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大神ミオの炎上から見る現代のオタク社会の歪み

はじめに

Hololive所属のVTuberである大神ミオが、寄せられたファンアートをAIイラストであると明確な根拠もないまま断定してしまったことで炎上した。この件で露わになったのが、Xを中心とするオタク社会の歪さ、息苦しさだと思う。
本稿では、本件炎上の論点を整理し、意見を述べるとともに、筆者が現在のオタク界隈に内在する問題を提起する。


本文

大神ミオの炎上概要

まず、今回の炎上事件を簡単に整理しよう。
ホロライブ所属のVTuber・大神ミオが、X(旧Twitter)に投稿されたファンアートを、配信のサムネイルとして使用したものの、後から当該イラストが「AI絵」であると断定し、使用を取りやめたことで騒動が発生した。しかし、このファンアートがAI生成画像であると言い切れる材料がなく、「早とちり」で他者を攻撃する形となってしまった。
これが、VTuberアンチ、反AIイラスト勢力を巻き込み、大きな炎上となったのである。

炎上の論点

この事件には、次のような複数の論点がある。
①AIイラストの是非(VTuberや企業がAIイラストをどう扱うべきか)
②当該絵師が本当にAIを使っていたのか(誤認による批判の問題)
③知名度のある人間が他人の絵を「AI絵だ」と断定することのリスク
④ファンアートは基本的に無償提供なのに、AI使用禁止を求めることの妥当性
これらの論点を整理しながら、今回の事件が何を意味しているのかを深掘りしていく。

AIイラストの是非


事案について語るのであればまず、この論点は外せないだろう。AIイラストそのものが、「善い」のか「悪い」のか、それがはっきりしていれば、そもそもこのような問題は起こり得なかっただろう。だから、その是非について考えるのは意義がある。とはいえ、私はイラストレーターでも、AI技術者でも、ましてや法律家でもないから、意見する立場がない。そのため、今回は深く立ち入らない。だが、クリエイターの持つAIに対する忌避感、嫌悪感は理解できるつもりだ。

現在、AIイラストの使用には賛否がある。イラストレーターの多くは「自身の努力の結晶が学習データとして無断使用される」「クリエイターの仕事を奪う」として反対の立場を示している。他にも、法的な整備が未発達なだけで、著作権上の問題もある、とする意見もある。一方で、生成AIには低コストで一定以上の品質のイラストを制作できるメリットがあり、ユーザーも多い。また、最近は出力されるイラストの質も高まっており、万単位のいいねやリポストを稼いだケースもある。

ただし、まだ法整備が追いついていなかったり、今まで絵師が積み上げてきたイラストをAIに学習させることで、その利益を使用者が得ているという不平等な外観があったりする。そのため、生成AIを使用したイラストの利用を自粛、もしくは使用している旨を明記することを求めるプラットフォームや、活動者が多く存在する。

その中の一人が今回の騒動の中心となった大神ミオだ。彼女はAI生成イラストをサムネイルに使用しないというポリシーで活動をしている。今回はそれが揺るがされた形だ。

しかし、ここで一つの疑問が生じる。それはホロライブの運営元の企業・カバー社が生成AIを活用した事業を行っているにもかかわらず、イラストに関してだけはNGとする姿勢を見せていることだ。

母体の企業はその技術を事業の一部として取り入れながらも、演者はイラストに関して頑なに使用を控える姿勢を見せている。これは歪な構造だ。その歪みを生み出しているのは、業務を委託している著名なイラストレーターと、その周囲の反AI勢力に対する忖度のように見える。

当該絵師は本当にAIを使っていたのか


この問題が発生した要因の一つに、大神ミオがイラストをAI絵だと断定してしまったことにある。
自分の絵がAI生成によるものだと指摘された当該絵師は、ライブペインティングを配信することで身の潔白の証明を試みた。この実力を示す行為により、疑いを晴らすことができた____

わけではない。
一度かけられた疑惑は払拭しきるのは難しく、一部の大神ミオファンや反AI勢力は純然たる手描きの絵師であると認めず、アカウントが消えた現在も攻撃を続けている。

現在のAI技術は非常に高度で、パッと見ただけではAIかどうかを判断するのが難しい。正直なところ、筆者も区別がつかない。描画のミスをもってAIだと指摘する者もいるが、人力で行ったとしても、作画のミスは起こり得る。だから、制作過程そのものが公開されない限り、どのイラストもAI生成によるものという疑いはかけられてしまうし、身の潔白を証明することは難しい。
そのため、よほどの専門家でもない限り「わからない」とするのが懸命だと思う。少なくとも今回の件については、区別をつけられる人間の方がごく少数のはずだ。

AIの仕様が未確定な段階で「AI絵」と断定するリスク


今まで説明してきたように、世間(特にX)において、AI生成イラストに対する風当たりは強い。そのため、生成AIツールを使用していることは、イラストを仕事にする上で不利になり得る事実になり得るし、名誉に傷がつく恐れもある。
本件とは離れるが、「性的である」と炎上した「赤いきつね」のCMがAI生成疑惑をかけられていたが、携わった会社がそれを否定するためにポストをする事態もあった。

このように、「AIを使用している」という指摘はクリエイターの名誉感情を損ねる。それ故に、それを指摘した人物は間違いを認めて訂正することが難しい。実際、この声明を発表した後も、「手描きだとしたら下手すぎ」、「AIだと誤認させるような質のものを出す方が悪い」といった批判に切り替えて攻撃しているSNSユーザーも多く見られる。正直このCMに関しては、指摘されているような作画の破綻があるように見えるし、細部の作りが粗いと言われても仕方ない。だが、AI疑惑さえかけられなければ、ここまで細かくチェックされずに流されていく程度の作画上のミスだろう。

作画のミスをもって生成AI利用疑惑をかけ、否定されたらクリエイターの能力に瑕疵があるとする流れは、他者に対する批判として無敵すぎる。この理論の使い手・「AI警察」の登場により、イラストに求められるレベルがインフレしているため、クリエイターに必要以上の負荷がかかってしまっている。イラストをさほど描けないくせに、自分の”見極める”能力は一人前と自負し、それでアイデンティティを確立している一流AI鑑定士の方々は、イラストの良し悪しではなく、引き際を見極める目も養ってみたらどうだろうか。

話が逸れた。とにかく、他人のイラストに生成AIが使われていると主張する際は非常に慎重になる必要があるだろう。認めざるを得ない明確な根拠を提示しなければならない。
生成AIを当該イラストレーターが使用したのかは不明だ。しかし、見る人が見れば、十中八九AI絵なのかもしれない。けれども、100%ではない状態で、影響力のある人物がそれを指摘してしまうことの暴力性は言うまでもないだろう。

大神ミオはホロライブの人気VTuberであり、彼女の発言は数多くのファンに届く。彼女が「これはAI絵だ」と発言したことで、リスナーはそれを事実として受け止めてしまう。結果、無実かもしれない絵師が「AI絵師」として攻撃される事態に発展してしまった。

これは、SNSにおける晒し上げ行為の一例だ。影響力のある人間が放った一言が、個人に対する集団攻撃へと発展する。このリスクを考えれば、安易に「これはAI絵だ」と断定した彼女には非があることは認めざるを得ない。

ファンアートがサムネとして採用される構造の問題点


本件に関わる最後の論点である。
この問題が引き起こされた背景として避けて通れないのが、ファンアートタグをつけられたイラストが、VTuberによってサムネイルとして使用されるという構造だ。ここで、一つの疑問が生じる。

無償で提供されるファンアートを勝手に商用利用に近い形で取り上げておいて、生成AIを使用していたら取り下げるのは筋が通っていない。ファン活動で利益を得ておいて、生じた問題の責任が絵師側に向かうのは、なんだか不公平で後味が悪い。

ファンアートが描かれた側のVtuberに使用してもらえるのは、クリエイターにとってとても名誉なことだとは思う。新しい仕事に繋がるかもしれない。だから外野がとやかく言うべきではない、という理屈はわかる。だが、VTuber側が使用するものを選ぶ形を取る以上、使用する物に関しては自分で事前に確認するなり、きちんと選定するなりして、責任を持つべきだと思う。正直、Vtuberが自分の立場に胡坐をかいて、クリエイターの制作物に対してリスペクトがないように見える。例え、基となるIPが自分であったとしても、活動のために利用するのであれば、イラストレーターとして責任ある仕事をしたというお墨付きをもらうためにも、対価を支払うべきだ。

それができないだけでなく、ファン活動としてイラストを描いてくれている絵師を守ることもないのなら、こんな形でサムネイルの経費を削減しようなんて二度と考えない方がいい。ファンの絵が好きなのではなくて、無料でサムネイル描いてくれているという程度の認識なのかと勘ぐってしまう。ただひたむきに推しのために絵を描き続けるファンの方をちゃんと向けていますか?

この問題は、「知名度と名誉を獲得したトップの配信者は、クリエイターの好意にフリーライドしておきながら、発生した問題の責任を転嫁できる」という、現代のオタク社会の歪みを象徴している。これについては次の章で詳しく話していく。

オタク社会の歪み:VTuberと絵師を中心としたヒエラルキー構造


今までつらつらと件の炎上の論点を整理し、意見を書き連ねてきたが、そもそもの話として、この問題の根底にあるのは、オタク社会における「VTuber」や「イラストレーター」の過度の神格化だ。
確かに、コンテンツを生み出す側の人間は尊重されるべきだ。しかし、それが絶対的な権力を持ちすぎてしまうと、オタク社会は息苦しくなる。

知名度のある活動者の機嫌を損ねれば、社会での立場を失う恐れがある。SNSでの発言や立ち回りが、ヒエラルキーの上位にいる者の気分次第で炎上してしまうのだ。有名活動者の囲いは盲目で敬虔な信者のような人ばかりなので、たとえその批判に正当性がなくても、ファンコミュニティの中では異端者扱いされ、村八分にされてしまう。今回の事件は、まさにその構造を浮き彫りにしたものと言えるだろう。

VTuberや絵師は尊敬に値する存在だが、だからといって絶対的な存在ではない。彼らの意見がすべて正しいわけではなく、間違いを犯すこともある。
しかし、現在のオタク社会では圧倒的なヒエラルキーが根付いており、下層にいる人は自分が好きなコンテンツを作る人間(有名活動者やクリエイター)の言うことを盲信し、意思のないソルジャーと化してしまう。その兵隊のような存在が、有名人をさらに上層へと押し上げているのだ。

かつて、インターネットはオタクにとってオアシスだった。同好の士と「〇〇は俺の嫁だ」とか「××は神アニメだ」と語り合ったり、自己満足の妄想を垂れ流したり、それだけで十分だった。
だが、今のSNSはどうだ?コンテンツそのものではなく人に権威が付き始め、しかもその人たちと直接関われるようになってしまった結果、知名度のある人間が弱者を一方的に攻撃できる場に成り下がってしまった。小規模の身内の界隈から、大規模で緊張感のある社会に退化した。

「VTuberや絵師の一存でファンネルが飛び、逆らう者は叩かれる。」
「”正しく””善良な”オタクでなければ村八分にされる。」

有名活動者に忖度するくだらない社会が、既存のカルチャーを破壊し、同じコンテンツを愛するはずの仲間同士を仲たがいさせている。
大神ミオの炎上は、単なる「AI絵問題」ではない。オタク文化が抱える深刻な歪みを浮き彫りにした出来事なのだ。

まとめ

ホロライブ所属のVTuber・大神ミオが、ファンアートをAIイラストと明確な根拠なく断定し、差し替えたことで発生した炎上は、現代オタク社会の深刻な問題を浮き彫りにした。この事件を振り返り、以下のような要点が明らかになった。
まず、炎上の概要を整理すると、大神ミオが配信サムネイルに使用したイラストが「AI絵」と断定され、取り下げられた。それが、炎上することになり、アンチとファンだけでなく、反AIと親AIをも巻き込んだ争いにまで発展した。

この事件には複数の論点が含まれている。
まず、AIイラストの是非に関する対立が背景にある。クリエイターはAIの無断学習や仕事の奪取を懸念する一方、ユーザーには低コスト・高品質のメリットがある。しかし、母体の会社がAI事業を展開しているのに、イラストに対してだけは使用を控えている矛盾がある。
次に、当該絵師がAIを使用していたか否かの判別が困難である点が問題だ。高度なAI技術により、見た目だけでは判断が難しく、誤認による批判がクリエイターに不名誉や負担をもたらす。さらに、影響力のある人物が安易に「AI絵」と断定するリスクが浮上する。
大神ミオの発言がファンに事実と受け止められ、無実の絵師が攻撃される事態に発展した点は、SNSにおける影響力の暴走を示している。最後に、ファンアートが無償提供される構造が問題視される。VTuberが商用利用的にファンの絵を使用し、問題が発生しても責任を取れない今の状態は、オタク社会の歪さを象徴するものだ。

これらを踏まえ、今回の炎上が示す最大の問題は、オタク社会に根付くヒエラルキーである。VTuberや絵師が過度に神格化され、知名度のある活動者の発言が絶対視される社会では、ファンコミュニティが忖度を強要され、異論を唱えると村八分にされるリスクが高まる。かつて自由なオアシスだったインターネットが、SNSの普及により権威や緊張感に支配され、コンテンツ愛好者同士の対立が増加している現状は、今回の事件を通じて鮮やかに浮き彫りになった。

大神ミオの炎上は、単なる「AI絵問題」ではない。オタク文化が抱えるヒエラルキー構造や、著名人の影響力の暴走、という深刻な歪みを象徴する出来事である。
SNSでの過剰な批判文化や有名活動者の神格化を見直すことで、オタク文化の自由と多様性を回復する必要がある。


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