あたしのソレがごめんね⑥
第六章 -もう一つのトラウマ-
私の目の前で朝美が蛾次郎くんに飛び掛かった。
「蛾次郎あんた夕希に何したの!!!!」
「朝美やめて!蛾次郎くんは何も悪くないの!!!」
私は後ろから抱きかかえて朝美を止めた。
ソレが強く朝美に当たる。
直って。お願いだから元に戻って。
蛾次郎くんから離れた朝美はソレが見えないように私をかくまってくれた。
「で、なんで夕希が泣いてんのよ」
朝美は蛾次郎くんを睨み付けながら言った。
「蛾次郎くん、嫌なら話さなくてもいいよ。朝美には私から」
「いや、いいよ。朝美もその方が納得できるだろ」
蛾次郎くんは私に話してくれたことをもう一度話してくれた。
「俺、もともとは大工じゃなくて父ちゃんの塗装屋を継ぎたかったんだ。
何度も父ちゃんの現場に着いていって、家の壁、ビルの壁、犬小屋から人形の家まで、頼まれればなんだって父ちゃんと一緒に塗りに行ったよ。
父ちゃんの部下たちには「哺乳瓶より先にハケを持った赤ちゃんだった」なんて言われて、可愛がってもらってさ。
父ちゃんも俺に仕事を継がせるのがすごく楽しみだったんだと思う。
俺も高い所での作業も物怖じしないで顔をペンキだらけにしながら夢中になってる父ちゃんが大好きで、塗装の仕事にも誇りを持ってたんだ。
4歳くらいのことだったと思う。
ぬりえをしてる俺を覗き込んで父ちゃんが笑ったんだ。
「いちごを黒に塗ってるようじゃ、一人前の塗装屋になるのはまだまだ先だな」
俺には父ちゃんが言ってる意味がわからなかった。
俺に見えていたいちごは黒色だったから。
それからしばらくして小学校に上がる時やった検査でわかったんだが、
俺は色盲だったんだ。
赤とか緑って言われてる色が、俺には全部黒や茶色に見えてるんだ。
父ちゃんは顔に出さなかったけど、俺が寝たフリをしてる間に普段飲まない酒を飲んで泣いてた。
その日から父ちゃんは俺を現場に連れて行こうとはしなかった。
俺もその意味をすぐに理解した。
俺は父ちゃんの願いを叶えられない。
でも俺は新たな夢を見つけたんだ。
大工になって塗装が映えるような最高の建物を作る。
そのことを言ったら父ちゃんは初めて俺の前で泣いて「ありがとう」って言ってくれた。
次の日、父ちゃんの古くからの仕事仲間である宮大工に頭を下げに言った。
それが今の俺の師匠だよ。
グスグス泣いちゃうくらい良い話だよなー、夕希!」
湿っぽくなった雰囲気を変えようと、明るい口調で蛾次郎くんは私を小突いた。
私のソレが反応したのは蛾次郎くんの過去が切なくて苦しくなってしまったからだった。
「夕希を泣かせたのは悪かったよ。ごめんな夕希。朝美も驚かせてごめん」
蛾次郎くんは申し訳なさそうな顔で言った。
「そんな……あたしの方こそ何にも知らないで飛び掛かったりして……ごめんなさい」
こんな朝美を初めてみた、というくらい朝美はひどく落ち込んでいた。
全部私のせいだというのに、二人を巻き込んでしまった。
またソレにドクドクと血がめぐっていくのがわかる。
だめだ。悲しんだり苦しんだりすることを自分に許してはいけない。
「蛾次郎くん、貴重な話を聞かせてくれてありがとう。朝美、私はもう大丈夫だから帰ろう」
そう言ってなるべく二人の顔を見ないようにボート屋を出た。
これ以上誰も傷つけたくない。
強く。強くならないと。
私はこの先、一切感情を出さないことを心に決めた。
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