【ネタバレ含】 ドラゴンボール超スーパーヒーローよ、一言いいだろうか 【辛口注意】
6/11(土)。
映画『ドラゴンボール超スーパーヒーロー』の公開が始まった。
私はちょっぴり不安に思いつつもそれを遥かに上回るワクワクで、映画館へ向かう私は側から見てもものすごい浮かれ様だったと思う。
なんせ今回の映画のメインキャラクターは、あらゆるコミックキャラクターの中で私の一番大好きな「ピッコロさん」だ。
ピッコロさんは原作コミックス『DRAGON BALL』において、最も緻密に人物像が描かれたキャラクターの一人だ。
原作で完璧に完成されたキャラクターだからこそ、これ以上ピッコロさんについて描くことあるか……?という「ちょっぴり不安」だった。
その一抹の不安に加えて、もう一つの不安要素は「ここ数年の鳥山先生のドラゴンボールに対するスタンス」だったわけだが、これについては後々触れることにする。
不安はあった。でもね。
今までずっと緑とピンクで塗られていたピッコロさんが、アニメ史上初めて原作カラーで動くんやぞ!?!?
期待しないわけないだろ!!!!!!!!!
そう、だから一人でピッコロさんを観るために化粧をして、香水をつけて、かわいい服を着て出掛けたんだよ。
そして、ぐちゃぐちゃになった。
映画総評
1回目は、正直なところ完全にキャパオーバーだった。もう全然心が追いついてなかった。
上映が終わって、パンフレットを買うことすら忘れてふらふらと帰宅した。何が何だか分からず日がな一日ぼんやり過ごしてしまった。
そして公開2日目である今日、パンフレットを買うついでに2回目を観に行って、ようやっと冷静に向き合うことができたわけだ。
結論から述べておこう。
映画の総評としては「良かった(だが絶対に許さねぇ)」というところよ。
そして今一度断っておくが、この先大いにネタバレを含んでいるので、読むなら心して読んで欲しい。
セルMAXをピッコロさんが押さえつけて、覚醒した悟飯が「魔貫光殺砲」で撃ち抜いてとどめを刺すラスト。これは本当に良かったので、もうそのシーンを観るためだけに映画館へ行って良いと思う。
原作サイヤ人編の、ピッコロさんがラディッツを悟空ごと魔貫光殺砲で撃ち抜いたあのシーンが頭をよぎる。あれがあったからこそ悟空は死に、ピッコロさんが悟飯に修行をつけることになったと思うと感慨深さもひとしおだった。
それと、今回のオリジナルキャラクター。ガンマたちは良かった。
1号と2号の、日常パートと戦闘シーンでの対比が印象的だ。
ガンマ1号は冷静で少し堅い性格、2号はひょうきんでお調子者だが、いざ戦闘となると冷静に状況を分析できるのは2号だったりするわけだ。
1号が撃ったレーザー銃の光線を敵に弾かれ、仲間を危険に晒してしまったことからその後は肉弾戦に持ち込んだり。かと思えば、仲間が人質に危害を加えようとしているシーンを目撃したことで、精神的に揺らいで焦ってまたレーザー銃を撃ってしまう……といった風に、丁寧な描写が魅力的だった。
Dr.ゲロが開発した18号たちとの対比も良い。
ガンマたちの動力源はバッテリー式になっており、18号たちのように生身の人間をベースに改造して、永久機関を組み込まれているわけではないようだ。
無理やり改造して無尽蔵のパワーを与えたことで、当初は手のつけようがないほど凶暴化した18号たち。
どう造られたかは明かされていないが、期限付きの動力とヒーローマインドを与えられたガンマたち。
それぞれの生みの親である博士に対する接し方の違いもまた面白い。
ガンマ1号と2号は、コミカルなかわいさとヒーロー的格好よさが同居していて、映画を通して二人のことを自然と好きになれるようなキャラクターたちだ。
さて、褒めるのはこのくらいにしておこう。
オレンジピッコロだとか、セルMAX完全体にならんのかいとか、なんだか細かいところがたくさん気になりはしたが、それはこの際どうでもいい。
今作において私が看過できなかったシーンは2つ。
ベジータの初勝利と、ピッコロさんの発言と行動だ。
問題のシーン1:ベジータの初勝利
いや、これもう本当に「ベジータのファン大丈夫?正気保ててる????」と心配になってしまった。
勝負にこだわるライバルが、原作中で一度たりとも勝てなかった主人公に初勝利するシーンよ。
ね、素晴らしく熱いシーンじゃない?最高に盛り上がるじゃん。
それを映画のメインでも何でもないオマケ要素として片付けられてますけど!?
私の人生で一番好きなキャラクターはベジータってわけじゃないが、彼のことは一般の原作読者として人並みに格好いいと思ってるよ。だからさ……
そんな重要なシーンは、ちゃんとベジータがメインの映画でやれ!!!!!!!
仮にも「ドラゴンボール」という名前を冠しておきながら、強さにこだわる人間たちの果てなき戦いを軽んじてるのか?と思ってびっくりしちゃったな。
そこは『遊☆戯☆王 THE DARK SIDE OF DIMENSIONS』を見習ってくれ、頼むから。
問題のシーン2:ピッコロさんの発言と行動
これね。今回の映画で一番ダメージがでかかったよ。
私がピッコロさんのことを好きだから余計にダメージを負ったよ。今も負ってるわ。
以下、どうしても許せなかった一連の流れね。
まずピッコロさんに、よりにもよってあのピッコロさんに「いつ戦うことになるか分からないんだから、ちょっとは身体を鍛えたらどうなんだ?」というような台詞を悟飯に向かって言わせたことなんですわ。
待て待て。鳥山先生がセル編で緻密に、丁寧に描いてきたピッコロさんのあの描写は何だったんだよ。
ピッコロさんが、本当は戦うことが好きじゃない悟飯の理解者だったからこそ、悟飯は学者になったんやろがい!!!!!!!!!!!!と突っ込まずにはいられない。
悟飯がもう守られるだけの子どもじゃなくなったから?だから時には妻子を守るために戦わなければならないって?それはそうかもしれんがな。悟飯が戦わないで済む世界、それをあんたは守りたかったはずだろ、ピッコロさん……
それからピッコロさんはいち早くガンマ2号と戦うことになって、ガンマたちのことを「悟空やベジータでも敵わないかもしれない」と危機感を覚えるじゃない?
それなのに、ガンマたちを脅威と見なしておきながら敵方の「悟飯の娘を人質に取って、悟飯とガンマを戦わせよう」という作戦に、なんと乗っかっちゃうんだよね。
「これは悟飯を覚醒させる良いチャンスかもしれんぞ」、じゃないんだよ。
悟飯の潜在能力を宝の持ち腐れだと思ってるのは、悟飯の実父の悟空だけだったはずだろうが。しかも悟空もベジータも敵わないかもしれない脅威を相手に、本気で悟飯の娘を危険に晒さない自信があったのか?
もう信じられない気持ちだよ。
原作のピッコロさんだったら、敵わないと分かっていても絶対に一人で無茶してるか、悟空やベジータを待つと思うんだけどな……
あんたが守りたかったものは一体何だったんだ、ピッコロさん……
セル編で悟空が悟飯にやらせようとした、同じことをピッコロさんにやらせたショックでこちとら本当に体調が悪いんだよ。
こんな話の流れに無理やりしなくても、地球や「本当の」娘の危機には悟飯は自分から戦うはずなんだよ。魔人ブウ編がそうだったじゃん。なんでこの流れにしちゃったかな。
「まぁ原作じゃないし? ドラゴンボール「超」だし????」と思い過ごそうとしても、「でも原作者が!原作者が脚本書いてるんだよなァ!!!!!!」と思い至ってさめざめと泣いておるわ。
あんたが丁寧に書いてきたもんを自分でぶっ壊したらおしまいよ。
ここにきてようやく、当初の不安要素だった「ここ数年の鳥山先生のドラゴンボールに対するスタンス」というのが浮き彫りになってくるわけだ。
原作者が完結から20年後に作品に関わるということ
はっきり言って、鳥山先生にドラゴンボールが自身のこだわり抜いた作品であるという意識は、もうないんだと思う。
原作自体はとっくの昔に完結していて、そこから作者が描きたいことがないのは当然と言えば当然なんだよね。描き切ったからこそ完結しているわけだし。
しかも、原作者が「描き切った」と思ったところから編集者に頼み込まれてズルズルと続きを書かされていたという事情もあって、連載中に既に自身の描きたかったものから離れてしまっていたのかもしれない。
そりゃ「エンタメとしてみんなに楽しんでもらいたいなー!」くらいのスタンスにもなるよね。
だからこそ、例えどんなにエンタメに全振りした展開をされようが、私は鳥山先生の描くものを見届けたいと思うのだ。それはドラゴンボールの続きを望んだ、我々読者が望んだものを出してくれているだけだから……
と、まぁこんな様なことをつらつら書いてしまったが、何だかんだと言って結局ドラゴンボールという作品が好きなだけだ。新作が出たら見たいと思うし、それに原作者が関わっているとあれば尚更だ。
どういった内容であっても、「みんなに楽しんでもらいたい」と思って新作を出してくれる鳥山明先生のことが、私はやっぱり大好きだ。
……でも今回のピッコロさんに関しては一生引きずっちゃうかもな!
(許すとは言っていない)
(2022/06/12)