感覚でその二人の存在をそこで確認した訳である。小田神二成先生とは、直接俺が今まで履修した講義を受け持った事はなく、本当、すれ違い程度にしか顔を合わせた事の無い恐らく新米に近い教授で在ったが、その器量は良く、又体躯は小柄で、殊に男子学生の受けは良さそうな体裁と温厚な性格を兼ね揃えて居た訳で在る。だからかその神二成の横には今でも男子学生がうようよ〝取り巻き〟の様に、自分のポジションを分捕る様にして陣取って居り、恐らく余熱(ほとぼり)が冷める迄、私は近付けない、といった空気を漂わせて居た。又、神二成とは、俺がD大に入学する際に試験官として学生を総括する立場に居た人で、その小柄、目が大きな可成りの器量良しに加えて品の良さが相俟り、私はその頃からこの神二成には憧れを抱いて居たのだ。〝神二成〟と書いて「かんな」と読む。この変ったスタイルの名前さえ、こうした心境の所為か、他には無い何か奥行きの様なものが在る、とさえ感じ、又崇めて居た。
 西田房子とは、この小田神二成と同様に関東からこの関西迄移って来た教授で在り、神二成と同じく小柄で在り、喋り口調は何処ぞのお嬢様を思わせる程の垢抜けした若々しさが在る、上流婦人の気質を気取った奥様といった印象を周りの者に与えて居て、矢張り神二成と同じく、殊に男子学生から人気が在った。その〝人気〟というのは唯憧れや尊敬の念から来るものだけでは無く、あわよくば犯したいといった、若年男子特有の欲望から来るものが在った。西田も小田も共にその辺りの事情を知って居た様で在る。俺もこの若年男子の例外ではなく同様にこの西田房子に憧れて居り、授業の後や、何処か校内・外で偶然ばったり出くわした後で個人的なお付き合いでも始まらないかとそわそわして居る処が在った訳であり、神二成とは又違った情念を踏えて彼女を欲して居た。西田房子は神奈川の出身で在り、小田神二成は東京出身で在った。
(場面が一瞬途切れ、緩く温い雰囲気《オーラ》が漂い過ぎ去った後、俺は別の場所に居た)
 「横隔の間」(西田房子さんがそう呼んで居た)の襖を取っ払った一室に人が一杯集まって居た様子で、その内で俺はその神二成を抱き、ぽちゃぽちゃに熟した柔らかい内腿肉を揉みながら、神二成の唇にキスをして居た。神二成は殆ど抵抗をせず、したとしても周りに沢山居る人の雑踏に身体がぶつかって俺と離れそうに成る際に、か弱い力でそのまま〝一寸休憩、〟といった程度に離して欲しい振りをする位のもので、別段そのまま俺に抱かれ続けても一向に構わないといった様子で在る。そんな為に、その抱き合って居る姿を房子に見られるのはそう時間が掛らず、房子は、この料亭の玄関先で別の男女入り混じった教授陣と談笑や明日からの取り決めについての話を終わらせてから「横隔の間」が在る二階迄上がった後、それ迄自分を取り巻いて居た高級・上流のムードを一気に奪われる位の衝撃を見た訳である。自分と同じ教授仲間の神二成(しかも同じ関東出身組)が羽目を外して学生で在る皆とセックスをしまくって居る現行(現場)を目前にして仕舞い、「見て仕舞った以上、どうしよう…」とその部屋前の廊下にへたへたと蹲踞み込んで冷静に成る迄待ち、次の言動を房子は待って居る様だった。唯、房子は動かず、無口の団体に圧倒された為か、その場はそっとして置こうとsexには参加しなかった。
 俺は次々に順番待ちをして居た男共に神二成を取られて仕舞った様子で、恐らく最期迄は行って居なかった様に思う。皆、次々に新しい技を繰り出し、私を驚かせると同時に、一寸した嫉妬等も植え付け、ヤンヤヤンヤと神二成も一緒に成って笑って居る。活気が在った。私は一寸落ち着く様にして煙草を吹かしながら今度は皆が神二成を喰い物にして行くのを傍観する側に廻り、と丁度そこへ、二回か三回位神二成と事を終えて戻って来た黒く洒落たストライプの入ったスーツを着た男がどかっと腰を下して俺の隣に座る形と成った。赤いネクタイはだらしなく首から下がり、又、真っ先に神二成をやった男で在る。俺は自分だと思って居たのだが、実は違って居たのだ。「良くこんなお堅そうに見える人(神二成)ヤれたなぁ」と感心してその男に言った所、そのホスト風の男は、「見て、わからないのか」と微笑気味に少々お道化た様子で、俺の言葉に透かさず忠告する様にして答える。その言葉を聞いた後で神二成を見ると、神二成の目は妙に色艶めかしく誘い掛けて居る様で、それらしい神二成の色情狂の仕方の無い気質がその小柄ながらにもぷんぷん漂い、少々悲しく焦らされながらも俺は納得させられて居た。
 俺は余熱冷めた頃を見計らって又神二成に近付き、神二成の顔に更に顔を近付けてキスをした後、余りに開けっ広げなその神二成の犯行現場に自分が麻痺させられた様に言った。「(あなたの犯行は)大勢の人に見付かっちゃったもんねェ…」と俺は自分のした事を再確認させるかの様に神二成に言うと、それ迄ニタニタ、ニマニマ、唯大人しく笑って居た彼女はその妖艶な表情を急に覚まし「エッ!?」と真顔を見せて来た。俺は少々ビクつくと同時に〝今発覚させては不意に成る〟と焦り、「うそうそうそ」と直ぐ様前言撤回して事を荒立てぬ様非常に努力した。
(場面が変り)
 神二成と房子は、今迄在った事がまるで嘘で在るかの様に、化粧棚で身繕いをした後、他の男・女教員、学生達から一瞥した後当然の様に他人の体裁を構築したままそこから去って、光り輝く街の渦中へと消えて行った。
 周囲の雑踏が嘘の様に消えて失くなり、同期も知人も旧友も見知らぬ人も皆居なくなった後で俺は、誰も居なくなったその料亭の炊事場で水を一杯飲んでから、上海かインドに在る様な、見慣れない路地裏へと歩を進める事と成った。そこは海が近かった。歩いて居る俺の後を、さっきから騙し騙す様にして近付いて来る恐らく男が居る。この男、匂いで判るのだ。外国人特有のきつい香水を体中に振り撒いた様な体臭をさっきからずっと放って居り、俺は何時ぞや嗅いだ事の在るその体臭を、唯外国人に良く在る特有の匂いだ、と決めて掛かって居た節が在り、この〝さっきから俺を付けて来る男〟を、外国人だと決め付けて居た訳である。その男は、丁度人から全く見えぬ建物に囲まれた死角に入ると、俺をどうも女と見間違えた様子で犯し掛け、俺は男持ち前の力を以て対抗した。男は〝しまった〟という顔をして、その落胆と焦りの所為か気が緩み力が抜けて仕舞った様子で在り、俺は丁度道端に落ちて在ったハンマーを手に取り、始めは牽制する様に、次第に思い切り叩き殺す様にしてその男の顔や頭、背中、腕等を殴打して居た。このハンマーは明るい色した土・砂に埋もれて在った物で、恐らく地元の大工が置き忘れた物だろうとして、こうした状況を生んでくれた上海・インドの環境をその時は嬉しく感謝した。その男の肌は浅黒く、流石海の近い地元民を思わせるもので在ったが、段々その男の容貌は変って生き、反町隆史の出来損ないの様な男に成った。俺は、相手がどの様に変ろうと、容赦する事無くハンマーを振るい、始め半殺し程度に打ちのめして居たが、結局殺して居た様だ。最後は大型のスレッジハンマーを手にして居た様に思う。俺はその男が死んだか否かを確認しないまま、ハンマーを静かに置いてその場を立ち去って行った。
 歩いて居る内に自分が行く道の向こうにAが居るのを見付け、見付けたと思ったらもう次の瞬間、Aは俺から二百円法っ手繰ろうとして居た。このAという男、俺の大学で日本語の文法を教える若い男性講師で在る。俺は手持ちの武器が無く、その時丁度精神的にも弱く成って居たので、何時お金を払うべきか、について別に会った幼馴染のS太に相談して居た。相談して居る内にAはしょうもなそうな表情をし始め、S太は要の得ない事をずっと喋り続けて居り、俺は今自分が何時の何処に居るのかも分からなく成り始めて、気が付くと自分の家に居た。そこには何人かその時の俺と同様の立場に立つ友人も居た。
 俺がふとTVを付けて見ると、ブラウン管の中で、K家の食卓風景を映した、ドキュメンタリー番組の様なものをして居り、俺は始め何気に見て居た。優香が、王女が着る様な綺麗でゴージャスなドレスを着て登場するのが映り、その食卓は王宮に在る様なかなり長いテーブルに変り、そのテーブルの上には純白のシルクで出来た様なクロスが掛って居り、銀色の燭台がテーブルの中央に置かれ、火が灯って居る。この火は装飾で在って、周囲は明るく、又、そのテーブルの上には絢爛豪華な食べ切れない位の肉や野菜、魚の料理とスープが並んで居る。このK家というのは私が昔良く遊びに行った家でも在り、そこに住む二人娘とは幼馴染で在ったが、決して、こんな豪華な家柄ではない。そりゃ多少私の家よりは少しお金持ちかな?とか、持ち物の差で見て感じ、思った事は在るが、所詮ブルジョア止まりで在る。しかしその絢爛豪華なK家の光景を見ても私は驚かず、その事実を私はすんなり受け入れて居た。私にとって問題は、そこに住む優香だったからだ。TV越しにでもしっかり分かる優香の巨乳(他部位の豊満)を何とか自分の物にしようと、私は躍起に成りながら〝夢の力〟を駆使し、そのTVの中に入って好き放題やれる方法を探索し遠く迄来た。私の元職場である介護施設内の長い廊下の様な場所を通って行く内に、浅黒い肌をしたアジア人に出会ってしまい、夢は潰えた様だ。
(場面が移り変わり)
 私はその廊下を通って出た矢先に在った或る一室に居た。浅黒いアジア人はそこに居た観客の内に紛れたのか、もう私からは見えなかった。そこは巡業施設の行楽場の様で在ったがうらぶれて居り、そこではジュディマリのユキが場末感を漂わせるコンサート廻りの内のone showをして居り、幼女の格好で自分のスカートを捲って客に見せる等して沸かせて居た。
 私はそのコンサートを余り長居せずに見て終わった後、一旦外に出て見ればそこは外国のホテルの様な物に変り、中ではゾンビの群れがそこに居た観客や通行人に混じる形で闘って、死んだり生きたりして居た。
(二度寝した後の夢)
 パラレルワールドの夢を見た事を私は病気の母親に話して居る。母は風邪か何かを拗らせた様で、シロップ薬を持ったままトイレ(か洗面所)から出て来てうろうろして居た。どんどんコンピューター化して進化して行く一方的な時代に少々恐れを成した後、母親に俺は、「こんな縄文~平成の時代が他に幾つも在るんじゃないだろうか?罪深き人生を送った人に神様が、神様の采配で、もう一度此処から生きてみなさい、等と言って江戸やら明治、昭和の時代の『その人用の予備の人生』にもう一度置く、と。そこでもう一度きちんと生きる様に仕向けられるみたいな、そんな風に成ってるんちゃうかなぁ」と言うと母親は変に緊張して、「その晩に死ぬかも知れん。(此処で俺は夢の中で、現実に生きる母親の事を心配する)。他人の人生生きるなんて事に成ったら耐えられへんで、死ぬかも分らんわ」と言い、その後で又うろうろし始めた。そんなつもりで言ったんじゃないのにぃ…、と俺は少々歯痒い気持ちを覚えつつ居た。
 コンピューター化して行くこの世の中を見て居てこの先ずっとこんな見える調子で歩んで行けば、人間的な関係が以前程にはもう築けない事態に陥って仕舞い、神様が本来人に与えた「人間らしい暮らしはもうしたくても出来ない時代」に人は生きて行く事に成るのではないか、と恐ろしく懸念した挙句に出た言葉で在った。要を得ないまま私達は又進んで行った。私はたまに、うろうろするのも良いか、と母の後を追って見る。けれど胡散霧散で消えた数々の合理が一寸顔を出しては直ぐ見え辛く成って仕舞うこの世の矛盾の様な物に、矢張り〝規則正しく、〟をモットーにする人間の姿を見て居た。
 


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