#04 フランスの社会起業家3選-現地の声からみる起業家の潮流-
「フランスにおける社会起業家の現在地を探る」ことを目的に始まった本連載。これまで3つの記事を通して、フランスにおける社会起業家の現在地を探ってきた。
最終回となる今回は、エコシステムの中核である「社会起業家」の具体例を取り上げる。
前半部では、フランスの社会起業家を取り巻く環境がどのように評価されているのか。また、後半部ではフランス現地の声を元に、3人の社会起業家の特徴や事業内容を紹介する。
【連載記事一覧】
第1回:フランスにおける社会起業家の背景を紐解く-「スタートアップ」と「社会的連帯経済」はどう社会起業家と結びついたのか
第2回:スタートアップエコシステム最前線 -パリの創業拠点Station Fを探る
第3回:フランス社会起業家エコシステム舞台裏:4つのステークホルダーの観点から
第4回:フランスの社会起業家3選-現地の声からみる起業家の潮流-(本記事)
フランスの「社会的企業活動」 世界の中での位置付け
まずは、フランスの社会起業家を社会起業家を取り巻くエコシステムが、国際的にどのように評価されているのかについて、いくつかの指標を引用しながら簡単に確認しておきたい。
社会起業家になるのに適した国、3位にランクインのフランス
少し前のデータにはなるが、2019年のトムソン・ロイター財団の調査によると、世界主要45ヵ国を対象とした「社会起業家(=ビジネスを活用して社会課題解決に取り組む起業家)になるのに適した国ランキング」において、フランスは世界第3位に挙げられていた。
同テーマの調査は過去2回行われており、2016年にはフランスは世界第10位だったことから、社会起業家のための環境整備が急速に進んでいることが見て取れる。
特に評価の高かった項目としては、下記のような社会起業を行う上でのシード期支援の手厚さなどが挙げられている。
注)本テーマの調査は2019年版が最新。コロナを経て最新の動向に変動がある可能性については留意が必要である。
ここで1つ、上記のデータを裏付ける指標について確認したい。実はフランスは、EU加盟国の中で最もBcorp(公益性の高い「営利企業」の認証制度)の取得企業数が多い国である。2023年10月時点で、フランスのBcorp取得企業数は350社以上である。日本は31社であることを考えると、10倍以上の企業が認定されていることになる。
第一回・三回の記事では、「非営利活動」を支援するESS制度が発展していることを確認した。前回までの記事で紹介した多様なステークホルダーの動向を考慮しても、フランスでは営利・非営利を問わず様々な面で「社会起業」を取り巻く環境整備が進んでいると言えるだろう。
インパクト評価システムの観点
また、企業の社会性を評価する新しいシステムが生み出されている点にも言及したい。「Impact France Movement」や「French Impact」などの機関は独自のインパクト評価システムを開発・保有しており、事業が生み出す社会的価値のスコアを積極的に公開している。
一方、日本には独自のインパクト評価システムを持つ企業が未だほとんど存在しない(*1)。新しい経済活動の評価方法を確立していく過程において、日本はフランスから学べる部分が多いのではないだろうか。
社会起業家の支援者からみる、フランスを代表する3人の社会起業家たち
ここからは、フランスの社会起業家たちを紹介していく。第三回では代表的な社会起業家のエコシステムビルダーである「Impact France Movement」にインタビューを行なった。多数の社会起業家をみてきた担当者から推薦を受けた、3名の起業家を紹介する。
1. Jean Moreau(ジャン・モロー) (CEO of Phenix)
フードロス削減に取り組むスタートアップ「Phenix」のCEOを務めるほか、フランスにおけるTech for Good(テクノロジーを社会性の高い領域のために発展させることを目的とした活動、イギリス発祥のタスクフォース)の発展のために尽力する起業家である。社会・環境へ貢献する企業の代表格として、インタビューなどメディアへの露出も多く、フランス社会起業家を代表する1人である。
▼起業家の略歴
Jean Moreau | LinkedIn
投資銀行に勤めた後、「自身のキャリアを社会にとって意味のあることに捧げたい」と、2014年に「Phenix」を共同創業。Impact France Movementのco-chairmanを2023年の5月まで担当し、現在はImpact France MovementのタスクフォースであるTech for Goodの代表を努めている。
▼法人概要
Phenix(フェニックス)について
2014年にパリで設立された。非営利団体への食品の寄付、モバイルアプリを通じた消費者への販売・再利用、動物飼料のアップサイクルなど、売れ残った食品が決して廃棄物にならないソリューションで事業を展開している。先述のESUS認証を取得し、B-Corp企業にも選ばれている。
5か国に 27の現地支店を展開し、毎日 12 万食の食事をゴミ箱から節約し、2018年には 900万ユーロの売上を達成。社会的責任を事業の中心に据えながらもスケーラブルに利益を伸ばしている。メディア露出も多く、フランスを代表するインパクトスタートアップとして名前が上がるケースが多い。2018年には国が主催する社会イノベーションのためのアクセラレーター「French Impact」の1期生に選出された。
2. Maud Sarda(モッド・サルダ) (Label EmmaüsのCEO)
ビジネススクール出身・アクセンチュア勤務という王道のビジネスマンとしてのキャリアを進みながらも、学生時代から人道団体の代表に就任するなど社会連帯に心血を注ぐ。就業困難者への支援を行う「Mouvement Emmaüs(エマウス運動)」(*2)を、デジタル上で運用可能にするプラットフォーム「Label Emmaus」を設立。「社会的連帯などの発展・改善が見られなければ、環境問題の解決に向けた発展はない」とコメントしており、社会的連帯経済の発展にフォーカスしたキャリアを続ける起業家である。
▼起業家の略歴
Maud Sarda|linked in
グアドループ(カリブ海上の島、フランス共和国)出身。幼少期から不平等の問題に関心を持ち、EDHDCビジネススクールに入学。在学中は、人道団体「Aide EDCHDC」の会長に就任。インドでのマイクロクレジットに関する論文を執筆後、アクセンチュアでのキャリアを経て、エマウス運動ネットワークの代表を 5 年間務める。デジタルテクノロジーを活用して連帯経済における雇用の拡張と訓練を目的に、集団的利益協同組合 (SCIC) (*3)である「Label Emaus(ラベル エマウス)」を共同設立した。
▼法人概要
Label Emmaüs(ラベル エマウス)について
スマートフォン、ボードゲーム、衣類、古本、装飾品など70万点ほどの中古品やフェアトレード商品のeコマース販売プラットフォームを運営。集団的利益協同組合 (SCIC)であるため、利益最大化を目的としていない。ユーザーはオンラインショップで購入することで、廃棄物の削減と就労困難者への支援に貢献することができる。失業者や就業困難者が職につくことができるよう、電子商取引のためのトレーニングツールを提供しており、これまでに1500人以上がこのトレーニングを受けている。
(参考)Label Emmaüsのインパクトレポート(2022年度) ※フランス語https://www.label-emmaus.co/static/presse/rapports_impact/Rapport_Impacts_2022_label_emmaus.pdf
3. Eva Sadoun(エヴァ・サドゥーン) (CEO of LITA.co)
社会起業における、資金調達の課題を解決するための投資型クラウドファンディングプラットフォーム事業を運営。「Impact France Movement」の共同代表でもあり、10代の頃から社会的不平等や失業問題に対してアクティビストとして活動を行ってきた。金融とインパクトの分野で社会変革を起こす、若い世代のロールモデルの一人。
▼起業家の略歴
Eva Sadoun | LinkedIn
インドのマイクロファイナンスクラウドプラットフォーム、トーゴのNGO、フランスの銀行でCSRアナリストとして勤務した後、LITA.coを創業。24歳で起業し、現在33歳の若い世代の社会起業家である。 Impact France Movementの共同代表や、メディアと連携したエコフェミニズムの活動も活発に行う。著書「Une Economy à nous」を2022年に出版。
▼法人概要
LITA.co(リタポワンコ)について
社会的インパクト投資プラットフォーム「LITA.co(旧名:1001impact)」を運営しており、投資型クラウドファンディングの形態で、社会性と持続可能性を備えた企業を支援している。2014年にフランスで設立され、その後ベルギーとイタリアでも事業を実施。プラットフォーム上で3,500万ユーロを調達し、約4,000件のプロジェクトを支援してきた(いずれも2020年時点)
3名の起業家の事例から見る、フランスの社会起業家の動向
今回取り上げた3名の社会起業家は、社会的連帯経済で公正な社会と経済性の追求を両立させる社会起業家として、社会連帯、食品ロスを起点とする環境問題、社会性の高い事業の資金調達など、それぞれの角度から事業を展開している。
また筆者が感じた彼らの特筆すべき点としては、彼らは起業家というプレイヤーの側面だけでなく、同時にエコシステムの担い手でもあるという点である。それぞれの分野において、積極的なデジタル活用やクラウドファンディングなど、新しい手法を取り入れながら事業を運用している。同時に協会などを牽引するポジションを担い、インパクト業界全体を振興するために尽力している。
今回推薦を受けた3名のうち2名が女性起業家であった点も印象的だ。サンプル数は少ないが、代表的な事例として女性の起業家が推挙されるという点だけを見ても、女性が社会に進出しているフランスの現状を表しているのではないかと感じた。
まとめ
第四回の記事では、フランスが社会起業家にとってどのような場所であるのか、いくつかの国際比較を通じながら整理した後に、実際の起業家たちの例をいくつか紹介してきた。前回の第三回では、4つのステークホルダーに大きく分類し、それぞれの課題や展望に触れてきたが、第四回ではより希望を感じる事例が多くみられた。
しかし、社会起業家という言葉の認知にはまだ発展の余地がありそうである。事例や現況の紹介とは別に、実際に、筆者がフランスで過ごす中で、街の声を聞いていて感じることでもあった。
また、ここ10年で大きく成果を出している「La french Tech」の政策の号令を眺める限り、社会性が考慮から漏れてしまっている点は確かにあるだろう。しかし、多様なバックグランドを持つ起業家たちが事業を推進しながら道を切り開き、起業家自身がエコシステムビルダーとして、社会的インパクトを追求する新しい社会の流れを推し進めている点は非常に興味深い。彼らの存在は、フランスにおいてこれから社会起業家を目指す人々のロールモデルとなり、希望になるだろう。
筆者後書き:連載を通して
これまで全4回の連載を通して、「社会起業家の現在地」を探ってきた。連載最後にあたり、「自分が社会起業家だったら、フランスという国はどのような場所なのか」ということを述べ、フランスの現在地におけるアンサーとしたい。
フランスにおいて社会起業を行う際、まず同じ方向を向いて事業を拡大していくための仲間を見つける場所として、Impact France Movementのようなエコシステムビルダーの顔が浮かぶ。
彼らの出す指標などを用いて、自身の事業が客観的にどれほど社会的インパクトをもたらしているのか、また政府への働きかけや先駆者へのネットワークなどの人と情報における総合的な支援を受けることができるだろう。
資金の面に関しては、現地の声では一部課題も見られたが、数字としてもインパクト投資に流れるお金は年々拡大傾向にある。企業形態も、SCICのような出資を受けつつも利益最優先でない形など、多様な形態が仕組みとしてカバーされている点も興味深いため、最低限のインフラは整っていると言えるのではないか。
「社会起業家」の言葉としての認知度が高くないことは市民からのサポートを受けることにおいてネックになる可能性はあるが、そもそもフランスは2010年代頃から、株式市場主義からの脱却や環境意識の高さなどが知られており、言葉に限らずとも社会起業の機運が受け入れられる土壌は十分にあるだろう。そのことが、「社会起業家になるのに適した国ランキング」総合3位という数字にも表れているのではないだろうか。
また、いかなる形態に関わらず、「起業」という文化が奨励されている雰囲気も2010年代からのスタートアップ施策から大いに見ることができる。
現地の声には、まだまだ課題も多くあるとの声を受けた。しかし、この課題は、何もないところからの絶望の課題ではなく、成長の途上にある課題として、前向きな姿勢の中で生まれてくるものだろう。
フランスで社会起業家として生きていくことは、楽な道ではないが、希望を持つことはできそうだ。そして今回の取材を通して、出会ったたくさんの事例や人々が、その道をどんどんと広く伸ばしていくだろうと、取材を通して筆者は感じた。
【連載記事一覧】
第1回:フランスにおける社会起業家の背景を紐解く-「スタートアップ」と「社会的連帯経済」はどう社会起業家と結びついたのか
第2回:スタートアップエコシステム最前線 -パリの創業拠点Station Fを探る
第3回:フランス社会起業家エコシステム舞台裏:4つのステークホルダーの観点から
第4回:フランスの社会起業家3選-現地の声からみる起業家の潮流-(本記事)