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あたしのソレがごめんね⑤

第五章-カタブツとの出会い-

夕希をボート屋に先に向かわせたあたしはもう一人の日直と先生に任された雑用を終わらせなければならなかった。
「あんたと日直か……。」
そいつはため息を吐きながら銀縁の眼鏡をグイと上げた。えらく感じが悪い。
「悪かったね!あたしも妹待たせてんの。ちゃっちゃと済ませちゃお!……えーと」
「早稲田だ。早稲田直木(わせだなおき)」
大学みたいな名字に文学賞みたいな名前。さぞかし賢いおうちに生まれたんでしょうね、と心の中で言う。

「じゃあ”はやいなだ”これ綺麗にしといて!」
あたしは黒板消しを早稲田に投げ渡すとクラスの皆から集めた課題ノートを先生のところに持っていこうとした。
「おい、かっこつけんな。俺がノート持ってくからあんたがこっちやれ」
「別にかっこつけてないし!!」
重労働を率先してやろうとするだけでかっこつけてるって言われるなんて心外だった。
あたしは火が起きるくらい超高速で黒板消しをクリーナーにかけてすぐにノートの山を運んでる早稲田のところに追いついた。
「ガリ勉くん。あんたが両腕で持てるなら、あたしは半分持ってあげても良いんだけど」
早稲田はフッと笑ってあたしに五冊持たせた。
「俺の腕が四本あれば良かったんだけどな」

なんだそれ。気を遣ってくれたのかもしれないけど、なんだか癪に障った。
こういう人にも気の効いたことが言えちゃいます、みたいな顔をして他人の心に土足で乗り上げる奴が本当に嫌いだ。
あたしの人生はあたしで生きやすいようにするし、あんたらがちょっと良い気分になるために障害者をダシにしないでくれ、と思う。

「ふー」
こいつといると変にイライラしてしまう。そういうときは深呼吸。嫌な考えでぎゅうぎゅうに混んだ満員電車のような脳に新鮮な空気を送るのだ。
「ため息吐くと幸せが逃げるぞ」
あたしが大嫌いな風潮だ。
「って言う奴、俺すげえ嫌いなんだ」
言おうとしていたことを先に言われてしまった。
「ため息って呼吸を忘れる位嫌なこと考えてる時に、ちょっと我に還ってリラックスするためにするもんじゃんか。だからあれは毒を吐いてんだよな。もともと幸せなんて貯めこんでおけねぇんだよ。人生なにがあるかわかんねぇんだから」
もっともらしいことを言うじゃないか。
「嫌なこと考えさせて悪かったな」
早稲田は無表情でまっすぐ廊下の先の方を見たまま言った。

ノートを先生に届け終わるとあたしたちの仕事はおしまいだった。
気まずくて早く夕希の所に行きたかったけど、謝らせちゃうぐらい早稲田にツンケンしてたのかもしれないと思うと、何となくこのまま解散したくなかった。
一緒に教室に戻る最中、早稲田が言った。
「歯磨き粉と洗顔フォーム、間違えて使ったことある?」
「ある」
「俺もある。あれ、成分も用途も全然違うのに中身の形状が似てるから似たような容器になっちゃうし、見た目で判断するから間違っちゃうんだよな」
「はぁ」
「人も似たようなもんだよな。同じ人間っていう容器に入ってるから外からじゃ中身なんてわかんねぇんだよ」
わかる気がする。いつも”片腕”、”双子の姉の方”、そんな要素でしか自分を見てもらえていない気がしていたから。
不意に核心を突かれてちょっと動揺してしまった。もしかしてガリ勉とか言ったから怒らせちゃったかな。なんて言っていいかわからない。

「て、てつがくですなァ~!」
こういう時ふざけてお茶を濁すことしかあたしには出来ない。そうやって数多の重い空気を乗り越えてきた。逃げでしかないのはわかってるけど。
「てつがくですかァ?」
「プッ!急にバカっぽくなんないでよ」
「てつがくですなァ〜〜〜」
「ぶっはは!ひどい!あたしそんなんじゃないし!」
その後も早稲田はめちゃくちゃ誇張したあたしの真似を繰り返して廊下に二人でへたり込むくらい笑った。

早稲田と別れてからボート屋に向かった。すっかり遅くなってしまった。
ボート屋の中に、背中合わせの夕希と蛾次郎の影が見えた。
「あたしに内緒でなに話して」
そう言いかけたあたしの目に飛び込んだのは固く反り立ったソレを必死に隠しながらボロボロ泣いている夕希だった。
あたしが蛾次郎に飛び掛かった瞬間、夕希が悲鳴をあげた。
「蛾次郎、あんた夕希に何したの!!!!」




続く





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