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あたしのソレがごめんね⑫

第十二章 -恋敵-

その日、夕希は別人かと見まごうほど艶っぽくなって帰ってきた。
少し紅潮した頬は夕希の顔立ちの良さを引き立てていたし、泣きはらした後のように赤みを保った瞳でさえ色気が感じられた。
実の姉であるあたしでさえ少し息を飲んでしまうような美しさだった。

それから夕希は高校でも堂々とするようになり、もうクラスで彼女の陰口を言う者は誰一人としていなかった。
いつにも増して夕希に告白する男子は後を絶たなかったが、夕希は
「ソレが握手する気になったら今度は私から告白するね」
と言って男子たちを困惑させた。
一部の男子の中には”ソレ”の正体を考察するグループまであり、「実はヤクザの娘で父親の舎弟であり許嫁でもある25歳くらいの男をソレと呼んでいて、彼女に告白したことがバレれば岐阜の山に埋められてしまう」という仮説まで立っていると聴いた時には夕希本人と腹を抱えて笑った。
「無理難題を押し付けて振るなんてかぐや姫みたいって思ってたのに、ヤクザの娘だもん!最高じゃん夕希!!」
「よく考えるよねー!あの人たち、朝美のことも堅気の人間じゃないと思ってるかもよ!」
「たしかに!「右腕は抗争で失った」とか言われてそう!!」
「それヤバい!!」
「「その右腕が”ソレ”だっつーの!!」」

夕希は明るくなった。そして時々何も入れていない木箱をなぞりながら物思いに耽っては切ない顔をするようになった。
ある日夕希が自室の椅子に腰かけてソレを服の上から愛おしそうに撫でているのを見て、流石のあたしも少しギョッとした。
「私、朝美が羨ましかった。いや、今でもそう。羨ましくて、恨めしいの」
夕希はあたしに背を向けたまま言った。
「朝美は右腕がないけど完全体なの。足りないものなんてない。明るくて、頭良くて、優しくて、堂々としてる。ずっと憧れてた」
そんなことない。あたしはそう言って遮ろうとしてやめた。
生まれてからずっと一緒だった妹が、こんな風に自分に気持ちを打ち明けてくれることなんてなかったから。
「私は五体満足なのに、ソレがあることで長い間苦しかった。なんで私がこんな目に、って思ってた。でもソレが朝美の右腕だったせいで朝美が私に気を遣ってたのもわかってたよ。だから優しさに甘える一方で余計なお世話よって思う気持ちもあったの。面倒な妹だよね、本当」
早稲田があたしに言っていたことは当たっていた。夕希はあたしの気持ちに真綿で首を絞められるように苦しめられていたのだ。

「でもね」
夕希は椅子ごとくるりとこちらに振り返った。
「今、ソレと私は一心同体で恋敵なの」
ひまわりが咲いたみたいに明るい笑顔の夕希がそこにいた。
「蛾次郎のこと?」
「そ!私、蛾次郎くんにソレを見てもらったの。これまでにないくらい硬くなったソレを蛾次郎くんがまじまじと見るの。死ぬほど恥ずかしくって、変な声が出そうだった」
真剣に打ち明けているとわかっていても実の妹の初体験の話を聞いているようでめまいがした。
「蛾次郎くんがね、「さわっていいか」って言うの。朝美にも触らせたことないのにね。でも、「いいよ」って言ったの。蛾次郎くんならって思ったの」
頭が痛くなってくる。あたしが早稲田に遠回しに振られた日にそんなことが起こっていたなんて。姉妹間格差が凄すぎる。歴史的大敗だよ、夕希。あたしの負けを認めるから、その話を早く着地させておくれ。

「そしたら蛾次郎くんね、ソレの拳をこうやって優しく包んでね、泣いてたの。「こんなになるまで辛かっただろ」って。私、わたしね・・・・・・・」
夕希はボロボロと涙を流しなら言った。
「私、ソレと生きてきて良かったって心から思ったの」

気がつくとあたしは夕希を抱き締めていた。指先の感覚が無くなるくらい、強く、硬く。夕希もあたしの背中に腕を回して応えた。
二人で抱き合いながら、声をあげて泣いた。
あまりにわんわん泣くので心配した両親が部屋にすっ飛んできたけど、あたし達を見て何かを察したのか両親も一緒になって抱き合って泣いていた。
生きてきた中で、一番嬉しい日になった。


しばらくして、夕希はボート屋のバイトをやめて足早にどこかへ出掛けるようになった。
蛾次郎と秘密のデートをしているのだと思っていたけど、そうではなかった。
蛾次郎とどんな感じでイチャイチャしているのか覗き見てやろうという出来心で夕希の跡をつけた先に待っていたのは早稲田だった。
毎日放課後に夕希は早稲田と湖のほとりで会っていたのだ。
胸がざわざわする。
まさか、まさかね。そんなことないよね。
あたしは二人に気付かれないように必死にその場を去ることしか出来なかった。






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