天下御免の発狂頭巾 ~ 田沼意次危機一髪 ~

(あらすじ:吉貝十四郎は記憶喪失の謎の浪人である……大江戸八百八町に蔓延る許せぬ悪を見かけたとき吉貝は発狂頭巾となりて悪を成敗するのだ! 狂っているのは俺かお前か!)

◆◆◆◆

 吉貝とハチは芝居小屋に芝居見物に赴き、芝居を大いに楽しみほくほく顔であった。
「キチの旦那、今日見物した芝居はとてもよかったでやんすねぇ」
「源内先生から譲ってもらった芝居の入場券だ……これはとんだ掘り出し物であったな」
 吉貝とハチはたがいに芝居の感想を言い合う。それほどこの芝居は面白かったのであろう。
 陽気に家路に急ぐ吉貝とハチだったが歩く道の向こう側から虚無僧軍団が群れ成して急ぎすれ違っていった。吉貝は訝しげな表情になった。
「キチの旦那? どうしたんでやんすか?」
 ハチは慌てて吉貝の顔を見た。これはいけない傾向だ!
「ハチ、こんな暗い夜だからこそ豊臣残党が陰謀の糸を紡いでいると思ってな……俺の勘違いだといいが」
「キチの旦那……考えすぎでやんすよ」
 ハチは吉貝の考えを打ち消すように言った。吉貝は時折、豊臣残党が襲撃する妄想に陥るのだ。
「まぁ、今夜は景気直しに一杯飲もう」
「あっしもお供するでやんすよ」
 吉貝とハチは行きつけの居酒屋に一杯やることにした。これから彼らの身に大事件が起きるのをまだ知らなかった。

◆◆◆◆

 松平定信の屋敷!松平定信の怒りは有頂天に達していた!
「忌々しき成り上がり者の田沼意次はまだ失脚しないというのか!」
「ひゃあ!定信様、申し訳ありません! 田沼意次は恐ろしい豪運の持ち主のようで、我らが仕掛けた罠をことごとく切り抜けていくのです! 決して我らが無能というわけではないのです」
 松平定信の部下筆頭、原賀黒造は怒りが有頂天に達した主君の政敵の豪運ぶりを説明した。
「無駄な言い訳をするな!このおたんこなす!」
 定信は黒造の額を扇子で叩く!黒造は呻いた!
「早く次の策略を考えるのだ!」
 定信は圧力をかける!
「そうは言っても定信様……なかなか策略を考えるのは大変でして、今一つ時間をくださいませ!」
 黒造は情けない声を出した!これでも松平家の部下筆頭か! 定信は再び扇子で黒造の額をはたこうと思った! だが次の瞬間! 唐突に定信の部屋の灯りが消えた!
「定信様……松平定信様……田沼意次とやらを失脚する策略は我にお任せいただこうか!」
 突然、定信の部屋に謎の男の声が聞こえる!
「何者だ!表に出ろ!」
 黒造は慌てて周囲を見渡す!
「我はここにいる!」
そこには正体不明の大男がいつの間にか定信の部屋に出現していた!
「ネオ松平信康……地獄から参上つかまりました!」
ネ オ 松 平 信 康!
 打倒田沼意次を誓う男と徳川将軍家を憎む男が今邂逅しようとしている! これは大変なことになるぞ!

◆◆◆◆

数日後! 品川近くにある吉貝が在住する長屋にて吉貝と平賀源内は将棋に興じていた。
「王手飛車取り」
「ぐぬぬ……吉貝殿、また将棋の腕を上げたな」
 ラフな着流し姿にサングラスを装着した平賀源内は吉貝の将棋の腕をほめたたえた。
「源内先生、俺はまだヘボ将棋の域ですよ……勝ったのはたまたまです」
 吉貝は将棋の腕を謙遜した。
「コホン……吉貝殿、今日は将棋で一勝負に興じに来たわけではないのだ」
 源内は改まった顔をする。吉貝も今日は何か頼まれごとがあるなと直感的に理解した。
「いつも幕府の仕事で多忙な田沼の旦那の苦労をねぎらおうと思ってな……田沼家の屋敷でささやかな宴を催そうと思っている」
「ほう……田沼家の屋敷で宴か……田沼家の庭園はシックで静謐だからいい酒が飲めそうだ」
 吉貝も源内の提案に乗り気になった。
「その宴の余興に出てもらう一座……先日吉貝殿に譲渡した芝居小屋で芝居をやっていた一座のことだ。それが急に参加しないと言い出したのだ……何か急な予定が入ったのかと聞くと一身上の都合だとの一点張りで困っているのだ」
「なるほど…これは怪しいと思って俺に調査を依頼したというのか……」
 吉貝は超速理解した。
「吉貝殿、頼む。もし調査してもらったら謝礼金をはずもう」
 源内は吉貝の目をサングラス越しで見つめる。
「仕方ないな……ほかでもない源内先生の頼みだ。やってみよう」
 吉貝は源内の頼まれごとを快諾した。吉貝十四郎の調査が始まる!

◆◆◆◆

 吉貝は頼みを引き受けたその足で芝居小屋に出向いた。その動きは迅速であった。
「花尾一座の皆さん、こんばんわ。田沼家から遣わされた探り屋の吉貝だ。ちょっと話を聞きたい」
 吉貝は単刀直入に花尾一座に探りを入れた。
「田沼家の遣いですか……何度言っても無駄ですよ。宴の余興には参加しません。ほかの一座を頼んでください」
 花尾一座の座長……花尾自斎は頑なに田沼家の宴の余興に参加しないと明言した。
「まぁ、そう言うことを言うな……花尾一座の今後に関して何か憂えることがあると見受けられる。この吉貝十四郎が田沼家から派遣されたのはその憂いを軽減させようという魂胆があるのだ……黙っていては何も始まらぬぞ」
 吉貝は自斎に憂いを晴らす手伝いをすると提案した。
「それは花尾一座としての問題です。田沼家とは関係ありません……今日のところはお引き取りください」
 自斎は頑なに吉貝の介入を拒否した。どうやら何か隠し事をしているらしい。これはどうしたものかと思案したところ突如、吉貝の第六感が何者かの危機を知らせてきた。
「わかった……今日のところは退こう。また今度会おう」
 吉貝はまた今度会おうとの言葉を付与して芝居小屋から去ると急ぎ危機の現場に直行した!

◆◆◆◆

 花尾一座の女優、花尾小紅は虚無僧軍団に囲まれていた。
「なんなんですか……アナタたち」
 小紅は困惑していた。虚無僧軍団に囲まれているような覚えをしたことがないからだ。虚無僧軍団に囲まれるということはよくわからぬ恐怖であった。
「あのお方に頼まれているのだ……こっちに来てもらおうか。大人しくついてくれば危害は与えない。安心しろ」
 虚無僧軍団のリーダーは冷静に小紅に投降するように促した。その冷静な口調が逆に不気味であった。
「断ります……怪しすぎます」
 だが虚無僧軍団についてくるのを小紅は拒否した。これでは主張は平行線をたどるばかりだ。虚無僧軍団は静かに刀を抜いた。これは危険な兆候だ!小紅危うし!
 その時!どこからともなく「気振れ」の文字が書かれた扇子が虚無僧軍団の前に飛来した!
「この扇子を投げたのはどこのどいつだ!姿を見せろ!」
 虚無僧軍団は混乱しながら扇子の投擲主を探る!
「すまない、唐突に扇子投げの練習をしたくなってな」
 悪びれずに路地の影から姿を現したのは案の定吉貝十四郎であった。
「ところで虚無僧軍団よ……嫌がる女子を無理やりどこかに連れていくとはまるで豊臣残党の人買いのような見苦しい真似ではないか……少し懲らしめてやろう」
 吉貝は静かに愛刀「真路吉」を抜刀し虚無僧軍団を牽制する。一触即発の事態だ!
「ウオーッ!」
 吉貝は獣のように虚無僧軍団と切り結んだ!刃と刃が打ち合わされる!虚無僧と吉貝は後ずさりをする!
「この構え、さては尾張柳生か!」
 吉貝は虚無僧軍団の流派を看破した!
「ククク……よくぞ見抜いた。我らは尾張柳生……お座敷剣術に堕落した江戸柳生とは格が違うわ!」
 虚無僧軍団は尾張柳生の優越性を主張し吉貝を威圧する!
 それに対して吉貝は懐から爆竹を取り出し、虚無僧の一人に向かって投げつけた!景気よく炸裂音が鳴り響く!虚無僧軍団は少したじろいだ!
「ウワーッ!」
 その隙を逃さない吉貝!吉貝は迷うことなく虚無僧に突進斬りを仕掛ける!編み笠が寸断!
「こいつはヤバいぞ!いったん退却だ!」
 吉貝の狂気に恐れをなしたか虚無僧軍団は逃げるようにその場を去っていった! 吉貝は真路吉を納刀し、小紅に近寄った。
「お嬢さん、大丈夫かい……どこか怪我はなかったか」
 吉貝は小紅を気遣う。
「お侍さん、よくわからない虚無僧軍団に囲まれて怖かったです!」
 小紅は緊張の糸が崩れたのかわんわん泣き出した!吉貝は穏やかな目で小紅を見守っていた。

◆◆◆◆

 再び花尾一座。吉貝は小紅を連れて戻って来た。また虚無僧軍団に襲われても大丈夫なように警護する形になった。
「また、あなたですか……何度でもいうが宴の余興には参加しません……そこにいるのは小紅じゃないか!?」
 花尾自斎は吉貝の側にいる小紅を見て驚愕した。
「実はお嬢さんが、虚無僧に扮した尾張柳生に囲まれていてな……少し助けてやったわけだ」
 吉貝は淡々と事情を説明する。自斎は目を白黒させた。
「吉貝殿……私の娘を助けてもらって感謝する……しかし田沼家の宴の余興には参加できぬのだ……わかってくれ」
 自斎は吉貝に感謝しつつも宴の余興には参加できないとの旨を伝えた。
「お父さん……そんな頑なな態度をとらなくてもいいのに……私から経緯を説明しましょう」
 小紅は自斎の態度に業を煮やしたのか自ら経緯を説明した。
「実は何者かに花尾一座に田沼邸での宴の余興に参加するなと脅迫されたのです!」
「なるほど、脅されたという訳か」
吉貝はうんうんと頷いた。
「花尾一座に何故脅迫される謂れがあるのか全く身の覚えがなく困り果てているのです」
「何故小さな旅回りの一座が狙われているのかよくわかりません!」
 自斎と小紅は困惑を隠せぬ顔で吉貝に訴えた!
(尾張柳生と何らかのつながりを持つ脅迫相手とは一体……豊臣残党? いや違う!)
 吉貝は目を白黒させながら狂気の脳細胞をフル回転させた。ブツブツ独り言が漏れ聞こえてくる。
「探り屋さん? どうかしたんですか?」
 自斎は吉貝の様子がおかしいことに気づきとっさに声をかける。だが次の瞬間吉貝の目が光り輝いた!
「そうか、そういうことだったのか!」
 そして突如、真理を悟ったような表情を見せた吉貝は自斎と小紅に背を向けた。
「事件の真相が見えました!今日のところは失礼いたす!」
 そして吉貝は事件の黒幕のところに走り出した!

◆◆◆◆

 江戸郊外の廃寺院。そこに安置された黄金ブッダ像の前で尾張柳生が集結し恐るべきアトモスフィアが充満していた!
「ネオ松平信康様の夢枕に立って、憎き田沼意次の暗殺計画の絵を描いてくださって我々は大感激です」
 田 沼 意 次 暗 殺 計 画!
「田沼家の宴の余興に我々の息がかかった旅一座を送り込み、宴のどさくさに田沼意次を暗殺するという緻密な暗殺計画……ネオ松平信康様は恐ろしく頭がよろしいお方……剣術の腕しか能がない我々尾張柳生では到底思いつかない陰謀の構図……おみそれいたしました」
 恐るべき暗殺計画の全貌が語り恍惚の表情を浮かべる尾張柳生!この眼には偉大なる主に仕えるという無限の愉悦の光が宿っていた。これは危険だ!このままでは徳川将軍家も安泰ではいられない!
「これで松平定信様の覚えがめでたくなれば我ら尾張柳生が将軍家の剣術指南役に収まり、さらには人類総柳生化も夢物語ではなくなる! まったくネオ松平信康様様です!」
 地中に吹きあがるマグマの如く野心だ! 人類総柳生化すれば世界征服という覇道を達するのは容易! 嗚呼! なんて残酷な計画なんだ!

「ついに尻尾を掴んだぞ! 尾張柳生!」

 そこによく通る澄み切った声が廃寺院に響き渡った!
「誰だ貴様は! 名を名乗って表に出て来い! 切り捨ててやる!」
 突然の乱入者に思わず声を荒げる尾張柳生!
次の瞬間! 黄金ブッダ像が真っ二つに割れて中から吉貝十四郎、すなわち発狂頭巾が現れたのだ!
「き、貴様は発狂頭巾! いつから黄金ブッダ像の中に入っていた!」
 あまりの突飛な登場の仕方に困惑する尾張柳生!
「ククク……それは企業秘密だ! 尾張柳生、貴様らの恐ろしい野心、この発狂頭巾の地獄耳がしかと聞いたぞ!」
 発狂頭巾は理路整然と尾張柳生の非を鳴らした! これでは言い逃れは出来ない!
「所詮狂人のたわごとよ! 今真此処で切り捨てれば真相を知る者はいない! 発狂頭巾を生きて帰すな!」
 その声と同時に尾張柳生剣士団は一斉に抜刀する!
「ほう……狂人のたわごとだと? 狂ってるのはお主の方ではないか!」
 そして尾張柳生に対抗するが如く発狂頭巾も愛刀真路吉を抜刀する!真路吉の刃が静かに揺らめく!(ここでBGMが流れる)
「ウオーッ!」
 発狂頭巾の獣のような叫び声をあげ尾張柳生を斬る!そのままぶっ倒れる尾張柳生!
「くっ! ひるむな! 相手は発狂頭巾だけだ! 尾張柳生の意地を見せろ!」
尾張柳生のリーダー格が仲間を鼓舞した!バフが徐々にかかってくる!発狂頭巾はバフがかかった尾張柳生に苦戦!最初斬られたのはビギナーズラックか!?
 KABOOM!そこに蘭学兵器バズーカ砲が炸裂した! 尾張柳生が派手に吹き飛ぶ! 尾張柳生の視線の先にはサングラスに着流しの男!平賀源内だ!
「平賀源内!発狂頭巾の助太刀に参上した! よらば蘭学兵器の試し打ちの相手になるぞ!」
「ぐぬぬ……ここで現れるか平賀源内!」
 尾張柳生は突然登場した平賀源内に歯噛みする!
「源内先生! 助太刀とはありがたい」
「ま相手は尾張柳生だ……助太刀をしてやらんと斬られるからな」
 発狂頭巾と平賀源内は軽口をたたき合う。もはや勝ち確定だ! 徐々に発狂頭巾と平賀源内に押されていく尾張柳生!
「発狂頭巾! 死ねーっ!」
 怒りにかられる尾張柳生のリーダー格が日本刀にドス黒いオーラを放ち斬りかかる! 危ない発狂頭巾!
 だが発狂頭巾は慌てず懐から胡椒玉を取り出し尾張柳生のリーダー格に投げつけた!尾張柳生のリーダー格はまともに胡椒玉を食らい悶絶! その隙に発狂頭巾は尾張柳生のリーダー格を峰打ち!尾張柳生のリーダー格は崩れ落ちた!
「ネオ松平信康とは一体何者なのだ! 答えよ!」
 発狂頭巾は尾張柳生のリーダー格にインタビューを試みる!
「ネオ松平信康は偉大なお方だ……お主のような狂人にはあのお方の偉大さはわからん」
 尾張柳生のリーダー格はインタビューを拒否した!発狂頭巾の瞳が不気味に輝く!これは危険な兆候だ!
「源内先生……エレキテルはあるか」
「まかせろ……こんな時のために常備しておるわ」
 尾張柳生のリーダー格はエレキテルの名前を聞いた瞬間、表情が青ざめる!
 そして、次の瞬間! どこからともなく飛来してきた矢が尾張柳生のリーダー格に突き刺さった! 介錯か!
「吉貝殿……やられたな」
「躊躇なく味方を口封じするとは、ネオ松平信康……なんて恐ろしい奴だ」
 発狂頭巾と平賀源内は修羅場が終わった廃寺院を見つめ続けたのであった。

◆◆◆◆

 今日も平和な長屋でハチと吉貝は貰い物の冷やしうどんをすすっていた。
「キチの旦那、今回の依頼は大変だったでやんすね」
 ハチは吉貝から顛末を聞いてのんきな感想を述べる。
「まぁな、尾張柳生は強敵だった……源内先生がいなかったら俺は斬られていただろう」
 吉貝は尾張柳生は危険な相手だったことを力説した。
「尾張柳生を手駒にして操るとはネオ松平信康は一体何者でやんすか?」
「まったくだ……ネオ松平信康は一体何を企んでいるのか……」
 吉貝とハチはほうじ茶をすすった。
「ふぅ……しかし花尾一座が田沼家の宴の余興に出演が決定してよかったでやんす」
 ハチは吉貝に花尾一座が田沼家の宴の余興に出演が決定されたことにより安堵の表情を見せた。
「そうだな……田沼殿もきっと喜ぶであろう」
 吉貝は穏やかな表情で田沼家の宴の余興で芸を披露する花尾一座の姿を幻視し破顔した。

 田沼意次暗殺の陰謀を粉砕した発狂頭巾、しかしネオ松平信康は次の陰謀を練っているに違いない。暗闘は続く!

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