医薬品供給網が不安定になっている
もうかれこれ2年近く世界を混乱させているコロナ禍において、実はもう一つ医療安定供給の不安要素になっているのが医薬品供給網です。使いたい時に必要な薬が手に入りにくいといった事態がほぼ同時期に発生しており、状況は悪化の一途です。
じゃあ原因は何? と考えますよね。実はこれが複雑です。
1.新型コロナウイルス感染が広まることで治療に必要な薬の需要が増加して供給が追い付かない
過度の炎症を抑える目的で使うステロイドや人工呼吸器装着中に使う鎮静剤がこれにあたりますね。
2.製薬会社で製造工程における不正行為が発覚した
医薬品の製造には厳しいルールが規定されています。そのルールに沿った手順書を厚労省に提出して、承認を経て製造と販売が可能になります。そのためそこから逸脱することは許されていません。それをやってしまったのが小林化工と日医工でした。
小林化工116日業務停止命令 虚偽記録8割、経営陣黙認
業務停止命令中の「日医工」に国が異例の立ち入り調査
中でも小林化工の一件は衝撃的な内容でした。こちらでくわしく解説を頂いているので気になる方はご覧ください。
あまり細かくは書きませんが、このような事態が起きたので「人のふり見て我がふり直せ」と言わんばかりに各社製造工程を見直しています。その結果、部分的に修正が必要になる製薬会社も複数現れました。おそらくご存じない方が多いと思いますが、1年以上もの間、薬局や病院、医薬品卸業者が毎日のように出荷調整の対応に追われる事態になっています。
さて、このようなことが起きてもお薬の需要が減るわけではありません。上記の2社+αが担っていた分は他社に流れるのですが、どこも供給力に余裕は無いため、需要が供給を上回る図式になります。
3.薬価引き下げの影響で医薬品製造販売業が過剰なコスト削減を強いられている
薬価というのはその名の通り、薬の価格です。これは国が決めます。日本では国民皆保険制度に基づいて公費と保険料、患者本人が相応の割合で負担することになります。
我が国の医療保険について
中央社会保険医療協議会(中央社会保険医療協議会薬価専門部会)
当然、画期的な効果のある医薬品が誕生するのは大変喜ばしいことですが、その多くが革新性の高い技術を用いています。研究から開発、製造に至るまで多額の費用が必要になるので相応の対価が支払われることになります。これが今日の医療費高騰の一因となっています。
昨今、世界的に医療費、特に薬剤費の高騰は大きな問題になっています。そのため日本でも国主導で薬価の引き下げや後発医薬品使用が推奨されています。とりわけ日本でこの問題が深刻なのは経済力の成長が乏しく、過去20年間はほぼ横ばいで推移していることです。高騰する医療費の上昇に釣り合う経済成長があれば負担率は変わらないのですが、少子高齢化、低い生産性など社会構造を起因にする問題は根深いですね。
少し話が逸れたので戻します。薬価の引き下げは製薬会社の売上に直接影響します。つまり業績を押し下げるのですが、そんなイベントが毎年発生するので、当然コストカットが行われます。人件費抑制、製造量と在庫は必要最低限に抑えて、それでも採算を割るなら製造中止。大手製薬会社は企業買収を行って競争力を高めて、すで主戦場を環境のよい海外市場に移しています。最もダメージを受けるのは皮肉なことに国内で医薬品を製造販売する会社ですね。これが医薬品供給網不安定化の根源となっていて、上記1と2にも影響を与えていると考えるのは早計でしょうか。
医療費・薬剤費の高騰を直接抑制することに比重を置いた議論がなされがちです。国民皆保険制度の限界なんて声もよく聞きます。よくわかります。ただ、それが現実になった未来で、どのような選択を迫られることになるのか。メリット・デメリットをバランスよく判断する必要があると考えます。しかし、その議論が十分なされているようには思えません。救われる人の数を最も大きくするには、いかに経済成長率を上げるかという視点も一緒に検討されるべきではないでしょうか?
2021/10/5 追記
厚労省 官民対話に「医薬品産業ビジョン2021」(案)を提示
政権交代で先行き不透明ですが8月に提言が出されてました。製薬業界の意向であること、シーズに対して予見性を求めるのは困難なことなど思うところはありますが、やはり議論は必要ですよね。