歴史ネタ - (1)隗より始めよ

たまに歴史小説など読んでいて、登場人物にふっと引き込まれることがあります。そうじゃない!って文句が聞こえたり、実はその時…みたいなイメージが割り込んだり。フィクションではこういうことはないです。面白いので、本人や周りの人が何か教えてくれてる、ということにしてます。

書くネタに困ったときは、そんなお話を書き留めていこうと思います。

第1回は、「隗より始めよ」(←関係ないけど一発で変換してくれ)
古代中国の戦国時代、郭隗さんと昭王という燕の王様のお話です。

「隗より始めよ」ということわざの意味は、身近なところより始めなさい、ということです。優れた人材を集めたいと相談された郭隗さんが、「では初めに私を優遇しなさい。そうすれば人材を優遇する王様と評判が立って、優れた人材が集まるでしょう」と答えました。昭王はそれに従い豪華な邸宅を郭隗さんにプレゼント。狙い通り評判となって、優れた人材が集まりましたとさ…。という故事に由来します。

ですので、郭隗さんは「口先ひとつで大儲けした人」と取られがちです。

とんでもない。
昭王が教えてくれたと勝手に妄想している、隗より始めよ のお話です。

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昭王のお父さんの時代。この王様はあまり政治に熱心でなく、悪い大臣に唆されて何もかも任せきりにしてしまいます。あまり執着のない王様だったようで、簡単に騙されて王位までこの大臣に譲ってしまいます。当然、跡継ぎの王子様は激怒。内乱状態になりますが、王子様は劣勢に立たされます。

困った王子さまは、隣国の大国、斉に助けを求めます。斉は援軍を出すふりをして王子様をだまし、王子様も王様も悪大臣も皆殺しにして燕の国を征服してしまいます。

そこで立ち上がったのが王子様の弟。のちの昭王です。レジスタンスを結成し、苦しい戦いを続けながら少しずつ領土を奪回、ついに斉の軍勢を追い払うことに成功します。

王位に就いた昭王ですが、あまりの惨状に愕然とし、血を吐くような恨みを抱いて斉への復讐を誓います。とはいうものの、斉は当時の超大国。かたや燕はもともと小国の上、内乱で荒れ果てています。どうすればよいのか…。そこで傍らにいた郭隗に相談します。どうすれば復讐できる?

この答えが「隗より始めよ」私を優遇しなさい、でした。それも他国にまで評判が広まるほど思い切り。そうすれば我こそはと思う人材が向こうから集まってきますよ。

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このとき郭隗を見ている昭王の視界が、昭王の心情と一緒にいきなり脳に切り込んできました。激しい動揺。恐怖に似た心境。

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先代の王様(お父さん)が悪い大臣を妄信して、それが原因で国を滅ぼしかけたのはつい最近のことです。あれをもう一度やれと言うのか?また騙されて国を亡ぼしたら?末代までの恥さらしです。

もちろん、郭隗と先の悪大臣とは違います。このタイミングで傍らにいるのですから、郭隗は命の危険も顧みず、おそらく財産も持ち出しで昭王のレジスタンスをずっと支えてきたのでしょう。裏切って斉に味方すれば簡単に地位も財産も手に入ったのに、そんなそぶりは一度も見せることなく。

だから、絶対の信頼を置ける人物であることは昭王も理解していたはず。
それでも…。

富貴を得た人が変節していくこともある。王子として宮廷で育った昭王は、そういう例も見聞きしていたでことでしょう。郭隗はどうか?絶対に信頼できるはず、はず、だけど…。

郭隗はじっと昭王の目を見続けています。
何かを問いかけるように。

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郭隗が本当に言いたいことは言葉の外側にありました。
外から人材を集めるのはよろしい。ですが今まで生死を共にしてきた仲間をどうされますか?絶対の信頼を置きますか?昭王の立場や考えることは百も承知で、自分を優遇することで今までの仲間に絶対の信頼を置くと誓えますか、と謎をかけたのです。今の仲間なら大丈夫。裏切られたら永遠に蔑まれても後悔しない。そこまで信じ切っていただけますか?

レジスタンスを戦い抜いたのですから、多くの仲間が集まっていました。それでも斉に復讐するには足りない。外から人材を集めよう。そうなったとき、昔からの仲間はどう思うか?面白くない。内側からギクシャクし始める。国の内側で恨みが育っていく。それでは何もできない。

だから、今いる仲間を絶対的に信頼する。それを目に見える事実で、誰にでもはっきり分かるように示しなさい。そうすれば今いる仲間が団結できる。すべてはそこからです。

これが郭隗のアドバイスでした。恨みか信頼か、あなたはどちらに自分の軸を置きますか?言葉でなく、昭王の目をじっと見て問いかけます。

聡明な昭王は、この言外のアドバイスをしっかり理解します。同時にかつての悪大臣のこと、その後の悲惨な戦いの記憶が脳裏に襲い掛かります。絶対に裏切らない、信じたいという思いと、裏切られたら、という思いに引き裂かれ、激しく動揺し、恐怖します。イメージを受け取った私まで軽い吐き気を覚えるほどに。昭王自身は、本当に吐いたかもしれません。2,3日眠れずに悩んだことでしょう。

悩みぬいた昭王は、しかしきっぱりと決断します。
郭隗のために、王宮の北側に壮大な邸宅を立て、郭隗に贈ります。北側に、ということは、この時代では王宮より格上を意味します。最高度に優遇することを誰の目にもわかる形ではっきり示しました。恨みではなく信頼を国の土台にする、と宣言したのです。

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その後はことわざの説明にある通りです。評判を聞いた人材が続々と燕に集まりました。中国史上最高の武将の一人に挙げられる楽毅をはじめ、秦開、劇辛、蘇秦、蘇代など、錚々たる人材が集結、ついに斉との戦争で大勝利をおさめます。

この華々しい成功の中で、郭隗のエピソードは残っていません。集結した人材に劣ったと誤解されてもいるようですが、エピソードが無いことこそがこの人物の価値を物語ります。

諸国で評判になるほど優遇された人物ですから、燕に集まった人材は必ず郭隗を訪問しました。いわば人事の最高責任者として、人材採用や人事、スカウトを一手に引き受けたのです。人事という絶大な権力を手にしているのですから、媚びたり賄賂を贈ろうとしたりする人も絶えなかったでしょう。不採用にした人からの恨みつらみも相当にあったはず。

一方で、国を滅ぼしかけた悪大臣の記憶は燕の人々に濃厚に残っています。最初は誰もが疑いの目を向けました。アホな先代の王の息子は、またあれをやるのか?郭隗とかいう奴は本当に大丈夫なのか?

郭隗は非常に恨みを買いやすく、また些細な失敗が極端に誇張され非難される立場にありました。たとえ誤解でも、傲慢と思われたり収賄の疑いがかかったりしたら、途端に失脚し八つ裂きにされかねないような危うい位置で、あらゆる人の疑念の視線を浴びていたのです。

ところが、隗より始めよ、以外に郭隗のエピソードは見当たらないのです。誰の目にも一切私腹を肥やすことがなく、つまらなすぎて話のネタにもならなかったのです。また何をするにも恨みを買うことが無いよう細心の注意を怠らず、目立たず裏方に徹しました。豪華な宮殿で、郭隗は白刃の上を歩くような慎重さで自身の責務を果たしたのです。

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隗より始めよ、以外のエピソードが無い。
このことが、この人物の誠意と凄みを物語っています。

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隗より始めよ、で心境が変化していく昭王は、とても人間味があり、一度会ってみたいと思う大好きな人物です。現代に伝わるお話が不満な昭王が当時のことを教えてくれた、と思うことにしています。ホントにちょっと吐き気がしたし。


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