![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/97473056/rectangle_large_type_2_27b1034e7b81280871fdc1794f2667a5.png?width=1200)
偏愛本紹介2月 「愛」な本
右を向いても左を向いてもチョコが目に入るシーズン真っ只中。バレンタインにホワイトデー、みなさんはどんな思い出が浮かびますか?
私は大学時代、バレンタインにかこつけて友人と柚子胡椒入りカップケーキを作り、ロシアンルーレット遊びをした日々を思い出します。見事な爆弾ぶりを褒められイタズラの要注意人物になった私と、爆弾カップケーキで意中の先輩と距離を詰めた友人の違いがどこにあったのか、今なお考える日があります。
否が応でも「愛」が目に入るこの時期、折角なので本で便乗してみます。
どんな「愛」かは…読んでみてのお楽しみ。
ガーデン
![](https://assets.st-note.com/img/1675735190050-GELLxsrUwf.png)
千早茜著(文藝春秋)
放っておいて欲しい。それが僕が他人に求める唯一のこと――
ファッション誌編集者の羽野は、花と緑を偏愛する独身男性。帰国子女だが、そのことをことさらに言われるのを嫌い、隠している。女性にはもてはやされるが、深い関係を築くことはない。
羽野と、彼をとりまく女性たちとの関係性を描きながら、著者がテーマとしてきた「異質」であることに正面から取り組んだ意欲作。
匂い立つ植物の描写、そして、それぞれに異なる顔を見せる女性たち。美しく強き生物に囲まれた主人公は、どのような人生を選び取るのか――。
一度読んで二度読み返さない本をお持ちですか?
私にとって、この本は2017年に購入し読んで以降2023年まで再び開くことのない本でした。でもそれは存在を忘れたからではなく、開くのが怖いという忘れようもない強烈な印象の本だったからです。
著者自身に“男かぐや姫”と言わしめた主人公の宇野(※1)。清潔感があって仕事も卒なくこなし会話もスマート。人に期待することなく自分の望みが明確で、自己完結のお手本のような人物です。当然の如く周囲の女性からももて、一人二人と彼を揺らそうとしては、天の岩戸の如く頑丈な彼の心を開けず皆去っていきます…。
この本の何が怖いかといえば、それは二つ。
一つは宇野の周辺女性の視点から。こんな男性に心揺れた経験、女性は多いのではないでしょうか。揺れの大きさは好意と比例し、心へのダメージは好意と比例し…。そんな記憶を呼び覚ますと同時に、彼をひっぱたいてこっちを見なさいよと罵りたくなるドロッとした感情を読めば読むほど感じてしまう…この時点でぐさっときます。
二つ目は、宇野自身から。彼の揺らがなさは自己愛と言い換えることも可能で、つまり誰も自分を傷つけてくれるなよと叫んでいるようです。(“かぐや姫”ならぬ“いばら姫”ですね)
もう少しこの人に関わってみようかな、でも向こうも望んでないだろうしやめておこう、そんなスタンスで当たりさわりのない関係しか作らず、気が付いたら自分以外みな別のステージへ変化を遂げていった。物語後半、宇野が直面する危機はそんな自己愛に四方八方から蹴りを入れてきます。ここは居心地がいいんだやめてくれと泣き叫びたくなるような出来事の連続に、読んでいるこちらも泣きたくなります。
愛は愛でも「自己愛」。20代の私にはとてつもない劇薬で、恐る恐る再読した30代の私にも依然劇薬でしたが、昔とは違った感慨を覚えることができ、持っていてよかったと思える本です。
興味本位でネット上の感想を漁ってみましたが、皆さん全く異なる感想ばかりで、同じ作品で十人十色の揺さぶりができる。先日『しろがねの葉』で直木賞を受賞した著者は間違いなく文芸界のトップランナーだと痛感する一冊です。
プラネタリウムの外側
![](https://assets.st-note.com/img/1675740990520-jeQBlCjHAr.png)
早瀬耕著(早川書房)
北海道大学工学部2年の佐伯衣理奈は、元恋人で友人の川原圭の背中を、いつも追いかけてきた。そんな圭が2カ月前、札幌駅で列車に轢かれて亡くなった。彼は同級生からの中傷に悲観して自死を選択したのか、それともホームから転落した男性を救うためだったのか。衣理奈は、有機素子コンピュータで会話プログラムを開発する南雲助教のもとを訪れ、亡くなる直前の圭との会話を再現するのだが。恋愛と世界についての連作集。
「喪失」という名前の香水があったとしたら、きっと瓶のなかには早瀬さんの言葉が詰まっているのだろう。
そんなことを思ってしまうほど、彼の作品には喪失の香りが漂っています。
『プラネタリウムの外側』は北海道大学の工学部を舞台にしたSF連作短編集です。第一話『有機素子ブレードの中』では、南雲助教授の共同研究者が主人公となり、二人が大学に秘密で行っている副業の出会い系サービスのチャットシステムの手入れをします(なぜこれで恋愛小説になるかは読んでのお楽しみ)。続く第二話『月の合わせ鏡』は、南雲教授の研究室へ機材を借りに来たポスドクの青年を主人公に、合わせ鏡というアイテムを通じて、過去・現在・未来の時間軸を彷徨う、最もSF色の強い作品。そして表題作の『プラネタリウムの外側』へと物語は続きます。(第四話、第五話はこの話を読んだ前提で話した方が面白いので割愛)
かつての恋人で大切な友人が自殺とも事故ともとれぬ形で亡くなってしまう。最後の瞬間何を考えていたのか知りたい主人公は、AIチャットで彼を復元し、最後の日の会話を通じて、何を考えていたかを何度も探ります。
思考錯誤を繰り返すうちに気付くのは、「彼が何を考えていたか」ではなく、彼の最後は「苦しんで死を選んだ」のか「昔のように目の前の人を助けずにはいられなかった」のか、自分はどちらを望んでいるのを知りたいという欲求。己のエゴをつきつけられても、自分があの日、何か違うことをしていれば別の未来があったのではと考えてしまう。考えることをやめられない。
喪失によって突き付けられる自分の愛情の形、重さ、方向。反語的に浮かび上がる存在が胸を打ち、この作品が恋愛小説だと痛感する珠玉の一編です。
なお全作品に登場する南雲助教授が主人公の長編『十二月の辞書』が昨年末に刊行されています。こちらもぜひ。
愛さないで!
![](https://assets.st-note.com/img/1675760344817-m4XuZdPDnk.png)
カレン・ヴァン・デア・ゼー著・大沢晶訳(ハーレクイン)
嘘よ! 一生、子供が産めないなんて。 フェイはあまりにも無情な医師の宣告に目の前が真っ暗になった。 瀕死の重傷から生還し、つらいリハビリにも耐え抜いた。 でも未来への希望を失った今、何を支えに生きていけばいいの?心を閉ざし、笑顔を失った妹を心配して、兄が親友を連れてきた。 技術コンサルタントとして途上国を飛び回っているカイだ。 彼は持ち前の明るさと強引さでフェイに真正面からぶつかり、 やがてその熱意は彼女の凍えた心を溶かしはじめる。 だが彼の存在が大きくなればなるほど、フェイは怖くなった。 カイに愛される資格なんて私にはない……。彼女の頬を涙が伝った。
最後はロマンチックな一冊でしめます!
起承転結に富み必ずハッピーエンドが待っている。この条件で100通り以上の作品を生み出し続ける脅威のジャンル・ロマンス。ロマンスと言ったらお馴染みのハーレクインから飛び切り素敵な作品をご紹介。
本作品は1981年に出版された作品の翻訳です。子どもや家族に関する主人公の考え方は、時代性を考慮してご覧ください。
主人公のフェイは車の事故で子供を産めない体に。子供を産みたかった彼女にとって死刑宣告にも等しい知らせを、心配する家族にも告げられず回復途中の体も心も滅入ってしまいます。心配した兄は自分の幼い子供たちと暮らす家に彼女を呼び、しばらく療養することを提案。自分を案ずる姪たちの姿に心揺さぶられたフェイは申し出を承諾。兄の家へ移ることに。
そこで出会ったのは、兄の親友・カイ。二人の出会いのシーンはこんな感じです。
「するとお嬢さん、あなたはチャックとどういう関係です?」
「妹です」
「ほう。こいつは愉快だ。非常に愉快だ」
「あら、そうですか?」
「そう冷たい顔をしないでほしいなあ。僕のこと、お好きじゃないんですか?」
「好きにならなくちゃいけません?」
「めったに女性に嫌われたことがないものでね」
それは本当だろうとフェイは思った。年間プレイボーイ賞などというものがあるとしたら、この男が必ず一度は受賞しているに違いない。彼女は冷ややかに男を見つめた。
「好きか嫌いか、よく考えてから決めることにしますわ。第一印象が間違っていた例も二、三ありますから、どうかご安心なさって」
私だったら年間チャーミング大賞を贈ってしまいそうです。
カイは子供好きで、フェイに対してもとても率直。結婚したい、君がマタニティドレスを着てよろよろ歩く姿をみたいと伝えてきます。この告白はフェイにとって大打撃。子どもを産めないことを最初に言えず、優しいカイに今告白したら彼は子どもを諦めなくてはならない…と思いつめ、飛び出すセリフがタイトル「愛さないで!」。
好きだけど逃げたいでも好き...と追いつめられるフェイと、気持ちがあるのはわかるのになぜか自分を愛するなと言われ、問い詰め追うカイ。トキメキ成分が欲しければこの本をぜひ!
さて「愛」な本の締めはMr.チャーミング。彼がフェイに贈った一言で、夢と希望のある終わりとしましょう。
「あなたが後悔し、失望する姿を一生見続けるなんて、私にはできないわ。お腹の大きな人を見かけたり、誰かが子供を連れて遊びに来るたびに……」声がとぎれ、新たな涙が喉を詰まらせた。
(略)
「いちばん大切なことを忘れちゃいないかい?僕が君を愛し、君は僕を愛しているっていうこと。すべてはここから始まるんだよ。だから、後悔し失望するのは僕じゃない。僕と君だ。いつでも、どんなときでも、我々は二人いっしょだ」
終わりに
いかがだったでしょうか?
チョコレートの詰め合わせのように、自己愛、喪失でわかる愛、ロマンチックな愛とバラエティパックにしてみました。
ご紹介した作品は、すべてU-NEXTでも販売中していますので、ぜひご確認ください(以下はU-NEXTの作品詳細ページに遷移します)。