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壁男(かべおとこ)

タイトル:(仮)壁男(かべおとこ)

▼登場人物
●戸ノ成 一雄(とのなり かずお):男性。35歳。独身サラリーマン。
●川畑朱理(かわはた あかり):女性。30歳。社長令嬢。一雄の恋人。
●3人の女性:一雄の部屋の左隣に住む女性(順子)と向かいのマンションに住む女性と、新しく一雄の右隣の部屋に引っ越してくる女性。いずれも名前は設定しておらずセリフもなし。みんな20代の若い女性のイメージで。
●素卦多 益代(すけた ますよ):女性。30代。一雄の本能と理性から生まれた生霊。

▼場所設定
●某IT企業:一雄が働いている。都内にある中小企業のイメージでOKです。
●一雄の自宅:都内にある築何十年の古ぼけたアパートのイメージで。
●カクテルバー:都内にあるお洒落なカクテルバー。益代の行きつけ。
●街中:向かいのマンションなど必要ならで一般的なイメージでお願いします。

▼アイテム
●Hobby Improvement:益代が一雄に勧める特製の錠剤。これを飲むとその人の生活を前向きに改善させてくれる。でも期限は1か月。
●Wall Dweller:益代が一雄に勧める特製の液体薬。これを飲むと一雄に限り、その夢が叶う形で文字通りの部屋の壁になる。その効果の期限は永劫。

NAは戸ノ成 一雄でよろしくお願い致します。

イントロ〜

あなたには、誰かの生活を覗いてみたい…
なんて言う欲望はありませんか?
特に気になる人。そういう人のプライベートなら
少しくらい覗いてみたい…そう思いませんか?
こんな欲望は誰でも持ってるもので、
普段は人の迷惑になるからと、
節制しなきゃいけないからと
ただその自分を封印して過ごしているだけ。
今回は、そんな事に悩み続けた
ある男性にまつわる不思議なお話。

メインシナリオ〜

ト書き〈アパートの部屋で壁に耳をあてて聞いている〉

一雄「はぁはぁ…ああ、順子ちゃんの生活の音が聞こえる…今歩いてるなぁ。ああ、彼女と恋人同士になれたら…」

俺の名前は戸ノ成 一雄。
都内の古ぼけたアパートに住んでる独身貴族。

貴族なんて言えば遥かに聞こえが良いこの俺は、
毎日、自分の趣味として隣の部屋の音を盗み聞きしたり、
チャンスが許せばベランダから隣の部屋を覗いたり、
向かいのアパートの部屋を望遠鏡で覗いたりしていた。
そんな生活の繰り返し。
「これの一体どこが貴族だ!?」
なんて言われたら返す言葉もない。

俺はこの覗きや、盗み聞きする癖が治らない。

気になった女が居ると必ずその女の後(あと)をつけ回し、
奥手な性格ながら面と向かって対する事は出来ないが、
そのぶん陰に隠れて暗躍し、自分の気の済むように
相手を料理して自分の糧にしている。
そんなような俺と女の関係。

本当はこの趣味をやめたかったのだが
性癖とでも言うのだろうか。
もって生まれた人間の本質はなかなか治るもんじゃない。

ト書き〈カクテルバー〉

一雄「はぁ。ほんと、こんな事ばかりしてちゃいけないよなぁ…。ほんと俺、何やってんだろ…」

ふと我に返るとこんな事も普通に思う。
ある日、俺はやっぱりやり切れなくなり、
久しぶりに飲み屋街へ行き飲む事にした。

そうしていつもの飲み屋街を歩いていた時。

一雄「ん、あれ?こんな店あったっけ?」

見た事もないカクテルバーがあった。
ちょっと来ない間に新装開店でもしたのか?
なんて思い、とりあえず中に入って1人カウンターにつき飲む事に。

又そうしていると…

益代「フフ♪こんにちは、お1人ですか?よければご一緒しませんか」

1人の女性が声をかけてきたのだ。

彼女の名前は素卦多 益代さん。
都内でメンタルヒーラーやコンサルタントの仕事をしていたようで、
どこか上品な上、ほんのり心を和ませてくれるそんな人だった。

別に断る理由もなかったので俺は彼女を隣に迎え、
ちょうど話し相手が欲しかったので俺は嬉しくなった。

そしてあわよくば彼女とお近づきに…
なんで少し考えたのだが、ここでも不思議な事に
彼女に対しては全くその気が起こらない。

恋愛感情が湧かないと言うのか、
それより自分の事をもっとよく知って貰いたいと思い、
それからすぐ俺は自分の悩みを彼女に打ち明け始めていたのだ。
これは不思議な体験だった。

益代「え?そうなんですか?」

一雄「え、ええ(苦笑)こんな事、本当は誰にも話せない事なんですけど、あなたはなんだかちょっと不思議な人ですよね、なんか全部包み隠さず話せてしまうというか…」

そんな感じで俺は普段の自分の趣味の事、
つまり覗きや盗み聞きのあの趣味の事を
なんと彼女に赤裸々に告白していた。

そしてどうにかこの趣味が治らないものか、
この性癖が治らないものか。
そんな事を真剣に相談していた。

普通ならそこで引かれて帰られたり、
あるいは怒って注意してきたりするものだが彼女は違った。
真剣に悩みを聴いてくれ、
その悩みを解決してくれようとしたのだ。

益代「そうですか、分かりました。ここでこうしてお会いできたのも何かのご縁です。私がそのお悩みを少し軽くして差し上げ、出来ればあなたをそのまま助けてあげたいと思います」

そう言って彼女は手持ちのバッグから錠剤を取り出し、
それを俺に勧めてこう言ってきた。

益代「このお薬は『Hobby Improvement』と言いまして、今のあなたに丁度最適なお薬になってくれるでしょうか。心を満たし、その上で悪癖などから気をそらす形で生活を改善し、人の持って生まれた優しさや善良さ、そんな誠実の側面を引き出してくれます」

益代「もしよければ、1度お試しになられてはいかがでしょう?本気でその癖を治したいと思ってらっしゃるなら、きっと試す価値はあると思いますよ?」

いきなりそんな事を言ってきたので俺は少し面食らう。
次に「そんな事ある訳ない」なんて思い、
彼女の言った事を初めは信じなかった。

益代「フフ、お気持ちは分かります。ですが何か新しい事をしようとする時、特に自分の人生に革命を起こそうとする時などは、それまで信じられなかった事をあえて信じ、その信じた道へ新たな勇気の一歩を踏み出す事が大事に思えます。あなたの場合、まずはその趣味を治す事があなたの人生の革命への第一歩じゃないんですか?」

やはり彼女はなんだか不思議な人だ。
彼女の話を聞いてるとその気にさせられ、
確かにそんなものかな…と思ってしまう。

そして気づけば俺はその錠剤を手に取り、
早速その場で1粒飲んでいたのだ。

益代「フフ、私のこのお仕事はボランティアですのでお代は結構です。その錠剤は1瓶30粒で、ちょうど1ヵ月分あります。あなたはその間に生活を改善する為の努力をし、その後は何とか自分の力で人生を明るいものに変える力を身に付けて下さい」

ト書き〈トラブル〉

それから数日後。
俺の生活は本当に変わっていた。

なんとあの覗きの癖や盗み聞きの癖がすっかり治り、
人生に新たな覇気をもって歩み出す事が出来ていたのだ。

一雄「よし!今度はプログラマーの資格でも取って、自分の仕事の幅をもっと増やしてみるか♪」

俺はこれでも今、都内のIT企業で働いており、
それなりの収入を得ながら普通の生活は出来ていたのだ。

それなのに築何十年のこの古ぼけたアパートにやってきた理由は、
ここが覗きや盗み聞きするのに最適な場所だったから。
壁は薄く、セキュリティーは余りしっかりしておらず、
覗きをするにはもってこいの場所。

一雄「こんなバカな事を考えてここへやって来るなんて、ホント俺ってどうかしてたんだよな」

そう思いながら、俺はあの日バーで会った彼女に感謝していた。
自分の生活を変えてくれた人。
名刺もその時貰っていたから、そのうちお礼でも言おうと考えていた。

(出会い)

そしてそんな生活を繰り返す内、俺にも彼女ができたのだ。
やっぱり仕事ができる男、
未来に向かって大きな夢を持ち
それに向かって羽ばたいていく男というのは
女の目から見て輝いているものらしい。

朱理「私、一雄さんと出会えて幸せよ。これからもずっと一緒に居ましょうね」

一雄「ああ♪決まってるさ」

本当に幸せの絶頂だった。

彼女の名前は川畑朱理さんと言って、
なんと提携先の社長令嬢でもあり、
今までの自分の事を考えたら
こんな俺には本当に勿体ないぐらいの人だった。

でもそれから1ヵ月後。
俺の身にやはりトラブルが起きたのだ。

一雄「ク…クソぅ!や、やっぱり、あの子の生活を覗いてみたい…」

俺はまだ、それまで住んでいたアパートから引っ越していなかった。
そのうち引っ越そうと思っていたのだが
丁度あれから1ヵ月後。

益代さんから貰った薬が切れた時、
俺はまた覗きや盗み聞きの趣味を楽しみたくなってしまい、
その延長でまた犯罪めいたそんな事に手を染めていたのだ。

丁度少し前に気になる女性がまた隣に引っ越してきた。
そしてまた丁度その頃に、
向かいのマンションにかなり綺麗な女性が引っ越してきた。

俺はその2人の生活がどうにも気になってしまい、
また壁に耳をあてて隣のその人の生活の音を聞き、
そして望遠鏡で向かいのマンションの人の生活を覗き見ていた。

しかもそれだけじゃなく、
俺は持って生まれた理系の知識を駆使した上で、
ミクロドローンの制作に成功し、それに極小カメラを搭載して
隣の部屋と向かいのマンションの部屋の中に直接侵入させ、
そのドローンから送られてくる画像や動画を
自分の部屋のパソコンで楽しむようにまでなっていた。

一雄「はぁはぁ…へへ…ウヘヘ…イイなぁ…。その内いつか彼女達の恥ずかしい写真でも撮ってそれを弱みに使って、俺の言いなりにさせてやってもイイかもな…」

薬が切れた事の副作用で俺はもっとひどくなっていたのか。
禁欲した分、更に欲望に対して素直になってしまい、
俺はあらぬ事まで考えていた。

(朱理との破局)

そしてその時…

朱理「きゃあ!か、一雄さん…あなた何やってんの…」

一雄「…え?あっ!いや、これは違う…!いやその…」

丁度その日は朱理が晩ご飯を作りに
俺の自宅まで来てくれる事になっており、
俺はその事をすっかり忘れたまま
覗きとの盗み聞きの趣味に没頭していた。

でも何を言ったってもう後の祭り。

朱理「一雄さんあなた!こんな趣味があったのね!この変態!よくも今まで私を騙してくれたわね!」

そう言って彼女は買ってきた食材をその場に投げ捨て、
一目散に俺の部屋から立ち去った。
そしてもう2度とその後、連絡を取り合う事もなかったのだ。

一雄「あ…朱理ィ!」

まさに自業自得。
でもこの自業自得は、
俺の人生を変えるほど大きな転機になってしまった。

ト書き〈カクテルバーからオチ〉

それから俺はもう全ての事がどうでもよくなり、
自暴自棄になったまま、又あのカクテルバーへ立ち寄っていた。
そこでしこたま酒を飲み、全てを忘れようと、
また新しい自分の生活に戻ろうと決意して
ずっと1人で飲み続けていた。

するとそこへ…

益代「あら?一雄さん?」

あの益代さんが偶然店に入ってきて
俺を見つけてそばへ寄ってきてくれたのだ。

一雄「あ、ま…益代さん…」

俺はなぜか彼女の顔を見た途端、
「どうしても今のこの窮地を救って欲しい」
と言う気になってしまい、彼女にすがり付き…

一雄「益代さん!お願いです!この僕を助けて下さい!僕もうダメなんです!一生懸命努力したつもりだったんですがどうしてもまともな生活に戻れなくて!…もう僕は、まともに恋愛しようとも結婚しようとも思いません…。だからせめて、前の自分の生活に戻りたいと…そこで安定して自分の幸せだけに生きていきたいと…そう思ってるんです」

益代「…前の生活に戻ると言うのは、あの覗きや盗み聞きを趣味にしていたあの頃の生活、と言う事ですか?」

一雄「え、ええそうです…!こんなこと普通は誰にも言えない事なんですけど、あなたなら言えると思って…。どうか変に思わないで下さい、僕は真剣なんです。初めて会った時からあなたは不思議な人だと思っていた。なんだか僕の事を全部知ってくれていて、それでいて僕の人生・生活を本当に変えてくれた」

一雄「そんなあなただから言うんです。お願いします、この誰にも頼めない事をあなたなら…いやあなただからこそ叶えて欲しい…そう思ってるんです」

もう俺はこの時、自分で何を言ってるのかよく解らなかった。
はたから見ればきっと狂ってるように見えただろう。

でも俺は真剣だった。
自分の生活を取り戻す為、自分の居場所をもう1度取り戻す為、
それが犯罪だと分かりながらも、そう無心していたのだ。

そこで肘鉄を喰らえばそれでも良いと思った。
つまりもうダメ元だったのだ。

でも彼女はそんな時でも俺の悩みを真剣に聴いてくれて、
こんな俺を助けようとしてくれたのだ。

そして…

益代「分かりました。そこまで自分の人生に追い込まれ、あなたは本当に自分の居場所を求めてらっしゃる。その事が充分伝わりましたので、なんとか致しましょう」

そう言って彼女はまた持っていたバッグから
今度は新しい液体薬のような物を取り出し
それを俺に勧めてこう言ってきた。

益代「これは『Wall Dweller』と言う特製の液体薬でして、これを飲めばきっとあなたのその夢は叶えられるでしょう。あなたはこれまで探し続けてきたその居場所を手にする事ができ、そこに未来永劫、ずっと住み続ける事ができるようになります」

一雄「え?…自分の居場所に…未来永劫ずっと…?」

益代「ええ。でもその代わりあなたは今までの生活を変える事になり、これから新しい生活の住人になってしまいます。もしそれでも良いのなら、どうぞお飲み下さい。前の時のように、あなたの生活は理想の方向へ変わるでしょうし、あなたはその第2の生活を手に入れる事で、それなりの幸せを掴む事もできるでしょう」

途中からもう益代の話はよく聞いてなかった。

「自分だけの居場所…それが幸せな空間…」
「そしてその幸せな空間にずっと住み続ける事ができる…」

その2つの言葉が俺の心でキーワードのように飛び交い、
彼女が全部を喋り終わらない内に俺はその液体薬を手に取り、
又その場で一気に飲み干していた。

(オチ:部屋の壁になった一雄)

それから数日後。
もう俺はそれまで住んでいた自分の部屋には居なかった。

今はまず、ずっと気になっていた隣の部屋の人の生活を、
1番近くで見守る事ができる場所に居る。

俺は部屋の壁に成ったのだ。

彼女の部屋を取り囲む壁。
その壁の中に俺の霊魂というか命が吹き込まれ、
俺は壁として今後生きる事になったようである。

一雄「グフフ〜♪これからお風呂入るんだねぇ…」
一雄「おっ、お次は自分を慰めるお時間ですか?」

見た目は普通の壁だから、誰も俺の存在に気づく事はない。
そして俺は壁から壁に引っ越しする事ができたようで、
彼女に飽きれば、次はあの向かいの
マンションに住む人の部屋の壁に成ろうか…と考えている。

ト書き〈アパートを見上げながら〉

益代「あの男、今日も覗きに勤しんでいるようね。まぁ彼はこれからずっと壁として生きていくんだから、覗かれてる人が彼に直接襲われる事はない。また彼の存在に気づく事もないだろうし不安に駆られる事もなく、双方丸く収まる形で、それぞれの生活は送られていく事でしょう」

益代「私は一雄の本能と理性から生まれた生霊。その本心から生まれる夢を叶える為だけに現れたけど、出来れば彼の理性のほうが勝って、彼にはまともな生活を送って欲しかったけど無理だったわね」

益代「人の欲望と言うものはホント凄まじいものね。理性を持って居るのに関わらず、その人生を棒に振る事だって出来るんだから。彼が持っていたその趣味は文字通り、まともな人生を送る際にはどうしても越えられない壁だった。そして彼自身がその壁に成り、そこから2度と出る事なく今後、未来永劫、その空間だけで生きていく事になる」

益代「でも彼にとっては、それが幸せだったのよね。だって自分で選んだ人生(みち)なんだから…」

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