経験談は意味なかった、妊娠出産
出産はハードだった。
予定日を10日ほど過ぎ、生まれてみたら3500kg超の赤子だったこともあり、なかなか出てくるのが難儀だったようだ。 促進剤を打たれ、1日様子を見たが、それでも下りてこないので、 最終的に鉗子で引っ張ってもらって誕生した我が子。 担当医の先生が鉗子を手に私の股の前でスタンバイする中、 突如はじめて見る若めの男性医が登場し(実は産婦人科の主任だったことをのちに知る)気づいたら私のお腹の上に両手を置き、 ものすごい力で押しはじめた時は、本当に死を覚悟した。 (文字通り押し出し、引っ張って生まれたのだ)
出てきた赤子は頭が伸び、エイリアンのような風貌だった。 初めての対面、私の感想は「うわっこわっ」と言うデリカシーのないものであった。 しかも私は産後すぐに胎盤が出てこなかったので(胎盤は妊娠中に赤ん坊に栄養を届けるために必要だが、本来は出産の際に赤ん坊と一緒に出てくる。出てくるのが遅いとその際に大量出血などを起こし、失血死してしまうケースも...) 医師にあそこから直接手を入れられ、引っ張ってもらった。それは出産と同じくらいショッキングで痛い経験であった...
ちなみに、促進剤を打たれ、本陣痛を待つ間は別室で待機していたのだが、並びの部屋にも私以外に出産を控えた妊婦がいるようだった。 やがて、隣の部屋から、普段の生活ではおよそ耳にし得ない、 空気を劈くような、甲高い鳥の泣き声のような悲鳴が聞こえてきた。 人間が出しているとは思えない声に、自分もあんなになってしまうのか、と恐ろしかった。 自分の陣痛も本当に痛かったのだけれど、出産を終え1年が経ったいまは、あの叫び声の方が印象に残っているくらいである...
子どもを産む前に、経験者のエッセイなどをいくつか読んだけれど、 その多くに出産時の感動や、妊娠中の満ち足りた気持ち、のようなものが書かれていた。しかし私自身には、あまりそういう気持ちは湧かなかった。 マタニティマークをつけるのも嫌だったし、そもそもあのように描かれる「母親」のイメージが今もきらいだ。 妊娠中は体がどんどん不自由になっていくのが嫌だった。 毎日どんどこ大きくなるお腹のおかげで階段を降りるのも怖かったし、 全速力で走ったり、重いものを持てなくなったりすることは不便だった。 デスクワークが続くと象のようにむくむ足首や、過食をしているわけでもないのにまん丸になっていく顔も不本意だった。 仕事の行き帰りにホームで電車を待っているときはよく、いま後ろから押されたらうまくかわせるだろうか、考えた。 お腹の中は見えないので、子どもが生きているか、死んではいないか、常に不安だったし、電車に乗れば優先席でスマホを一心不乱にいじる人が目についた。
子どもが生まれてからもしばらくは、見た目はなんだか宇宙人のようで、 意思の疎通は取れないし、ちいさくて弱々しくてすぐ死んでしまいそうだし、こんな不安ばかりでこの先やっていけるだろうか、と思った。 産後1ヶ月の頃、はじめて子どもが見せた笑顔のような表情に涙し、 3ヶ月頃にはようやく人間らしさが見え始め、かわいいと思えるような余裕が出てきた気がする。
それにしても、妊娠出産に関して、これまで自分が見聞きしていたものとは随分色合いが違うんだな、と思った。 経験談は本当に、私にはなんの役にも立たなかった。 つわりや食べ物の好みの変化もあまりなかったし、出産を迎えてお腹から赤ちゃんがいなくなることもそんなに寂しくはなかった。 早く子どもに会いたかったし、本来の自分のからだに戻りたい、と思うばかりであった。感じ方だって人それぞれだ。 子どもが生まれた瞬間や妊娠がわかったときに感動して泣かなくても、 いまは本当に食べちゃいたいくらいかわいいと思っているし、 子どもが私たち夫妻のことを空から選んでくれた天使、なんて逆立ちしたって思っていないけれど、子どもが生まれたことで私たち夫妻の形もこれからどんどん進化していくだろうと思う。
感じ方は人それぞれだ。 これからも自分らしく、子育てしていこうと思う。
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