発狂頭巾まっしぐら
秋の痛快時代劇スペシャル【発狂頭巾まっしぐら】
(よくわかる発狂頭巾まっしぐら:長屋で暮らす記憶喪失の謎の浪人吉貝十四郎
彼は大江戸八百八町で暗躍する悪を感知すると発狂頭巾となって悪を斬るのだ!)
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「吉貝の旦那!大変でやんす!」
「どうしたハチ、また狐憑きが現れたのか?」
いつもどおり、ハチがあわてて吉貝の部屋に飛び込んでくる。
「材木問屋が押し込みに遭って皆殺しにあったでやんす!」
「また押し込みか……今月に入って3件目だぞ」
ここ最近お江戸では凶悪な賊が跋扈し商家に押し入り家族、使用人を皆殺しにし金を根こそぎ奪っていく事件が多発していた。奉行所は百人態勢で警戒に務めていたが、賊は嘲笑するかのように犯行を重ねていくのであった。
「あっしもしらみつぶしに何か賊のてがかりになる情報を探しているでやんすが、なかなか難しいものでして困り果てているでやんすよ」
吉貝は額に手を当てて思案に暮れていたが、不意に吉貝の目が胡乱に輝きだした。
「ひょっとしたら、豊臣残党の陰謀かもしれぬ……奴らは再興のためならなんだってやる狡猾な奴らだからな、警戒を怠らないように奉行所に言い伝えてくれ」
ハチは即座に吉貝にスイッチが入ったことを察した。吉貝十四郎は豊臣残党は残存しており、いずれ決起すると心から信じているのだ。
「はぁ、一応言い含めておくでやんす。まぁそんなことより、どこか酒でも飲みに行きやせんか旦那。最近良い居酒屋を見つけたでやんすよ」
「それは本当か、ハチ? ハチの探し出した居酒屋ははずれがないからな」
なんとか吉貝を軌道修正させることに成功したハチは安堵した。こうして吉貝とハチは居酒屋に繰り出すのであった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「吉貝の旦那、本当に良い居酒屋でやんしたでしょう?」
「本当にいい酒と肴を出す店だった。機会があればまた向かいたいものだ」
居酒屋でいい感じに憂さを晴らしてほくほく顔の吉貝とハチは楽しく談笑していた。この時だけは事件のことを忘れられる。
ところが突然町人がざわざわと騒ぎ始めた。
「スリだ!いきなり巾着切りしやがった!」
「まだ遠くに逃げていないぞ!」
「奉行所の連中は何をしているんだ!」
吉貝とハチは思わず顔を見合わせた。
「スリでやんすか、吉貝の旦那どうします?」
「ちょっと様子を見に行こう。スラれた相手が心配だ」
吉貝とハチはざわつきの方向へ急いで向かった。
スラれた相手は裕福そうな商人だった。気が動転している商人をハチは確かな手腕で落ち着かせ、吉貝は商人から尋問を担当した。ハチは周囲にいた町人に話を聞いてまわってる。
「スった相手の特徴を何か知っている」
「アタシの財布をスッた相手は若者でした」
「そうか、こんな日もある。酒でも飲んで忘れろ」
「アタシは下戸なもんで……材木問屋が皆殺しにされるわ、スリが跋扈するは世も末ですよ!」
「その通りだ。この世には天下泰平を脅かす豊臣残党のような恐れ知らずの悪党が跋扈している。だが案ずることなかれ……神君家康公から放たれる法の光が必ず豊臣残党の底知れぬ闇を打ち払うのであろう」
商人は突然飛躍した吉貝の発言に困惑した。すかさずハチが割って入り遠ざける。
「旦那の発言はあまり気にしないでほしいでやんす」
「はあ」
「吉貝の旦那、目撃者の証言はだいたい聞き取れたでやんす」
「急げ!ハチ、次は源内先生のところに向かうぞ!」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「チョロいもんだぜ」
今日のスリ盗った戦利品の小銭の重みを確かめながら鈴白の仙蔵はほくそ笑んだ。鈴白の仙蔵はこの江戸中を荒らし回るスリである。逃げ足も速く、なかなか捕まえることができないのだ。今日の仕事も上手くいった。当分の間は酒にも困らないだろう。
仙蔵は、上機嫌で歩いていたが、懐から何かが零れ落ちた。仙蔵は即座に拾い上げる。文字の書いてある紙片だった。
「?」
その文字を読んだ仙蔵は即座に戦慄した。なぜなら、先頃押し入りに遭って皆殺しにされた商家の名前が書かれてあったからだ。仙蔵は反射的に周囲を見渡し、誰もいないことを確認すると逃げるようにその場を立ち去った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「大事な襲撃計画の紙が盗まれただと! 何をしていたんだお前たちは!」
怒号が屋敷に響き渡る。怒りが収まらないような表情で男が部下を睨みつける。
「平右衛門様、申し訳ありません!早く紙を取り返すように地走りの雷丸どもに命じました!スリどもを血祭りにあげることでしょう」
「ならさっさとスリをぶち殺してしまえ! ワシの計画が完全に狂ってしまう前にな!」
平右衛門と呼ばれた男は冷酷な調子で部下に告げると、部下は無言で部屋から去っていった。
「小ネズミめが……タダでは済まさんぞ!」
平右衛門は近くにあった花瓶に向けて抜刀、両断! 花瓶は見事に寸断された! その剣筋は平右衛門の性格と相似形のように冷徹な剣筋だった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
一方その頃、吉貝とハチは平賀源内邸にやってきていた。
「もしもし、吉貝だが、源内先生は在宅しているかい?」
すると平賀源内ではなく、門人の司馬江漢が出て来た。
「キチさん、源内先生は鎌倉詣でに行ってて留守だよ」
「おぉ、江漢殿じゃないか。そうかそうか、源内先生は留守か。ところで、江漢殿に一筆描いてほしいのだが……」
江漢はえっ?と思った。
「ちょっとした人相書きを頼みたいのだが、報酬はハチが最近見つけてきた居酒屋の奢りで構わないか?」
「別に構いませんが……キチさん、書いてほしい人相はどちらに?」
「ハチ、見せてやれ」
「はいでやんす」
ハチはさっき情報収集したのをまとめた紙を江漢に渡した。
「じゃあ、描きますよ。私の描いた人相書きを有効活用してくださいね」
江漢は笑いながら言った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
鈴白の仙蔵は震えながら長屋の布団にくるまっていた。無理もない。お江戸を震撼させる大事件の秘密の一端を知ってしまったので確実に始末されると見たからである。いっそのこと奉行所に届け出するかも検討したが、そんなことをしたら自分自身が捕まってしまうと思った。にっちもさっちもいかなくなった仙蔵は布団で震えるしかなかったのである。そんな中でも無情にも刻は進んでいき恐怖心が募るばかりであった。そんなとき仙蔵の脳内に一つの天啓が下った。酒でも飲んで忘れようと。
「殺しが怖くてスリができるか! 酒でも飲んで忘れよう!」
仙蔵は恐怖心を振り切るかのように長屋を出た。そんな仙蔵を監視する存在があった。地走りの雷丸であった。
「長屋から出ればこっちのもんだ! 嬲りものにしてやる!」
その時仙蔵は本能的に殺気を感知した! 仙蔵は矢の如く走りだした。追いかける雷丸とその仲間!
必死に町の目を縫うように逃げた仙蔵はいつのまにか袋小路に入り込んでいた。
「もうにげられねぇな、大人しく紙を渡してもらおうか。」
「俺はバカだから命を狙われる理由がわからない。紙片のことも知らないぜ」
仙蔵は精一杯の虚勢を張ってしらばっくれた。
「しらばっくれてるんじゃねぇ! すぐに喋りたくなるようにしてやる! 野郎どもやっちまえ!」
雷丸の部下は仙蔵をリンチにかけるべくジリジリと迫り始めた。このままでは仙蔵は嬲り殺された上に紙片を奪われてしまい、そこらへんのドブ川に投げ捨てられてしまうだろう。仙蔵は死を覚悟したその時!
「そこまでだ! チンピラども!」
思わず振り返るとそこには、吉貝とハチがいた!
「そこのスリには俺たちが用があるんだ。危害を加えるならただじゃすまないぞ!」
「なんだテメェは……野郎どもあいつらをやっちまえ!」
雷丸は部下に命じ、吉貝とハチを排除に向かう。
だがしかし、吉貝は見事な柔術で雷丸の部下を伸していく! 明らかに修羅場慣れしている! ハチもその辺の小石を次々に投げつけて吉貝をサポートしていく。仙蔵は乱闘にどさくさに紛れて逃げ出した!
部下がやられて一転窮地に陥った地走りの雷丸!
「かくなるうえはこうだ!」
雷丸は渾身の死のタックルを発動した! だが破れかぶれのタックルを吉貝は難なく回避!ひるんだ雷丸を吉貝は拘束した!
「貴様、誰に頼まれた!」
「平右衛門様です! 雪隠隠れの平右衛門様に頼まれました!」
その瞬間、吉貝の脳内に天啓がひらめいた!
「そういうことだったのか……すべてが繋がったぞ!」
「すべてが繋がったとはどういうことでやんすか?」
ハチは思わず吉貝に質問するが、吉貝の表情は完全に真実を悟った男の目をしていた。
「話は後だ! 俺はスリの後を追う! ハチは奉行所に連絡をとれ!」
ぐったりとした雷丸をハチに預け、吉貝は走り去っていった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
町外れの廃神社、人気の少ないこの場所に仙蔵は潜んでいた。ここに隠れていることはまだ誰も知らないはずだ。ほとぼりが冷めるまで大人しくしていれば命を狙われることはないだろう。仙蔵は震えながら夜明けを待っていると商事越しに人影が見えた。
「誰かいるのか!」
ザシュ! だがその返答には斬撃で返され、仙蔵は斬られた。斬った相手はなんと平右衛門だった。
「手間暇かけさせやがって、この小ネズミが!」
仙蔵の死体を一瞥すると平右衛門は死体の懐を探り紙片を拾い上げた。
「これでワシの仕事は安泰よ……ファファファファファ!」
その時、どこからともなく声がした!
「尻尾を見せたな、雪隠隠れの平右衛門!」
突然の声に戸惑いを隠せない平右衛門!
「何奴! 姿を見せよ!」
廃神社の狛犬の陰から現れたのは頭巾姿の吉貝十四郎であった!
「雪隠隠れの平右衛門! 豊臣残党の隠し金作りのために江戸市中の商家を皆殺ししその金を根こそぎ奪い取り、偶然秘密を知った哀れなスリを手勢を使って襲撃して口封じしようとした卑劣な悪行、全て知っているぞ!」
見事な糾弾ぶりに平右衛門は唸りを上げる!
「ぐぬぬ……小癪な狂人めが! 輪が剣の錆になるがよい!」
「狂人だと!? 狂うておるのはおぬしのほうではないか!」
平右衛門と吉貝はお互いに抜刀し、構えをとる!
ジリジリと空気が震え、一気呵成に平右衛門が斬りかかる! だが吉貝はその行動を読んでいたかのように平右衛門の顔にめがけて足で砂をかける! すさまじい脚力だ!
「ウワーッ!」
平右衛門はとっさに避けようとする! だがそこの隙を逃さず吉貝は平右衛門を刀で切り裂いた!
「……無念」
平右衛門はあおむけに倒れた。発狂頭巾の見事な刀捌きであった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
あれから盗賊団は一網打尽に捕まり、少しだけお江戸は平和を取り戻した。
舞台は平賀源内邸!
「キチさん、本当に酒代奢りでいいんですか?」
司馬江漢は確認するように吉貝に問いかける。
「いいんだよ。江漢殿には少し手間をかけてしまったから詫びも兼ねてるんだ」
「そうでやんすよ。他人の好意は素直に受け取るものでやんす」
ハチは笑顔で江漢に好意を受け取るように促す。
「じゃあ、今回はごちそうになります」
ハチ、吉貝、江漢は笑いながら居酒屋に向かっていった。
【終わり】
これは何ですか?
集団幻覚で作り上げた架空の時代劇「発狂頭巾」の架空の新作です。今回は後期シリーズのレアグルーブを発掘、掲載いたしました。
本来ならタイトルは「発狂頭巾 発狂まっしぐら」のよていだったが包装コードに抵触し現在のタイトルになった。
主な登場人物
吉貝十四郎:発狂頭巾、記憶喪失の謎の浪人。豊臣残党が残存して決起するという恐れを心から信じている。今回は登場しないが出自不明の友人が複数存在しており、情報収集を頼むこともある。
ハチ:岡っ引き、居酒屋を探すことが得意。時には犬型平次親分から犬バズーカを借りて大暴れすることもある。
平賀源内:大江戸一のマッドサイエンティスト。彼の発明は時に発狂頭巾の窮地を救う。珍しく今回は登場しなかった。スケジュールの問題だろう。
以上三人がメイン登場人物である。
詳しいことはコチラ