📜衣装歴史学 其の一、坂本龍馬 一〜五十まで

衣装歴史学　其の一、坂本龍馬

一、坂本の物語の最も不可解な点はその行動範囲と自由さだ。そしてその活動資金。

二、衣装歴史学：坂本龍馬 2 、英雄的な人物を語る時、全く別の人間の業績が英雄の物に転嫁される事は多い。この論考の坂本の章の中で注意したい人物がいる。山内容堂だ。

三、坂本龍馬：結論を先に開示すると、坂本は最初から終わりまで公武合体の活動で通している。それは藩主の山内容堂の政治姿勢と一致している。故に坂本は尊皇攘夷の志士ではない。土佐藩を優位にする地下活動を行っている。

四、坂本龍馬：山内容堂との直接な関わりは殆ど語られないが、土佐藩の海運、海軍の増強、躍進に力を注いだ共通点は見逃せない。語られている坂本伝は、容堂を外す。

五、坂本龍馬：坂本伝の脱藩時の動きは奇妙な件が相当多い。しかし容堂という人を坂本像に重ねると氷解する。例えば坂本の人脈と言えば松平春嶽だが、これは容堂と指針を共にする友人。坂本が容堂の何らかの物を携えていたと仮定すれば、単身春嶽に謁見出来た事は理解するに容易い。

六、坂本龍馬：脱藩時の動きは坂本伝では陸路を取ってる様な空気が濃厚だが、これは海路を取ったのではないか？陸路では幾つもの藩の関所を越えなければならない。幾多の獣道を選んで越前に向かったのか？疑問だ。廻船に乗り越前、江戸へと移動したと考えれば、これも理解が容易になる。

七、坂本龍馬：坂本、と来れば勝は何より先に上がるが、勝の立場から見ると坂本は航海術訓練生数十人の中の一人。そして勝は尋常ならざる多忙な男だった。航海塾閉鎖後は、二人の活動は接点が取れない程別だ。然程、密な師弟はなかったと見る。

八、坂本龍馬：坂本が勝の元に所属した、坂本伝では有名な弟子入り話から暖かい師弟関係で語られてるが、ここでは二石投じる。①脱藩して食い詰め者だった為、手っ取り早く人員募集の航海術訓練所に入隊した。

九、坂本龍馬：②何らかの意図があって勝の元に直接向かった。何らかの正体はやはり山内容堂。政治上の同士である島津斉彬、松平春嶽、伊達宗城共に江戸徳川の膝元の勝安房という人材に着目していた。容堂は土佐の人間を徳川基金による海運訓練所に多く投入したかった。

十、坂本龍馬：幕府の基金に寄る航海術訓練所で学んだ若者達に、何れは土佐藩で海運・海軍を担って欲しいと容堂が考えていたとすれば、これは為政者として本道。後世の我々が容堂の理解を惑わせる原因は以下。

①土佐勤王党の粛正

②世評『酔えば勤王、覚めれば佐幕』

③晩年の遊蕩

十一、坂本龍馬：遡るが、坂本伝で幾つもある華やかな出来事で、青年期の江戸への留学(剣術修行)。これは何故次男である坂本が行けたのか？これは家の意向があったのでは？かなり裕福な商家だった坂本の家は、江戸に支店を出店したかった、と。坂本を江戸に慣れさせ、支店長にすると。

十二、

ここで少しだけ坂本から離れて、山内容堂を批評する。前に挙げた三つの容堂の評価の項目の内、先ず

『酔えば勤王、覚めれば佐幕』

という世評。幕末期の人々に取っては、容堂の政治的言動は歯痒い物だった。しかし容堂は相当難しい立ち位置を取っていた。早く亡くなった徳川政権の主導者阿部正弘の路線を継ぐ形を選んだ。能力の高い者の採用、若い力の育成、それと同時に公武合体という形での日本の再統合。酔えば…と導入句がからかいで先に付いているのは、無類の酒好きが所以。容堂を俯瞰的に見ると、大きく揺れ動く思想的対立の中、藩政や中央政局の動きを鑑み、バランスを取って行こうという努力が相当に見られる。

十三、

この吉田東洋を新政策を推進する為に採用した事も、思い切った政治的意志であり行動だった事だ。知性面ではある程度名を確立していた東洋だが、人間性の面で難が多く、酒が入ると粗暴で使用人も殺し、喧嘩沙汰も絶えない。そして政治的地盤・コネクションも殆ど持ってなかった。容堂はこの東洋に賭けていた。東洋を面白く思わないのは、開明派に対する一派だから守旧派や嫉妬に駆られた土佐藩政権内の役職者。もっと突っ込むと、容堂自信にも反容堂が多数いた。容堂が藩政に携われる迄に複雑に入り組んだ問題が多々あった。
そうした相当難しい困難を乗り越えた上での容堂の新政権だった。

十四、

後暗殺される東洋だが、生前は過激派の若者、特に板垣退助、武市瑞山らと面と向かって話をしていた。この行動から吉田東洋は人と多く対話をしようと心掛ける人間だったと判断出来る。年齢的にも名声的にも優位な人間が若者と話をしていた点は、東洋の心に暖かい物があった事は必然である。付け加えて残念な事は、板垣はどうやら東洋が嫌いだったらしく、自分の元で勉学をしないかという誘いを無下に断った。瑞山との対談も平行線だった。しかし瑞山も中々の人物だったと見て、互いに"東洋殿のお心も察しますが…"、とか"武市君の立場や思いも判る、しかしながら…"というやり取りだった様だ。つまりフェアなディベートを出来ていた。この瑞山が後の東洋暗殺の首謀者となるが、更にこの点を研究する。

十五、

武市瑞山と山内容堂、吉田東洋。複雑な間柄だった。幕末期に日和見を決め込んで動かなかった藩は幾らでもあった。客観的に資料を見ると、政変前の容堂は尊皇派、過激派を無闇に取り締まる事はしなかった。活動家瑞山を育てたのは容堂でもある節がある。現代の通説として当時脱藩者は重罪だった、というが非常に疑わしい。重罪な割に藩を出て政治活動に邁進する若者が土佐に限らず全藩、かなりの数だ。藩主及び藩の要職者から見て、藩外で地下活動をする人材が相当数必要だったと推測する。徳川の時代がもうすぐ終わり、全く未知の新しい時代に向けた動きに適応していかねばならない、容堂、東洋、瑞山、皆そう切実に考えて生きていた。

十六、

どうにも薩摩、長州の勤王運動に遅れて動いていた感の否めない土佐藩。瑞山という人間は若き指導者として多面的だった。誰しも思う事だが、薩摩、長州に追い付く事が目的ではなかったはず。薩摩、長州を追い越し次の時代のリーダーシップを土佐藩が採っていく事が最大の悲願だったろう。そこに土佐藩内の政権争いも絡んで行く。田中光顕等の当時の土佐藩の実際話として、吉田東洋の暗殺は東洋の政敵による謀だったというのが通説だったという。現代の通説では、東洋の暗殺は瑞山首謀だという事で通っている。これは幕末史を考えて行く上で重要で有意義である。もっと言えば、現代の我々は次の世代の幕末史に関心を深める子供達の為に、この当時の土佐藩の闇を明らかにして行かねばならない。

十七、

土佐藩吉田東洋を暗殺した者は特定出来ている。彼らは瑞山の元に集まっていた勤王過激派だった。しかし東洋を暗殺した主犯は政治的反東洋の者だろう、と誰しも勘づいていた。東洋は公武合体推進の持論の持ち主。藩主容堂と方向性を同じくする。では主犯とされる者達は純粋に勤王の思想の持ち主達だったのか？非常に疑わしい。東洋主導で藩政が動いて行くのが面白くなかった、いや不利益だった、それが殺意にまで上昇していたのだろう。末端の過激派は過激派だけに公武合体という考え方自体が気に食わない、故に主犯達と同様殺意にまで上昇していた。田中光顕の回顧では、瑞山はそんな熱狂状態の若者をまあまあと宥めていたという。現代、瑞山が暗殺事件の首謀者とされている原因、これは瑞山が一つの団体つまり土佐勤王党の責任者として責任を負ったからだ。反東洋の人間との裏取引があったか、どうか？瑞山の出世を餌にした極秘交渉はあっただろう。しかし編者は、これは瑞山を通さず主犯者が焚き付け実行者が先走ったと推測する。

十八、

吉田東洋暗殺後の武市瑞山の出世はめざましい。これも一見不思議な流れで、山内容堂は右腕の東洋を暗殺されたので藩政の主導権は反東洋、容堂から移ってしまった訳ではないだろう。しかし容堂が実質上失権したと仮定して瑞山が東洋に取って変わる様に躍進したとすると、この事件の後もっと混迷して行った日本全国レベルでの政治闘争の中で何故土佐の容堂がその存在を示し続ける事が出来たのかが判らなくなる。故に、こう理解したい。容堂自身がやはり相当変わった思考の持ち主で、吉田東洋の殺害後は考えを早々と切り替えて武市瑞山に藩際的な中央政権の主導権争いの担い手として権限を任せた。若しくは、東洋生前時から思考は良い物を持っていたとしても品行の良くなかった東洋を見限っていた。蛇足、容堂も酒豪で東洋及び臣下参列の酒席は都度あったろう。大体、酒の癖という物は隠しきれる物ではない。頭の切れる容堂が東洋の本性を感づかない筈がない。

十九、

吉田東洋暗殺後の武市瑞山の出世と活躍は目覚ましい。だがこの出世と活躍は血塗られた功名だったのは間違いがない。容堂の重臣の東洋殺害事件で反東洋派の後ろ楯を得て、何せ人を殺しているものだから容堂すら下手に刺激出来ない。そして京都での地下活動。この時期の京都での要人殺害事件の多さは異常で資料を調べるのも目を覆う。ただ瑞山を弁護すれば、京都での激しい血風事件は、全て朝廷内の朝臣が首謀者だったろう。坂本の物語、維新期の英雄物語等でほぼ触れられないが、この点こそ深堀した方が良い。純粋な思想活動のみで語られるのは美しいしロマンチックだが、実際の京都は朝臣達の黒い出世欲と保身、権益欲の世界だっただろう。瑞山のみならず長州、薩摩、これらの藩士も同様に、如何に天皇に近い朝臣と結び付くかに賭けて命を燃やしていた。この政治的営業レースで最終的に一等を取るのが、薩摩の大久保となる。

二十、

薩摩、長州に追い付けと土佐藩諸志は死力を尽くしていた。だが、時代の変化は目まぐるしかった。"酔えば勤王、覚めればは佐幕"と揶揄された藩主容堂だが、時代が変化の急激な時代だったので、評者としては然もありなん、共感及び同情する。反幕勤王の旗頭であった長州が政争に敗れ下洛すると、長州と呼応を取り合っていた土佐勤王党主流派の立場がなくなった。上り竜だった瑞山にも失墜の時が訪れる。ここで押さえたいのは、同郷の仲間及び瑞山を心配した要人達は瑞山の帰郷、藩令としての呼び戻しを拒否する様に勧めていた。誰しもが瑞山が帰藩したならば直ちに処分される事を案じていた。瑞山本人も。即ち、死罪処分覚悟での土佐帰藩だった。何故か？中岡慎太郎は帰らなかった。瑞山が帰藩したのは土佐藩内の同士達を守る為だっただろう。責任者、中心人物が行方をくらましたらば残された同士達に追及が行く。しかし自らが戻れば守れる同士がいた。佐幕だ勤王だ、もっとそれ以前それ以上の問題で逃げずに帰った。そういう人間だったから、自らの思想、行動を共にしてくれる仲間達が集まったのだ。蛇足として、板垣退助も土佐勤王党発足時に名を連ねている。

二十一、

土佐藩の勤王党の粛清。これがどうもまた奇妙で考え込んでしまう。容堂の過激派憎悪で始まったとは考え難い。政局に敏感だった容堂にしては、断罪の仕方が激しい。違和感の一つ、瑞山捕縛後の裁定期間がかなり長い。一年以上は訊問している。捕捉として瑞山は特別扱いで拷問にはかけられなかった。この裁定期間の妙な長さに、評者は容堂による過激派処分の引き延ばし策があったのではないかと推測する。この時期の政局の政変は目まぐるしく、冷静な政治的勘があれば瑞山を処分する事は全く得策ではない。切れ者だった容堂だから早い処断をしなかった、と見る。何せ、この数年前には安政の大獄、桜田門の変と続けざまに起こっていたのだ。極端過ぎるから比べるのは不向きであるが、安政の大獄時の井伊直弼の処断は狂気的だった。捕縛後即死罪。これに比べての土佐勤王党粛清は相当な時間猶予を取っている。問題の核心、何故容堂は瑞山の死罪に踏み切ったのか。もう少し着地点を踏み固めたい。
蛇足：井伊直弼の安政の大獄、桜田門の凶事も語りたい物だ。

二十二、

瑞山、容堂帰藩。少し経ち瑞山の捕縛。京都の政変の後に、どうやらお膝元の土佐でも過激派の乱があった。この過激派の一味に対しては厳罰で臨んだ。容堂という人をどう捉えるかでこの粛清劇に対する解釈も大分変わってしまう。瑞山への拷問は殆ど無かった。ただしその袖の者への拷問はあった。しかし当初の拷問は緩かった様だ。この点に留意。捕縛当初の訊問取り調べの中に、板垣を初め土佐勤王党シンパの者が配置された。これは容堂の目論見か？敢えて板垣辺りを取り調べる側にさせて、板垣達を藩内の政敵から守ろうとしたか？及び、瑞山への追及も板垣達なら緩和させられる。ただ真っ直ぐな板垣は直ぐに職を辞して江戸に払われている。捉え方なのだが、随分容堂は容堂なりに時間を稼ごうとした、と見る。板垣退任後、後藤象二郎が就くが、これは思想云々よりも物事をぼかすのに長けた者だったから最適ではあった。もしも長州が復調したらば直ぐに瑞山を解放し中央の政治的動向に当たらせる。見落とせない事として、朝廷からの瑞山追及が厳しかった様だ。長州全盛の時に苦渋した朝臣達。幕府寄りの臣達の怒り。不可解な要人暗殺事件の数々。瑞山の一味を叩き全てを明らかにせよ。出来得る限りしらを切って時勢が変わるのを待ちたかった。そんな時に何処からともなく土佐に捕縛連行されて来た男がいた。岡田以蔵だった。

二十三、

岡田以蔵について。岡田の土佐連行がなければ瑞山一党の粛清はもっと延長出来た事は確実。岡田の自白でかなりの部分の土佐藩士の京都での地下活動が割れてしまった。しかし、歴史ドラマや坂本龍馬の物語で語られるよりも遥かにこの岡田の土佐連行事件は偶然だった。神の悪戯と言ってもよい。
岡田以蔵という人間は、少々微妙な言い方になってしまうが、花形のヒットマンとして京都で持て囃された、つまり大衆からの人気があった。というのも岡田が殺したと目される要人達が時代劇に出て来るの悪人並みの者達だった様だ。かなり京都の庶民を苛め回って暴利を貪っていた為、これらを殺したと噂される岡田は正義の味方、義賊の様に取られた気配がある。勤王の志士つまり政治的活動家とは毛並みが異なり、どうも要人護衛、ボディーガードが本職だった様だ。
少し逸れるが、この歴史衣装学を始めて歴史上の人物の虚飾性を剥ぐ様に歴史を勉強しているのだが、この岡田以蔵の様な人物は正に打ってつけで、調べようとしても殆ど記録らしい記録がない。つまり伝えられている岡田像が大部分は作家や歴史好きの創作物である事が理解出来る。
岡田の人間性を最も後世に伝えているのが、勝海舟護衛時の暗殺未遂事件。これを詳しく語るのは後の機会に。現時点で書き伝える事は、この事件後、岡田は出奔してしまった。完全に行方不明である。その意図も不明。この後どこで何をしていたのか、追いようがない。京都での政変、長州の政治的没落、長州寄りの活動家の粛清、そういった政治上の動きとは全く関係なく町のどこかで庶民に暴行を働き捕まった。この暴漢をよくよく調べてみたらばあの岡田以蔵だったらしい。
この取るに足りない偶然が、瑞山及び土佐藩の運命を一気に下り坂に傾けた。全くもって、真実は小説よりも奇なり。

二十四、

土佐勤王党への処罰は岡田の捕縛連行で一気に加速した様だ。京都での地下活動のみならず東洋暗殺事件にまで勤王党の不可解な行動に取り調べも加わった。拷問に耐えられなかった岡田も岡田だが、やはりこれは政治上の案件。誰かがのし上がれば、一方からは殺意すら抱かれる。しかし瑞山もどういう形であったかは多様に推測出来るが、首謀者として件の責任を持ったのは、事実だった。
容堂の心理だが、いや容堂に限らず土佐藩としては瑞山とは今後も利用価値大として考えられ得る存在だった事はかなり固いのだが、物事を伏せようにも暈そうにも肝心の取り調べで積極的に自白する者が出て来てしまったら、しらばっくれない。つまり取り調べは自動的に進行を速めるしかなくなる。ある見方では、板垣は運が良かった。不運が回って来てしまったのは、容堂である。
瑞山以下の土佐藩士の地下活動への追及を土佐藩に強く要望していたのは、どうも幕府より朝廷だった様だ。瑞山捕縛後半年以降、なだらかに取り調べを進めていた藩に厳しい催促が朝廷からあった様だ。岡田の捕縛という運命の悪戯も絶妙に当たって、暈し辛い、寧ろ容堂及び土佐藩全体としての責任問題に事案が膨らんだ。
かなり誤解のされる容堂だが、敢えてこの衣装歴史学ではこう言う。人一倍面倒見の良い藩主だった容堂にも限界が来てしまったのだ。

二十五、

結局、瑞山の死罪は容堂の直下の命令で決断された。一年以上はみた様だが、相当な苦しい決断だった筈だ。しかしこの土佐勤王党の粛清は未来の我々から追うと、如何にも若い過激派に苛立っていた容堂が藩内のそうした分子を一掃したかの様に捉えてしまい易い。歴史学の罠だと思う。瑞山への追及は殆どなかった。瑞山以下の者への拷問は当初はそこまで過酷なものでもなかった。岡田捕縛連行後、拷問は重くなって行った様だが、捕縛当初の岡田の自白は致命的であったものの後半からの自白の件数は減って行った。岡田は恐らく、そもそもの自白するネタがなくなった。数ある不可解な殺人事件の実行犯と目されてはいたが、指示の内容までは岡田に周知されていなかった様だ。つまり岡田捕縛及び自白後は他の者をより締め上げるしかなくなった。しかし進展はしなかったのだろう。
業を煮やした、これは二通りあった。本当に業を煮やしていたのは、朝廷の嫌土佐藩の朝臣だった。そこからの追及に耐えられなくなった容堂。直令で瑞山の死罪を決定した。かつて政敵であった井伊直弼と同程度のこの命令、粛清劇など行いたくなかった筈だ。容堂の心に踏み込もう。どうせ朝廷からの追及で瑞山をこれ以上守れないのならば、自分が瑞山に引導を渡してやろう、と。この最後の容堂の決定は頑なだったらしいので、余程の意志、覚悟があった筈だ。後世の我々はこの辺もう少し汲む必要がある。
殊に明治の御一新、容堂は事ある毎にこの粛清劇の非ついて問われていた。というのが、一新後の国の舵取りを担っていたのは反幕運動の主導者達で、瑞山は同時期に考えを同じくしていた他藩の重要人物、容堂が行った粛清は同士を斬った事に近い感情だっただろう。何故？の問いに容堂は口重たく、藩の規定に則したまでとの答えを溢すまでだった。それ以上以下の返答もなく。

二十六、

容堂対土佐勤王党の抜き差しならぬ対立を思わせてしまう最大の要因は、瑞山のその死に際に起因する。切腹の際に最も困難とされた方法の内、三文字に腹を裂く方を取った。ここまでやれば、切腹の儀式の域を越えて憤死である。誰しもこの報を聞けば、瑞山如何に悔しかったか、と深くその志を慮るがここでは敢えて別見地を提示したい。
瑞山は志を達成出来なかった悔しさ、憤りを込めてこれを選んだのか？もっと少年的、男児的に"どうせ死ぬなら派手に死んでやる"といった気概だったのではないか？
瑞山の抱えていた問題はどれも一筋縄ではいかない種の物であったし、その抱えていた問題の殆どが瑞山の本意でない、朝臣の意向、長州の意向、薩摩の意向、土佐藩の意向、それらがごちゃ混ぜに入り組んだ代物、いや下手物だったろう。瑞山の本当の志は、恐らくただ純粋に新時代の日本の建築、建て直し、その一点だけだったのでは？もっと極限に純粋で、朝廷も雄藩も、そして膝元の土佐藩すらも、その志と理想の内には入っていなかったのでは？
故に怨み辛みでこの憤死を選んだ様に思えないのだ。ただただ、自分の死に際だけは派手に見せ付けて死にたかった。我慢の多い人生と活動だった。その中には殆ど自分の意向が達成された事もなかった。藩内で異例の出世は遂げられた。当時の政局で土佐に武内ありとまで名声を取った。しかし日本がこうまで疲弊しきって国家としての体裁を保てないのであれば、何の為の活動か…今は数幾多の陰謀、暗殺の件の嫌疑が自分に掛かっている、自分の志を同じくした仲間達に掛かっている…今この国を指導している要職者達の何と心のコマい事かのう！あしが男っちうもんの死に様を教えちゃるき！…ぐらいに男の子として死にたかったのでは…
その真意は判らない。上は全て自分の空想。ただこの土佐勤王党粛清劇に一石投じたかった。以下、更に蛇足。

１、岡田も処刑されるが時世の句を読むと、満更文妄でもない。自分の闇の活動は全て国の為、というよりは土佐藩の為のものだったと判る句を残している。余り難しい政治的思想は判らないが、自分は腕力でしか人に貢献出来なかった、でも全て無駄に終わったな…という慨嘆の句である。

２、瑞山及び勤王党の幹部の粛清後は、板垣が藩内の勤王党の有志達を引き受ける。調べると、どちらかと言えば瑞山より板垣の方が危なっかしい性格をしているが、もうここまで来ると運の持ち様としか言い様がない。瑞山は運が悪かった。板垣は運が良かった。後の薩摩を中心にした大いなる倒幕戦争に土佐藩も一翼を担うが、瑞山死後も藩士が志を失わず活動を維持出来たのは板垣の存在なくして有り得なかっただろう。

二十七、

土佐勤王党の粛清事件に大分時間を割いてしまった。本来は山内容堂の人物像を探るタームであるので、テーマに戻る。
最後の三番目の、容堂が悪印象を受ける理由に晩年の乱行がある。しかしこの的に置いては、弁護をしようがないのかも知れない。そもそもが、容堂は格下の人間に対して粗暴な面もあった。だが、数件ある乱暴な言行に置いて、藩士に対する件は土佐勤王党及び党内の最前衛の過激派の反乱に対する物、しかもそれは領主としての責務として罰した、という公的な一面で行ったのであり、粗野というかは責任の間の苦渋が読めて取れる。調べている内に評者は、これはある意味、昔のガキ大将的だなと感じた。簡単に言えば、自分の縄張りの者は大事にするが余所者に対しては喧嘩腰で対する、つまりナメられない様に剣幕を張っていた、と。
では御一新後の乱行は？と問われると、身も蓋もない。何でもかなりの数の愛人を侍らせて、酒の沼に深く深く潜り込んでいた。身も蓋もない、だが人情の面で容堂を見てみる。維新後の容堂は、薩摩を中心とした次世代の人間達が執政を采配し、容堂の様な旧領主は徐々に政局から外されて行った。決定的だったのは廃藩置県だろう。身分的な保証以外の全てを失った。これは鬱屈する。酒、女の道に耽って行った事、これは評者個人の感興だが深く同情する。新しい時代に賭けて動かして行った重鎮だが、時代の速度が速過ぎた。
土佐藩の主体性は、何だったのだろうか？維新の大きなうねりの中で、土佐の志士達は何を残し得たのだろうか？容堂が晩年にかくも荒れたのは、目的も理想も達成されなかったからだろう？その酔った眼に新時代はどう映っていたのか？あんなにも多くの若者が命を散らした。自分の"子分"達…
生き長らえていたくなかったのかも知れない。"酔えば勤王、覚めれば左幕"。そんな自嘲を本人も酔った半ばでぼやいていたかも知れない。新しい時代は、全く違う人間達の手で作られ引率されて行った。"子分"達も新しさの流れで豹変して、全く新しい人間になって行った。早うあの世で正弘公、斉彬公とでも盃を酌み交わし、屈託なく笑い合いたいき…
容堂を調べ終わり、享年を見ると驚く程若かった。

二十八、

坂本龍馬をテーマとして進めているのだが、大分山内容堂の人物像について深入りした。というのが、ざっくばらんにどうも山内容堂抜きにはこの時代の坂本始め土佐藩士達の動きの根元が見えないと踏んだからだ。そして穿って見て、坂本の動きと容堂の意向は符号するのでこれはよもや…と言う訳だ。
そして坂本の動きに話を戻す。
坂本と言えば、勝と来る。最早常識レベルにさえなっている。しかしこの衣装歴史学ではその俗説を疑う。坂本の物語では、師弟の絆の深い間柄として展開して行く。ただ前に述べた様に、勝から見た坂本は多くの航海術訓練生の中の一人で、然程密接だったと考えられない。もし坂本と勝が昵懇だったならば、多くの坂本から勝宛ての手紙が残っている筈だ。歴史学では手紙の内容の真偽はさておいて、手紙の宛てられた期日、送った場所等に重きが置かれる。それが殆どない。
そして坂本と勝が航海塾で同じ所在に在った期間と言うのは相当に短い。更に、勝という男は調べれば調べる程プライベートの時間が取れないぐらい多忙な者だった事が分かる。
それに比して、なのだが実の所坂本龍馬という男には資料が少ない。坂本が魅力溢れる男として描かれるのは、"記録の人"ではなく"記憶の人"だからだ。坂本に関する思い出話は、相当にある。付き合った女性達に京都の宿の子供達、そして維新の荒波を乗り越えて生き残った男達。皆、坂本への好悪は別としても生前の坂本を生き生きと語る。それを更に近現代の作家達が空想膨らませて大いに腕を振るう。
坂本の物語を魅力的に語るならば、勝との関係は深めに書いた方が人を惹き付けられるが、これがここまでステレオタイプになってしまっては面白くなかろう。真の坂本、坂本龍馬の影を評者は追求したい。

二十九、

坂本、勝、の関係性を衣装歴史学的に検証したい。現時点まででしつこく批評的に進めているが、この坂本、勝の何と言うか英雄伝的なエピソードを剥がしたい。まず第一に挙がるのは、坂本、勝の初対面。ここから、この二者の繋がりの強い師弟関係が始まる。その語り口は殆ど活劇で、例えば歴史学への誘いとして児童向けに読んで貰う意図があったり、歴史愛好家の読書家を楽しませる意図がある。まあ、有名な台詞がこの初対面で幾つも生まれている。軽く下記に列挙する。
『勝を斬る！』
『あんたら、攘夷攘夷と言うがねぇ…』
『世界は今、こう動いている』
『敵う訳ねぇじゃねぇか』
『勝先生！アシを弟子にして下さい！』等
こう書くだけで、結構ワクワクする感覚がある。つまり坂本の物語に入り易い。これを少し腑分けする。
最初に、何故坂本は勝に面会出来たのか？もうこの時点でかなり闇なのだ。そして資料らしい資料もない。故に数説ある、というより説を生産するしか物語の紡ぎ様がなくなる。ただ極論としては解らない、解っていないと断定した方が正しい。千葉道場の子息が同伴していた、というのは解っている。それ以上はない。
つまり坂本が何の意図があって、どういう訳で幕府の要職者と面会出来たのかは全く不明なのだ。上記に挙げた活劇調の出所は…と言って、勝の回顧録『氷川清談』が挙がるが、この回顧録も相当に編集者のアレンジが効いてしまっているので、当てにならない様だ。曰く、
『坂本は俺を斬りに来たんだよ』
という勝の回顧。だがこれ勝は一体どこまでこの土佐の一青年の事を覚えていたのだろう。恐らく、殆ど憶えてはいなかっただろう。勝の多忙さ、人と会う機会が尋常ではなく多く、時代の移行の目まぐるしさ、等を考慮に入れれば、想像するに容易い。ただもし上の言葉を勝が言っていたとしたら、面白い例話がある。実はこれ、板垣退助と中岡慎太郎の間ではあった話なのだ。板垣、中岡の初対面で中岡が板垣の牽制球的な問い掛けに中岡が『実はおんしを斬りに来た』…これは板垣の回顧なので、証拠証言的にやや固い。そこから類推、延長すると、勝は『氷川清談』インタビュー時に坂本龍馬、と問われて記憶に薄い…土佐の輩か…よし、あの話をするか！と若干悪いノリと機転で答えた…これも飽くまで推測である。
伝記小説な類推はここまでにして、確実である事が判っているのは、対面後坂本は坂本らしい言い方で『アシは勝安房守様の弟子にして貰いました。エヘン、エヘン』と故郷の姉に報告手紙を宛てている。この『弟子』という言い方にも大変疑問を感じるが、勝のこの時の職務上での課題に海運技術者操練所の人員確保が優先事項であった。故に一人でも元気のある（多少素性が不明でも）男を押さえたかった筈。故に弟子というよりも一水夫として雇ったニュアンスだったのでは…
蛇足としては、両者共に法螺吹き、要するに冗談好き、話を面白くする性格だったのは疑い様がないぐらい人々が証言しているので、後世の我々が正確に歴史を追うならば、この二人に纏わる大いに面白い話にも留意して進めなければならない。

三十、

勝、坂本間の師弟関係期のエピソードで最たる物は、坂本が体の空いてる岡田以蔵を呼んで勝の身辺警護に当たらせた件、そして勝暗殺犯を斬り追い返したエピソード。これを今回検証する。
勝の御一新後幾年を経ての回想で、当時岡田に救われた事は鮮明だった様だ。寧ろ、坂本の記憶よりも岡田の記憶の方が強かった様に感じる。犯人を斬り倒した後の勝、岡田の言葉の遣り取りもほぼ実話だろう。如何に冗談や法螺の好きな勝でも、命を救われた事に対して乗せたり盛ったりする事が考え難い。
何故坂本が岡田を呼んだ、という話になったのかと問い暫く考えれば直ぐ答えが出る。何故岡田が勝を警護していたのかの確たる資料、指示書の様な物が全くないからだ。故に後世の我々は岡田、土佐、と来て坂本、と短絡して結び付け易い。
衣装歴史学的見地での推測。この当時で岡田を動かせる人物として考えられるのは武市瑞山である。他、土佐勤王党の幹部も考え得る。瑞山以下土佐勤王党は過激な尊王攘夷の一派として名が通っていただろうから、勝の警護を瑞山達が指示したとは考え難い、のであるが、瑞山の上には山内容堂がいた事を見過ごしてはならない。瑞山の悲願というのは土佐藩が新時代の主導権を握って行く事だった。容堂の意向には逆らわない。容堂を考慮に入れて、今件を考えてみると、容堂と勝は近からずも遠からず、時代を持って行きたい方向などほぼ同じ。日本の海運・海軍の強化、それに中央、要するに江戸、将軍の膝下で政策に邁進する勝は容堂から見たら重要人物だった筈だ。坂本の口利きで岡田の勝護衛、と考えるより遥かに整合性が取れる。
そして岡田の本来の職。この人物は今では伝説的な暗殺犯で通っているが、本来この人物は要人の身辺警護が本職だった。ほぼ正体不明のこの岡田ではあるが、要人の身辺警護に当たったという資料は仄かにある。岡田が本来の職務を全うして、評価された良く分からないが輝かしい業績ではある。
岡田はこの勝暗殺犯を薙ぎ倒した件の後、何故か行方をくらませてしまった様だ。その後、記録らしい物、資料らしい物はないらしい。しかし、こういう男という者はいる。皆と一緒に攘夷だ勤王だと集まって騒いで議論を逞しくして、その時は皆といるから楽しいのだが、どうしてもついて行けない自分がいる、難しい事は分からない、皆といるのは楽しいのだが…そういう男はふっと突然行方を暗ます。誰に何も告げずに。
坂本が岡田を誘った、その可能性もゼロではない。あり得る、と言えばあり得る。だが坂本、岡田と歴史小説やドラマで立てられている割には、本当の所正体が不明過ぎる。坂本、岡田と何某かの交流があったという記録も皆無だ。
この件は公大に考えて、土佐藩が勝に身辺警護を付けて土佐の屈強な男が勝の危機を救ったと判定する。

三十一、

兎も角も、坂本には魅力があり過ぎ、後世の作家が思いを膨らませ易い。幼年期の姉との微笑ましい関係、江戸への剣術修行（今で言う留学）、瑞山達同志との友情、脱藩（国外への不法脱走）、松平春嶽、勝海舟との邂逅。しかし、これを客観視し脱藩前までの物語はほぼ全てが思い出話。故人を偲ぶ類のものだから、語り手の話にもそれぞれの思いがあり、この点には余り他者が冷徹に指摘するのもどうか、と思われるのでそんなに介入する気はない。春嶽、勝、とこの辺りの関係性こそかなり客観的に見なければいけないと考えるが、少々は重ねて来た。
坂本を客観的に研究する、その過程に於いて、少年期から勝の統括する海運業訓練所までの話は余り比重を置く必要がない事を見出せた。真に坂本龍馬という人が歴史上にその姿を明らかにしたのは、西郷隆盛、薩摩藩との関わりが確立出来た時からだろう。ここからの活動こそ、坂本が坂本龍馬という名を知らしめて行くのだ。
京都の政変後、御所での長州の政治的勢力は一掃された。その海運業訓練所に多くの若者が長州主導の江戸徳川に対するクーデターに参加していた件を咎められ、海運業訓練所は閉鎖になった。坂本を含む多くの土佐藩脱藩者は、どういう訳か薩摩に引き取られた。
これも良く分からない件だ。故に様々な物語が量産される。
だがこの点で押さえて置きたいのだが、そして余りこの点について現代までに散見される明治期の物語でもあやふやなのだが、各藩からの脱藩者の存在と価値である。大体が御家取り潰しを覚悟で脱藩をして報国的行為に邁進する、とあるがその割にその数が多いし諸藩の機関もこの人達をよく助ける。利がなければ公の機関である藩はこれらの者を助けない。つまりこの時は坂本を含む素性の暗い者達にこそ利用価値があると薩摩は判断した。
後に、坂本達は薩摩出資の船で海運事業を展開して行く事になる。徳川の機関で海運業を実地で訓練した人々をそのまま薩摩の海運業に編入した。これは上手い手、上策である。
これを西郷が判断したのか、他の者が判断したのかは分からない。勝の口利きだったのかも知れない。形はどうあれ、坂本を含む土佐系の海運訓練士達が薩摩を出資元とした事業を開始した。故にこの者達は薩摩に逆らえない、薩摩に従順な、薩摩の利徳となる種の活動を展開して行く事になる。

三十二、

坂本を含むあぶれた土佐藩士達が薩摩に身を寄せた時、この時期は土佐藩士の藩内藩外での世代交代、と言うには短く若過ぎる、選手交代と言った方が良いかも知れない、変化の時期だった。評者は坂本龍馬の存在感を抑え気味に論を進めているので、何故この辺りの時期から坂本の存在が目立って行くのかを考えて行きたい。
京都の政変で土佐藩の政治活動をする者の代表格が変わった。変わった、と言うよりかはそれまで土佐藩士の表向きの顔は武市瑞山だったが、これが引き下げられた。逃亡して延命する手もあったのだが、自ら土佐に帰藩した。表の顔は瑞山だったが、土佐の裏の顔役はと言えば吉村寅太郎。これも政変後に大和で反乱を起こして散った。吉村が何故乱を起こした地が大和だったのか、大いに興味が湧くが先に進む。この時期の土佐、容堂としては土佐の藩外活動家が次々と失命して行ってしまう事に危機感を持った筈。瑞山処断もなるべく引き伸ばそうとしていた、という評者の仮説は以前述べてみた。兎も角も、武市、吉村に継ぐ藩外活動家の頭目を求めていた筈だ。
政変後の活動状況をざっと総観するに、どうも徳川主催の勝安房の統括していた海軍操練所の閉鎖であぶれた藩士が薩摩に匿われているぞ、との情報を掴んだか。山内容堂の西郷、大久保嫌いは通っていたから余り容堂から薩摩に匿われている土佐藩士間での情報交換ルートがあった様には思えないが、現在まで通っているステレオタイプな坂本龍馬物語でも、坂本の人生にこの辺りからちらほら見え始める人物がいる。後藤象二郎だ。容堂と薩摩圏内土佐藩士の中継に立っていた、と推測出来る。
薩摩に匿われている藩士の中でも、リーダー、中心人物を誰にするか議論した筈だ。兎角血の激った活動家達の中で、坂本が選ばれて行った理由を少し掘り下げて考えて行きたい。坂本龍馬物語では坂本が英雄になるべくして語られて行く訳だから、勝や松平春嶽と顔だった龍馬が選ばれて当然だろ？という流れに、評者は待ったを掛けたい。

三十三、

薩摩、坂本の固い繋がりが出来たのは結論から言って坂本の人柄以外何物もないだろう。今もドラマや小説で構成されている様に、面白くも何ともない。少し調べれば疑い様もないぐらい、西郷が坂本を気に入っていた。筆記するのもどうかと思うが理由を簡単に。

①商売商売してなかった
②男らしい男だった
③その男らしい名前

①は西郷は維新後に長州の井上馨を公の面前で罵倒した経緯から推測。井上は金集めが上手かったがそれ以上の事が出来る人物ではなかった。こういうタイプはお嫌いである。②に関して何も言う事がない。幾多の人物が語る思い出の坂本の相貌を読めば足る。③に関しては評者の勝手な憶測。西郷隆盛が気に入りそうな名前である。龍馬。龍に馬。こんなカッコいい、男らしい名前、現代でも滅多に聞かない。

ここに一人の人物を照らし合わせる。近藤長次郎だ。近藤は多く坂本龍馬物語で悲劇の志士として語られる。その最後の自決で坂本より"饅頭屋よ、何故アシに言ってくれなかったが…"となる。坂本の物語では坂本が主人公として進行する為、常に近藤は坂本より格下として描かれる。
この衣装を剥ぎたい。
近藤は坂本よりかなり前に土佐藩を脱藩している。その所属先はというに、土佐藩脱藩組の統率、吉村寅太郎の傘下。近藤から見れば坂本は自分より格下だったろう。坂本の脱藩初期辺りの資料に目を走らせると、吉村、近藤の名前が散見する。飽くまで地下活動なので明瞭性に乏しい。だが坂本だけに限らず、志ある土佐藩士を凡ゆる可能性のある場所、思想的目標の達成の為の周旋に働いていた事は疑いがない。
近藤の商才はズバ抜けていた。この時期の日本人で"私企業"の様な形の集団として海外との貿易を成功させた事は特筆事項。見方によっては坂本以上に商談交渉能力は長けていたかも知れない。つまり語学や算盤弾き、利不利益の損得勘定等。
この男が悲劇の穴に落ちた。このドラマ立てを一々物語る気もない。これも箇条書きで載せよう。

①男の嫉妬
②所属している集団に居たくなかった
③自分の実力を海外で試してみたかった

商談の成功、そして密航の失敗。①が生じていたのは人より能力があった事の証拠。吉田松陰が密航企て失敗したが、現代でもその勇気は讃えられているのに対し、近藤の勇気には陰湿な虐めのムードしか伝えられていない。何という残念な事か。②、嫉妬も手伝っていただろうが吉村の袖格であった近藤がこの私企業内で名を呼ばれる時は"おい、饅頭屋！"。こんな所、居たくないだろう。③海外への夢。これは坂本龍馬物語では坂本の独占。坂本のみが海外に目を向け大きな未来を夢見ていた…客観的に見て、近藤の方が裸一貫で未知の土地に飛び込む盲目なまでの情熱がある。
"饅頭屋、何故…"。もしかしたら坂本もそう言ったかも知れない。しかしここではもう少し複雑な人間関係を考慮したい。坂本にとっては先輩で苦しい明日も知れぬ脱藩時代、凡ゆる可能性の道を先導してくれた人。いつの間にか立場が逆転していた。西郷の贔屓になった、という事がどれだけ同志から一目置かれたか。商才、実務、志、経験、これがあっても頭目にはなれない。坂本に本意を伝えていれば、もしかしたら上手く密航出来たかも知れない。だが、死んでも言いたくなかったろう、格下に。男の嫉妬は他人を滅ぼす。そして自らをも滅ぼす。坂本龍馬も一人の人間、彼に対して何もしてあげられなかった。

三十四、

この衣装歴史学では、京都の政変後つまり坂本が西郷・薩摩に抱えられた時から坂本が坂本龍馬として始動する、と説を立てている。この時、従来の坂本龍馬物語でよく分からない形で坂本の人生と行動に関わって来る人物が二人いる。中岡慎太郎と後藤象二郎だ。今回はまず中岡から語りたい。
京都政変前、つまりプレ坂本龍馬時代には二人の関わりは殆どない。あったとしても武市瑞山の元、若しくは地下活動の中心人物吉村寅太郎の元での若干の邂逅ぐらいだったろう。政変後は殆どバディ物のドラマ状態で描かれる。これを客観視する。
二人で密会したらば絶対に喧嘩になるから刀は手元に置かずに話す、とは本当であったとしてもなくともどうでもいい。指摘したいのは、坂本と中岡とはそれだけ考え方が違っていた点である。脱藩後の二人の行動に如実ではある。坂本はどこまで自分の考えで行動を行っていたかははっきり言って不明だが、どうも公義的、体制寄りであった。これも本当は掘り下げたいがここまでにして、それに対しての中岡こそ尊王攘夷運動の本道を行っていた。歳も坂本と中岡で離れていて、接点を結び付け難い。
政変後に起こった土佐藩としての瑞山・吉村以後の運動家頭目の必要性。そこに中岡慎太郎という選択肢が土佐藩の執行部に上がったのは何故か？はっきり言えば、相当に歳が若い。
これは書き過ぎかも知れないが、政変後の土佐藩執行部の活動家の取り締まり強化、厳格化の中、中岡は逃げた。というよりも長州藩と共に都落ちする形で長州に身を投じた。責任を一身に受けて帰藩した瑞山とは対照的である。だがこれも追及する事に一歩離れて冷静に鑑みると、全ての土佐藩士の地下活動家が絶えてしまっても拙かっただろう。命に関わる問題である、しかし国の危機の問題でもある。其々の選択肢とその場にいた状況の中、長州と共に流れて行った方が中岡にとってスムーズだったか。
そしてこれも書き過ぎかも知れないが、大きな国内の内戦、政変の目まぐるしい進行の中、土佐藩士は人材を多く消費してしまった。人がいなくなれば、新しい人を立てるしかない。年齢の若い幼いもない。正体、素性も問うていられない。南国土佐から政変後の日本の政治の勢力図を見渡して、果たしてどいつが良いか…出来れば瑞山の追及をかわして生かしたい、板垣に任せて纏めて行って貰いたくもあるが、猪は純真に過ぎ危なっかしい…

三十五、

土佐藩執行部の視点から見てみる。政変後の大きな人事的な変化で、武市瑞山は引き下げたが変わって存在感を上げて行った人物が後藤象二郎だ。後藤も若かったろうが、兎にも角にも引き上げられた。瑞山の処遇について問い詰める役割りを担ったが、これも一面から見れば世代、いや選手交代の一幕。瑞山に思い入れのある板垣が当初詰める役割りだったが、これが不貞腐れてお役御免になった。この辺り、猪にもう少し度量があればその後の動きは大分違ったろう。しかしここは清濁併呑の出来る後藤が受けて、表舞台に登場する。
政変後に瑞山の幽閉、投獄、そして吉村らの内乱、及び調べれば調べる程藩内でも細かい騒乱が頻発した様だ。その中で日本全体の政治的動きとして、どうやら長州と共に都落ちして行った土佐藩士の一団がいる。はたまた、徳川主催の海軍・海運業訓練生の一団が何故か薩摩に匿われている…よく解らない情報だっただろう。兎に角、土佐藩士の脱藩者（地下活動運動家）達は京都からは散らされたものの生き残っているのは確かな様だ。
これは偶然的にも土佐藩にとって好按配だった筈だ。薩摩及び長州の懐に藩士が食い込んでいる訳だから。京都つまり朝廷へのパイプ維持はさて置いて、次の動き、実質上主導権を握った薩摩と主導権争いに果てた長州、これらの動向が次の政治上の流れで主眼となった。薩摩、長州の懐にいる藩士達の存在意義が重くなった。
一点押さえて置きたい事は、山内容堂は薩摩の西郷隆盛が嫌いだった事。上がこうである以上、大分権威となって成長した後藤にとってはやり辛い…所がの坂本である。どうやら西郷隆盛に大変気に入られている人物がいるらしい…これはしたり！はて、どんな男かと言うに、土佐勤王党としても在籍していたが脱藩後は勝安房守主催の海運業訓練生だった…よく解らない人間の方が、容堂公と薩摩の間を取るのに都合が良くないか？今は何をしているか？と問えば、薩摩藩出資で海運業に似たような事をやっているが詳細不明。全くよく解らん…解らんが面白そうじゃき…後藤は金が大好きだった。
後藤象二郎と坂本龍馬は互いに利用価値大。何だか含みのある、少々いや大分黒い、攘夷勤王等の純粋な思想活動とは一風変わった奇妙な関係が生まれた。

三十六、

京都の政変は大勢を左右するバイプレイヤーを変えた。国内全藩は全て薩摩の今後の動向に注意を向けた。敢えて踏み込んで言えば、この時点でもう徳川から薩摩への注意が上回った。長州の政治的暴動を鎮静したのは実質的に薩摩だった、と世間が判断したのだろう。正体のよく分からない坂本が一気に存在感を増したのは紛れもなく、偶然もありながらこの政治潮流に乗っていた事の証だろう。
薩摩藩主島津久光、政治的庇護者小松帯刀、と来て西郷隆盛。これが三位一体となって新しい基軸を動かしていただろうが、当時も現代でももう西郷一点にしか注意が向かなかった。この点についてあれこれ分析しても余り意味はない。カリスマがなんでカリスマになったのよ？と訊かれても、誰一人正確に答えられっこないのだ。現代の野球で言えば、何で大谷翔平にしか世間は注目しないのか？と問われても、二刀流だからとか男前だからとか碌な返答が返って来ないものだ。西郷というカリスマに近い場所にいる土佐の脱藩志士がいて何だか素性の分からない商売を始めている…噂、というかそんな情報は早かった筈だ。薩摩＝西郷が今何を考えているのか？これを聞き出すには格好の存在、位置に坂本が立ったのだ。
お国許の土佐がまず見逃さなかった。早々に後藤象二郎が接近した。薩摩としても土佐藩というのは角に置けない藩、いや強豪と見ていたかも知れない。兎に角、山内容堂がいる。現代相当に評価が低い気がする容堂だが、この政情不安定な中でかなり微妙な立場で渡って行っていたのは至難の業ではない。政治的指針が定まらないのではなく徳川、朝廷間のバランスを取る努力を惜しみなくしていたのだ。
そして亡くなっても尚薩摩藩士の精神的支柱の島津斉彬の知己だった点は西郷、いや久光以下からも絶対的に軽んじてはならない存在だっただろう。如何に一方的に嫌われていても、容堂公は容堂公。そういう観点から見ると、薩摩＝西郷としても坂本が土佐出身、というのは偶然にしては落ちて来た林檎の甘みが効いていたか。
そしてそれでも見逃せない、等閑に出来ない存在、これが落ち目の長州。バイプレイヤーとしての薩摩に対して、追い詰められた手負いの闘犬。これも大変不思議なのだが、長州の勢力は何故か落ちなかった。戦争というものは一戦すればそれだけ疲弊浪費する。そして負ける、というのは勝った相手よりも疲弊浪費している。何故か長州の士気は落ちなかった。内乱に敗れても、朝臣の三条公以下数名を伴っての都落ちであった。これはまだ阿部ー井伊間の政治執行期にあらゆる不運に見舞って勢力を失った水戸藩と対照的。
長州が次に何をするのか？徳川と毛利の決戦が近いのでは？その時に坂本と同じく存在意義を増したのが中岡慎太郎、心の底まで勤王愛国の男、久坂玄瑞に心酔して傾倒して身も心も長州に殉じる覚悟、中岡が長州内の土佐藩の頭目となったのはその純粋さ故か？
徳川、毛利の決戦が始まるか？しかし起こった事件は外国四か国による下関の砲撃だった。

三十七、

しかし、京都の政変といい下関戦争といい一つの事象に留まらない数え切れない事案が幾つにも重なり合いとても整理し切れない。京都での長州藩中心の動きと同時多発して下関を海上通行する外国船を砲撃している。余談として、今一理由のよく判らなかった大和で起こった土佐藩士吉村寅太郎を中心とした天誅組の乱は、孝明天皇の大和行幸に呼応しての事だった様だが、これもやはり考えれば考える程意図不明で、大義名分は上記の天皇行幸に呼応するとしたが、追い詰められてにっちもさっちも行かない状況にまで達していたのだろう。
見る限り、長州の下関攻撃的な死守は凄まじい。薩摩藩までもこれに甚大な被害を被っていた様だ。よくこのニ藩が明治の御一新後肩を組んでやって行ったな、と呆れる。そしてチラチラと垣間見えるのが、余り幕末期に語られない外国人の日本にいる滞在者数。主要な港にはかなりの数、外国人が滞在して働いていた。乱暴な見方をすれば、もう半分欧米諸国の植民地とまでは行かないまでも植民地まで後一歩といった所まで行ってる。そんなに国粋主義者ではない評者であるが、この状況には現代から見ても危機感を感じる、言わんや、当時ならば。長州が判らない理由を付けて攻撃に走った、と通説が何となくあるが、何でも良いから理由らしい物があれば何でも付けて下関で外国船を止める、という行為には正当性すら感じる。当時のアジア大でここまでやった東洋人はこの日本の、更に限定して、下関の男達だけだっただろう。
船を拿捕する、沈める、これには商売を止めるという本題があった。実際、長州の攻撃で諸国相当に商売的に不利益を被った様だ。ただ単に純粋に国粋主義でやっていた様に、調べれば調べる程思えなくなる。江戸徳川と諸外国の通商の断線。これが主眼。薩摩船を撃ったのは？独自に諸外国との通商がある同胞への威嚇か。通商を止めて、日々欧米諸国の傀儡になりつつあった徳川を討ち国家の独立自尊を目指した戦い。
これを岡の上で長州人士と共に分かち合ったのが中岡で、坂本は海の上から静観していたか。西郷の懐で。

三十八、

下関戦争について調べたり思いを馳せたりすると、自然関心が高杉晋作に行ってしまう。故に余り踏み込んではならない。ただざっくりとこの件に関して結論付けると、現代言われている程長州人士が純粋攘夷思想で無謀に外国船を撃ち沈めていた訳ではなく、徳川と諸外国の通商を止めるという実際的な面も多分にあった。奇妙で面白い事に、この戦争の敗戦賠償金は幕府が払った。この点も踏み込むと、もう高杉英雄伝になってしまうので避けるが、幕府が長州の尻拭いをするにはした。
後に明治政府を取り仕切る伊藤博文をして"あの時兄貴が上手く奴ら（四カ国連合艦隊）を言い負かせてくれなかったら…"と嘆息して述べた事は有名であるが、無謀な挑戦というには、余りに意義が深い。軍備面の拙さを多く言われるが、砲など佐久間象山製の物を使用していた。つまり当時の国内ではハイ・レベルの物で戦っていた。山縣が何故京都の変に参加していなかったのかの理由も今回調べてみて理解出来た。外国船攻撃の半ばリーダーとして残されていたのだ。
長州の敗因は武力の差もあっただろうが、これは日本が体験した事のない未知の領域、つまり近代戦争の原初的体験だっただろう。近い時に薩英戦争もあったが、この二つこそ日本軍事史に永幸に刻まれる。更に少し長州寄りに判定をすれば、藩内の纏まりに欠けていた部分が見受けられるので、この点が合致して戦っていれば現代の我々から見ても軽んじられない戦い方をしていただろう。連携が上手く行ってない様子の記録が散見する。
軽んぜられる存在、藩主毛利敬親。現代"愚鈍"とまで言われる。朝廷は行動を煽るは…土佐藩士田中光顕も見え隠れしている。兎に角、この下関戦争に関して関心を抱いたが最後、泥濘の様に歴史の渦に巻き込まれて平静な推察観を惑わされる。そしていつの間にか長州の志士達の心が移ってしまう。ここで止めなければ。
最後に。何故長州の外国船砲撃を何故有理と判定するか？この時期の日本の財貨が海外に多量に流出していたのは重たい事実。つまり長州は軍事行動で持って日本の財貨のほぼ一方的な流出を止めようとした。
そしてこの論考の主軸坂本は？この長州の状態ならば半ば薩摩所属の坂本は長州側に忌み嫌われる筈なのだが。

三十九、

下関戦争、そして長州征伐と時代は進んで行くのだが、下関戦争調べで解った多くの事の中に、長州側の人的損害が意外と少ない事。これは非常に重要だったと思う。物的損害は相当だった様だが。かなり、いやほぼ全ての砲台を占拠された。だが、やはり大事を為すのはやはり人なのだな、と痛感する。高杉が四カ国艦隊相手に強気の交渉打って出て藩の負担が少なくなる様に持って行けたのは、地上戦に持って行く覚悟があったからだろう。武器の劣等、軍需資材の不足、そんなもの無くても戦い続けると決意していただろう。
現代の歴史趨勢では、この下関戦争で長州は闇雲な攘夷思想から開国策へ転換した、となる。この戦争に負けたからと言って、攘夷思想をこの藩の男達が捨てたとは考え難い。欧米と積極商売をして軍需資材の増強は、政策事項には上がっただろう。ただこの高杉晋作という男からその子分まで、どうにも怪しい、というのが評者の意見。もっと言えば、そもそも久坂玄瑞とは考え方の趣が異なって高杉に純然たる攘夷思想があったのかどうか大いに疑問なのだ。話が高杉晋作物語にシフト変化しそうなので、高杉についてはここまで。
坂本龍馬、この微妙な時期に微妙な立場に立った男。長州の男達は何故この男を憎まなかったのか？坂本にしろ中岡にしろ、長州の男達から見れば他所者、恐らくそうした偏見を持った者達からの嫌がらせは少なからずあっただろう。それでも"土佐"というネームバリューは高位置にあった様だ。脱藩者、という汚名はあっても何かと重んじられはいる。この坂本龍馬研究の衣装歴史学のちょっとしたテーマで、読んで頂いている方にはまたか！とさせてしまうが、やはり山内容堂の存在の重さだろう。この人の界隈の中の人は邪険には出来ない何かがあった。資料を読むと端々に容堂の陰が見え隠れする。毛利敬親、山内容堂間の頻繁な交渉は無かった様だが、兎も角も武市は長州との繋がりが固かった。政変前は瑞山が土佐の顔だったのだから、瑞山を通しての地下水脈的な遠回しの交渉はあったかも知れない。
ファナティックな攘夷思想を敬遠した容堂。ファナティックさも情熱の一環として受け入れて人士を育てた敬親。国難の為とあらば、国を問わず共に活動しよう、というのは長州の男の本懐だが、下関戦争後、果たして本当に長州は薩摩を欲したか？そして薩摩も長州をそこまで欲したか？これも大いに疑問である。しかし薩摩の西郷の懐に何だかよく判らない土佐の脱藩者が船転がしているぞ…

四十、

本当はこの坂本の回の最後に書こうと思っていたのだが、ここに来て坂本龍馬とはどういう人物だったのかを現段階の筆者の推測で記述してみたい。
だが、この人物の魅力は計り知れんばかり。坂本を主人公にした小説やドラマ、本来客観的であらねばならない学術書に至るまで書き手は結局この男の魅力に引き寄せられてしまう。意外と、坂本龍馬物語の罠でもある。そして維新期の英雄物語。例えば西郷なり高杉なり、挙げれば切りのない魅力的な大人物を物すに当たって、どうしても坂本は主人公と何らかの絡みを持たせたいと書き手は欲する。これはこれでしょうがない気もする。そして、落とし所としての坂本龍馬。何か退屈な空きスペースに坂本龍馬でも当てて置けばいい、と言った投げ槍感。だがこれでそのスペースが埋まってしまうものだから、坂本龍馬の人を魅了する力は横綱級である。
さて本稿の衣装歴史学の流れで語るが、ここまでで筆者は坂本を"そこまで思想的な過激派でもない、どちらかと言えば水夫の延長線上の男だった"と仮定している。潜伏系なのに存在感は派手、際立った者だが、どうも資料的な確実性に欠ける。多くの証言、というよりエピソードは豊富だがその話が本当だったのかどうか、本当に本人が言ったのかどうか、相当に怪しいのである。故に筆者は特記的な事実だけを見て、感情移入を避けてこの男をスケッチしてみようと試みたのだ。
坂本龍馬とはどういう男だったのか？これから本稿も薩長同盟の件に取り組みたい、取組む進路なのだが、要するにこの人物は純粋に船、蒸気船を動かしてみたかったのではないか？佐幕だ勤王だ、徳川なのか帝なのか、余り関心がなかったと考える。そこで来る反論、如何に坂本が国を思って行動していたか、という手紙、会談、証言等の資料に基づいてあろうかと思う。それに対する反反論として。この人物は相当な法螺吹きだった、という証言が幾つもある。もっと簡明に。例えば手紙という物は相手に思いや近況を伝える物だから、本当に思っている事とは違う大きな事や面白い事を書きやすい。坂本は人を楽しませる名人だった。蛇足だが女の子にもモテた。"君が為〜"云々の有名な短歌はまさに坂本の性格を如実に表していると思う。
この時代の思想に純粋だったら中岡達と共に長州に落ち延びてただろう。瑞山に付いて土佐に帰藩していただろう。吉村と共に内乱で散っていただろう。賢くもそれらの道を選ばなかった、いや避けたか。時代の動向が激しかったこの時代だから偶然も手伝っただろうが、脱藩者の癖に勝主催の海運業訓練所に所属していた経歴、何故か松平春嶽と顔、これは薩摩の界隈に入り易い。
坂本の主眼が蒸気船の舵取りのみだった、と仮定すれば何故西郷及び薩摩藩士に好かれたのか、それに対する長州の幹部とも交渉するに平易だったのか理解し易い。船の事以上に他意のない事を皆、この男の雰囲気で感じ取っていたのだ。

四十一、

またある別の側面から。モテ、そんな観点を。
男もモテ方色々ある。坂本龍馬は？結構女性陣からの証言があり、これはこれで坂本龍馬を探る上で貴重な資料とはなっている。有名どころでは正妻の龍、そして江戸遊学時代の千葉道場のお嬢様。坂本の小指ではなかったが京都滞在宿の女将とその子供達。他、各所にどうやら遊んだ相手がちらほら。女性からの証言は、この時代の思想的な難解な部分は語られず、人間的、情緒の方に重きを置いて語られるので、その人間味が伝わり易い。
男のモテ方。例えば、勝。これもモテた。大変なモテ方である。詳しく書くとかなり汚くなるので避ける。ただ勝のモテ方を冷静に見ると、これはもう面倒見の良さの延長線上だな、と。ただでさえ困ってる人を見捨て置けない性分、困って勝に相談した所、"大丈夫だよ、俺がぁいるじゃねぇか！心配いらねぇよ"とこう、よよよと…"いけねぇ、何でこういう事になっちまうのかな？"
普通のモテ方。この時代に活躍した人々、結構写真が残っているが、桂小五郎や土方歳三は現代でも通じる面の持ち主だ。桂はだらしない性質なのか固い性質だったか微妙である。相手は当時の京都のトップ芸妓の幾松。それなりに遊んだだろうが、幾松と結び付いた後は固かっただろう。土方は相当に汚かった様だ。奥多摩にいた時からも京都時代も。当時の新撰組にはアイドル的な要素もあったと聞くから、それはそれで。
近年ドラマ化された渋沢栄一、これは身長が。軽く坂本を超えている。面も美々しい。これは他からはモテただろうが、本人固かっただろう。だがそんな浮ついた感はないが、維新後明治政府がある程度進んでからはどうだっただろうか怪しい。
坂本に戻る。坂本の容貌については田中光顕の証言を読んでみる事を薦める。大変面白い。故に余り多くを取り上げたくないが、敢えて一つ。

"（京都の）表で女を連れてあんな馬鹿な事をやってたのは坂本と高杉だけだよ"

どんな事やってたのかは不明である。でも、まああんな事やってたんだろう、何か簡単に想像つく。
今回の結論として、坂本龍馬は面白い系でモテた。女性陣の坂本の思い出話は実に楽しい。兎に角面白がらせて女心を掴んだのだな。まあ自分も楽しむ為に。女性と遊んだ逸話を見る限り、比べるのはちと可哀想だが、中岡の遊び方に比べてキレイな雰囲気もある。坂本龍馬の人生の主要なヒロインは千葉道場のお嬢様と京都の龍だが、龍も医者の娘、という事でどちらも育ちは良い。だから後世の我々が坂本龍馬を物語として書き取る時に、ロマンス仕立てにし易い。憎い奴である。
最後にもう一つ、田中光顕の証言。

"あいつは兎に角、写真写りが良いき！本当はあんな顔じゃあなかったがよ！"

四十二、

薩長同盟に入る前にもう一つ、坂本の海、船についての感情に一考を。
江戸遊学時代にアメリカの使節団の来航を目撃した事は周知の通りである。だがここが『坂本龍馬物語』に入る作家の取る道の分岐点であろう。弱腰幕府！と義憤に燃えて攘夷の道を志すのか？蒸気船への憧れが芽生え海の道を選ぶのか？
使節団来航の際の礼砲で江戸中がパニックを起こした。この点、本当に残念なのだが徳川当局は何故民に周知してなかったのか？阿部正弘が首脳だった筈だが、後世の人物評が高過ぎるのか？大体アメリカが突然湾に現れた、とするのも非常に疑問だ。長崎経由で最初からあった話なのではないか？情報の周知徹底が甘い物だから、民に余計な疑問を抱かせる、というかこの時は恐怖を引き起こした。現在もこの点非常に曖昧だから何だか怪しい歴史観が何となく歴史的正論として通ってしまっている。至極残念である。
上層の話はさておき、土佐から来たこの彼には、どの様にこの光景が目に映ったか。
元々派手な事が好き、かなりの冒険好き、田舎の土佐では満ち足らない、そんな男。江戸のパニックも一種お祭り騒ぎに感じたか？何が起こる何が起こる？未体験ゾーン。海の上で見た事ない船が煙吹いて、ボンボン砲を撃ってる。この辺りでシビれたか？

か、カッコええ！

と。
少々小説的に書いたが、観点の角度を変換。
この時代の海運の主体は、廻船である。これはちょっと調べてみたりする事を勧める。これはこれでかなりカッコいい。大きい。外から来た文物を有難がる我ら日本人、ではあるが冷静に見ると国内のみならば廻船の巡廻で充分である。寧ろ、時代が混迷していなければ廻船は廻船で時代を追う毎に先鋭しただろう事は、まさに日本人がやったであろう事。
つまり、アメリカの蒸気船を見ずとも坂本には恐らく元から船、廻船への憧れはあった、と見る。この衣装歴史学で立てた推論で、坂本の江戸遊学には実家の支店を江戸に出したかったからでは？とした。江戸支店の店長としての坂本龍馬。廻船で江戸と土佐を行き来する生活は、不良少年ならば退屈しないだろう？以上、親目線。
彼の思想は？この事件を契機に国内が二分した、とあるがどんなものだろう？この時代の反幕府の主流として水戸藩が隆盛していた。正確に言うと、水戸は徳川家の主要の御家だったから、倒幕というよりかは徳川政府の改革の急進派。アメリカ使節来航より以前から幕府内も各藩も割れていた。プレ明治維新、と銘打って時代は水戸の徳川斉昭が引っ張っていてその勢いと共同して行く形での老中阿部正弘であったし、阿部を支える四賢候だった。
朝廷と徳川の不仲はそれ以前からずっと、である。そもそも相入れる仲ではない。徳川なんぞに縛られたくないが、その武と権威は恐ろしい。徳川から見ても、自分達に武力と権威があっても朝廷を頂かなくては諸藩を纏めて行けない。水戸は朝廷に接近したが政権執行部、阿部派以外の幕府体制の保守派がよっぽど煩わしかったのだろう。朝廷の意向を利用して主導権を取りに行く、という地下活動に。
坂本龍馬は、こうした思想的な活動に憧れを持っただろうか？大して無かっただろう。

あの船に乗る為にはどうしたらいいのか？

弱腰幕府をぶっ倒して、新しい時代を作って、欧米を相手取ったビジネスをしたい。そういう風に思っていたとしたら、勝主催の海運訓練生養成所に入らなかっただろう。

あの煙を吹く船を自分の力で操縦して、海を渡って、まだ見た事もない人や物で一杯の、大陸に行ってみたい。砕いて言えば、日本にも固有の楽器があり歌があるのに、エレキギターを持ちたいと思う気持ちと同じか。
故に、船。蒸気船。坂本龍馬の持っていた最大のテーマの推測。自分が自分の船を所有してそれを動かしてみたい、世界のあっちこっちに行ってみたい、という少年的なロマンそのまんまで行った男だったのでは？出て来る言葉、言葉のどこか心ここに在らずの感、余り出身藩諸藩の利益等問わずの活動。
薩摩？長州？幕府？帝？あしゃ、船動かしてればそれでええがよ、な雰囲気の男がそれぞれ相入れぬ仲の強大な"藩"や"朝廷"という政治組織の中間地点に、偶然船を停めていた。

四十三、

薩長同盟＝長州征討。何せ坂本のキャリアの中で最も輝かしく紹介されて来た件だから、これは念入りに調べて本当の所どうだったのだ？と考察しようとしたのだが、残念な事に調べてみると大した意味合いを見出せなかった。筆者、かなり脱力している。下関戦争の方が余程歴史的に重要かつ危険な件だった。
結論。一言で。これは概ね『西郷劇場』である。それ以上でも以下でもない。故に西郷隆盛の小スケッチを。
蛤御門の変。これは長州の軍事行動だったのは言うまでもなく。この維新期の語り口で、御門の変はいささか長州人士の悲劇として語り伝えられているが、西郷サイドで見た方が良い。西郷隆盛はこの勝ち戦で所謂"西郷隆盛"へと変貌した。異例の出世だ。そして成彬死後の薩摩内の精神的支柱不在の穴を埋める。寧ろ、取って代わる。余談だが、歴史語りで出世と言えば？豊臣秀吉がまず第一に上がる。しかし、西郷の出世も豊臣に比肩する。違いは戦略的出世か消極的出世か。こういう点を語る事は別機会に。
御所を戦火に巻き込んだ長州の行動は当然、帝から怒りを勝った。故にここから話は長州征討、と続いて良いのだが、余り話す価値を見出せない。朝廷から宣が出てるのに徳川がモタモタして動かない。長州征討の宣を受けて軍事的役職は固まっていた、つまり西郷がほぼ指揮官であるのに徳川が動かない。誰もが呆れただろう。
ただ一点、注意したいのは、西郷はどうやら長州憎からず、周旋的。積極的に長州を潰す気はなかった様な雰囲気がある。
この人物の大きな大きな特徴は、良く言えば情に篤い、悪く言えば、情に脆い。日本を欧米に蹂躙されたくない一心の若者達の行動に、大きく感ずる物があったのだろう。
薩長同盟＝長州征討。全てではないが、この西郷の大きな性格的特徴から一つのドラマが出来上がって行く。
西郷隆盛という人にはとても劇場、つまりドラマを作成出来る様な器用さは、皆無、無かった。断言出来る。故にもっと踏み込んで言えば、この人が歴史上の表舞台の主となった事で、自然発生的に、無作為にドラマ的状況が出来上がった、この衣装歴史学ではこの見地で薩長同盟考を続けようと思う。

四十四、

長州征討を一次と二次に分けているが、分ける必要がない。一次と銘打って伝えているが、もう幕府の方でガタガタ。一次長州征討というよりかは、毛利領内の政治内紛、功山寺挙兵、挙兵後の動乱に否が応でも目と関心が行かざるを得ない。それをまた要約して言ってしまえば、高杉晋作物語になるので、ここでは余り取り上げない。一次長州征討という"期間"としてみた場合に、長州が内部のゴタゴタを引き締めて団結した"期間"としか看做され得ない。まあ、どれだけ苦しくて身分の上も下もあったものじゃない大変な件を端折るのも、若干筆者は申し訳なくも思う。
この長州征討に於いて、現代の歴史学の方面の冷静な系統立てなど望みたいものだ。これまでの連綿とした創作家達による、どこか面倒で端折った様な、高杉晋作物語に思いと比重をぐっと傾けて語られるに過ぎている。
例えば、長州征討全体概観として、幕府側の武装は旧式のもので薩摩から協力を得た長州は最新式の武装で臨んで圧勝した、かの雰囲気がほぼ定説化している。
この点で言うと、結構この歴史学の拙稿で批判の対象にしている映像ドラマ制作の方が進歩している。と言うのが、大分欧米式軍備の導入は薩摩・長州の専売特許、の様な従来の歴史観に従わず冷静に全国レベルでの欧米化をピックアップしている。では何に結び付けたいか？
幕府の命令で集まった諸藩の軍勢が旧式だった、つまり旧式の軍備の兵団を送ったのだ。軍だけ送ってあっかんべーしている様なものだ。幕府と共に戦う気もないし協力する気もない、集まれって言われたから来ました。そういったニュアンスまで引き出して欲しいものだ。徳川、薩摩、長州、雄藩、だがその他のしたたかな諸藩の動きなども加味して行った方が良いだろう。そこまで、この長州征討の時期に徳川の権威は失墜していた。
もっとシンプルに乱暴にザックリ言えば、徳川は日本の国家運営の統帥であった訳だから、日本全国の藩に号令かけて軍を招集して動かせば、例えば薩摩などただの一藩、容易に叩き潰せる。それが出来なかった真相の根掘り葉掘りはやる必要がない。歴史はまあ、我々がよく知っている方に流れて行ってそうなった。
もう一つ、書き加えるならば、徳川に従う価値が消失して行った事と反比例で、諸藩、心では皆長州の人士に同情していたのだろう。徳川の政治舵取りのだらしなさに比べて、過激ではあったが国を思う一心、命を散らして行った者達に対する心情が、薄らあっただろう。狡くて日和見決め込んだ者には、意外とそういう部分がある。
さて、この辺りで恐らく坂本と数年前のドラマでディーン・フジオカが演じ女性ファンを多く獲得した五代友厚の親交が篤くなった筈だ。薩長同盟とは、そう、商売、ビジネス。坂本龍馬にとっての大きなビジネス・チャンス、そして自分達の力で実際に船を動かして動くチャンス。操練所で培った航海術を実際に試してみる千載一遇のチャンスだった。

四十五、

提示数件。

①薩長同盟とは歴史の教科書に載るレベルの事案なのだろうか？冷静に見て、長州と薩摩の裏取引だ。故に、長州征討としての事案が記述される際のほんの一事案である。

"薩摩経由の武器があったから勝てた！"

そうか？
戦争、これは一歩先も解らない現象。少数と多数で机上的に計り知れる種のものではない。歴史好きの方なら、言わずもがなであろう。例を挙げると切りがないので省略。
薩摩の軍需輸出品が無かったらどうなっていただろうか？この時点の長州人士、徹底抗戦しただろう。高杉晋作など、銃が無ければ刀を持て！刀が無ければ石を持て！ぐらいの男だ。そしてこういう人物がいなければ戦というのは勝てないもの。戦争、意外と精神論がものをいう。逆に、幕府側の士気はゼロに近かった。記録の冷たい字面の裏から滲み出ている。

②薩長同盟、というより薩長交易、これはどちらかというと薩摩提示ではないだろうか？粗雑な見方かも知れないが、俯瞰的に見て長州が幕府に討たれる事は薩摩にとってのメリットにならないのだ。長州が徹底的に攻撃され敗戦したする、次の矛先は自分達薩摩一点になる。薩摩一藩対徳川幕府では、その時点まだまだ不安だっただろう。ならばこの機会に長州と裏取引をすれば、そして長州を噛ませ犬として幕府軍に当てれば、自国にとって大きな利益になる。大いなる戦は幕府との最終戦、これは薩摩人士皆腹の底に持っていただろう。そして、こういう商、利得を鑑みて策を打ったであろう男達は恐らく五代友厚、そして小松帯刀辺り。西郷隆盛を美化する訳ではなく、この人物、もうそういう算盤弾きが出来ない、したくない、したくないからやらない、といった性格。ただ財政を打つのには中々才と実力と自信もあった様だ。話が逸れた。②は以上。

③この薩長交易に土佐が大きく寄与した、というのは間違った捉え方である。そろそろ我々は厳密に見て考えた方が良い。坂本龍馬、中岡慎太郎、他多数に薩摩ー長州間に入った者は多数あろう。が皆脱藩者である。土佐藩が任務的に暗躍していたのなら、この時点で後藤象二郎辺りの人物が記録上チラチラしていなければならない。

"脱藩者ではあるが、国の為、土佐の男がこの仲の悪いニ藩を仲裁せしめた"

これの方が、質の悪い精神論だ。厳しく、まあ代表的な坂本と中岡を腑分けしてみれば、坂本は各藩の損得に気はなく自らが起こした会社、この時期大変珍しい私企業の運営が主だっただろう。この大きな取引を成立させた時、自分達の（正確に言うと借用の）船を動かして経験的実績を積み、上がりは会社運営に充てる、そこが坂本にとっての所謂"薩長同盟"の旨み。中岡は？この男には土佐、元い薩摩もなかっただろう。瑞山が生きていれば違っただろうが、純粋に尊王攘夷志向で体は土佐でも心は長州、そういう男だ。記録をサッとみればすぐ解る。寧ろ土佐産の男であり、つまり長州人士からみれば雑種の様に見られてきっと嫌な思いもしただろう。若い中岡は長州に献身してこれを払拭したかった筈。つまり要約して、所謂あらゆる過去の歪み合いを超えて"薩長同盟"の仲立ちに献身したとされるこの二者は、一方企業人として、一方は純粋に思想的に長州の為に動いた、というより、薩摩と直接接点を持ちたくない長州側責任者、まあ桂だが中岡を立てた？裏ルート経由の武器の交渉・受け取りは土佐脱藩者の中岡、取引先は所在のよく判らない怪しい"会社"。桂の仕組みそうな事だ。いや、五代と桂の、であるか？

以上、三件。商売・政治上のスパイスを加味して、より微妙な味になるであろう歴史文学料理の皿の提案。

四十六、

長州征討、薩長同盟の件から少し視点を移行。坂本に関して、この時期をより限定的に。
薩摩に身を寄せていた土佐藩士数名の中、坂本もいた。この時期の坂本の行動は相当にはっきりしない。かなり靄が掛かっている。逆に、ではあるがこの時期にこの薩摩亡命組の中、奮起して頑張っていた男がいる。近藤長次郎だ。

社長　坂本龍馬
専務　近藤長次郎

上が曖昧ではあるが世間一般に認知されている形。だがちょっと資料を弄れば、事実らしい記録は幾らでも出て来る。特に坂本達の最大の念願は船だったのであるが、これを最初に亡命組に齎し得たのは、近藤の働き以外何物でもない。兎角、当時も現代も近藤に対する評価は低い。残念な事だ。
視点を変えると、この時期の薩摩亡命組は無国籍の人間の集まりだから、トラスト、保証等一切ない。唯一、土佐の者は容堂公の元の者だから粗末には出来ない、ぐらいの紙にもならない担保しかなかった。こうした身持から、蒸気船一隻扱えるまでにした、近藤の実務力は一個のサクセスストーリーとさえ言える。この点が現代に渡っても評価され得てないし、何故か坂本の手柄みたいにもなっている。考える度に、残念である。
だがまた視点を変えて、坂本の靄がかった存在感も否定出来ない物がある。というのは、坂本は坂本で操練所時代に塾頭になっている。不明な点ばかりの記録上の坂本龍馬だが、徳川の操練所というのはこの時代公共機関であるので、記録が文書として記入されて残る。当連載では坂本ー勝間の師弟愛を疑わしく見ているのだが、操練所に集まった屈強な男達の頭となっていた事は揺るぎない事実の様だ。つまり、もっと柔らかく言えば、何かの点で飛び抜けていた。どの点に？
男の縄張で物を言うのは腕力と権力である。こう書くと『北斗の拳』の武論尊みたいだが、あれは誇張するだけ誇張はしているが一つの真理でもある。意外と男の中ではそれで回っている。坂本が気さくな人柄で上にも気に入られる性格の持ち主だっただけでは、この公共機関の塾頭にはなれなかっただろう。横道で、この操練所に集まっていた男達はかなり多国籍的でそれなりの質の者達だった様子である。腕力。坂本は千葉道場で鍛え北辰一刀流の墨を持っていた。どうも剣より槍が評価されていた様だ。権力。これが何故だか判らないが松平春嶽のお気に入りだった。松平春嶽は今で言えば自民党の総裁みたいなものだ。こういうのと繋がっていると、猛者的な性質の者達は自分から道を空ける。
坂本が近藤の活動に関して助力している気配は見当たらない。本人のその気のままにさせておいたのか？それはそれで効率は良いが。ただこの最初の船の件、これも何だか、厳密に見ると非常に靄がかった件である。もう少々掘り下げてみたい。

四十七、

この土佐脱藩者達の船獲得までの話は『ユニオン号事件』と称されている。まず最初に意地の悪い突っ込みを入れるが、近藤の選んでいる人的ルートにかなり難があったなと感じる。それは筆者の個人的感想。故にこの件の資料を読み解いてみる事を薦める。
注意すべくは、一般的認知で薩摩ー長州間の関係は最悪だった、となっているがどうも違う。つまり、大衆娯楽物で歴史を吸収して来て育ってしまっているものだから、真実らしい真実を追い求めると難航するのだ。気質が悪いのは、幼児期からそうした娯楽物を体感したりそれを元にして空想を働かせてしまっているので、真相への道のりが相当に障害物だらけで動かし難い重さに放置されてしまっている。これを舗装したいのだ。薩摩と長州の幹部はお互いの帳尻合うポイントを模索していた。
ユニオン号に纏わる話等々は、薩摩と長州間のオフィシャルな購入とそれの所有、収益の取り分のネゴシアション、政治的力学。これまた意地の悪い見方で申し訳ないが、土佐の脱藩者達が両藩に実にいい様にされている。この件に関して主軸を近藤と仮置きしているので、近藤、と進めるが、近藤自身及び同郷脱藩者達にとっての悲願というか力を持つ為の過程、故にプライドも何も捨てて藩の幹部への取り入りに血道を上げている事が、何だか切ない。両藩のみならず船の下げ元のイギリスとの折衝も重たかっただろう。巨大な権力の山脈の中、渡り合って行き成功へまでは漕ぎ着けたが。
そしてこの権力と金、物含みの絡れに坂本が余り立ち入っていない事は何だか判る気がする。活劇上の所謂"龍馬"なら尚の事、どうも資料等で調べて浮き出て来る"龍馬"も、この手の話は好まない事は理解するに容易い。大体、近藤程の忍耐と根気は無かった、いや、坂本個人のやる気が伴えばそうした精神力は発揮出来ただろうが。どうも近藤が奮起して駆け回っている間、京都にいたとかいないとか。長州征討、薩長同盟、船の獲得等の件とのベクトルが違う。奇妙だ。長州勢力が一掃された京に潜伏していたならば、目的は朝廷ー幕府ー薩摩間の政治的係争の最中であり、その情報収集に身を投じていたか？近藤が獲得しようと奮起していたモノとしての"船"に興味が、実は無かった？だがこれは歴史の靄の中。本音の所など判り兼ねる。
近藤は折衝に努力して収益、維持等の話を纏め上げて凱旋的に船のお披露目をしたその時、実質船長として甲板にいた。
これは見方によれば、この時点で土佐脱藩組の実質的リーダーは近藤長次郎。寧ろ、海や異国への憧れは坂本より強かったのかも知れない。そして実際的に船を動かす、実務としての海上業務を民間の、いや民間ですらなく脱藩という罪を犯した食い詰め者達が担える形にした。あらゆる難問題をクリアーして。
まだ有名な『海援隊』になる迄の前身、黎明期。この時の土佐脱藩者達は、調べるとどうも皆育ちが良い。砕いて言えば、お坊ちゃまの雰囲気がある。時代の混迷期に命を散らして行ってしまった人間を別に、御一新後、其々のキャリアがかなり華々しい。こうした若者達に、近藤程の卓越した粘り強さ、商い上の才覚、これは無かっただろう。
ただ本稿最初で人的ルート選びに難があったとした。ざっくり簡単に記述すれば。

薩摩　小松帯刀（実質上近藤のパトロン）
長州　井上聞多（長州側窓口）伊藤俊輔

聞多じゃあなあ、と筆者残念に思う。だが見方を変えれば、近藤が混迷の幕末を乗り越えて生きていたら、土佐の井上馨になっただろう。今現代も続く三菱の屋号にも全く別の歴史的変遷が生じていた筈。
一方の坂本の人脈。

薩摩　西郷隆盛（もう友達なんだかよく判らない関係。無論、小松帯刀等大幹部とも顔だった様だが、西郷の気に入り方が何か半端じゃない）

長州　※この時期の幹部と大体顔。これも友達なんだか良く判らない

幕府　松平春嶽（恐らく、これが本当の"坂本龍馬"の藩外活動期の支援者。容堂も遠く遠く遠回しで坂本に限らない自国脱藩者達の支援をしていたかも知れない）

一言。選ぶ相手が良い。勉強は嫌いだったらしいが、生き方が賢い。近藤も上記の人物達との面識は当然あっただろうが、頼りにする相手、食い付く相手選びが。人の選び方で大きく二人の人生、分たれたな、と。

四十八、

毎度の事の資料上の話なのだが、やはり近藤の自決も諸説あり、本人の意志がどうだったのか不明点が多いらしい。龍馬偉人伝的な流れの中、ほぼ添え物として扱われている近藤の人生であるが、筆者はこの人物の価値をもう少し底上げしたい。
坂本の正妻、龍の証言、これが大分近藤と坂本の関係性の視覚化を決定付けてるな、と注視。これに関して特段龍の記憶と言葉にどうのこうの言うつもりはない。厳密に言うと、本当に言ったのかどうか判り得ないのだから。龍の記憶からの、坂本の言葉、及び近藤への感興。

一、自分がいたら死なせなかった
ニ、近藤という男には"誠"が足りなかった

当連載は坂本龍馬の人間性に意地悪く進めているので、本稿でも意地の悪い指摘として。

随分な自信である。

この龍の思い出の中の坂本の言葉が本当だったならば、やはり現在の定説通り、社長坂本・専務近藤の骨格を示す。まあ、腕っぷしと存在感の坂本、妨げる事は出来たかも知れないが、近藤のプライドを考えると首を傾げざるを得ない。
そしてニに於ける点が、最たる近藤長次郎の性格付けを決定付けてる物である。

誠

誠が足りなかった。どの様な？
普く流れ伝わっている近藤の密航留学の失敗譚である。そしてそれがこの時代の幾人かの密航の成功失敗譚の中、近藤長次郎のみが失敗例そして不誠実な行為として伝わってしまっている。
だが、この近藤の密航失敗の件、甚だ奇妙である。近藤程の男が密航に失敗するだろうか？この時点で既にかなりのパイプやコネを持っていた人物である。
雑ではあるがザッと調べて、近藤は密航計画に於いて相当入念に足固めをしていた形跡がある。これはまして乗り遅れや何かの些末な失敗などしようがない。
という訳で邪推をするしかない。
恐らくは受け入れ先の上の方からの非認可、これか？

一、この時期、日本からの亡命者を受け入れたくない、受け入れられない政治的な意図があった。
ニ、日本側に居て欲しい。近藤の交渉力を評価。日本に居て窓口として立っていて欲しい。

以上は邪推なので先に進む。
近藤、密航失敗後の同志からの叱責、追及。これはどうやら本当にあった様子だ。だが…抜け駆けではあったが、詰め腹迫るまで追及した事、これは？そしてこの件で坂本以外の土佐脱藩志士の評価も低く評価されてしまう件にもなった。

追及が激しかったのは、近藤の仲間達に対する背信行為があった。

故に、仲間達の追及は激しかった。

邪推はどうにでも働くので、これはここまで。
この人間関係上のどさくさ、果たして所謂"坂本龍馬"に仲裁出来ただろうか？そして坂本に近藤に対する怒りがなかったとすれば、彼はこの時、何をやっていた？自分達、土佐脱藩組の活躍の機会を作る為に各士血眼であったろう？何をやっていた？
このどさくさ劇に関して、相当に距離があった事の証左にもなる。そして他同郷諸氏とも距離があったと見える。
より論考を進める上、今回の文末に軽く記す。

小松帯刀、五代友厚→近藤長次郎→井上聞多

坂本はどうも京都にいたとかいないとか。だが松平春嶽及び幕府の幹部はこの時期入京離京を繰り返していた。薩摩として、幕府側に近いそれなりの実力のある誰かが入り用だった事は、確実。

四十九、

故に、ユニオン号卸の顛末を概観して、既に所謂薩長同盟、殊に昭和半ば辺りから続く坂本龍馬物語の一つの山場としての活劇『薩長同盟』の下地はほぼ坂本の介在しない方から作り上げられていた、と判定出来る。切り開けば、何の事はない、ユニオン号とは薩摩-長州間での闇取引の仲介事業として脱土佐の人間にやらせる為の"船"だったのだ。
少し、小松帯刀の人物像をライトに素描。相当に欧米路線の推進者であった。薩摩一藩に捉われず、明治の世の訪れる前から既に列島規模で欧米的な事業を展開していた。調べた物で、西郷隆盛と折り合いが悪かった、とあるが本当の所は判らないし追求しない方が良い。ただふっと直感するに、考え方及び考えの方向性がもう西郷とは異なるから協調は出来なかっただろう。小松のキャリアは久光からの抜擢採用による。故に久光−西郷＝不仲、と単純計算しそうになるが、久光−西郷の関係は言われている、伝わっているものとはかなり違うだろう。明治維新、財、とくれば何と言っても五代友厚、と来るが、これはどうも小松の懐刀だった様だ。ベンチャー企業の社長としての小松に専務の五代と見るべきか。
一方ではあるが、そして大して書く必要性を感じないが、長州側の窓口としての井上聞多。若き井上がこの沸き起こった事業話に乗った。恐らくだが。長州の首脳陣の懐柔説得に努めて、事業、つまり巧妙な密貿易の成立に向けて努力した。
脱土佐の者を中間点に置く。砕いて要するに、何かの場合、徳川からの指摘をかわす、と。徳川が長州を難詰すれば、"いえ、あれは長崎のある業者から買った武器です"とし、徳川が薩摩を難詰すれば"いえ、あれは長崎のある業者に売った武器です"と。こうしたアリバイ工作に脱土佐の者がぴったりだったのだ。国籍なしの浮浪人達だったのだから。
この話に乗った土佐組の頭が、近藤長次郎だったのだろう。船を押さえて事業を展開する、と。もっと言えば、小松スクールの土佐組の最優等生として白羽の矢が立ったか？その人選は当たりではあった。
近藤という人間は、調べれば、相当に処世に長けた男だった。次はその立身出世から、当時の権力の動きと意向を考察してみたい。そして、小松、五代、近藤、井上と来ずに、どうして西郷、坂本、中岡、桂、高杉となったのか？を追求する。
まあ、終着点が西郷に行き着く所は変わらないが。

五十、

とても興味深い、というのが、坂本龍馬の実像の追求をすればするほど山内容堂という人の採った隠蔽的な施策に疑いの気が向くのだ。はっきり書けば、ほぼ山内容堂がどうこうした、という証拠らしい物が皆無なのだが、ん？と首を捻る事まま多し。おかしい事だらけなのだ。そしてその煙幕を振り払いたい気に駆られる。これまで坂本龍馬及び土佐人士の列伝は幾多あるが、山内容堂に関心と追求心が余り燃え上がらないのは不思議ではあるが、結局の所、容堂に魅力がないのだろう。
例えばである。近藤長次郎。ほぼ平の商人の家だった。蛇の足で、龍馬宅の御近所だったそう。さて進めて、向学心の旺盛だった少年長次郎。いや、立身、出世欲と言った方が妥当か？詳細には書かないが、自分の入り込める要人の門を幾つも潜っていた。それが山内容堂の目に止まった。殆ど奇跡である。あるが、山内容堂、その号を"容堂"としたのは

多く人を容れる
堂は自分の界隈に、という事だろう

その後の青年長次郎の躍進は目を見張る。江戸にまで遊学出来た様だ。様だが。
脱藩する。
ここで読者諸氏に。ここまで引き立て貰って、青年は脱藩するだろうか？普通に考えればそのまま土佐藩への勤めを殊勝に積み出世して行く道を選ぶだろう？しかもこの時期の土佐藩内、吉田東洋が執政官のメイン。まあ吉田に関しては善悪両極端で色々思われるであろうが、吉田こそ山内容堂の政治的方向性の推進者の最重要者であって、しかもこれも容堂の引き上げで執務を執る要職に就いた者。

阿部正弘、島津斉彬、毛利敬親、松平春嶽、そして徳川斉昭

もうそういう時代だったのだな。ベンチャー意欲に燃えた若者を引き上げて政務を採って行く時代だったのだ。
近藤の脱藩の本意は、恐らく容堂の策だったろう。どの様な？藩外に潜伏活動家を撒き、来るべく事態に対応すべく。単なる浮浪脱藩人ではいけない、脳ある男を撒きたかった。でなければ役に立たない。ある意味で近藤に白羽の矢を当てた、か？全て推測ではある。
藩外活動家の土佐の人士で最重要だったのは吉村寅太郎。まあ武市瑞山の方が顔でメインだった事は否めないが、この吉村の人脈の広さは何故どうしてと相当に首を傾げる。だが本当の実力者とはこういう者であろう。甘い足跡など残さない。

坂本龍馬が松平春嶽と謁見出来た

かなりの謎な件ではある。そして坂本龍馬物語を愛する歴史好きにとってのマイルストーン、ともなる。まあ現代ではそれは勝海舟に置き換えられてはいるが。

春嶽との謁見はどうやら吉村の顔で成立した様だ。だが余りはっきりはしていない。そして吉村、坂本に限らず、近藤も勿論、春嶽との繋がりはあった。寧ろ覚えがめでたかった様だ。

出世の欲に燃えている者の特徴。
偉い人間に好かれる。
偉い人間の心に取り入る。
そこには、同郷の輩も何もない。
自らのキャリアだものな。
私見、そういう種類の輩をこれまでうんざりするぐらい見て来た。

"誠が足らんかった"

坂本は近藤の背中にそう感興を覚えていたとかいなかったとか。しかし脱藩後の近藤の活躍は更に飛躍する。