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イーストウッド流ミニマルな美意識の源流をたどってみたい。映画『陪審員2番』と映画本『クリント・イーストウッド 気高き〈アメリカ〉の放浪者』で思ったこと。

映画部の宮嶋です。

大学時代に養老孟司先生のレクチャーを聴いたことがありまして、その時に「皆さん若いから“個性が生かせる仕事につきたい”とかおっしゃるけど、個性とか“自分らしさ”ってものは、身体です。身体からくるものです」とおっしゃっていて、ボンヤリした学生だった私は「なるほど、そっかぁ、そんなものかぁ」と、ちょっとがっかりしたような、安心したような気持ちになったものです。とはいえそう考えると、身体能力はもちろんですが、感受性にしても創造性や表現力にしても、身体を通じてイン/アウトするもので、確かに「個性とは身体」と定義するといろいろなパズルのピースが嵌るような納得感がある気がします。

一方で、映画をふくむエンタメと自分の人生の距離が近くなってからは「この人の作家性は一体どこから来たのだろう」というのが興味の対象になっています。

たとえば、クリント・イーストウッド。あの、研ぎ澄まされていてミニマルな表現から人間の深みを滲ませる力は、どこからくるんだろう?

私がクリント・イーストウッドをしっかり認識して作品を観たのは、二度目のアカデミー賞に輝いた『ミリオンダラー・ベイビー』(2004)が最初だったように思います。

『ミリオンダラー・ベイビー』(2004)
監督:クリント・イーストウッド
出演:クリント・イーストウッド、ヒラリー・スワンク など
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この時点で74歳。シンプルに「すごいなぁ」と思うと同時に、抑制された演出や重い余韻の残る鑑賞後感にずっしりと浸り、心を持っていかれたものでした。“老成”とはまたちょっと違う、人間を一段深くまで見つめようとする眼差しと、多くを語りすぎずに表現する鋭さ。

それまでも1992年に『許されざる者』で初めてのアカデミー賞作品賞・監督賞を受賞したことは知っていたものの、西部劇というジャンルに対して相当にマッチョなイメージを抱いていたので、食指が動かずにいて。(とはいえ、その後に日本でリメイクされる際、オリジナルも観ておこうと思い鑑賞しました。当然ですが素晴らしかった…)

『許されざる者』(1992)
監督:クリント・イーストウッド
出演:クリント・イーストウッド、ジーン・ハックマン、モーガン・フリーマン など
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『ミリオンダラー~』からは、新作のたびに「スクリーンで観なければ!」と心が逸る監督のひとりになりました。特に2006年、『父親たちの星条旗』『硫黄島からの手紙』と、硫黄島での戦いを日米両者の目線で描き出してくれたこと、しかも日本人役は日本人俳優で、日本語で映画を作ってくれたことへの嬉しさも大きかった!

『父親たちの星条旗』(2006)
監督:クリント・イーストウッド
出演:ライアン・フィリップ、ジェシー・ブラッドフォード など
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『硫黄島からの手紙』(2006)
監督:クリント・イーストウッド
出演:渡辺謙、二宮和也、伊原剛志 など
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この当時のアメリカ映画はまだ、どこが舞台あっても当たり前のように言語は英語でしたし、アジア系の役柄はもうごっちゃごちゃにキャスティングされていた時代なので、この姿勢には驚き、感動しました。

もちろん、内容も忘れることができません。
ほかの戦争映画もそうですが、イーストウッドはいつも、英雄的なものの奥にある何か…弱さや、揺らぎや、人間の真実のようなものを描き出していて、でもそれをどう受け取るかはいつも私たち受け手に任されていて。彼のリアリズムは観客に開かれたものであることを、いつも感じます。


そして最新作『陪審員2番』。12月20日から、配信がはじまりました。

『陪審員2番』(2024)
監督:クリント・イーストウッド
出演:ニコラス・ホルト、トニ・コレット、J・K・シモンズ、キーファー・サザーランド など
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素晴らしかった…!

正直、スクリーンで観たかった、という映画ファン的な素直な気持ちで再生ボタンを押したのは事実です。

が、観はじめたら、それがテレビ画面であることを忘れました。

緊張感のある画面づくり。正義の限界と、真実のゆらぎ。人間の弱さ。ずっと引き込まれていました。キャラクター造形も巧みですし、不自然な会話や行動がひとつもない、リアリティの中でそれぞれの人となりや人間関係が、ちゃんと伝わってくる。

のどかな街での、比較的小さなコミュニティの中での話。法廷劇ということもあり派手さはないですし、クローズドなシーンも多く、ルックとしては「小ぶりな作品」という印象さえあるのですが、そこにある深度と鋭さが尋常ではないのです。

こういうテーマを浮かび上がらせるイーストウッドの創作哲学、美意識はどういったものなのだろう。また、ビジネス面に対してはどういうスタンスで臨んでいるのだろう。


ということが書かれている本が、こちら!

素晴らしいタイミングで発売されました、一冊丸ごとイーストウッドなんです。ポスターや場面写真もたっぷり、ワクワクしながら読み進めることができます。

『クリント・イーストウッド 気高き〈アメリカ〉の放浪者〉』
著:イアン・ネイサン 訳:吉田俊太郎
書店では2024/12/26 発売 フィルムアート社オンラインショップで先行販売中(こちら
※映画ファン信頼の出版社、フィルムアート社さん。日頃からこの出版社さんへの愛を叫んでいたところ、ご恵投いただきました。ありがとうございました!

テレビ西部劇『ローハイド』のカウボーイ役だった俳優時代から、執筆時点での最新作『クライ・マッチョ』まで、時系列で彼の作品作りを紐解いてくれています。

『クライ・マッチョ』(2021)
監督:クリント・イーストウッド
出演:クリント・イーストウッド、エドゥアルド・ミネット など
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ハリウッドのど真ん中からは距離を置く生活。撮影所の中にバンガローを構え、オフがあっても旅行にもいかず次の映画の製作を進めるような生活。

西部劇というマチズモ的イメージに「男の弱さ」をもたらし、ミニマルな表現を追求し、自らもエゴを抑制し、時に失敗もする。監督と俳優を兼ねるからこそ、時間を味方にして、年齢を重ねることをポジティブな要素にできる強み。

イーストウッドならではの作風で50年以上作品を生み出し続けてこられた、そのエッセンスがちりばめられています。面白くて、一気に読みました。

先ほどの『父親たちの星条旗』と『硫黄島からの手紙』の2部作の製作舞台裏についても触れられていて、イーストウッドの素敵な策士ぶりも垣間見えます。

しかしとりわけ初期・前期作品については知らないことばかり。初監督作『恐怖のメロディ』からイーストウッドにフェミニズム要素があったなんて、知らなかった…!

『恐怖のメロディ』(1971)
監督:クリント・イーストウッド
出演:クリント・イーストウッド、ジェシカ・ウォールター など
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実は私、西部劇俳優出身というイメージから、初期の作品には何となく男臭いようなイメージがあって、未見のものが多くあったのです。この本のおかげでイーストウッドのアーカイブ作品掘り出しプロジェクトを始めよう!と思っています。

U-NEXT特集:イーストウッドのフィルモグラフィーはこちら



さて、蛇足ですがちらりと冒頭の個性の話に戻りますと。
もし創作物の作風も、その人の“個性”とするなら、イーストウッドの身体性が、出来上がった作品ににじみ出ている…?少なくともそういう仮説になりますが。現在の彼の身体性のイメージでいえば、無駄がなく姿勢のよい立ち姿と、年輪が刻まれた円熟した肌、そして衰えぬ創作意欲を維持し製作現場をハンドリングできる体力、ビジネス面までケアできる頭脳。鑑みれば、『陪審員2番』の持つ強い引力にも納得だわ、と思ったりしています。



改めて、傑作です。ぜひ。

『陪審員2番』(2024)
監督:クリント・イーストウッド
出演:ニコラス・ホルト、トニ・コレット、J・K・シモンズ、キーファー・サザーランド など
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