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捨てられた往年のボクサー

タイトル:(仮)【感動する話】捨てられた往年のボクサー。別れた妻と息子の為に必死になって働くボクサーは、或る日、上司とも呼べるマネージャーに捨てられた。そのあと彼を待ち受けたのは…

▼登場人物
●轟(とどろき)アキラ:男性。30歳。若い頃はボクサーを夢見ていた。実家は農家。実家で父母共に暮らしている。
●沢村祐樹(さわむら ゆうき):男性。43歳。ボクサー。往年のチャンピオン。
●ドクター:男性。55歳。総合病院に勤める。アキラの掛かりつけ主治医。
●金山哲司(かねやま てつじ):男性。50歳。沢村のセコンド兼マネージャー。冷徹。

▼場所設定
●小さな町:アキラ達が暮らしている。田舎町のイメージで。
●総合病院:一般的なイメージでOKです。
●農場:アキラの実家が経営している。新しい事業に着手しており人手がほしい。

NAは轟アキラでよろしくお願いいたします。

メインシナリオ~
(メインシナリオのみ:ト書き・記号含む=4638字)

ト書き〈ボクサーの興業〉

ここは小さな田舎町。
或る日、ここにボクサーが興業でやってきた。

「王者・沢村祐樹VSフレデリック・チャン」

町角の至る所にはこう書かれたポスターが貼られており、
年に数回しかイベント事が無いこの町では、
その試合を心待ちにしている者も多かった。

フレデリック・チャンはタイ出身の期待の新星で、
ムエタイからボクサーに転向した新人ボクサー。
彼は挑戦者として試合に出場。

その挑戦を受けて立つのは、
ボクサー界でも往年のチャンピオンとして知られる沢村祐樹。
1度引退したがまた復活し、こんな興業回りを繰り返している。
ボクシングファンの熱気を沸かせていた。

(試合当日)

「おぉーーー!!」(リングを囲む観客の歓声)

そしていよいよイベント当日。
町にある小さな競技場を貸し切り、
そこには多くの観客が集まった。

チャンピオン・沢村が紹介されて名乗りを上げる。
挑戦者も紹介され同じく名乗りを上げた。
歓声は更に高まり、競技場は熱気に包まれてゆく。

「いけいけぇ!」
「そこだ!ストレートで決めろ!」

観客の声が響き渡る中、
試合は終始、チャンピオン沢村が優勢だった。

やがて5ラウンドを終える頃、
「勝者、沢村祐樹ーー!!」
やはり沢村が勝利を収め、セコンド共に喜び合った。

しかしこのとき沢村は、立ってるのがやっとの状態。
かなりふらついていた。

彼はもうボクシングをやるには高齢だった。
今年で43歳。

「なぜこの歳でまた復帰したのか?」
なんて言う人も居た。

「昔からのファンの期待に応えたかったんだ」
と絶賛する人も居る。

イベントはこれだけではない。

彼の興業には付き物のエキシビジョン、
「チャンピオンVS素人挑戦者」
という独自の趣向が凝らされている。

もちろん素人と言ってもボクシング経験者が出場する。
あらかじめ参加資格を提示した上で募集者を厳選し、
その中から1人だけチャンピオンと試合できるシステムだ。

エキシビジョンながら試合は本格的なものじゃない。
どちらかと言えば見せ場をピックアップしたような、
半ば余興的なイベントだ。

しかし毎年のことながら、
そのエキシビジョンは結構白熱したものになる。

その挑戦者に選ばれたのは…

「それではお待ちかね、集まって下さったお客様の中から1人挑戦者を紹介したいと思います!その名は…轟アキラー!」

轟アキラ、俺だった。

「よし!俺だって毎日鍛えてきたんだ!出来る限り、思いきりやってやる!」

俺もその昔、少しだけボクシングを囓っていた事がある。
今は親父の家業を継いで農家をやっているが、
若い頃は本気でボクサーになる事を夢見ていた。

だからこういうイベント事には目が無く、
「機会があれば自分もリングの上に立ってみたい」
そんな思いをずっと募らせていた。

しかもこのエキシビションに出場すれば賞金も出る。
賞金額はなんと50万。
うちの農家は新しい事業に着手したところ。
これだけの賞金を貰えるのもやはり有難い。

ト書き〈挑戦〉

そして試合が始まった。
目の前には伝説のチャンピオン・沢村祐樹が見下ろすように立っている。

「気合い負けしてなるものか!」

そんな思いで向かって行った。

でも、やはりチャンピオンの様子はどこか変だった。

俺の繰り出すパンチが悉く当たるのだ。
そのたびチャンピオン・沢村は大きくよろめき、
今にも倒れそうな、そんな劣勢の連続だった。
彼の動きにはまったくキレが無い。

そして…

「バァン!」(アキラが沢村を殴る音)

俺の次のパンチが沢村の右頬をとらえた時、
沢村は一瞬眠るようによろめきそのまま倒れた。

テンカウントが始まる。

「エイト…ナイン…テーン!」

その試合の勝利者は俺!
俺の友達も喜んでくれた。

でも、カウントを終えても、
チャンピオンはリングに寝転んだまま。
起き上がらない。

「…どうしたんだ?」

「うう…」と言ってるだけの沢村。

その内…
「担架だ!」「ドクターは!?」
こんな声が辺りに響き渡った。

リング周辺から会場全体にかけ、空気は一変していく。

ト書き〈最寄りの総合病院〉

それから沢村は、
競技場から最寄りの総合病院へ搬送された。

彼を打ち倒したのは俺。
もし彼がどうにかなれば、たとえ試合とは言え、
彼の運命を決めたのは俺になる。

その責任から俺も病院へ付き添った。

ここは俺の掛かりつけ。
ドクターの事も俺はよく知っていた。

「完全なドランク状態だ。ボクサーにはありがちな症状だが、こんな状態で試合をさせるなんて…!」

ドクターの言葉を聞き、俺は一気に青ざめた。
「もしかして、彼は本当にどうにかなるんじゃ…」
そんな恐怖が心に生まれる。

あとで駆け付けるようにしてやって来たのは、
沢村のセコンド・金山と言う男。

金山哲司(50歳)。
沢村のセコンドを務める傍ら彼のマネージャーでもあり、
彼をまたボクシング界へ復帰させた張本人とも言われる。

「どうですか状態は?治りそうですか?今月の試合はこれだけだが、来月にはまた新しい試合を組んでいる。出来れば早々に治療をして貰い、何とか来月までに復帰させてやってほしいのだが」

金山は診察室へ入ってくるなり、
いきなりドクターにそう言った。

「来月に試合だって?無理だ。あなたは今彼がどういう状況にあるのか知っているのか?」

「え?」

ドクターの口調はいつになく強いものだった。
長い付き合いながら、ドクターの性格も俺はよく知っている。
何でも率直に言うタイプだ。

「あなたは彼のマネージャーだろう?なぜこんな状態になるまで彼を放っといた!彼には今すぐ入院が必要だ。ボクシングも今すぐやめさせるべきだ」

沢村はそれから入院を余儀なくされた。

ト書き〈沢村と金山の会話〉

入院してから数日後。
俺は毎日見舞いに行った。

やはり罪の意識だ。

「彼がこうなったのは俺のせい」
その意識がどうにも離れず、
彼の為に何かしていないと気が休まらない。

しかし彼の病室のドアの前に行った時、
中から金山と彼の話す声が聞こえてきた。

「な…なぁ金山さん、次の試合はいつだ?コンディションを整えなきゃいけない。教えてくれ」

「…ふむ。さっきドクターからも聞いたが、お前には今休養が必要だ。試合の事なんて考えず、今はゆっくり休め」

「そ…そういう訳にもいかない。俺は稼がなきゃいけないんだ。別れた女房と子供に仕送りしてやらにゃ…。なぁ次の試合はいつだ?早く教えろ…」

「お前は自分の状態が解ってないようだ。お前にもう次の試合は無い。つまり見切りを付けたってわけだよ。休んだ後で、別の仕事でも見つけるんだな」

「…なんだって?」

金山は実質、彼のオーナー。
会社で言えば上司の存在だ。

彼のスケジュールを組み、
興業周りのスケジュールで稼げるようにしてくれていた。

その金山が彼に見切りを付けて、
別の新人をスカウトしに行くと言う。

つまり沢村は、上司に捨てられたのだ。

「待ってくれ…!おい待てよ!俺にはボクシングしかない…!今までアンタにずっと尽くしてきてやったじゃないか。どうして今更そんなこと言うんだ。まだやれる。戦える。そう、エキシビジョンをやめたらいい。それなら八百長試合で、ずっと興業(しごと)を続けていけるじゃないか…!」

どうやら公式戦は八百長試合。
だからこそ彼は勝っていた。
全ては収入の為。

しかしエキシビジョンはそうもいかない。
相手は素人だ。
八百長する暇も無く、試合は始まってしまう。
おまけに彼はあんな状態。
だから俺は勝てたんだ。

そのとき話を聞きながら、全てが繋がった気がした。

ト書き〈数ヵ月後〉

それから数ヵ月後。
治療の成果もあり、沢村さんは回復していった。
俺はずっと見舞いに来ていた。

「沢村さん…お元気になられて本当によかったです」

「……」

病室へ毎日見舞いに行っても、
沢村さんは無口な事が多かった。

彼はもうボクサーじゃない。
金山は彼を捨て、知らない土地へ姿を消した。

「フフ…皮肉な話だよなぁ。これまでアイツを上司と思いながら、散々尽くした挙句がこのザマだ。アイツは俺の人生を踏みにじり、馬鹿にしたんだ」

「俺は15の時からこの世界に入った。だからボクシングの事しか知らない。その時からセコンドについて、俺のマネージャーをしてくれたのはアイツだったんだ。それからどんどん試合を組まれ、上り詰める所まで上って行った」

「スポーツ界じゃどこも同じだろうが、歳取ればあとは下り坂。それから別の道を一緒に探してくれるマネージャーもいるが、アイツは俺を捨てたんだ」

「沢村さん…」

彼はベッドの上でずっと宙を見ながら、
何か人生に絶望したような…
もう取り返しも付かないような…
そんな悍ましい暗鬱を漂わせていた。

金山は、
「伝説のチャンピオン・沢村」
の名を借り、そのブランドだけで商売していた。

そして用無しになった途端、彼を捨てた。
まるで捨て駒のように、彼の人生を弄んだ。
彼を、商品としてしか見ていなかったんだ。

俺はそんな彼の人生と哀しみを見る内、
悔しさのようなものが込み上げてきた。

ト書き〈新しい人生の目標〉

「ねぇ沢村さん、新しい仕事を始めてみませんか?」

人付き合いが苦手な俺がこんな事を言うとは。
我ながら少し驚いていた。
でも言葉は勝手に出てくる。

「僕の実家は今農家をやってまして、新しい事業に着手し始めた所なんです。人手が足りなくて、出来ればお力を貸して頂ければ…なんて思うんですが」

俺はそんな事を何日も掛けて沢村さんに問い掛け、
少しでも人生に新しい目標を持って貰おうとした。

と言うのも、それ迄に彼の事情を知っていたからだ。

彼には別れた家族がいる。
妻と息子。
息子は今16歳になっているらしい。

彼は今でも家族を愛しているようで、
特に息子の学費・生活費の為、
仕送りを続けているらしい。

それに沢村さんはこれまで幾つもの職先を渡り歩いてきたが、
どれもダメだったらしい。

ボクサーの後遺症の事もあり、
またステータスにも問題があるとされた上、
どこに行っても門前払いを食わされていた。

ト書き〈1か月後〉

それから1ヵ月後。
漸く彼は応えてくれた。

「気に掛けてくれて有難うよ。でももうそんな気にすんな。お前のせいじゃない。あれはただのエキシビジョンで、それにただ俺の調子が悪かっただけだ。相手がお前じゃなくても、他の誰が相手でも俺はこうなってただろうさ」

「有難う沢村さん。確かにあのとき他の誰が相手でも、あなたはそうなっていたのかも知れません。でも、その相手が他の誰でもなく僕だったんです」

彼は俺を慰めてくれた上、
俺の申し出を受け入れてくれた。

彼は来月から、
俺の父が経営する農場で働いてくれると言う。
農場はそれほど大きくもなく給料も少ないが、
それでも1人くらい賄える力は十分にある。

ト書き〈その後〉

その後、沢村さんは体調がすっかり良くなり退院。

それから沢村さんは俺の実家に挨拶へ来てくれ、
父と仕事の契約を交わし、働いてくれる事になった。

「自然の中で仕事が出来る。これほど大きな喜びは無い。もっと早くこんな仕事にあり付ければ良かったんだ。これも君のお陰だ。本当に感謝してるよ」

沢村さんは、今日も元気に働いてくれている。
俺も一緒に彼とそこで働いている。

自分に向いた仕事・続けられる仕事が出来る事。
たとえその形はどんなものでも、
愛する人の為、本気で打ち込める物なら幸せだ。

部屋に飾られたバラの花より、
地面に根を張り自力で生きる花が良い。

全ての命は神様に創られている。
自然も神様に創られたもの。

その自然に沿って生きる事こそ、
人が本来手にする1番の幸せだ。

毎日、笑顔で働く彼の姿を見る内に、
俺はその事に何となく気づいていた。

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