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『8hのメビウス』あとがき -メビウスの作り方-①

こんにちは。
ウンゲツィーファ主宰の本橋龍です。
先月末に終了したウンゲツィーファの10周年記念公演『8hのメビウス』(2024.10/18~10/27 @スタジオ空洞)について、脚本演出家である自分なりの「あとがき」を何回かにわけて書こうと思います。

○構想の種

僕はシェアサイクルの自転車修理バイトをしています。
コンビニの店舗くらいの広さの倉庫に軽トラックで集めてきた自転車の修理車体を並べ、一台ずつ修理する。一定の数修理が終わるとまた軽トラックに載せて街中のポートに設置しにいく、という仕事です。
シェアサイクル事業というと発展的で華々しいイメージもあるかもですが車体の物理的な管理となるとなんとも泥臭い業務になります。

その職場での従業員同士の喧嘩に巻き込まれました。なんとも幼稚な諍いでしたが、社員の一人がそれをきっかけに退職していきました。
そんな最中、会社の社長がとあるネット配信の報道バラエティに出演しているのを目撃しました。出演者のインフルエンサーから「シェアサイクル事業ってぶっちゃけ金持ちの道楽ですよね」という旨のことを言われて社長は「ぶっちゃけそうです(笑)」と答えていました。社長には会ったことも話したこともないし、社長が倉庫に来たという話しを聞いたことがありません。

一連を横目で見ながら、淡々と自転車修理を続けていました。
あまり脳を使わずにただ手先を動かす時間は創作のアイデアを練るのにとても良いわけです。

メビウスの種はそうして蓄積されていきました。

○ベースロケーションの発見

上記したような実体験から創作のアイデアは積み重なっていくのですが、「こういう作品を作れそうだ」と思い至る点はまた別のところにあります。
僕の場合、基盤となるロケーションの発見である場合が多いです。以降ベースロケーションと書きます。

ウンゲの演劇は基本的に、メインの空間(ロケーション)の半具象的な舞台セットが組まれています。その空間での会話劇から始まり、セットの小さな組み換えなどから緩やかに別の空間に移り変わり、そしてまたメイン空間に戻ったりします。

このメインの空間というのが「ベースロケーション」です。
メビウスで言うところの「中小企業の倉庫」、
ウンゲ代表作『動く物』で言うところの「二人暮らしの六畳間」です。

『動く物』舞台写真

僕の劇作ではまずベースロケーションを決める。その後に大まかなストーリーと主人公ができ、そこからプロットが組みあがるにつれその他のキャラやロケーションができていく。…というパターンが多いです。

・なぜベースロケーションを作るか

そもそもなぜウンゲの演劇はベースロケーションなるものが存在するのでしょうか。
完全な抽象舞台でも良いのでは?例えば素舞台に黒ボックスが幾つか配置されてるような空間。その方が様々なロケーションを均等に表現できるのでは。
それで言うとまず複数のロケーションを表現することは自分にとってあまり大事ではないです。
「ここじゃないどこかに飛んでいくこと」が大事です。

舞台空間にまず特定のロケーションが設置されていると、きっと観客は「この演劇はこのロケーションが舞台なんだな」と認識します。
その前提の上でロケーションが変わることを大事に思っています。

前提が抽象舞台だと、「この空間が色んなロケーションに置き換わるのだな」ということが前提に始まります。それだと「飛んでいく感覚」が弱くなるように思います。

上:ベースロケーション有り
下:ベースロケーション無し

○ベースロケーションの条件

メビウスの話しに戻ります。
今年の頭ごろ。『ふたりぼっちの星』という演劇公演の脚本が行き詰っている時に、自分のバイト先の倉庫のような空間はベースロケーションとして当てはめられそうだ。次回作の一案になりそうだ。と思い至りました。
脚本が行き詰ってるって今書いてる脚本じゃない作品のアイデアがポンポン出てくるんですよね…。

僕が思うベースロケーションとして適している空間にはいくつか条件があります。

①キャラクターたちが自然と留まれる場所
ベースロケーションを作るというのは、映像作品に置き換えると画角が決まった固定カメラを設置しての定点観測という状態になります。キャラクターたちがその画角に自然と収まっていてほしいわけです。

②半具象的なセットで表現可能な場所
ベースロケーションのセットは完全な具象にせず、「半抽象」で表現することが理想的です。その方が別のロケーションに移行しやすいです。

③日の目を浴びずらい場所(隙間の場所)
これは好みの話しのような気がしますが、物語のロケーションとしてあまり日の目を浴びていない場所。隠したいような「隙間の場所」であるといいなと思っています。
また映像で例えるのですが、演劇は基本的にカット割りがないワンカットの表現です。普段カットを割られてしまう「隙間の時間」にこそ演劇らしさがあるように思っています。
隙間の場所に滞留することで紡がれるものに興味があります。


自分のバイト先の倉庫のような空間はこれらの条件を満たしていました。
自転車修理という作業はキャラクターが留まる動機として十分。
かつ、作業をしながら会話もできる。作業を続けること自体がキャラクターへの負荷になるし、メッセージ性も持ちそう。
この時点で大分、イケる気がしました。

過去に近しいロケーションを用いた演劇を作ったことがありました。
2018年に上演した『転職生』という作品です。

○「労働」というテーマ

『転職生』は音響機材のレンタル会社で働いている人たちの物語でした。
会社の作業スペースと休憩室がベースロケーションになっていて、作業スペースでは従業員が音響ケーブルを8の字巻きに巻き続けています。
このロケーションと設定も、僕の以前のバイト先をモデルにしたものです。

『転職生』舞台写真

『転職生』を上演したとき、お客さんからの反応が熱を帯びてるように感じました。上演後、嗚咽しながら感想を伝えてくれたお客さんもいました。「労働」をテーマにしたことが大きかったと思っています。

今年の2月に俳優として出演したゆうめいの『養生』という作品も労働をテーマにしていて、その作品もまた、感想が熱を帯びて感じました。

テーマ「労働」は射程が広いのだと思います。
現代日本で生きてて労働についてもやもやがない人はほぼいない気がしますし。
「労働」について、発散できないもやもやが確かに渦巻いている。

ちょっと話はズレますが、物語というものは日常のもやもやを打破してはくれないけど、隣で一緒に泣いてくれたり励ましてくれたりして、良くしてく為の活力を蓄与えてくれるものだと思っています。

『転職生』以降、再び労働についての物語を作るべきだと思っていました。
再演というのも考えましたが、新作としてチャレンジしたい気持ちの方が強かったです。

○8の字巻きについて

『転職生』の再演はやめたのですが、ケーブルの8の字巻きという要素だけ使いたいと思いました。
ケーブルの8の字巻きは実際に僕が機材レンタル会社のバイトでやっていた業務の一つです。
コンテナに詰まったぐちゃぐちゃのケーブルが倉庫に運搬されてきます。
それを一つずつクリーニングして8の字巻き(解く時に絡まりにくいように8の字状に巻いていく巻き方)に巻き直します。
ケーブルはものによっては100m以上あり、絡まりを解いたりクリーニングしたりを合わせると一本で1時間以上かかる時もあります。
それらは再びレンタルされて、またぐちゃぐちゃになって戻ってきます。
ケーブルの8の字巻きを繰り返しながら「これはメビウスの輪だ」とふと思ったことから『転職生』の根幹のアイデアが生まれました。

遣り甲斐も達成感もない無限の労働の象徴として、新作でも扱うことにしました。労働内容を抽象化することでより様々な労働のメタファーとして働くのではないかと思い、音響ケーブルを「紐状の物体」にしました。

用途の解らない紐状の物体を永遠に8の字巻きしている会社の倉庫。
会社の名前は「合同会社メビウス」

という設定ができました。
まさにバイトの自転車修理をやりながら考えました。


今回はここまでです。
次回はプロット作成について書いていきます。
ではまた!


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