#03 フランス社会起業家エコシステム舞台裏 -4つのステークホルダーの観点から-
フランスの社会起業家の現在地を探る全4回の連載。前回の記事では、フランスのスタートアップエコシステムにおいて重要な役割を果たすStation Fに焦点を当て、ガイドや過去StationFに入居していた起業家へのインタビューを通して、Station Fのエコシステム上の設計に迫った。
以降の記事では、連載のテーマである「フランスの社会起業家」により焦点を当ててエコシステムを深掘りしていく。
第3回である本記事では、フランスの社会起業家を取り巻くステークホルダーの状況を整理し、それらの主要な事例を取り上げる。フランスにおける社会起業家およびインパクト追求型企業のエコシステムを概観する中で、エコシステムの距離感や課題について明らかにしていく。
【連載記事一覧】
第1回:フランスにおける社会起業家の背景を紐解く-「スタートアップ」と「社会的連帯経済」はどう社会起業家と結びついたのか
第2回:スタートアップエコシステム最前線 -パリの創業拠点Station Fを探る
第3回:フランス社会起業家エコシステム舞台裏:4つのステークホルダーの観点から(本記事)
第4回:フランスの社会起業家3選- 現地の声からみる社会起業家の潮流
今回の記事では、フランスの社会起業家エコシステムを概観するため、主要なステークホルダーとして以下の4つを取り上げた。それぞれの現状や代表的な事例を参照することで、エコシステムの今を概観していく。
① 政府機関
② インキュベーション施設
③ 金融
④ エコシステムビルダー
政府とインキュベーション拠点からみる社会的インパクトと社会起業
政府機関|「French Impact」における社会起業家の位置付け
フランス政府は、インパクトエコノミーに関連する政策をどのように推進しているだろうか。
社会的インパクトに関する行政主体の主要運用機関として、「French Impact(フレンチインパクト)」が挙げられる。同機関は、「La French Tech(ラフレンチテック)」を起点としたフランスのスタートアップ施策を受け、環境省及び連帯移行省によって2018年に設立されたイニシアチブである。
「French Impact」は、社会的インパクトを追求する企業のアクセラレーション支援や資金調達の促進などを目的としている。官民が連携してインパクトエコノミーを推進するための機関である。
2018年6月には、合計22団体のアクセラレーションプログラムを選出し、プログラムが拡大するためのオーダーメイド支援(例:社会的インパクト評価、資金調達支援)を行った。そのほか、世界50カ国に拠点を持ち環境・社会改革の支援を行う「Inco」との提携により、数千ユーロ規模のシードファンドの設置を行ってきた。
こうした動きを見ると、フランス政府において社会起業家は一定着目されているように感じられる。しかし、「French Impact」はフランスのスタートアップ主要施策である「La French Tech」とは設立部署も異なり、直接的な連携が行われている様子はない。
その発露として、「La French Tech」では、近年ディープテックなどの領域のスタートアップが強化されている傾向があるが、重点分野に社会起業家は位置付けられておらず、「French Impact」の影響力はそれほど見ることができない。
また、「French Impact」において定義される「社会起業家」は、第1回の記事で述べたESS企業に近いものであり、「利益の使途や分配に制限がある法人」を示しているものも多い。
ESS企業については第1回の記事で述べた通りであるが、ここで定義される社会起業家もまた、利益の扱いが法的に制限されている。政府機関として、経済性と社会性を両立するインパクトスタートアップのような企業を包含しきれていない点は、課題と言えるだろう。
スタートアップ拠点|「Station F」と社会起業の現状
フランスにおける代表的なスタートアップ拠点として、第二回にて特集した「Station F」を取り上げる。本記事では、「Station F」のこれまでを通してフランスのスタートアップ拠点における社会起業家の動向を整理する。
まず、Station Fのプログラムを確認すると、2023年11月現在、社会起業家にフォーカスしたキュレーションプログラムは見当たらない。
Station Fのコミュニティ担当者にも話を聞いたところ、「社会的インパクトや社会課題にフォーカスしたプログラム」として「School Lab」というプログラムを紹介された。
しかし、このプログラムは、主に学術機関に所属する学生(例:博士課程の学生)を対象としている。「社会起業家」を対象としたプログラムとは、少し性質が異なりそうである。
また、これまでの過程からも、Station Fと社会起業家の関わり方の模索が見て取れる。
2017年にStation Fがオープンした当初には、世界最大の社会起業家グローバルネットワークである「アショカ」のフランス支部が入居していた。アショカは、社会起業家や社会的インパクトを重視したインキュベーションのプログラムを実施していたが、その後Station Fから撤退している。
当時アショカのプログラムを共同運営していた、インパクト追求型企業向けのデジタルツールを開発するスタートアップ「share it」は、現在でもStation Fに入居している。しかし、プログラムを運営するパートナーが見つかっていないことに起因して、2023年現在、社会起業家向けのプログラムは開催されていない。
そのような状況もあってか、2022年9月に「share it」はStation Fへの関わり方を変えている。実際にStation Fに滞在するのではなく、オンラインで社会起業家向けのテクノロジー支援をする形式に切り替えたようである。
このような事例をみると、冒頭で紹介した様に、そもそもStation Fは「テック系企業」のインキュベーションを主にしており、そのコンセプトのみを取ると社会起業的なテーマとの接点は大きくないことを改めて確認できる。
また、フランスを代表する社会起業家の一人である「Phenix」代表のJean Moreauが、2022年に「Tech for good(*1)の居場所はStation Fにはない」と発言していることからも、Station Fにおいて社会課題解決を掲げるスタートアップの立場は高くないことを読み取ることができる。
今後Station Fが、社会課題解決を掲げるスタートアップや社会起業家の居場所となるためには、まだまだ乗り越えるべき壁があると言えるだろう。
一方で、今後に期待できるような動きもある。現在Sation Fには、公益性の高い事業を行う会社を認証する民間企業である「B-corp」社のオフィスが設置されている。Share zoneにおいて、社会的インパクトに関する相談デスクも設けているようである。
インパクト重視のスタートアップへの支援環境が徐々に整備されてきていることを踏まえると、今後は、Station Fの入居企業の中にもより一層「ソーシャルグッド」を重視した企業が現れてくると予測できる。
金融とエコシステムビルダーの観点からみる「社会的インパクト追求」の萌芽
金融|フランス国内におけるインパクト投資の成長
ここまで紹介した事例から、政府及びスタートアップ拠点において、社会起業家がメインストリームに上がっていない様子が明らかとなってきた。では、「経済活動の血液」とも称される金融機関を取り巻く状況はどうなっているのだろうか。
社会起業家を取り巻く金融機関には様々な形態があるが、本稿では「社会起業家」と密接な金融の状況を表す指標として、社会起業家の成長原資である「インパクト投資」の状況を取り上げる。
フランスにおけるインパクト投資全体の流れは、ここ数年で急激に上昇している。フランスのインパクト投資協会FAIRの昨年度のレポートによると、新規投資は過去2年間で大幅に増加しており、2019年の5億5,800万ユーロから2020年には9億3,000万ユーロへと67%増加。2021年にはさらに69%増加して16億ユーロとなった。
また、レポートの共著者であるジョン・サレ氏は、過去2年間の急激なインパクト投資市場の成長の要因は、新規投資が増えただけではなく、既存投資家が自分たちの活動をインパクト投資であると定義したことも要因であると説明している。
つまり、「インパクト投資」という概念の普及に伴い、既存投資家がインパクト志向へと転換してきたという状況ではないかと推測する。インパクト投資残高の上昇率を見ても、金融セクターにおける社会起業家への関心が急激に高まっていることは疑いようがないだろう。
なお、冒頭で述べた「French Impact」に設置されているシード向けファンドの近況も明らかにできればと考えていたが、残念ながらWebからは情報を読み取ることができなかった。ファンドの運用状況をご存知の方は、筆者まで連絡をいただけると幸いである。
エコシステムビルダー|「Impact France Movement」と彼らの定義する2つの企業カテゴリ
最後に、エコシステムビルダーについても触れておく。民間エコシステムビルダーの主要な団体として「Impact France Movement」(インパクト・フランス・ムーブメント)が挙げられる。こちらは、前述の「Tech for good」と社会起業家の連携団体が2020年に共同で創設したフランスの民間機関である。
本稿の執筆にあたり、「Impact France Movement」のロビイング・パブリックアフェアーズ担当者であるGelot氏に話を伺った。
Gelot氏は、「『Impact France Movement』は、社会的起業家精神や経済活動を、環境的・社会的に配慮した次世代型の在り方へアップデートすることを目的にしており、支援対象の企業を2つのタイプにカテゴリを分類し、それぞれの概念を定義づけしている」と話す。それぞれのカテゴリの定義は以下の通りである。
Gelot氏によると、トランジション・カンパニー定義づけの背景には、 先ほどの政府機関と社会起業の項目でも課題に挙がっていた、「ESS及びESUS認証制度の限界」があるとのことだ。
ESUSは、当時営利企業を社会連帯経済の対象に組み込んだ点では画期的であった(詳細は第1回記事)かもしれないが、利益の配分等に厳しい制約があり、認証を受ける企業があまり普及しなかった。
多様なあり方の企業・団体が社会課題の解決に取り組むようになってきた状況を踏まえて、社会課題解決型の事業へと移行中の企業(≒トランジション・カンパニー)も含めて、より広い層を巻き込み支援していく必要性の高まりを感じることができる。
また、このような状況を受けて、「より時代に即したインパクト追求のためのエコシステム形成」を目的とした取り組みが、民間主体で発足しているとのことである。
一例として「Impact France Movement」では、より多くの企業が社会的目的を追求し、インパクトを重視した企業活動に邁進するため、行政や議会への積極的なロビイング活動、起業家のインパクトスコアの測定と提供、サマースクールの運営などを行っているとのことだ。
まとめ:フランスの社会起業エコシステムは、民間や金融を主体に拡大傾向
本記事では、政府機関、スタートアップ拠点、インパクト投資市場、エコシステムビルダーの4つの観点から、フランスにおける社会起業の現状を整理してきた。
政府機関内部には「La French Tech」の流れに触発されて立ち上がった「French Impact」という機関が存在しているが、社会起業の定義にESSの影が色濃く残っていたり、連携の難しさなどの課題が残るのが現状である。
一方、フランスにおけるインパクト投資市場全体では、その投資額をここ数年で大きく伸ばしている。また、社会起業家のエコシステムビルダーの役割を担う「Impact France Movement」では、インパクトスコアを使用したアドバイスやサマースクールの運営、政府へのロビイング活動など、民間ベースでの活発な取り組みが見られた。社会起業家のエコシステムが拡大していく様子に一定の希望を感じられる側面もあった。
次回、本連載の最終回では、本稿の主題である「社会起業家」について取り上げる。社会起業家の存在無くして社会起業家の現在地を語ることはできないだろう。次回は、実際のフランスの社会起業家を取り巻く状況を、評価レポートなどを参照して多角的に考察する。また、エコシステムの中心とも言える社会起業家にフォーカスし、彼らの事業やこれまで、エコシステムの中で果たす役割を探っていく。
▼次回の記事はこちら
【連載記事一覧】
第1回:フランスにおける社会起業家の背景を紐解く-「スタートアップ」と「社会的連帯経済」はどう社会起業家と結びついたのか
第2回:スタートアップエコシステム最前線 -パリの創業拠点Station Fを探る
第3回:フランス社会起業家エコシステム舞台裏:4つのステークホルダーの観点から(本記事)
第4回:フランスの社会起業家3選- 現地の声からみる社会起業家の潮流
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