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defying gravity

海はいつも遠い存在だった。海街育ちの私にとって海は目の前に広がっているのに、近づいてはいけないと小さな頃から言い聞かされてきたせいかもしれない。海の中の世界を想しながら砂浜にしゃがみ込んで指で模様を描いたり、小さな貝殻を集めたりする方が性に合っていた。

初めて海で泳いだのは、大学生になってからのことだ。見知らぬ国の、見知らぬ海。誰も私のことを知らない場所で、初めて海水に身を浸した。あれ以来、海はわたしにとって特別な場所になった。何か苦しいことがあると足を運んでしまうのは、あの水面の揺らぎに、自分が思い通りにならないことを受け入れる力があると感じるからだろう。押し寄せる波のリズムに、なんとも形容しがたい安堵を覚える。

防波堤に座り、波の音を聞いていると、世界が少しずつ単純化されていくのがわかる。少し生臭い潮風が頬を撫で、足元の枝が転がり、波が砂をさらう音が絶え間なく続く。その繰り返しの中で、複雑な思考や感情が薄くなり、気がつけば時間だけが経っている。

海の広がりに触れるたびに、その存在の中に少しだけ溶け込むような気がする。完全に飲み込まれるわけではない。ほんの少しだけ。私の内側にあるいろんな感情が、波にさらわれて形を変えていく。

海に行く少しだけ身体が軽くなっているのを感じる。そして、また海から離れた場所で暮らす日々に戻る。それ繰り返していく。

波の前に立ち尽くしながら、果てしないその広がりに自由を求める。

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