見出し画像

「こわいものをみた」7 クリスマスがこわい(高瀬隼子)

 クリスマス、わりと好きである。
 と、書きだしてみてすでに恥ずかしい。この「わりと」という言い方に自分の人間性が現れてしまっている。
 クリスマスが近づくにつれ、きらびやかなイルミネーションで飾り立てられる街並みや、スーパーで流れるクリスマスソングに、「家族の団らん」「大切な人と過ごす日を迎える準備を」と追い詰められ、いつもは稲荷寿司が並んでいるゾーンにキュルンとした顔で陣取っているチキンやオードブルセットに裏切られた気持ちになる。夕飯のお惣菜を買いに来ただけなのに。
 ちえっ、という感じだ。みんながキラキラ楽しそうだからって、わたしまでこの流れには乗るまい! みたいな意固地がまず出る。が、しかし、オードブルはおいしそうだし、普段は売っていないやや高めのワインも並んでいるし、まあ別に? おいしいお酒はいつでも飲みたいし? と、結局クリスマスに乗っかって楽しんでしまうのがわたしである。赤と緑のリボンが巻かれた骨付きチキンも買ってしまう。
 ならば初めから「うきうきクリスマス! キラキラで楽しいし素敵!」と歓迎すればいいものを、一旦引きの姿勢で見て、いやいやそんな真正面から楽しむわけにはいきませんから、というスタンスで入る。これを人に対して話したり、SNSで発信するわけでもなく、ただただ自分の内側でどたばたやっているのだ。毎年なにをしているのか。あほか。そういう自分が可視化されてしんどい、という意味でクリスマスがこわい。
 学生時代、ケーキ屋でバイトをしていた友人に誘われて、クリスマス期間だけ臨時バイトに駆り出されたことがある。サンタ帽をかぶり、十二月二十三日から二十六日まで、店舗の外に設けられた催事スペースでクリスマスケーキを売った。十二月の路上は凍るようで、コートを着込んでカイロをいくつも貼っていたが冷えた。ケーキは砂糖菓子のサンタが載った定番のショートケーキで、サイズがS・M・Lと三つに分かれていた。二人用のSと四人用のMの売れ行きがよく、一番大きなLだけが売り残りそうだった。「去年は、二十六日の店じまいまで残ってたケーキはバイトが持って帰っていいってことになったよ」と友人から聞いていたので、道行く人々に愛想よく「クリスマスケーキありまーす!」と声をかけながらも、売れるな残れと念じていたが、あっけなく完売した。
 四日間だけの短期バイトだったためか給料は手渡しだった。茶封筒に入ったお金を持って、友人と二人、雪がちらつく道を自転車で三十分走り抜け、ビッグボーイに入った。ハンバーグがおいしいチェーン店だ。大学の近くにあったが、当時のわたしにとって外食のハンバーグは高級品で、それまで入ったことがなかった。ハンバーグにライスとドリンクバーを付けて二千五百円くらいだった。バイトの時給が九百円だったので、約三時間分だねー、と嚙みしめながら食べた。
 ってことがあったよねー。と、久しぶりに会った友人とその話をした。十五年も前の、たった四日間だけの臨時バイトだったのに、妙によく覚えているのは、それがクリスマスと結びついているからかもしれない。毎年クリスマスケーキの販売所を見かける度に、わたしもあれやったなあ、とほんのり思い出し続けていたのだ。
 ああ、やったねー寒かった。まるで今まさに寒さを感じているというふうに顔をしかめて答える友人の手には、なみなみとワインが注がれたコップがある。ワイングラスではなくコップでがぶがぶ飲んでいる。「普段は子どもいるからこんなに飲めないし今日くらいは」と言いながら、さらに注ぎ足す。宅飲みクリスマス会だった。
 十二月に入ったばかりだったが、スーパーにはすでにそれらしい食べ物が並べられていたから、わたしたちは「助かるわー」と言い合って、ローストビーフや生ハムが添えられたサワークリーム味のポテトサラダを、次々かごに放り込んだ。
 クリスマス当日、彼女は家族で子どもたちと過ごし、わたしたちはもう、極寒の路上でクリスマスケーキを一緒に売ることはない。大人になるともう当日は一緒に遊べないねえ、とつまらないことを口にしたわたしに、友人はハッと鼻で笑って見せ、「学生の頃も、当日はみんな彼氏と過ごして遊んでくれなかったじゃん。二十六日、七日に安くなったチキンを買い揃えてからがうちらのパーティー本番で。それが今は早まっただけでしょ」と言った。確かにそのとおりだ。
 クリスマスむかつくんだけど、なんだかんだ毎年楽しんじゃうんだよね……。
 わたしがそう告白すると、友人は破顔して「当たり前じゃない?」と酒くさい息を吐いた。それから、「そういうこといちいち考えるよねー、めんどくせえ!」と続けて、コップたっぷりのワインを呷った。今年もハッピークリスマスである。

■著者紹介
高瀬 隼子(たかせ・じゅんこ)
1988年愛媛県生まれ。東京都在住。立命館大学文学部卒業。2019年「犬のかたちをしているもの」で第43回すばる文学賞を受賞しデビュー。2022年「おいしいごはんが食べられますように」で第167回芥川賞を受賞。2024年『いい子のあくび』で令和5年度(第74回)芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。その他の著書に『犬のかたちをしているもの』『水たまりで息をする』『うるさいこの音の全部』『め生える』があり、最新刊は『新しい恋愛』。

いいなと思ったら応援しよう!