世界一周で、人生変わったアラシ「ずっと、観光の領域で生きていきたい」
こんにちは!KAMIKITA HOUSE住人のコージー(@koji__O)です。
住人インタビューシリーズ第20回のゲストは、株式会社TABIPPOでコミュニティ運営を担当するアラシさん。旅との出会いやコミュニティ運営のコツ、和歌山移住などについて聞きました。
※今回はきどみが1人で取材を担当。本文の執筆・編集をコージーが担当するという新たな形式にチャレンジしました(取材後記はきどみ執筆です)。
アラシ
和歌山県和歌山市出身。大学時代に世界一周を経験。専門商社を経て、現在はTABIPPOのコミュニティマネージャーを務める。好きなものはコーヒー、ビール、ホテル巡り。
TABIPPOのイベントで旅に興味。世界一周で「何もかも変わった」
ーー旅を広める「TABIPPO」という会社で働いていますが、もともと旅が好きだったのでしょうか?
ハタチまで旅に興味はありませんでした。和歌山の田舎に生まれて、家族で海外行くみたいなのも全然なくて。大学では飲み会して、ボウリングして、カラオケして。旅とは無縁の生活を送っていました。
転機になったのが、大学2年生の春休みに行ったTABIPPOのトークライブイベント。そこで、ゲストの方が旅の魅力を語っていたのが、なんか分からないけどとても響いて。海外にはこんな世界があるんや、こんな経験ができるんや、バックパッカーなら意外と安く海外を回れるんやということを知りました。世界一周ってかっこいいな、という気が芽生えて、旅に興味を持つようになりましたね。
ーーイベントに行ったきっかけは?
大学の友達の友達がスタッフをやっていて、たまたま誘われたんです。現在でいう「BackpackFESTA」なんですけど、当時は「TABIPPO 2014 in大阪」というイベントだったので「変な名前やな」と思いましたね(笑)。でも行ってみたら、衝撃を受けました。人生において、世界一周は絶対に行ったほうがいい。というより行かないといけない、と感じたイベントでした。
ーーそこから、実際に世界一周に行ったんですね。
当時はまだ一人旅すらしたことがなく、いきなり世界一周は怖かったので段階を踏もうと思いました。それまで飲み会やボウリングに使っていたお金をちょっとずつ旅貯金に回し、貯まったお金でタイとカンボジアへ。大学3年の夏休み、初めての海外一人旅。カンボジアで21歳の誕生日を迎えたのが印象的でした。その2週間の旅が楽しくて、改めて世界一周は絶対しようと誓いました。
タイから帰ったら、TABIPPO学生支部がメンバーを募集していたので、入ることにしました。自分がお客さんとして胸打たれたトークライブを今度は企画側としてやろう、と。そこで出会った仲間は、自分のやりたいことをやっている人ばかりでした。なかには休学している人もいて、休学という選択肢の存在を初めて知ったんです。それで、自分も4年生を休学しようと。
ーー休学して、世界一周の旅に行ったんですか?
すぐに行ったわけではないんです。大学4年生の4月から3ヶ月間、バイトしてお金を貯めて、その後3ヶ月間フィリピンに語学留学。帰国してまた3ヶ月バイトして、その後の3ヶ月で世界一周にいきました。なので世界一周自体は3ヶ月と短めで、回った国も15ヶ国くらいです。
ーーベタな質問かもしれませんが、世界一周で人生変わりましたか?
うん、変わったと思います。めっちゃ変わりましたね。今、TABIPPOで働いているのも世界一周行ったからやし、何もかもが変わった気がします。考え方にも大きな影響を受けましたね。多様性を受け入れられるようになったり、自分のやりたいことに挑戦する行動力が身についたり、ハプニングが起きても前向きに楽しめるようになったり。もし世界一周に行ってなかったら、全く別の人生を歩んでいたと思います。
守りのコミュニティマネジメントで300人をまとめる
ーー世界一周での経験を元に「旅を広めたい」とTABIPPOに入社したのですね。
いえ、実は新卒では違う会社に就職したんです。
世界一周から帰ってきて、1年間TABIPPOでインターンをやっていました。新卒でそのまま働きたいなという思いもあったのですが、他の会社で働く経験もしたいなと感じ、京都にある繊維を扱う専門商社に入りました。ただ、もうちょっと裁量権のある会社がいいなと思い、1年目の12月にやめました。歴史があって年功序列を重んじる会社だったので、このままだと成長のスピードが遅いなと。同い年が東京のベンチャー企業でバリバリ働いているのを見ていたので。
特に次を決めずにとりあえずやめて、仕事を探すために東京に行きました。友達の家に転がり込んで、転職活動を始めました。メーカーとか留学の会社とかいろんなベンチャー企業とか受ける合間に、TABIPPOのオフィスに行って休憩したり、話を聞いてもらったりしていたんです。そこで(TABIPPO社長の)しみなおさんに誘ってもらって、TABIPPO入社を決めました。
ーーTABIPPOでは、どんな仕事をされているのですか?
今はコミュニティ事業を担当しています。300人ほどいるTABIPPO学生支部をとりまとめています。
ーー300人!大所帯をまとめるのは大変そうですが、コミュニティ運営のコツを教えてください。
そもそも人見知りですし、人と話すのはそんなに好きじゃないんですよね(笑)。それでも自分なりに心がけているのは、マイナスをなくすこと。コミュニティマネジメントには、プラスを作るタイプとマイナスをなくすタイプがいると思ってて。盛り上がっている人をさらに盛り上げる。頑張っている人をより引っ張っていく。そうすることでコミュニティ全体が活性化するという考え方が、プラスを作っていくタイプです。
一方で、コミュニティに対する不安や不満、クレームを取り除くことに注力するのがマイナスをなくすタイプです。自分はこっちが得意なので、大ざっぱではなく丁寧な連絡をしたり、誰かの発言で傷つく人や不満を持っていそうな人がいたら、個別に連絡してケアしたりして、リスクを防ぐようにしています。昔からマメで、共感性も強い性格なので、自分に合っているのかなと。守りのコミュニティマネジメントが得意なのかもしれません。
ーー会社人としてではなく、個人の活動についてお聞きします。アラシさんは、これまで様々な商品のアンバサダーを務めてきました。高倍率なものも多いと思うのですが、どうしたらアンバサダーになれるのでしょうか?
もう任期は切れたのですが、1月までは電動キックボード「LUUP」とコーヒーのサブスク「ブラザーコーヒー」のアンバサダーをやっていました。ホテルのサブスク「HafH」は第1期、第2期、第3期、とすべてでアンバサダーに選んでいただきました。
選ばれる基準は企業によって色々あると思いますが、まずは一定のフォロワー数、影響力が重要ですね。僕は今、Twitterのフォロワーが9300人くらいなのですが、5000人程度が基準になっていることが多い気がします。そして、そのSNSをアクティブに動かしていること、普段の投稿がサービスの世界観とマッチするかどうかも大切です。
そうした基準をクリアしたうえで、応募フォームの内容が問われます。いかに企業目線で考えられるか。ただ「サービスを広めたい」というだけでなく、どうすればユーザーが満足してくれるかを一緒に考えて、企画、コンセプト作りからやっていきたい、というスタンスで書くのがポイントです。あとは自分のキャラを明確にすること。僕は旅枠で採用されて、「『旅×〇〇』で商品をPRしてもらいたいです」と言われることが多いです。「自分はこんな特徴があって、こういう界隈の人に届けられます」というのを明確にすることが採用されるコツだと思います。
ーーなるほど。めちゃめちゃ参考になります。アンバサダーをやってみて、変わったことはありますか?
自分のキャラに磨きがかかったかなと思っています。HafHのアンバサダーをやったことによって「HafHに詳しい人」「ホテルに詳しい人」といったポジションにもなれました。ホテルに泊まる仕事がTABIPPOの本職にも役立っているので良かったなと。
あとはホテルに詳しくなったことで、プライベートで泊まる時も見る視点が変わりましたね。それまでは安い宿を探していたのが、コンセプトがしっかりしてるホテルに泊まりたい、たまにはおしゃれなところに泊まりたい、とか宿探しのポイントが変わりました。そこに来る人との出会いも重要視するようになりましたね。
ノイズが多い東京から自然豊かな和歌山へ移住
ーー今後についてうかがいます。カミキタハウスを出て、2月下旬から和歌山に移住されると聞きました。なぜこのタイミングで和歌山へ?
まず東京を出ると決めた理由から話しますね。東京には2018年1月に転職活動のために来て、そこからTABIPPOに入社。4年ほど過ごしました。
1つはコロナで出社がほとんどなくなったこと。もともとフルリモートの会社ではあったのですが、コロナで加速して、東京にいる必要がなくなりました。2つ目は東京で暮らす友人が減ってきたこと。結構周りの友達も2拠点生活を始めたり、地方行ったりしていて。
そして、モノにあふれかえっていて、ノイズが多すぎる感じに疲れたというのもあります。東京は選択肢が多すぎるなと。もっと自分の大切なものを繰り返し使うとか、同じ店に通って店の方と関係を築いていくとか、そういう生き方をしたいと思ったんです。東京にいると、つい消費ばかりする生活になってしまっていたので。
ーーなるほど。東京から出ることを決めて、なぜ和歌山を移住先に選んだのでしょうか?
色々考えました。沖縄もいいな、とか名古屋にも友達結構いるよな、とか。でもそういうところは行きたい時に行けばいい、と思ったんです。住む必要はないかなと。
地域を活性化するような仕事をやりたい、と考えた時に、高校卒業まで18年間住んで思い入れもあるし、現地のツテもある和歌山がいいんじゃないかと。もちろん友達もいっぱいいますし。家族を持っているわけでもないし、仕事はどこでもやれるし、別に失うものはないから、とりあえず引っ越してみようと考えました。
ーー改めて和歌山の魅力を教えてください。
東京から帰省で帰るたびに、和歌山っていい町やなって思っていました。和歌山は田舎の極み的な感じがします。海もあって、山もあって、川もある。僕が引っ越すところの近くには紀の川という大きな川が流れているんです。自然に囲まれていて、その自然が生み出すフルーツ、野菜、魚などの農産物が豊かな町です。生きるための資源は豊富ですね。
僕が住むのは和歌山県和歌山市で、アクセスもわりと良いんですよ。関空も近く、大阪にもすぐ行けるので。自然豊かで都心が近い環境というのはなかなかないかなと。
あとはこれから伸びていくポテンシャルも感じますね。日本初の民間ロケット発射場「スペースポート紀伊」が建設されたり、日本初のカジノ(IR)導入の候補地になっていたり。世界遺産の高野山や日本三古湯のひとつである白浜温泉など、観光資源も豊富なんですよ。観光の仕事をずっとやっていきたい自分としては、とてもやりがいのあるフィールドだなと感じています。
ーー和歌山を盛り上げていくイメージはありますか?
若い人で盛り上げるのが超重要やなと思っていて。和歌山は大学や会社がそんなになく、大阪に出ていってしまう若者が多いんです。でも一方で、最近移住してくる人も結構いて。和歌山で面白いことやっていきたいと思っている20、30代の人でコミュニティを作って、盛り上げていければと。移住者も和歌山出身でずっと和歌山に暮らしている人も混じり合って、互いに刺激し合う場所を作りたいですね。
ーー最後に、今後の目標を教えてください。
「旅中」の支援をしていきたいです。TABIPPOで特に力を入れているのが「旅前」の支援です。記事やイベントを通じて旅の魅力を伝えて、旅に行きたい人の背中を押す仕事をしています。それから旅の経験を生かすという意味で、POOLOや旅人採用といった「旅後」の支援も行っています。
ただ「旅中」の支援はやっていないんです。TABIPPOはツアー会社ではないので、「グアム3泊5日」「北海道温泉ツアー」なんかはつくれないんですね。だけど、旅の最中の楽しさをどれだけ引き上げられるか、そこでの学びを大きくできるかが超重要だと思うんです。だから、いわゆる旅行業と呼ばれる現場でのサポートがしたいなって。引率、添乗員みたいなことをやりたいと思っています。ハードルはありますが、楽しく学びも最大化するようなツアーを作りたいですね。
あとは、和歌山でアンバサダーなのか大使なのか、PRする広告塔になりたいです。和歌山の魅力を発信するアンバサダー。この先も人生ずっと、観光の領域で生きていきたいです。
【取材後記】
「SNS総フォロワー数約10000人」「企業のアンバサダー就任」「300人をまとめるコミュニティマネージャー」というキラキラした肩書きだけ見て、アラシさんは社交的で人と話すのが大好きな方なんだろう、と勝手なイメージを持っていた。そのため、取材中に「内気で人と話すのはそんなに好きではない」と話していて驚いた。だがその後に「マメな性格である」と続けていて納得した。コミュニティをまとめる役割は、必ずしも話すのが好きな人が適任というわけではない。アラシさんのように日頃から周囲に気を配り、早い段階から火種に気づいて、定期的にアプローチしていくことが大切なのだ。そうしたコツコツとした取り組みが、SNSのフォロワー獲得やアンバサダー就任にも繋がっているのだと思う。
もうひとつ取材中に印象的だったのが「和歌山に移住して、和歌山を盛り上げていきたい」と語っていたこと。国内・国外含めて色んな場所を旅しているアラシさんが「自然豊かでポテンシャルを感じる」と評する和歌山に訪れてみたくなった。その時はもちろん案内をお願いしようと思う。アラシさんがよく行くお店や仲良くなった地域の方を紹介してもらうのも楽しそうである。(きどみ)
取材:きどみ
撮影:おすぎ
本文執筆、編集:コージー
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