~スクラップ~(『夢時代』より)
~スクラップ~
琴絵ちゃんが、俺が今までに気に入った、漫画から現実のものを全て含めたキャラクターをスクラップにして持って来てくれた。実際はスクラップにした様な物だったが、俺にはその時、それが黄金にも輝く程に眩しく、欲しい物に思え、それを持って来てくれた琴絵ちゃんが異常に愛惜しく思えて、いつまでも隣に居て欲しいと思って居た。そのスクラップの内容はまるで俺の夢を象った様なものだった。それに引き換え素子は俺の欲しい物を持って来てくれはしなかった。ここら辺りに、この姉妹に対する俺から見たこの二人との関係を続ける際に確実に在る壁の様なものを感じて居た。
必要な時に居てくれる、何かを持って来てくれる、愛してくれる、自分の気持ちを充足してくれる、この様な言動を働いてくれる例えば女の子が今の自分にとってどれだけ励みに成り助けに成るか、という事を考えれば、俺にはその時の琴絵の存在が素子よりも遥かに崇高で有り難く、自分の助け手、あわよくば理解者に成ってくれる者とまで信じられて、素子の存在は唯その体を見せて来るだけの疎ましい者に見えたのだ。この差はどうしてもその時の自分にとっては埋まるものじゃなく、結局他人の存在が自分にとってどれ程のものか、という真実を非常に良く表して来るものである。どうしても叶わぬ夢が在り、ここ(地上)ではそういった〝自分の理解者〟が死ぬまで現れてはくれぬ夢を見た事により、それが妄想でも発揮され、やがては現実のものに成ってしまうと、今から考えた上でも思う訳である。この虚無はしかし、やはり女で埋めるしかないと考えて居た。又この辺りから俺は自分の夢想に駆られ始め、ここ(地上)から離れた様な態を以てあらゆる事を想像し始めるのだ。
しかしよく見ると、そういった〝スクラップ〟を俺の所に持って来てくれた者は他にも沢山居た。ようく見れば素子もほんの少し、何か他の事のついでにそれを作る事が出来た為か持って来ては居たが、それは本当に出来損ないで取って付けた様な内容の物で在り、俺の満足感を満たすまでには程遠い物で在った。私はその素子が持って来た物を結局物の数の内には入れずに数えて居た。すると十五個在った様だ。詰まり、十五人の殆どの女が、その物(スクラップ)を俺の為に俺の所まで持参してくれて居たらしい。内に一~二人の男も混じっては居たがこの二~三人に関しては唯間違って〝持って来てしまった〟という過程を経て来たらしく、場違いの様でも在った。その場違いを俺は〝場違いだった〟と見抜いた為、その〝場違いが持って来た物〟を俺はやはり除外した。何か極論を、俺は欲しかったのかも知れない。この現実の中で、これだけは信じる事が出来る、と出来るものを、俺は恐らく欲して居たのだ。そう言い聞かせながら俺はその宝物(贈り物:糧)の内でベスト3を決めるが如くMVPを一人で決めて居た。まるで野球で一年間のMVPを選定するかの様だった。俺は選んだその物(スクラップ)と選ばなかった物々とに対して、申し訳なく思った。
俺は密かに〝夢の見方〟を琴絵の前で、否この現実(自然)の内で、自分の前で決めて居た。これをすると、俺は大抵の物事が華やかに見え、〝生れて来て良かった〟と思う事が出来るのだ。この〝夢の見方〟がいつもして居るその延長上で、琴絵の目前で出来た事が妙に嬉しく又得意気にも成れて、唯々嬉しかった。琴絵は唯静かにじっとして、ずっと微笑んで居る。密かに俺は芥川龍之介の死の事について考えて居た。この〝ぼんやりとした不安〟とは如何なるものか、唯ぼんやりとして居るだけでこちらへ何等かの攻撃等しては来ないのか、又芥川はこれをどの様に受容したのだ、等。この世で生きて、現実で数々の苦難を浴びる様に消化すれば、その様な〝苦難〟は完全に消化されずに、例えば体のどこかにでも残るものなのだろうか、等色々考え考えして、今やっと一つの(解決は出来ないが)境地へ辿り着けた。〝結局死んでも分からないのだ〟これである。今から〝死〟の何足るか、が分かる訳でもなく、又同様に〝生〟の何足るかが分かるものでもなく、我々は膠も無く、唯笑って生きて居る様子で在り、時間が来たら死ぬ。その〝死〟に唯、ひたすらに悶絶して足掻いて頭を垂れる様にして現実での扉を潜り抜けた後、〝待ってました!〟とばかりに〝人の死〟が訪れるのである。これの何処に人の余韻が入り込む隙が在るのか?誰でも単語に、又会話の流れを抑える様にして吃る等すれば透かさず言葉と感情で研ぎ澄ました矢を放つものだが、この〝生死の曖昧な吃り〟には行けども行けども返答が無く、又返事が来ないのを何故か知って居る為、皆閉口し甲斐甲斐しく働く様に成り全ての疑問と並走して並ぶ様に成る。この辺りに私がいつも人生に対して思う、他人(ヒト)に対して思う、〝孤独の虚無〟が見せる私への挑戦状が見え隠れして居る訳だ。誰に言っても恐らく理解されない為、私はこの〝虚無〟を自然と大切に持って居る他ない。上の〝並走〟と同様である。
その琴絵が仕方なく、私と自分の他の用事の為消えて、次は誰の車だったか、恐らく俺の車に俺は乗り込もうとした際、有美(菊原由美)が乗って来た。始め有美は、私が車を運転して自宅から近い通りを何気なく走って居た所へ、その後ろ姿から横顔を(私に)見せたのだ。その瞬間の有美は俺に気付かず、夢の中故俺が声を掛けたら、その後で俺に気付き乗り合わせて来た。別に用事は無かったらしく、唯私が行こうとする先の道を歩いて居ただけ、との事。太陽は少々顔を隠して居た様で、どちらかと言えば雲が多く、どんよりして来た曇りの下で俺は以前、自分の中学生の頃、思春期の頃に見知った、ロマンティックなムードに浸って居り、当然といった様に有美もそのムード・雰囲気に自分の境地を合わせて来た。私は嬉しかった。と同時に、この女・有美をどんな風に料理してやろうか、楽しみにして居り、躍起に成りつつ酷く興奮して居た。有美は又、そんな俺にも気が付いて居る様だった。有美の昔、未だ少女だった頃、段々時の経過の中女と成り、身体付きが並よりも増して色っぽく成り、バストが一〇三センチ、ウェストが六五センチ、ヒップが一一三センチの豊満ボディを携える迄とも成って、俺の股間を何度か悩ませたか知れない〝余程の食えぬ女〟と迄成長して居たのだ。俺はその有美の、これ又日本人形とハーフとを引き合せた様な容姿と、その外見を司る女肉にやられて居た。これこそ、どうしようもない、というものである。そんな有美を俺はここぞ!!とばかりに襲って、自分のものにしようとしたのだ。有美は俺の言う通り始めはホイホイ付いて来る。有美はそんな調子で良かったが、それからいざ〝行こう!〟とすると、思わぬ期待もしない出来事が横から湧いて来て、いつまで経っても本懐を遂げさせてはくれず、俺は益々躍起に成った。しかし、どうしても物理的に言動を阻む壁というものが俺と有美の間に現れていけなかった。有美の方も最初は俺との事が失敗する度に俺に調子を合せてか残念そうな表情をするが、その内本懐から或る程度現実が叶わぬ方向へ遠ざかって行くと遠ざかるにつれ何も言わず、無表情と成り、俺は〝ああ、もう無理かな〟等と思わされた。その辺りにこの女の身元である京女を思わせられる。
結局有美とは一睡も出来ずに互いに立ち去る事と成る。残った物は始めから在った俺の車だけだった。俺はもうどうしようもなく、仕方がないので、少々晴れて来たお空を見上げながら今日の快晴を願い、〝寝空ごと〟を想うべく、又トボトボと車で歩いて行った。段々遠ざかる自分の家近くのダウンタウンが早くも懐かしく成るのを胸に感じて居た。
次は程良いスピードで走って居ると、正臣が街ゆく誰かを殺して居り、その現行犯として俺が正臣を逮捕した。無論俺は警察等ではなく、親友の好み(よしみ)で彼の心に手錠を掛けた様なものだった。正臣とは、もうずっと以前に会いほんの暫く一緒に遊んだり夢を語り合ったりして居たが、本当それはほんの束の間の事で在り、直ぐに〝自分とは歩調も歩幅も合わない〟とした上で決別し、同様のその〝昔〟に袂を分かった仲で在る。なのにどうして今頃この正臣が俺の目前に現れたのか少々後で考えれば不思議な気もしたが、とりあえず俺は今目前に在る出来事を片付けようとして、このルールに従う事にした。否、従うしか無かった様子で在る。正臣は意外とあっさり俺のお縄に付いた。抵抗するでもなく、俺は正臣を連れてそこから最寄りの荒川警察署という所へ行こうと少々強引に正臣の腕を引っ張って連行したが本当に唯すんなりと付いて来る。俺は、この〝すんなり〟が快く思え、こいつ(正臣)を自分の思い通りに出来る、と思った為か途端に心中で余裕の様なものが根を下ろした様子で、俺は正臣を連れて、警察へ行く前に安沢先生と未知先生の所へ行く事にした。この二人が住む最寄りの教会は正臣からしても〝最寄り〟で在り、俺達二人はここで知り合い同様の経過の内で過したのだ。二人にとって共有地の様なものだった。俺はその時でも後から考えても、正臣を警察へ連れて行く前に安沢先生と未知先生が居る教会へ連れて行く事には俺にも知らぬ何等かの神聖な意味が在るのではないか、と咄嗟に決めて居た節が在り、得意気に成って居た。俺は自分でも気付かず内に神聖な言動を成し遂げる事が出来たまるで聖職者に近い人間の様だと、少々自賛して居た。私達(俺と正臣)がその教会へ着いた折、二人(安沢と未知)は一緒に風呂に入って居た。二人一緒に一つの浴室を使って居たのか別々の浴室を使って居たのかそれは知らないが、とにかく我々から見えない位置で風呂に入って居た事は確かだった。〝タイミングが悪い時に来たなぁ…〟と俺は一人愚痴って居たが、そうして居る内に先に未知先生の方が頭にバスタオルを巻いて出て来て、俺達からも見える脱衣所で体を拭いて居た。未知は我々に背中を向けて居て、所々、要所要所で見えるその裸体には、ドラ猫模様がその背中と脇腹辺りに在った。〝この人本当は猫だったのか、それも大きな…大ネコ…〟等と俺は未知の正体を遂に見た、という様に又少々得意気に成って居た。その未知の後ろ姿は東京の女性らしく、凛とした格好が在った。それは私が東京の女性に憧れた一つ処でも在り、流石に東京の女でも在る未知の事を惚れ直し、と同時に、これ迄その数々の経過の内で未知から見せ付けられて来た〝お高く止まった態度〟を思い出し、解け合えない人としての壁をも見て居た。
安沢と未知は黄金煌びやかな法衣の様な物に着替え、俺から預かった正臣を自分達の座元に据え、厳かに、洗礼を授けようと式物を持って来て居た。場所は知らぬ間に、一寸カトリック風に格式張った結構広い講堂内に変わって居るが、確かにそこは最寄りの教会だった。同じ様にモンク(monk)の様な格好をした人の列が、男女織り成してゆっくり講堂内から出たり入ったりを繰り返し、まるで突き当りの廊下を起点にして戻って来て居る様でも在った。私は彼等とは話をして居ない。正臣は見てくれに似合わずなかなか強情で在り、葡萄酒の入ったミニグラスを貰ってから、正臣にとってくどくどと説教する様に安沢と未知が交互に話し始めたところそれが面白くなかったのか、ぼうっとしたままで手にして居たミニグラスを床に叩き割った。かなりの冒涜か、とも思わされたものだったが、それでも安沢と未知は落ち着いて彼の心にまるで息吹を掛ける様にして諭し続ける。その〝悟り〟がゆくゆく〝救い〟に成れば良いのだが、ときっと恐らく、そこに集った会堂衆の誰もが思った事だったろう。そこには栄子とKも居た。暫く安沢と未知、それからその教会員達が二人に従う形で加わり、少々のメッセージ性を含めた漫才や座興をやり、正臣と又何と俺にも見せて居た様だった。俺はその者達にその時感化されたのか急にボランティア精神が又揺さぶられて前壇に立ち、正臣含め、教会に来て居る他の信者達に向けて演説染みた余興をし始めて居た。その余興の内でスピーチを催し、そのスピーチの内で〝鮫の話〟をしたところ、皆に受けて居た様だったがその後で、カトリック司祭が着る様な袈裟掛けをした安沢牧師から軽い駄目出しを喰らった。
「始め、鮫の話出てたね。(…)(云々)(…)、怖かった、ありゃやり過ぎだー、別に聞きたくないもん。聞きたくないものを無理矢理聞く必要もないわな…」
Kが上半身裸に成って居た様子で、かなりの人数で溢れ返って居る風呂場でやはり人列を成して居る内に立って居た。普段は見えない場所なのだが、その順番待ちをして居てKや他の者達の動きが大人しく止まって居たからか、その時に見えたのだ。俺は、その風呂場へ入るのは人混みの多さに嫌気が差してか人酔いするのが落ちだと諦めて、浴室の入り口から直ぐ様身を翻して外に出て、次は空の中に居た。今は見えなく成った正臣の状況を探ろうと上空から偵察をして居たらしいのだ。何故そう成ったのかは解らないが、俺は唯飽きて来る迄、ひたすら上空を飛び回り続けて居た。
そこへ滅茶苦茶汗かきの、頭髪は短めだが茶髪した兄ちゃんが〝ポン〟っといった感じで(俺がさ迷う)上空に現れ、こっちを見ながら不機嫌そうな面して唯ずっと浮かんで居る。その兄ちゃんは滅茶苦茶汗をかいて居り、白い徳利のウェットスーツの様なトレーナーが汗ですっかり透けて見えて、乳輪がくっきりと浮かんで見えて居た。俺はその兄ちゃんに近寄るでもなく唯一緒に上空に佇んで居たが、上空だけあり誰も付いて来れず、その二人だけの空間(世界)が良かったのか、俺達は急に打ち解け合い仲良く成って、Kが今居るであろう浴室へ二人して行ってもう一回覗いて来よう、という一つの目標を決めて居た。それから二人してF1で使用される様なレーシング・カーに別々に乗って、地上か上空か判らない場所に在るレーシング・コースをひたすら何周も何周も走り続けた。相手も相手だが、俺もかなりのスピードを出して唯相手に負けぬようにと調子を合せて走って居た。
暫くレースはそのまま続いて居り、俺は一つ分身して又正臣の偵察を続けた。正臣を上空で見付けた。まるで空想の内で正臣を見付けた様なものであって、正臣はその時、芸能人の吉川晃司の様に穏やかに成り、寡黙な青年を装って居たが、それでも正臣は正臣で他人からは正臣の目論みが敗れたかの様に見透かされて居た。正臣はその後、知らず知らずの内に段々と自然と溶け合う様にして誰の目からも薄れて行き、又元の木阿弥の如く誰も知らない場所と時間へ消えて行った。「元の木阿弥」とは決まってその形態の事で在り内実の事ではなく、他人はどうか知らぬが俺は唯酷く詰まらない結果だと一人白けて居た。
又、F1でレースを続ける中、芸能人のダウンタウン(浜田と松本)が目前に登場して来て、内の浜田が俺の抜け毛の事についてあやかや言って来たのだが、言って居る浜田も又松本もその時相応に薄く、俺は「こんなしがない二人と同類に成るのは(仲間に成るのは)絶対に嫌だ」と頑なに決めて居た。レースは今でも続けられて居る様子で在る。
一向にKと栄子の姿は見えず、俺はやはり栄子の方を自分で無き者にして居た。