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ワーク&シュート 第5回

 よく考えたら、いやよく考えなくても春になれば新入生が入ってくるのだ。ぼくの後輩ができるのである。そこでプロレスファンを作ればまた新たな居場所を作ることができる。と意気込んで新入生の勧誘ライブに挑んだがここで人気を博したのがカザマとハザマの漫才であった。この同期の二人、何というか見た目がそこそこ格好いい。ジャニーズ系のアイドルのような路線とは違うが、ロンドンブーツ1号2号的な、身近にいそうで格好良い、しかも面白いお兄さんといった雰囲気が、地元の高校を出てきたばっかりの少女たちの心を射止めたようだったのだ。ぼくたちのモンゴリアンチョップと地獄突きの応酬にはうんともすんとも言わなかったのに。
 そして入部してきたのは女子ばっかりで、しかもカザマとハザマのファン、当然プロレスなど一切見向きもしない子たちばかりであった。「あはは、女多いのはええけどぶっさいくばっかりやな」というのはアサクラさんの評価。サノはそういうのが気にならないのか、まだ化粧も慣れてなさそうなおとなしい新入生に割と熱心に授業を選択するポイントとか講師、教授の特徴などを話していた。
 新歓シーズンが終わり、新入部員も確定してくるとカザマはやたら飲み会を主催するようになってきた。講義終わりの一回生を集めては、大学近くの居酒屋に連れていき、安い酒を振る舞って騒ぐのである。ぼくは基本的に未成年なので飲酒はしないのもあるが、何ら参加できる話題がない飲み会に加わることはなかった。彼女らは十人あまりも入ってきたが、ネタをやってみたいという子たちは一組もいなかった。彼女らはただみんなと一緒にいて、今度どこに行きたいだの、誰がかっこいいとか、誰と誰がつき合っているだのといった空虚な会話を交わしつつ、その空間にいることに満足していたのだ。この子たちにぼくが期待することはなかった。
 そして去年とそう変わらないメンバーで定期ライブを開催していったが、カザマとハザマの漫才の人気ぶりが凄く、集まる学生はいつも女子がほとんどという状況であった。これまで男子学生向けの下ネタや過激な毒舌などを扱うコンビもあったのだが、そういったネタはあまり反応がよくなく、そしてぼくたちのプロレスコントもどうにも受けがよくなかった。そんな流れを受け、夏前のネタ会議でカザマたちから方向性の統一を提案された。
「おれたちってさ、今のところただ自分のやりたいことをそのまま舞台にかけてやってるけど、これってあんまりエンターテインメントって言えないと思うんよ。もっとさ、今の学生たちが求めている方向に絞ったほうが喜ばれると思うねん。おれたち、ここまでそれなりの場数も踏んできたわけやん? そういうのできるんと違うかな」
「ええと、それは具体的にどういうことなん?」
 カザマの言わんとしていることは、もっと女子向けを意識したネタに限定したい、とのことである。
「女の子が面白がりそうな題材ってあるやろ。歌モノとか、キャラものとか、あるあるネタとか。あと衣装ってまでは言わないけど、ある程度お洒落にも気を使って服とか髪型とかもレベルを底上げしたいんだよね」
 そのほか自説を様々な言い回しで表現していたが、ぼくにはカザマの言っていることは“おれたちもっとモテたいんだよね”としか聞こえなかった。そして同時に、ぼくたちがやっているネタの方向性とは完全に逆の内容でもあった。
「でもさ、ぼくらのネタって基本プロレスのコントばっかりなんやし、そういう方向性に持ってくのは無理やわあ」
「何でそこで無理っていうの。確かにおれたちプロじゃないけど、見に来てくれた人たちに伝わることをやるべきちゃうんか?」
 て言われてもなあとぼくは困ったが、暗にカザマはぼくらにプロレスネタをやめろと言いたかったような気がする。参った、プロレスネタができなかったらぼくはやれることがない。とはいえ今このサークルを実質引っ張っているのはカザマたちであり、彼の意見を無視して自分のやりたいことを優先することはできない。会議の後、アサクラさんに相談したら
「しゃあないやん、逆に引き出しを広げるええ機会やと思って、いっぺんカザマが言うようなん作ってみたらええんちゃうか」とあっさり服従の道を薦めてきたのだ。
 そしてぼくらが何とか不慣れな方向性のコントを考えて舞台にかけたのが、スーツを着たぼくとアサクラさんが長机を前にして椅子に腰掛け、サノがその前にカメラを持って雑誌記者に扮し、ぼくらに質問をしてくるという構図。つまり記者会見のコントだった。しかもぼくとアサクラさんは今度対戦が決まったプロレスラー。ぼくらは台詞に凄みを効かせたり一触即発の雰囲気を出して見せたりしながら、記者の質問にいちいち落語家のような謎かけをして答えるという流れにした。「こいつとの試合、おれの気持ちは京極夏彦の本や……とにかくあつすぎるいうことや!」といった感じで。
 とにかく服を着てコントにしてみたが、結局これもプロレスではないかと後になってカザマたちに言われた。客として来ていた女子たちもプロレスの試合前の記者会見の雰囲気を知らないせいか、微妙な反応であった。ぼくたち以外の組は路線変更というよりはビジュアル面を改善した程度で、まずまずの受け具合、そしてカザマとハザマはライブのトリを務め、出てくるだけでわーきゃーの盛況、ネタの間も笑い声と同時に嬌声まで聞こえ、既に学内のスターとなっていることを証明した。
 そのライブ以降、我がサークルでの発言権はカザマが掌握することとなった。カザマは一回生の入部当初から同期の女子とつき合っていたが夏休み前に別れ、夏休み中にはバイト先で一緒だった女子高生の処女を奪い、学祭前後には三股交際が噂されるという男であった。
 実際、そこまで女子を引きつける魅力というか、一緒にいて楽しいと思わせる話術はそういうことに疎いぼくの目にもわかるくらい確かなものだった。しかしその話題の内容は徹底的に薄い。中身のない歌詞をたれ流すだけのポップ音楽をカラオケで歌い、涙と感動の定型をなぞっただけのTVドラマとその映画版の話で盛り上がり、そんな安い物語の台詞を他人の恋愛相談の答えに使うという、見事にこの世の軽薄さを凝縮したような人物。彼に新日本の真夏のリーグ戦G1クライマックスの興奮と感動がわかるだろうか。全日本の三沢と小橋の壮絶な命の削り合いの戦慄がわかるだろうか。否。見もせずに「どうせ最初からシナリオどおりなんやろ?」と切って捨てるに違いない。彼とぼくには相入れない価値観があり、いま流れがカザマに傾いている状況下、このままだと本当にこのサークルに居られなくなってしまう。
 ひどい焦燥に駆られながら夏休みに入り、G1クライマックスで武藤敬司が決勝戦で中西学に破れるという世代交代の波を感じながらも、小川直也になかなかリベンジの機会を与えられない橋本真也にいらいらしていた。それに1・4以降新日本のリングにうろちょろしだした大仁田厚が調子に乗ってグレート・ムタのパクりであるグレート・ニタという顔面ペイントレスラーを復活させ、本家のムタと対決するというどうしようもなくダサい仕掛けにげんなりしていた。大仁田も大仁田だがそれを許す新日本にも失望した。商売になれば何でもいいのか。
 プロレスがそうこうしている間に格闘技方面では、K1が、フジテレビに加え日本テレビでもゴールデンタイムで放送されるようになり、PRIDEは実力が下り坂の高田延彦に替わりその後輩レスラーである桜庭和志がブラジルの柔術家を次々と破って注目を集め、さらに小川直也まで参戦して勝利を収めていた。あの事件以降、小川直也の世間の認知度は鰻登りであり、小川にボロ負けした(無効試合だが負けたも同然の)橋本真也は実に屈辱的な状態が続いてる。橋本も新日本プロレスを飛び出して、あのリングに上がるべきではないのか。

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