素面

学校を卒業するためだけに、受けたくもない講義を受け、単位のために読みたくもない本を読み、パソコンでは適当にそれっぽく引用を巧み散りばめた、なんの中身もないオナニーをキーボードで入力する。

「酒が飲みたい。」
「昨日も一昨日も飲んだでしょう。それに明日は大事な建て込み稽古でしょう?」
「いいじゃないか、私の身体は簡単に泥酔するほどヤワではない。」
「どうしてお酒が嫌いなのにお酒を飲むのですか。」

12月某日深夜、外は風が吹き荒れ、強く雨が打ち付けていた。しょうがないのでしっかりと防寒対策をし、財布を片手に外へ出る。

「傘は使わないのですか?」
「それ、折れているんだ。なあに、フード被っていれば大丈夫。」
「風邪をひいても知りませんよ。」
「500mを往復するだけさ。」

人気の無い深夜の住宅街の道を進む。遠くに居る信号は黄色の点滅を繰り返している。所々にラインナップに魅力を感じない自動販売機の明かりがが佇んでいた。強く激しく、冷たい風が私の頭のフードを剥がそうとしてくる。

「飲み歩きというものをやってみたい。」
「ダメですよ。よろしくありません。」
「いいだろう、どうせ誰もいない。一度ぐらいやって見たかったのだ。それに、お前が傍で見守ってくれるだろう?」
「……。」

そう、生まれてからずっと彼はわたしと一緒だった。彼はとても優しく、純粋で、誠実で、思いやりのある、そんな人間だった。そのために私はほかの何者にもない信頼を寄せていた。

生来、私は飲み歩きというものをしたことがない。例えばお祭りでビールを片手に山車を見て回るような、そんな情緒。時にアルコールは、創作を職にする者に天啓を、いわゆるビジョンを授けてくれるという。酒で酔い、動的な世界に誰も知らない何かを見据える。それにとても憧れていた。

「でも、お酒は嫌いなのでしょう。」

先程遠くに見えていた、黄色に点滅する信号を通り過ぎると片側三車線の大通りに出た。左に曲がり、やっとコンビニに到着し、フードを外す。いつもの入店の音楽に迎えられる。このような時間なので他の客は誰もいない、なんならレジの店員も見当たらない。飲料スペースを覗く。

「何を飲もうか。」
「控えめにしたほうが良いのではないでしょうか?せめて4%一缶とか……。」
「バカいえ、9%一缶でもまともに酔えないのにジュース同然のものを買うものか。」
「可愛げもなくなりましたね。」
「言うな。」

新作のストロングタイプ(9%)のチューハイ、酔い覚まし用のポカリスエット、ちょっとしたツマミを次々にカゴに入れていく。

「流石に買いすぎではないでしょうか。それほどお金もあるわけではないでしょう。」
「五月蝿いな。」

レジに行き、数分待つといつもの愛想の良くない中年太りのオッサンが出てくる。無言でバーコードをスキャンし、お金を要求し、レシートとお釣りを渡してくる。早く行ってくれと言わんばかりに、いかにも面倒そうな表情、週3ぐらいで顔合わせているのだから少しぐらい愛想よくてもいいのにな、などと思ったりするが所詮客と店員の関係である。

生物達が寝静まった外界へ出て、早速ストロングの缶を開け、早速一口飲む。無機質な味とアルコール感、ほんの申し訳程度の果実感。美味しいなどとは一時も思ったことはない。そのまま、レジ袋を左手に、可愛げのない9%を右手に、帰路を辿る。

500mの距離が、とても長く感じられた。そういえば雨が降っているのにも関わらず、私はフードを被っていない。風が強かったことも、激しく揺れるレジ袋をみて再び確認した。しかしもはや何もかもが面倒くさくなって、そのまま歩き続ける。顔や身体はぐしょぐしょに濡れ、何度も強風に身体が倒されそうになる。右手に持っていた酒も、水っぽい味になって、ますます不味くなっていた。

気づけば、靴を濡らして、半径30cmほどの水たまりに溺れていた。

私は一人だった。

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