カラスヤマ・ディストリクトにて

 カラスヤマ・ディストリクト、深夜0時。薄汚れたマンション、グランテージ・カラスヤマの一室。一人の男が怯えながら部屋の中で布団にくるまっていた。その男は偶然にもメガコーポ「アカシ貿易」の一部とヤクザ「帝塚組」が癒着している大規模なアヘン不正密輸の現場を目撃しまったのだ。男はたちまちのうち命を狙われ逃亡を余儀なくされてしまったのだ。やっとのことで入手した不正戸籍で名前を買い、カラスヤマ・ディストリクトに潜伏し海外高飛びの機を伺っていたのだ。
「早く日本から脱出しなければ……命がいくつあっても足りない」
 男はそうつぶやくと迫りくる死への恐怖から逃れるために布団を深く被り丸まった猫のように縮こまった。男にとって残された時間はとても短いように思えた。

……ほぼ同時刻、輸送トラックがグランテージ・カラスヤマ付近の路上に停止した。そのトラックは一見どこかの運送会社のものだと思えるがミリタリー知識を有する人にはそれは軍用トラックだとわかる仕様であった。トラックの荷台の扉が開き、中から屈強な重サイバネロシア人が現れた。そのたたずまいは誰の目から見ても只者ではなかった。彼の名はレッドタイガー。帝塚組に雇われた殺し屋である。不幸にもアヘン輸出を目撃した哀れな男の首を帝塚組の組長に送るのが今回のレッドタイガーのミッションだ。レッドタイガーにとってはただの一般人を殺すことぐらいはイージーミッションだ、何の問題もない。彼はそう考えていた。
 レッドタイガーはしめやかにグランテージ・カラスヤマの駐車スペースに侵入した。入念に目撃者がいないかを確認する。殺しの現場を目撃されていたら後々面倒なことになる。侵入に関して神経質にならないといけない。
 ピガッ! レッドタイガーの高性能サイバネアイが何かを検知した。レッドタイガーは少し眉を顰めるとおもむろに誰もいないはずの場所に向けてナイフを投擲した。ナイフは銀色の軌道をたどりながら地面に落ちた。
「ほぅ……俺の隠形に気づくとは、さては軍用のサイバネアイだな?」
レッドタイガーは瞬時に声のする方向に振り向く。すると何もないはずの空間が電磁的歪みを見せそこから一つの人型が姿を現した。その姿は全身を漆黒のボディスーツの上に金属製プロテクターで武装しており、その頭はノッペラボウじみたシルバーのフルフェイスマスクに覆われていた。
「トクガワ幕府のイヌか……なぜここに現れた?」
 レッドタイガーは極めて冷静にフルフェイスの男に語り掛けた。
「レッドタイガー、そのことをお前が知る必要はない。お前はここで死ぬからだ」
そのフルフェイスの男は無慈悲に宣告した。
「なるほど聞き耳持たぬというわけか……まぁいいだろう。今回のミッションは少しばかり簡単すぎると思っていたところだ。少し遊んでやるよ」
 レッドタイガーは殺人カラテの一種であるコマンドサンボの構えを取った。フルフェイスマスクの男も負けじとカラテを構える。グランテージ・カラスヤマの駐車スペースの一画で死闘の幕が開けようとしていた……

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