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1年前に殺したもう一人の私へ

拝啓、梶本時代さま

Twitterのアカウントを閉じ、貴方から離れて1年と少し経ちました。
noteのアカウントはまだ生きていて、週に1度は更新していますが、半分愚痴みたいな内容のこともあり、かつての貴方が見たらどう思うだろうと考えたりします。
自己実現に突っ走って、見えてる壁にもとりあえずぶち当たって、失敗も成功もさらけ出して、未来のことなんか知ったこっちゃ無いという気概が、今の私にはありません。
時に見ているこちらを恥ずかしくさせ、しかし、時に勇気づけ、まぶしいことさえあったあの頃の貴方。
私は今、貴方に憧れてさえいます。

私にとって梶本時代はほぼTwitter上の人物だったので、貴方を社会的に抹消しようと決意してアカウントを閉じました。
理由はいくつかあるのですが、顔出しで数多のカテゴリーのことに言及していたため会社に迷惑をかける可能性があること、10年近く誹謗中傷してきた相手が生活保護受給者で慰謝料が取れなさそうということ、SNSに割く時間を自己研鑽に費やす決意をしたこと等が主なものでしょうか。
つまるところ、大人になろうと思ったのです。
もう31歳になるのだから、新しく会った人を心配させる可能性がある過去は忘れてもらおう、と。

結果、この1年は穏やかに過ごすことができました。
新しくエレキギターを始めたり、好きな俳優さんのラジオにハガキを送って採用されたりしました。
それはそれでとても楽しくて、わくわくするものがありました。
でも、心の奥底でなんとなく元気が出ませんでした。

かつてストレスを昇華してくれていた創作活動や自分に向き合う機会を失って、生活に張りが無くなるのを感じました。
結局、そんな私を助けてくれたのは夫と、かつて貴方がTwitterで知り合った友人たちだったのでした。

先日、別の名前で大喜利の大会に出たら「もしかして梶本さん!?って思ってました」と声を掛けてくれた人がいました。
その人は何年も前の貴方の記事を読んでくれていて、ずっと覚えてくれていたんです。
それはもう、とんでもなく嬉しくて、その方を通じてまた貴方に会えた気がしました。

貴方がいたから友人とのつながりもできたし、私も楽しかった。
貴方は私にとって何よりも重要な私の一部だった。
貴方を置いて私だけが大人になれればいいけど、どうやらそれは凄く寂しいことだと気付いてしまいました。

だからといって消した理由が解決している訳でもないので、すぐに復活できるということでもないのですが、いつかまた貴方に会えればいいなと思っています。
その日まで、私も元気で居られるようにします。

それでは、また。

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