あたしのソレがごめんね③
三章 -新しい仲間-
夕希から「手術費を一緒に稼いで」と言われた時、喜びよりも申し訳なさの方が大きかった。
夕希にとってソレが苦痛の種であることを夕希はあたしに見せないようにしていた。それがわかっていたからこそ、あたしだけでなんとかできたらと思っていたのに、あの引っ込み思案な夕希が自分からあたしにソレに関する話をしてくるなんて、よっぽどだと思った。
「もちろんだよ」
返事した時の顔、ちゃんと笑えてたかな。
二人で入学した高校はバイトが許されてたから堂々と働くことが出来た。
あたしは多少キツくてもお金が沢山もらえるところでバリバリ働きたかったけど、あたしが無理して働くと夕希が落ち込みそうだったから二人で同じところに働くことにした。
なんて格好つけたけど、片腕がないあたしはもともと出来る仕事が限られていた。
隣町の喫茶店のウェイトレスさんに憧れて面接に行ったけど、お盆が持てなくてコーヒーが運べないからと断られてしまった。
そんな訳であたしと夕希はもともとあたしが内緒で働いてた貸しボート屋さんで働き始めた。
ぶっちゃけ居るだけで良いからかなり楽だったし、夕希と二人なら暇しないから結構好きな時間だった。
「WAONってあるじゃん、あのセブンとかで使えるプリペイドカードみたいなやつ」
「うん」
「あれの音、変じゃない?お金払った時になる音」
「わかんない」
「普通さぁ、ピローンとかチャリーン!みたいな「はい、今払いました!」みたいな音じゃん。でもWAONは「アオ!!」」
「ぷっ…」
「犬がモチーフなのはわかるよ。でもだったら普通に「ワン!」で良くない?「アオ!!」って、変なのマジで!夕希もやってみてよ!」
「い、やだよ……」
「いいじゃんうちら以外に誰も見てないんだから!やってやって!」
「…ワォ…」
「なにそれ!!!!本家より変じゃん!!!すごいわ夕希!!」
「うるさいなー……!そんなに言うなら朝美もやってよ!」
「アオ!!!!!!!」
「ブフッ!さっきより強くなってるじゃん!!」
「おい、あれいいのかよ」
最後の一言はあたしでも夕希でもない男の人の声だった。
二人で我に返って男の人が指さす方を見ると、ボートをつないでいたヒモがほどけて、今まさに流されようとしていた。
「「ダメ!!!」」
あたし達が駆け寄るより早く、男の人はザバザバと湖に入っていって片手にボートを担いで戻ってきた。
「あ、ありがとう……ございます…………」
「すげえなあんた!マジで助かったわ!!ってかめっちゃデカくない!?!?ベガぐらいあんじゃん!」
その人は190㎝くらいはあろうかという大男で、格ゲーだったらタメキャラだなって思うようなガタイの良さだった。
「良かったな、間に合って。それよりタオルかなんか貸してくれねえか?ベガでも弁慶でも風邪ひくときはひくんだ」
あたし達は笑って小屋に入れてあげた。
「え!?ってことは同い年、ですか!?」
「その見た目で!?38歳くらいかと思った!!」
その人は小浅 蛾次郎といって大手塗装屋の一人息子なのだという。
「そのセリフはもう耳にタコだな。日に寄っちゃあ65にも29にもなるんだ。俺はその数値でその日の強度を占っているのだ」
「強度?」
「俺の親父は今の塗装業が起動に乗るまで明日生きてるかわかんねぇと思いながら生活してたらしい。一日一日を倒しながら生きたんだ。そしたら勝ち続けた軌跡が過去になるだろ。振り返ったら、そこには倒してきた日々と俺の戦績があるんだ。その話を聴いてから、俺は毎日その日を倒しながら生きてきた。今日は38の強さだ。楽勝だな」
あたしも夕希も蛾次郎をすごく気に入った。
面白い奴に出会えてラッキーだ。
蛾次郎の身体が乾いた頃、小屋を出ると日が傾きかけていた。
「すっかり日が暮れちゃいましたね……」
「おうおう、もう敬語はよせよ夕希」
「う、うん」
「綺麗な夕焼けだな。新しい仲間が二人も増えて、俺様の大勝利を祝ってくれてるみたいだ」
「何だそれ!結構ロマンチストだよな、がっちゃん」
「朝のはさっきから失礼だな!」
「朝のってなんだよ!」
「ふふふ」
あたしや家族意外の前で笑う夕希を初めて見た。
蛾次郎がまたこの貸しボート屋に寄ってくれたらいいなと思った。
「夕方って好きなんだ、俺」
「珍しい……ね」
「そうか?晩飯食って風呂入って寝る。最高の贅沢が待ってるだろ。晴れてりゃ夕焼けも綺麗だし、雨なら屋根があるとこに帰れて幸せだなって思える。夕方にも希望が詰まってんだ。だからよ」
「うん」
「夕希って、良い名前だな」
その時、夕希は見たこともないような顔をしていた。
あたしの目が節穴じゃなければ、それは恋が始まった瞬間だった。
続く
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