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分断と連帯のスラング(2)OK Boomer

親や教師、上司など年上の世代は若者によく求められてもいないアドバイスをしがちだ。でもそういうアドバイスはたいてい古い価値観の押し付けだったり、苦労話を装った自慢話だったり、「私はこんなに我慢したのだからお前も我慢せよ」という悪循環の強要だったりするので、「ありがとう」と感謝されることは稀である。こういう余計なアドバイスに対し、若者サイドは「うざいよ」と正直に言い返したいだろうが、そんなことをしたらさらに面倒な状況になりかねないので説教が終わるまで黙って耐える。自分が若者だった頃を振り返ると、今も昔もこのパターンは同じだ。

昔と今の違いは、今は若者が「うざいよ。黙れ」と言い返せるソーシャルメディアという場があることだ。

ここ数年英語圏のソーシャルメディアで流行っている「OK Boomer(オッケー、ブーマー)」は、高齢者の時代遅れの発言を、「はいはい、わかったって。うざいから黙れ、老害」とあっさり片付けてしまう言い回しである。私が移住した頃の1990年代のアメリカでは、職場の窓際族のことを若い世代が「dinosaur(恐竜)」と呼ぶのが流行っていた記憶がある。時代の変化に対応できなくて社会的に絶滅しつつある中年から高齢世代を見下して憐れむ表現であり、OK Boomerはそれに似たところがある。

この言い回しに出てくるブーマー(Boomer)とは、第二次世界大戦後の約20年間(1946年〜1964年)に誕生した「ベビーブーマー世代」のことであり、かつて職場の窓際族をdinosaurと呼んで憐れんだ若者たちの成れの果てである。ベビーブーマーの後に続くのがX世代(1965~1980)、ミレニアル/Y世代(1981~1996)、Z世代/ズーマー(1997~2012)、アルファ世代(2013〜)なのだが、ブーマーに対して「OK Boomer」とやり返しているのは主にミレニアルとZ世代らしい。

この言い回しは2009年あたりからRedditや4chanあたりで使われていたようだが、流行り始めたのは2019年の終わりごろだ。きっかけは、高齢世代と思われる白髪の男性が「ミレニアルとZ世代はピーター・パン症候群にかかっていて絶対に大人になろうとしない」と若い世代へのフラストレーションを語ったTikTokだった。それに対し、主にZ世代のティーンが「OK Boomer」を使ってやり返しはじめて、あっという間にこの表現は流行語になった。

この言葉がさらに有名になったのは、2019年11月のことだ。ニュージーランドの25歳の女性国会議員クロエ・スウォーブリックが気候変動政策のスピーチを行っていた最中に50歳の男性国会議員トッド・マラーが野次を飛ばして妨害したのだが、スワーブリックは表情も変えず、秒速で「OK Boomer 」とやり返しの言葉を挟んだだけでスピーチを続けたのだった。

当時50歳のマラーはブーマー世代ではなくX世代なので正確とはいえないのだが、スウォーブリックの冷静な対応はブーマー世代の私が見てもかっこいい。環境破壊や社会経済的格差という諸悪を生み出したくせに反省もせず、若い世代を見下して説教する高齢世代を軽く退ける言葉としてOK Boomerが流行ったのはよくわかる。

ただし、流行語は使われすぎると最初の意味やパワーを失う傾向がある。OK Boomerも絵文字が使えないブーマー世代を嘲笑することに使われたりして、最近ではAgeism(年齢差別)という批判も増えている。

年齢差別といえば、Z世代が年寄り扱いしているのはベビーブーマーだけではない。X世代どころかミレニアル世代も絵文字の使い方やテキストメッセージの書き方次第でZ世代からバカにされる。

例えばミレニアル世代までは大笑いするような出来事について「😂😂😂」という絵文字を使うし、互いに通じるのだが、アメリカのZ世代はその代わりに💀(笑いすぎて死んだ)、あるいは😭を使うのだという。また我々の世代がせっかく覚えたLOL(Lough Out Lound,大爆笑)という表現だが、Z世代はこれを皮肉な意味として受け取るようなので送る相手を間違えると誤解を招く[1]。

また、私達の世代にとってテキストメッセージやソーシャルメディアの投稿に「イイね(👍️)」をつけるのは、本当に「イイね」という意味だが、Z世代にとっては「読んだけど、私はムカついているから何も返事しないよ」という感じの非礼なメッセージらしい。また、私たちは英語での文の終わりにピリオド(.)を使う習慣が身についているけれど、Z世代は、文の終わりの句読点をpassive aggressive(受動的攻撃性、直接の攻撃ではなく皮肉や嫌味といった間接的な攻撃)と受け止めるらしいから要注意だ。

このように流行語とその受け取られ方はどんどん変化しているのでついていくのは大変だ。ブーマー世代だけでなく、X世代も高齢化してきているので「OK Boomer」もじきに時代遅れの流行語になるだろう。すでに「わかったよ。年寄りはおだまり」の表現としてOK Boomerではなく「10-4 dinosaur」という表現を使う人たちがいる。

10-4とは10コード(警察および一部の緊急サービスが使用している無線用語の短縮形)のひとつで、「了解」「オッケー」という意味である。OK Boomerを言い換えただけだが、その際に、私たちブーマー世代がよく使っていたdinosaurが新たな流行語として蘇ったというわけだ。

OK Boomerはブーマー世代が死に絶えたら反論する対象そのものがいなくなるのでスラングとして生き残ることはできない。その一方で、とっくに絶滅した恐竜は、スラングとして永久に生き残りそうな気配である。

もうすぐアメリカ大統領選挙の結果が出る。アメリカに過去の栄光を取り戻すことを約束するドナルド・トランプとより良い未来のために連帯を呼びかけるカマラ・ハリスは、まったく異なる世代に属するように見える。実際に2人の間には18歳の年齢差があるのだが、どちらも実はベビーブーマー世代なのである。この世代がスタートした1946年生まれのトランプと、世代の最後の年1964年生まれのハリスは、同じブーマーであっても考え方がまったく異なる。属する世代を変えることはできないが、dinosaurになるかならないかは自分自身が決めることだと思うのだ。

私もブーマーだし、Z世代のテキストメッセージは理解できないが、なるべく自分をアップデートして未来を見つめていきたいと思っている。

次回のこのエッセイでは、選挙後の空気を含めてお伝えできればと思っています。

[1] https://elle.in/gen-z-texting-language/

渡辺由佳里 Yukari WATANABE
エッセイスト、翻訳者、洋書レビュアー。1995年よりアメリカ在住。マーケティング・ストラテジー会社共同経営者。
自身でブログ「洋書ファンクラブ」を主幹。年間200冊以上読破する洋書の中からこれはというものを読者に向けて発信している。 2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。翻訳書には、ディヴィッド・ミーアマン・スコット他『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(糸井重里監修、日本経済新聞出版)、マリア・スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ・ジャパン)、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『男性の繊細で気高くてやさしい「お気持ち」を傷つけずに女性がひっそりと成功する方法』(亜紀書房)など。著書に『新・ジャンル別 洋書ベスト500プラス』(コスモピア)、『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『アメリカはいつも夢見ている』(KKベストセラーズ)など。
X:@YukariWatanabe


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