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映画『HAPPYEND』が素晴らしかったので、“長編劇映画デビュー作”というものに思いを馳せるなど。

週末に大きな選挙を控えている今。最新技術が武器に転用され、子どもが殺されている光景をインターネット越しに目撃してしまっている今。「この現実から地続きにある未来に、若い世代や子どもたちに、どんな社会を残せるのだろう」と悶々としているタイミングで、少し先の未来の日本で暮らす若者たちの青春を描くとんでもない傑作映画を観てしまい、「守りたい、この子たちの未来、希望…」ってなりました。映画部の宮嶋です。劇場公開中の『HAPPYEND』という映画です。

2024年10月4日より劇場公開中

XX年後の日本。幼なじみで親友のユウタとコウは、仲間たちと音楽を聴いたり悪ふざけをしたりしながら毎日を過ごしていた。高校3年生のある夜、こっそり忍び込んだ学校で、ユウタはとんでもないイタズラを思いつく。翌日、そのイタズラを発見した校長は激怒し、生徒を監視するAIシステムを学校に導入する騒ぎにまで発展。この出来事をきっかけに、大学進学を控えるコウは自身の将来やアイデンティティーについて深く考えるようになり、今まで通り楽しいことだけをしたいユウタとの間に溝が生じ始める。

映画.comさんから引用させていただきました

高校3年生、それぞれに別々の道を選びはじめる仲間たちの思いの揺れがみずみずしくもあり、ほろ苦くもあるこの作品。ここに、教育現場の構造的問題や、社会課題へのコミットメントの温度差、各自の国籍とアイデンティティの課題(と、それにともない少数派が社会に受け入れられるためにやんわりと強いられていることついても)などなど、いろいろな要素が詰まっていて、それが絶妙なバランスで混ざり合い、切なくて、でも希望があって。演者さんたちの存在感も、カットごとのリズムというか息遣いも素晴らしく…。なんというか、観たあとで誰かと話したくなる映画でした。

いまよりも未来のフィクションの話、なのにいま現実で起きつつあることがさらりと劇中に配置され、映画の外の世界とほどよく接続されていて、でもそれが装置として利用されるのではなくちゃんと高校生たちの青春物語になっているのも素晴らしくて。

監督がインタビューで語られる内容も説得力があり、この作品の内側と外側を接続させる要素の理解の助けになるので、置いておきますね。


そしてこの作品、空音央監督にとっては初めての長編劇映画だそうす!すごい!!(短編映画ではすでに海外で高い評価を得ていたり、ドキュメンタリー作品ではお父様の坂本龍一さんのライブを収めた「Ryuichi Sakamoto | Opus」を監督されたりしています)


映画監督にとって、初めて自分の名前で世の中に出す劇映画って、どんな気持ちなのだろうか、と、たまに想像します。将来の自分にとってどんな意味あいを持つか考えるとプレッシャーだろうなぁ、とか、でもとはいえ今の自分の中にある切実さや課題意識と、やってみたいテクニックと、映画への情熱を思いっきり詰め込みたいという気持ちと…その中で、作品としてのバランスをぎりぎりまで模索しながら作るんだろうなぁ、とか。

私自身は映画を撮ったことはないのですが、長編映画を企画する、書く、撮る、編集する、そして世に出すための手続きをおこなうって、体力的にも精神的にもすごく重いことだと思うのです。その初めての作品が、これだけ観る者の心をとらえるとは!クリエイティブにビギナーズラックはないでしょうから、それはもう、チーミングも含めた監督の力量なのだろうな、と。

そういう意味で、「わぁ、これ初長編なんだ!なんだこれは、すごい!!」と思わせてくれた監督は今までに何人もいらっしゃいます。

リアルタイムで初監督作が観られるとなるとどうしても日本映画の監督さんたち、とくに助監督や他分野の映像制作でキャリアを積んだ方がたの作品が多くなるのですが…。


たとえばここ数年に限ってであっても、片山慎三監督の『岬の兄妹』ですとか、

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障害を持つ兄妹が犯罪に手を染めてでも生きていこうとする姿とその葛藤を描く衝撃作
困窮し追い詰められながら生きる人たちの、もがきとあがきを綴った物語。切羽詰まったなかで見えた家族の本心や本質、悲痛で情けない姿をさらすさまなどに心がえぐられる。

U-NEXT作品詳細ページより抜粋

森井勇佑監督の『こちらあみ子』とか。

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芥川賞受賞作家・今村夏子のデビュー作「こちらあみ子」を映画化
オーディションで見いだされた新星・大沢一菜が主人公を演じ、“あみ子の見ている世界”を体現。奇妙で滑稽で、でもどこかいとおしい人間たちのありようを生き生きと描く。

U-NEXT作品詳細ページより抜粋

それから、石川慶監督の『愚行録』にもこころ射抜かれたものです。

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貫井徳郎の直木賞候補作を、妻夫木聡と満島ひかり共演で映画化したミステリー
羨望や嫉妬、駆け引きなど、誰もが日常で積み重ねる「愚行」が絡み合っていくさまを描く群像エンターテイメント。先の読めない予想外の展開に圧倒的な衝撃が走る。

U-NEXT作品詳細ページより抜粋


お三方とも、その後も素晴らしい作品を生み出されていますよね。

片山監督は『さがす』(U-NEXTで配信中)があり、11月29日には新作『雨の中の慾情』が公開予定です。

森井監督は、綾瀬はるかさんを主演に迎え、“あみ子”大沢カナさんと再び組んだロードムービー『ルート29』が11月8日公開予定。お先に拝見したのですが、少しの寂しさとヘンテコさとユーモアと、ささやかだけれど確かな希望に包まれる、唯一無二の素敵な作品です!


そして石川監督はその後、私も大好きな平野啓一郎さんの長編小説『ある男』(U-NEXTで配信中)を確かな映像的解釈で見事に映画化に成功されています。次回作はカズオ・イシグロさん原作『遠い山なみの光』が来年の夏に公開予定。主演は広瀬すずさん。(実はこの作品はU-NEXTが製作幹事の作品で、撮影中にちらりとお邪魔したのですが、世界観、美術、現場の集中力、そして素晴らしいキャスト陣…期待しかないです。ご期待ください!)


初長編で「すごい!」と惚れ込んだ監督たちが、その後もしっかりといい映画を作り続けてくださってるのが、映画の流通に携わる者としても、シンプルに映画ファンとしても、とても嬉しいです。

空音央監督がこれから先もどんな作品をみせてくださるのか楽しみすぎます!…と、言ったらさすがにちょっと気が早いでしょうか。何せ『HAPPYEND』、まだまだ劇場公開中ですしね。

でも、そんな気持ちになる、素晴らしい長編デビュー映画でした。

「世界は変わっていくんだよ」という本作のキャッチコピー。「変わる」というのは極めてフラットな言葉で、いい方向にもそうでない方向にも「変わる」ことはあり得るもの。でも、きっといい方向に変わっていくんだよと信じながら、ずっと日本で暮らしていても投票できない方もいらっしゃる事実を心に留めながら、週末は心を込めてだいせつに一票を投じてこようと思います!




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