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あたしのソレがごめんね⑬

第十三章 ー転機ー

蛾次郎くんがソレを握って泣いたあの日から私は自分のすべてを肯定できるようになった。
今まではかわいいとか美人とか言われても股間から腕が生えてる人間が美しい訳がないと聞く耳を持たなかった。でも好きな人がこの珍妙な腕を包み込んでくれて、私自身も初めてソレを受け止めることができた。
そこからの私はもう、ほとんど無敵だ。

蛾次郎くんにソレを見せた話をすると、朝美は泣いて喜んでくれた。
私は朝美のことが妬ましくもあったけど、それ以上にずっと好きで憧れていた。お互いの思いが交錯して行き違いが生じた時期もあったけど、こうして仲直りできて嬉しかった。
朝美と泣きながら抱き合う中で、私は心が暖かくなる感覚を改めて思い出した。感情を取り戻して本当に良かったと思うと違った感慨があって、再び涙が止まらなくなった。


ある日、なんの前触れもなく早稲田くんに呼び出された。
何でも朝美には知られたくない話だというので人気の少ない湖のほとりで話をきくことにした。蛾次郎くんとの大事な思い出の場所だったけど、早稲田くんの表情から真剣さが伝わってきて、出来るだけ誠実に応えたいと思ったのだった。

「高校を辞めようか迷っている」
早稲田くんの第一声はこうだった。
「え?朝美はなんて?」
「朝美には言ってない。だから妹に相談してるんだ」
ショックだった。きっと朝美が一番はじめに知りたかったであろうことを、よりによって私が知ってしまったのだ。このことを知ったら朝美はどれ程傷つくだろう。
「なんで私なの?あなた達付き合ってるんでしょ?なら一番最初に」
「付き合ってない。けどいずれ結婚したいと思ってる」
「け、けけけけけ」
私は白目を剥いて倒れそうになった。
「美人が台無しだぞ、妹」
「その妹、って呼ぶの辞めてもらっていいですか」
「俺と朝美と結婚したらお前も俺の妹になるんだからいいだろ」
そういう問題ではないしちょっと思考についていけない。朝美はこの人のどんなところに惹かれたんだろう。

「そんな訳でそう遠くない将来、お前にも言うことになるから先に話しておく」
そう言うと早稲田くんは自分が持つ学習障害のこと、その学習障害のせいで高校をまともに卒業できるかわからないこと、卒業できない学校に通うくらいなら辞めて働き始めようかと悩んでいることを話してくれた。
予想以上にシリアスな内容に驚きを隠せなかった。
「そんな大事な話、やっぱり私なんかより朝美に話した方が良いんじゃない?なんで私なの」
罪悪感を通り越して単純に不可解になってきた。さっきから筋が通っているのかいないのかよく掴めない。
「これは俺の人生の話だ。朝美はよく考える奴だから、きっと何日も考え込んで結論を出すだろ。そしたら俺も朝美が出した結論を尊重せずにはいられないと思う。まぁ要するに好きな女に意見を乞うて冷静な判断を欠きたくないんだ。かっこ悪いだろ」
わかるようでわからないし、別にかっこ悪いとも思わなかった。自分の人生を考えるのに冷静さを欠くくらい好きになる人がいるなんて素敵なことだから。
「あ!」
”自分の人生を考えるのに冷静さを欠くくらい好きになる人”で思い出した。
「早稲田くん!色盲って言われたことは?」
「ないけど……」
「塗装屋に興味ない!?」

こうして彼に新しい未来が拓かれようとしていた。







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